【完結】呪われ作家と、小さなワケあり霊能者

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
4 / 21

4 天緒の暮らしぶり

しおりを挟む

「あらぁ、律先生! どうして天緒くんと一緒にいるんです?」
「え? 園田さん?」

 部屋を出たところで、ハウスキーパーの園田にばったり出くわした。
 園田は律に会釈するとすぐに身を屈めて天緒に目線を合わせると、律が見たこともないような甘い笑顔で「天緒さん、こんばんは。ご機嫌よう」と言った。

「こんばんは、園田さん。いつもお世話になっております」

 天緒はニコッと可愛らしい笑顔を浮かべて、礼儀正しくぺこりと一礼した。その仕草にも微妙なあざとさを感じ取りつつ、律も曖昧に会釈をする。

「うふふ、こちらこそ。ところで天緒さん、律先生のところにいたんですか? お知り合いだったんですねぇ」
「ええ、ついさっき知り合いました」
「へえ、ついさっき?」

 園田は律と天緒を交互に見比べる。
 そして律も、園田と天緒を交互に見た。

「園田さん、天緒くんの家でも勤務しているんですか」
「ええ、そうですよ。今からまさに天緒さんのお宅で仕事にかかるところです」

 園田は、食材がたくさん入ったエコバックを提げた右手を少し持ち上げた。
 まさかこんな近くに、律が求めていた人材が住んでいたとは……。律は信じられないような思いで天緒のつむじを見下ろした。

「隣に住んでいたから、僕が霊にまとわりつかれているのを知っていたのか」
「ええ、まぁ。ちょっと前から気づいてはいましたね」

 上目遣いで律を見上げ、天緒は申し訳なさそうに眉尻を下げた。 
 子どもにまったく興味も関心もない律の目から見ても、その表情は実に可愛らしい。現に園田が「あらあらまあまあ」と目尻を下げてニコニコしている。

「ま、とにかく天緒さんはお家へどうぞ。すぐに晩ご飯にしますからね」
「よろしくおねがいします。あのう、りつ……先生? よかったら、いっしょにごはんを食べませんか」
「い、いや……僕は」
「さきほどのおはなし、まだとちゅうですし……」

 先ほどの話——呪いについての話のことだ。それならば渡りに船……と思ったが、天緒の家族が律を見て不審がるだろう。

「僕は遠慮するよ。ご家族が驚くだろうしね」
「かぞくはいませんから、だいじょうぶですよ?」
「……いない?」

 怪訝に思い園田を見やる。すると園田は少し肩をすくめて、天緒の背に手を添え家の中へと促した。

「まあまあ、その辺のお話もお食事をとられながらなさったらどうです? 今夜はお鍋ですから、大勢のほうがきっと楽しいですよ」
「あ、ああ……。じゃあ、お言葉に甘えて」

 背中に背負ったランドセルから鍵を出し、天緒が部屋のドアを開ける。
 当然ながら、律の部屋と間取りは同じだ。ただ、建具の色が違うので全く違う部屋にも見える。
 律の部屋は淡いオフホワイトを基調しているが、天緒の部屋はフローリングやドアなどがすべてダークブラウンに統一された落ち着いた部屋である。
 部屋の中はスッキリと片付いていて、まるでモデルルームのように生活感がない。ぱっと見、子どもが住んでいるようにはまったく見えない。

「さあ天緒さん、手を洗ってきてくださいね。まずは宿題をしないと」
「はぁい」

 まるで母親よろしく声をかける園田に、天緒が少しばかりバツが悪そうな顔をした。これが普段のやりとりだとしても、律という他人がここにいるせいで気恥ずかしいのかもしれない。
 天緒が自室に引っ込んでいくのを見送って、律はキッチンで仕事を始めた園田に向き直る。

「天緒くん、家族がいないってどういうことなんだ?」
「ああ……。あとから天緒さんに直接聞いたほうがいいと思いますけど……」
「あとから帰ってくるんだろう? 仕事で帰りが遅いから、園田さんに夕飯の相手をしてほいいっていう依頼なんだろ?」
「違うんですよ。……天緒さん、ここで一人暮らしをしているんです」
「ひっ!? ひとりぐらしだと!?」

 驚きのあまり、大きな声が出た。
 あんな小さな子が一人暮らし!? まだ九歳だか十歳だかの小さな小学生が、この広い家に一人で暮らしている……!?

