甘い嘘と罪悪な恋

なかな悠桃

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「澪、おはよー」

「おはよ」

澪は生徒玄関で靴を履き替えていると涼子に後ろから肩を軽く叩かれた。

「あれ?こんなキーホルダー付けてたっけ?」

涼子は澪のリュックに付いていたイルカのキーホルダーを手に取りまじまじと眺めていた。

「あー、うん。なんか可愛かったから」

何故か倫から貰ったことを言えず、澪は“自分で買った”とも“誰かにもらった”とも捉えれるよう曖昧な言い回しをし返事を返した。

「ふーん、そっか・・・あっ、そうそう今日の三限目の・・・」

それ以上の追及はなくすぐさま違う会話に変わり澪がホッとしていると再び背後から背中をつつかれた。振り向くと長身の男子の胸元が目の前に現れ、あまりの近さに勢い余って彼の身体にぶつかってしまった。

「ぶっ!」

「おはよ、ってわりい」

「おはよ、大丈夫だから気にしないで(・・・前にもこんなことあったような)」

鼻を擦りながらそんなことを思い頭を上げると、申し訳なさそうな表情で見下ろす昇多が立っていた。

「あっ!私、職員室行かなきゃいけなかったの忘れてた!!ってことで、先行くねー」

「えっ?!ちょっ、涼ちゃん?!」

あっという間に階段を上って行く駿足な涼子の後ろ姿を見つめながら澪は小さく溜息を吐く。涼子の気遣いは身に染みるほど伝わるが何気に自分の中で後ろめたさの感情が捩る。

「キーホルダー・・・」

「えっ・・・っとー、なんか可愛いなーって思って」


『昇多には内緒にしといて』


倫に言われていた会話が過り先ほど涼子に話した内容と同じ言葉を放った。昇多の片眉が一瞬ピクリと動いたのに澪は気づかずそのまま玄関を出ようとした時、腕をぐんっと掴まれたことで身体のバランスを崩しそうになった。

「え?ビックリした、どうしたの?」

「あ、いや・・・今日一緒に帰らないか?」

「あのね昇多、一緒に帰るのそろそろ止めにしない?私さ、何気に昇多ファンの女子から睨まれてんだよねー。ほら、倫とも仲良いから余計にやっかみも倍になってるし」

澪は自身を掴んでいる昇多の手をそっと外し苦笑いを浮かべた。

「そんなの気にすることな「私が気にするのっ」

昇多の言葉を遮るように少し力を籠め拒絶の口舌をぶつけると一瞬、勢いに呑まれたのか昇多が一歩下がった。

「・・・ほ、ほら昇多、もう行かないと先生来ちゃう。じゃあ私、先行くね」

澪は早口で話すと無言で佇む昇多に別れを告げ、急ぎ足で階段を上って行った。


地獄に堕とされた一年前の澪の誕生日、昇多と噂された女子生徒との関係は今も正直どうなってるのかわからない。本人に問いただしたところで話してくれるかも怪しいところだった。何せ、親友の倫にも話していないのだから・・・。

二人で一緒にいる光景はあの日から何度か見ることがあった。そもそも部活も同じなのだから話してるのも不自然ではない。

ただあの情景を見てしまってから・・・昇多から何も言われない状況から・・・複雑な想いから今尚抜け出せずにいた。

それでも澪は昇多に不審がられないように接してきたが、倫との関係もあるため冷静でいられることの限界が近いのが手に取るようにわかった。

この地獄のような抜け出せない無限ループの中でもやはりどちらも手放したくない欲が澪の中にある以上解決なんて見つかるわけがないこともわかっていた。


(私、いつからこんなに汚い人間になっちゃったんだろ・・・)

澪は下唇を思いっきり噛みしめると薄っすら口の中に血の味が拡がり同時に虚しさも心を埋め尽くす。

(手放さない方法しか考えることができなくなってる・・・意地汚いな)

澪は薄ら笑みを浮かべ自身の教室へと向かった。



☆☆☆
午前中の授業が終わり、各々持参したお弁当箱を出し机に広げる者、別の場所で食べるため弁当を持って教室を出て行く者、食堂へ向かう者、それぞれが行動する中、澪はお弁当箱を持って涼子の席へと向かった。

