呪われ作家と、小さなワケあり霊能者

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
8 / 21

8 心当たり

 大急ぎで自宅に戻る……前に、律は天緒の部屋のインターホンを押しまくった。
 ピンポンポンポンと部屋の奥で電子音が鳴り響いているのが、扉の向こうでかすかに聞こえる。
 ふと腕時計に目をやると、時刻はまだ午後三時過ぎだ。ひょっとしたら、まだ学校から買ってきていないのかもしれない。
 とそのとき、エレベーターが到着する音が廊下に響く。振り返ると、ちょうどランドセルを背負った天緒が帰ってきた。

「あれ? 先生でしたか、髪が短いから一瞬誰かと」
「天緒くん、おかえり! あの、ちょっと、見てくれないかこれ!」
「まあ落ち着いてください。とりあえず家に入ってもいいですか?」

 ランドセルから鍵を取り出し、天緒がドアを開ける。昨日と同じように招き入れられ、きれいに整頓された家の中を見回した。
 家の中は静かで、夜見の気配はないようだ。

「夜見は?」
「どこかに出掛けてるんじゃないですかね。それより、見て欲しいものって?」
「あ、ああそうだった。これなんだが」

 リビングのソファに座ると、天緒がソファの座面によじのぼってとなりに律の腰掛ける。
 律がメモを見せると、天緒は表情ひとつ変えずに「ああ、うちですね」と言った。
 表情は微動だにしなかったが、瞳の奥がかすかに揺れるのを、律は見逃さなかった。

「やっぱりそうか」
「これ、どうしたんですか?」
「僕の担当編集さんがオカルト誌の担当者に、除霊できる人がいないか問い合わせてくれたんだ。それで、このお寺の名前を」
「おおかた、人の弱みに漬け込んで大金を取る悪徳坊主がやってる寺とか言われてるんでしょ」
「っ……」

 子どもらしからぬ醒めた口調で、天緒は吐き捨てるようにそう言った。冷え冷えとした表情とともに、瞳の色が数段暗くなったように感じられ、律は思わずゾッとした。

「……す、すまん。無神経だった」
「え? ああ……」

 ひょっとすると、天緒にとっては触れてほしくない部分だったのかもしれない。人は誰しもそういう弱みを抱えている。わかっているつもりだったのに、軽率だった。
 こんな小さな子を京都から遠ざけ、一人暮らしさせるような保護者がやっている寺だ。きっと天緒には、触れてほしくない事情があるに違いない。
 すると天緒は突然くるっと表情を変え、天使のような笑顔を浮かべた。腰のあたりで後ろ手を組み、大きな目をきゅるんと潤ませ、あざとい上目遣いで律を見上げる。

「やだなぁ、先生。気にしないでくださいよ」
「いや、でも……」

 ——ううむ。またか……。 

 たまにこうして、天緒はわざとらしく子どもっぽい表情をつくっているような気がするのだ。とはいえ、律はこれまでの人生で子どもと接する機会がなかったのだから、この違和感もただの勘違いかもしれないのだが。

「それより、お腹すいちゃった。夜見が帰ってきたら先生のお部屋の調査に行くとして、おやつが食べたいなぁ~」
「おやつ。ああ……」

 天緒のきゅるきゅるの目が、律の右手に握られたドーナツの箱をじっと見つめている。律は苦笑し、キッチンのカウンターで箱を開けて見せる。

「うわぁ~~! おいしそう!」
「甘いものが好きかどうかわからなかったんだが、色々買ってきた。余ったら園田さんにあげてくれ」
「ぼく、甘いの大好きですよ! 夜見も!」
「そ、そうか。じゃあお茶でも淹れよう。手を洗っておいで」
「はあい」

 天緒はしゃきっと片手を上げて明るい笑顔になり、洗面所へ駆けていった。
 甘いもので機嫌を直してくれるあたり、やはり子どもらしくて可愛いじゃないかと律は思った。


   ◇


「ふーん……うちと全く間取り一緒じゃん。て、当たり前か」

 散歩から帰ってきた夜見は、律の家に入るなり、猫の姿のままヒタヒタと家中を歩き回りはじめた。そして、すんすん、すんすんと各部屋で鼻をひくつかせている。

 ——家中の匂いを嗅がれるってのは、あんまりいい気分がしないもんだな……。

 律は若干の居心地の悪さを感じながら、猫姿の夜見のほっそりした後ろ姿を追いかける。ピンと尻尾を立て、しなやかに歩く夜見の黒い毛並みはツヤツヤだ。天緒は律のかたわらで慎重に辺りを見回していた。