「あり得ないあり得ない! そんなことが許されていいわけがないだろう! 福祉や行政はどうなってるんだ!?」
「やだ先生。大きな声出さないでくださいよ」
「す、すまない。で、でも、おかしいじゃないか! 彼は、まだひとりで過ごせる年齢じゃないだろ?」
「それはそうなんですけどねぇ」

 園田はものすごい手際の良さで土鍋に具材を詰め込んでいきながら、小さくため息をついた。

「親御さんから、週三日、天緒さんがご在宅のときに仕事をしてほしいというご依頼を頂いてましてね」
「ああ……学校から帰ってきてから眠るまでの間、ということか」
「はい。かれこれもう一年くらいになるかしら」
「そ、そんなに!?」
「ええ。でも天緒さん、本当にしっかりしてらして。朝もきちんと起きて学校へ行かれてるみたいですし。お部屋もね、先生のお宅よりずっと綺麗に保ってらして……」
「そ、それはポ!」

 ポルターガイストのせいだとは言えず、律はむぐっと口をつぐんだ。園田が「ぽ?」と首を捻るものだから、誤魔化すように咳払いをしする。
 カウンター式キッチンのすぐそばに置かれた丸いダイニングテーブルの一席につくと、律は気を取り直してこう尋ねた。

「それに、実家は京都の寺だと彼は言ってた。どうして天緒くんだけが東京で暮らしてるんだ?」
「うーん、それは私も存じ上げませんけどねぇ。……なんか複雑な事情があるみたいですよ」
「複雑な事情、か」
「ぼくのいないところで、どんどん話がすすんでません?」

 そのとき、下の方から鈴を転がすような声がして仰天する。全く気配を感じなかった。

「あっ……す、すまない。気になることが一気に押し寄せすぎて……」
「まあ、そりゃそうですよね」

 天緒はだぼだぼのフーディにブカブカのズボンという格好だ。どこから見ても子ども服という感じではないのでちぐはぐにも見える。兄か姉のお下がりだろうか。
 ぺたぺたとキッチンに入り、天緒は冷蔵庫から冷茶のボトルを取り出した。広いキッチンのわりに小さな冷蔵庫で、天緒も踏み台なしで出し入れができるサイズだった。
 すると天緒は、わざわざ律のぶんまでグラスにお茶を注いでくれ、しかもおっかなびっくりそれを運んできてくれようとしている。律は大慌てで立ち上がり、ふたりぶんのグラスを引き受けてテーブルに並べた。
 その様子を、園田がニコニコしながら眺めている。

「うふふ、天緒さんは本当に気が利きますねぇ。律先生とは大違い」
「ちょっと、園田さん」
「あらっ、ごめんなさい。うふふ」
「天緒くんが可愛いのはわかりましたから。ところで、他の仕事はいいんですか?」
「そうでしたそうでした。私はお洗濯とお風呂掃除してきますから、先生、鍋の様子を見ていてくださいな」
「わかったよ」

 肩をすくめて立ち上がると、園田がいそいそと風呂場へ消えていった。鍋が噴きこぼれないように見張るべくキッチンに立ち、律はダイニングでお茶を飲んでいる天緒を眺めた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

帝国海軍の猫大佐

鏡野ゆう
キャラ文芸
護衛艦みむろに乗艦している教育訓練中の波多野海士長。立派な護衛艦航海士となるべく邁進する彼のもとに、なにやら不思議な神様(?)がやってきたようです。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※ ※第5回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます※