「ねーねー、私の咄嗟のアシストいい感じだったでしょ?」

澪はスライスチーズとハムがロールケーキのように巻かれた串をぱくっと口に含み咀嚼しながら呆れた表情を目の前でニタニタ笑う友人に向けた。

「なわけないでしょ、私はもう昇多のことは友人としか思ってないんだってば。それに、」

言いかけた時、廊下で女子たちの騒ぎ声が耳に入り、その声が自身の教室の方へと近づいてきていることに気付いた。

「食堂行ったら居なかったしここかなーと思って来ちゃいましたーっ♡」

倫は、澪たちが座る付近にあった無人の椅子に座り、そのまま涼子のお弁当箱に入っていた玉子焼きを了承を得ぬまま一摘まみし、口に放り込んだ。

「ちょっと!私の玉子焼きっ!!何勝手に食べてんのよ!」

「涼ちんは出汁系かー、俺ん家は甘玉だけどコレはコレでイケるな」

怒る涼子を無視し感想を述べ、じゃれ合ってる姿に澪は思わず噴き出しそうになるのを堪えた。

「そういえばさー朝、玄関で昇多と何話してたの?」

声は普段通り、しかし此方に向ける視線は高圧的。澪は一瞬、スッと血が引き畏縮する感覚に襲われた。

「普通に挨拶してただけだよ。特には「私がさー、気利かせたのに進展なしで。こういう時ばっかりは和坂の異性に対してのポテンシャルを見習ってほしいもんだよ」

涼子は澪の言葉を遮り、目の前に座る倫に玉子を奪われた仕返しとばかり嫌味を籠めながら話していた。

「あっ!ねえねえ澪、ちょっと相談なんだけどさ」

何かを思い出したかのように涼子は澪に視線を戻し、改まった様子で見つめてきた。

「もし、ほんとに澪が貴島のこと何とも想ってないならさ、合コン行かない?他校の男子なんだけど何人かで遊びに行かないかって誘われてて。まあ、私的には貴島と良い感じになるのが一番だと今も思うけど、視野を広げてみるのも良い機会かなって。それに気晴らしにもなるかもしんないし」

「うーん・・・私、そういったの苦手だしなー。でも涼ちゃんがいるなら」

確かに昇多と倫以外の男子と事務的なこと以外、話すことはあまり無かった。確かに涼子の言う通り鬱屈した感情が少しは気が晴れるかもしれない、澪は涼子に了承しようとした時、涼子の机を勢いよく叩く音がし二人は思わず身体をビクつかせた。

「ダメでしょー、澪はそういうの100%向いてないよ。涼ちんは場の雰囲気とか読めるからいいけど、澪は無理無理、行ったってつまんない思いして帰るのが目に見える」

澪の返事をする前に何故か倫に反対され、澪も涼子も戸惑いながら互いに視線を向けた。

「いやいや、そりゃあそうかもしんないけどさー、澪だって「だめっ!昇多だってここにいたらきっと反対してると思うよ」

涼子の言葉を遮り、尚も反対する倫に澪は小さく息を吐き二人の会話に割って入った。

「でもね、別に遊ぶだけだし涼ちゃんもいるから倫が心配することはないから」

「澪、何言ってんの?駄目って言ってるだろ」

冷たく射貫くような視線のまま静かな声色で諭され、澪はその突き刺さる空気を纏う倫に何も言えなくなってしまった。

「と、に、か、く、澪は涼ちんと違って恋愛スキルなんだから合コンなんてまだまだ早いのっ!ちゃんと俺が教育してやるからそれまでは禁止ー」

倫はおどけたように両手をクロスさせ大きな“バツ”の身振りをし涼子はその様子に呆れ果てていた。

「貴島くんもそうだけど、ほんとアンタら澪に対して過保護だよね。自分たちは好き勝手やってんのにさ」

「昇多は知らないけどが納得できる恋愛するまではダメダメ」


上から目線の倫に涼子は更に深い溜息をつき、ふざける倫と言い合っている傍で澪は時折垣間見る倫の表情にたじろいでいた。




☆☆☆
今日は何事もなく終わり、澪が帰る準備をしているとスマホにメッセージの通知が届いた。


“今から校舎裏の準備倉庫に来て”

それだけが書かれたメッセージに澪は小さく溜息を吐くと涼子に先に帰ることを伝え、その足で澪は気が重くなりながらも言われた場所へと向かった。


今日はあいにくの天気のため運動部は室内練習で外には特に人の気配はなかった。澪が言われた場所へ足を運ぶと、準備倉庫の外壁に寄り掛かりながらスマホを弄る倫を見つけた。

「早かったね」

「どうしたの?・・・じゃないはずだけど」

普段、倫とは例の日だけ連絡を取り合ってるのがほとんどが行為の呼び出し、それ以外で連絡がくるのはかなり珍しいことだった。

「んー、まぁ今日は他の女の子との約束なかったし、澪さん暇かなーと思って。もし何もないなら、「澪?」

倫が話し終わる前に自分の名を呼ぶ声に驚き、振り返ると雨の中、傘も差さずに部活のユニフォーム姿の昇多が此方を見つめ立っていた。

「こんなとこで二人とも何やってんだ?」

いつもの感じなら特別おかしな雰囲気ではない。こんな光景、昇多には日常的だとは思う・・・しかし今の澪には少し気まずさから言葉が出ず、どう応えればいいのか探していると倫が澪の両肩を掴み自身に引き寄せた。

「デート誘ってたの♡今日は遊んでくれる女の子いないから澪に構ってもらおうと思ってね」

背後から香る嗅ぎ慣れた香水に一瞬、緊張感が走った。倫の口調からきっとおどけて言っているであろうと思われるが目の前にいる昇多の表情は険しさが感じ取れ、澪は身体を強張らせた。

「倫、冗談でも澪には変なことしてほしくない」

真面目な顔で話す昇多に倫は気だるそうに溜息を軽く吐くと小さくフッと笑った。

「え?なんで昇多にそんなこと言われなきゃいけないの?別に関係なくない?」

「お前のだらしない女関係に澪を巻き込むなって言ってるだけだ。ただでさえ、お前と関わると澪を敵視している女がいるんだから」

「・・・それはお前もだろうが」

昇多には聞こえない小さな声で呟く倫に内心、澪は大きく頷いていた。

「とにかく昇多には関係ないからほっといてよ」

「・・・澪、倫の冗談は無視していいんだぞ」

倫に対し敵意を剥き出しにする昇多の態度に違和感を覚えつつもそれが何なのかはっきりしなかった。

「あーー・・・そ、そーだ、あのね――――――――」

何となく二人の重い空気を打破しようと澪は斜め上の発言をしてしまい、後々後悔することになった。
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