「結界はよく効いていますね。あれから新たな浮遊霊の侵入はなさそうです」
「そう、そうなんだよ!! 昨日なんて、久しぶりにゆっくり朝まで静かに眠れたんだ!」
「それはよかったです」

 嬉々としてそう語ると、天緒はにっこり天使の笑顔で律を見上げた。
 そう、昨晩は金縛りに遭うこともなく、ぐっすり朝まで眠ることができたのだ。
 ビクビク新柄帰宅した律を迎えたこの部屋は、天緒がいたときと同様しんと静まり返っていた。

 だが、油断はならない。気を抜けばまた、ラップ音やポルターガイストの大騒ぎが始まるかもしれない。風呂に入れば、冷たい手がひやりと律の背中を撫でるかもしれない。排水溝から、黒くて長い髪の毛が溢れ出してくるかもしれない——……と、しばらくは身構えていたけれど、家は静かなもので、律はひさかたぶりに落ち着ける我が家を取り戻した悦びに浸っていたのである。

 睡眠導入剤に頼らなくても眠れた。金縛りも、恨めしげな声で起こされることもついぞなかった。律の顔がいつになく生気に満ち溢れているのは、ひとえに天緒のおかげだ。

「天緒くんの結界さえあれば、もうこれで万事解決なのではと思ったんだが、違うのか?」
「そうですねぇ……。先生さえよければいいかもしれないんですけど……」
「な、なんなんだその歯切れの悪い言い方は」
「先生、今日外出してたでしょ。髪切りに行ったり、ドーナツ買いに行ったり」
「え? ああ、したが?」

 ついさっき、天緒の家でひとしきりドーナツを味わってきたところだ。夜見も「ドーナツぅ? そんな甘いもん猫が食っていいのかよ」と言いながらも、結局ひとりふたつずつもりもり食べていてほっこりしたものである。(わざわざ人型に変化して食べていた)
 天緒はぐるりと律の周りを一周する。淡い色の大きな瞳で、舐めまわすように……。

「な、なんだよ」
「気づいていないようですけど、両肩におふたりずつ乗ってます」
「……え?」
「先生の顔をすごく見てます。血走った目で、こう、がっつりと」

 恐る恐る、左右の肩の後ろを振り返ってみるが……何も見えない。そもそも、ポルターガイストなどに苦しめられていたときも、幽霊自体を見ることは一度もなかった。視えなくて幸いといえば幸いなのだが、「肩に乗ってる」と言われると急にずんと身体が重くなったように感じた。

「い、言わなくていいことを言うんだな、君は……」
「すみません。今更隠しても意味ないかと思いまして」
「それはそうだが……」
「ああ、臭う。臭うな」

 天緒の言葉を受け、猫姿の夜見が律の足元をくんくん嗅いで鼻をひくつかせている。……足が臭いってことか? 律はショックを受けた。  

「そ、そんなに? 僕はこれでも、一応毎日風呂には入っているし洗濯だって、」
「べつに先生の足の匂い嗅いでるわけじゃねぇよ。たいしていい匂いでもねーけど」
「嗅いでるじゃないか!」
「ふふっ」

 足元から律を見上げる黒猫と言い争いをしていると、天緒が小さく噴き出す。それは違和感のない自然な笑みだと感じて、こんなときだが律は少し嬉しくなった。
 だが、天緒は笑ってしまったことにバツの悪さを感じたのか、すぐに笑みを引っ込めて咳払いをした。

「これまで幽霊の気配を感じることもなく、視認することもなかった人が、突然幽霊が見えるようになることがあります。そのきっかけが何かわかりますか?」
「きっかけ? うーん……。ほ、祠を破壊する、とか?」

 考えてみたがよくわからず、先日天緒が言っていたことを思い出して復唱してみた。すると天緒は明らかに期待外れだといった顔をして、律を見上げてくる。

「そんな目で僕を見ないでくれないか。わからないよ、そんなの」
「まあ、まれに祠を壊して呪われるケースはあります。ですが、もっと身近なことでも霊を見るようになることがあります」
「それは?」
「死に触れることです」