【完結】お供え喫茶で願いごと

餡玉(あんたま)
キャラ文芸
身勝手な母親のせいで、血の繋がった父と兄と離れ離れになってしまった小学三年生の知也。 ある日知也は、『新しいお父さん』が家にいるせいで家に居づらく、夜の公園で空腹と寒さを抱えていた。 先の見えない孤独と寂しさに囚われかけていた知也の前に、突然見知らぬ少年が現れる。 高校生くらいの年齢に見える少年は樹貴(たつき)と名乗り、知也を見たこともない喫茶店に連れて行く。 なんとそこは、神様が訪れる不思議な店で……。 ◇1/22、番外編を追加します! こちらはブロマンス風味が強いので、BLがお嫌いな方はご注意ください。 ◇キャラ文芸大賞参加作品です。応援していただけると嬉しいです。よろしくお願いします!

神様達の転職事情~八百万ハローワーク

鏡野ゆう
キャラ文芸
とある町にある公共職業安定所、通称ハローワーク。その建物の横に隣接している古い町家。実はここもハローワークの建物でした。ただし、そこにやってくるのは「人」ではなく「神様」達なのです。 ※カクヨムでも公開中※ ※第4回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます。※

もっと早く、伝えていれば

嶌田あき
キャラ文芸
 記憶から生まれ、1ヶ月で消える運命のあやかし・憶。鎌倉の古い喫茶店「波音堂」で目覚めた彼が最初に出会ったのは、17歳の高校生・夏希だった。  同じ17歳なのに、夏希には18歳の誕生日が来る。憶には来ない。  憶は、大切な人を失った人々を「記憶の渚」へ導き、故人の記憶と対話する手伝いをしている。言えなかった恋の告白、12年越しのさよなら、認知症の夫への思い――4つの「弔い」を通じて、憶は生きること、死ぬこと、記憶することの意味を知っていく。  そして最後、憶は自分の正体を知る。憶は、夏希の母の記憶から生まれたのだと。 「もっと早く、伝えていれば」と後悔する人々に寄り添いながら、憶自身も夏希との限られた時間の中で、大切な気持ちを伝えようとする。  1ヶ月後、憶は静かに光の粒子となって消えていく。でも憶の存在は、夏希の記憶の中で永遠に生き続ける――。

ゲームちっくな異世界でゆるふわ箱庭スローライフを満喫します 〜私の作るアイテムはぜーんぶ特別らしいけどなんで?〜

ことりとりとん
ファンタジー
ゲームっぽいシステム満載の異世界に突然呼ばれたので、のんびり生産ライフを送るつもりが…… この世界の文明レベル、低すぎじゃない!? 私はそんなに凄い人じゃないんですけど! スキルに頼りすぎて上手くいってない世界で、いつの間にか英雄扱いされてますが、気にせず自分のペースで生きようと思います!

墨華宮の昼寝猫

naomikoryo
キャラ文芸
【♪♪ 完全に完結いたしました(^^) 出来ればお読みいただき応援をお願いいたします ♪♪】 帝都の片隅、誰にも知られず眠る“昼寝猫”。 その正体は、かつて帝国と戦った亡国の軍師。 過去を隠し、現在を守り、未来を記すため、彼女は静かに筆を執る。 墨華宮の静寂に潜む秘密と、真実を綴る者たちの物語。 やがてその眠りが、帝国を揺るがす記録となる―― 陰謀と記憶の狭間で紡がれる、ひとつの終焉と始まり。

悪徳公主と冷徹皇帝陛下の後宮薬膳茶

菱沼あゆ
キャラ文芸
 冷徹非道と噂の皇帝陛下のもとに、これまた悪しき評判しかない異国の王女、琳玲がやってきた。  琳玲は皇后の位は与えられたが、離宮に閉じ込められる。  それぞれの思惑がある離宮の女官や侍女たちは、怪しい薬草で皇帝陛下たちを翻弄する琳玲を観察――。  悪徳公主と冷徹皇帝陛下と女官たちの日々は今日も騒がしい。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

処理中です...