 ずき。一瞬、刺すように脇腹が痛み、律は思わずそこを手で庇った。

 その仕草を見ていた天緒の目がきらりと光る。夜見が天緒の細っこい脚に絡まるように擦り寄ってきた。同じような色をした四つの瞳が、探るように律を見上げている。

「……先生、身近で誰かお亡くなりになりませんでしたか?」
「亡くなっては……」
「何があったか、教えてもらえませんか。そうじゃなきゃ、ぼくは本当の意味で先生を助けることができません」
「……」

 天緒の小さな手が、そっと律のシャツの裾を掴んだ。天緒から……いや、子どもに触れられるなんて初めてのことだ。一見すれば、天緒が律に縋っているような絵面に見えるかもしれない。
 だが、違う。天緒は明らかに、律を励まし真相を語らせようとしている。
 律はため息をついてしゃがみ込み、天緒と視線を合わせてこう言った。

「……ちびっこには退屈だし、あまり教育に良いとは思えない話なんだけどな」
「かまいませんよ。教えてください」

 天緒がゆっくりと頷き、真摯な眼差しで律を見つめる。

 ——いったい、この子は何者なんだ……?

 出会ってからずっと抱え続けている疑問だが、そんなことはどうでもいいと思えるほど、天緒の眼差しはどっしりとして揺らぎがない。
 律は唇だけで微笑んで、天緒にリビングのソファに座るよう勧めた。

感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】お供え喫茶で願いごと

餡玉(あんたま)
キャラ文芸
身勝手な母親のせいで、血の繋がった父と兄と離れ離れになってしまった小学三年生の知也。 ある日知也は、『新しいお父さん』が家にいるせいで家に居づらく、夜の公園で空腹と寒さを抱えていた。 先の見えない孤独と寂しさに囚われかけていた知也の前に、突然見知らぬ少年が現れる。 高校生くらいの年齢に見える少年は樹貴(たつき)と名乗り、知也を見たこともない喫茶店に連れて行く。 なんとそこは、神様が訪れる不思議な店で……。 ◇1/22、番外編を追加します! こちらはブロマンス風味が強いので、BLがお嫌いな方はご注意ください。 ◇キャラ文芸大賞参加作品です。応援していただけると嬉しいです。よろしくお願いします!

さびれたレンタル道具屋の転生おっさん、道具の使い方を教えまくる。~客のS級冒険者が俺を歴戦の英雄と勘違いして弟子入りを求めてくるんだが~

遥風 かずら
ファンタジー
前世で過労死した久世織人が目を覚ますとそこは異世界の王都、しかも古道具屋の跡取り息子として転生していた。アクセル・リオットとして成長した彼は荷物持ちとして冒険者パーティーに同行、その道中に【無限収納】スキルを開花させる。 パーティー活動から離脱後、四十歳となったアクセルは前世の記憶を思い出し、儲かりそうという考えで道具レンタル屋を始めていた。客足もなく店がさびれる中、道具の使い方が出来てない冒険者によって治安の乱れや魔物討伐の失敗が続いているという話を常連客から聞かされる。あらゆる道具に精通するアクセルは客の冒険者に使い方を教えに行くことを思い立つ。 アクセルの教えにより、やがてS級冒険者や聖女、王女までも勘違いして彼の元には次々と弟子入りを求める者が現れていくのだった。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。 何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。 第一部(領地でスローライフ) 5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。 お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。 しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。 貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。 第二部(学園無双) 貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。 貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。 だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。 そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。 ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・ 学園無双の痛快コメディ カクヨムで240万PV頂いています。

ダンジョントランスポーター ~ 現代に現れたダンジョンに潜ったらレベル999の天使に憑依されて運び屋になってしまった

海道一人
ファンタジー
二十年前、地球の各地に突然異世界とつながるダンジョンが出現した。 ダンジョンから持って出られるのは無機物のみだったが、それらは地球上には存在しない人類の科学や技術を数世代進ませるほどのものばかりだった。 そして現在、一獲千金を求めた探索者が世界中でダンジョンに潜るようになっていて、彼らは自らを冒険者と呼称していた。 主人公、天城 翔琉《あまぎ かける》はよんどころない事情からお金を稼ぐためにダンジョンに潜ることを決意する。 ダンジョン探索を続ける中で翔琉は羽の生えた不思議な生き物に出会い、憑依されてしまう。 それはダンジョンの最深部九九九層からやってきたという天使で、憑依された事で翔は新たなジョブ《運び屋》を手に入れる。 ダンジョンで最強の力を持つ天使に憑依された翔琉は様々な事件に巻き込まれていくのだった。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。