【完結】呪われ作家と、小さなワケあり霊能者

餡玉(あんたま)

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12 兄? 弟?

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「私は蓮堂れんどう桂人けいとと申します。はじめまして」
「あ、これはどうもご丁寧に」

 差し出された名刺を受け取り、律はしげしげと文字を見つめた。
『浄土真宗本願寺派 青蓮寺住職 蓮堂桂人』——白い和紙に金の箔押しでそう刻まれている。
 真偽は定かでないが、冴島から悪徳霊感商法をやっている寺と聞いていることもあって、名刺からも胡散臭さが溢れているように思えた。

 だが本人は、目鼻立ちの涼しげな男前である。
 濃紺の羽織に灰色の着物。艶やかな黒髪を綺麗に撫でつけて、綺麗な額を露わにしている。すらりと背が高く、ほっそりして見えるが決して貧弱な感じがしない。おっとりとした京都なまりもあいまって、とても雅やかな男だ。

 そんな桂人がちらりとソファに腰掛ける律を見やる。決して好意的ではない目つきだ。居心地が悪い。

「で、そちらはここの家主の深澄さん……ですか」
「あ、はい。お世話になっております」
「こんな小さな子をご自宅に引っ張り込んだ挙句、呪いを解いてほしいと頼み込んだ、と」
「はぁ、面目ありません」
「よくもまあ子どもの言うことを信じて無理難題を押しつけたものですね。子どもの冗談だとは思わなかったんですか? 私が出るとこ出たら誘拐事件ですよ」
「なっ……」
「こら桂人! なんてことを言うんだ」

 冷ややかな視線でネチネチと律を詰めていた桂人を、天緒がぴしりと注意する。
 すると桂人は一つ咳払いをして、律の淹れたお茶を一口すすった。
 そして、律の隣でつるりとした膝をそろえてソファに腰掛けている天緒のほうへ向き直る。

「兄さん。いい加減にしてください。こんなわけのわからん中年男の家に上がり込んで、何をしようとしてたんや」
「だから。これは仕事の一環で」
「今の兄さんは小学三年生や。子どもがこんな危ない仕事するもんやない。おとなしゅう小学校に通っといてください」

 ——兄さん……?

 さっきからちょいちょい引っかかる。桂人は二十七歳だと言っていたのに、天緒のことを兄さんと呼ぶのだ。
 だが、その疑問を投げかける隙はない。蓮堂兄弟の喧嘩はまだ続いている。

「あと夜見。お前には兄さんの監視役を期待しとったのに、なんやこの体たらくは」
「んあ?」

 天緒の膝の上で丸くなって目を閉じていた夜見が、迷惑そうに顔を上げる。まさか自分に矛先が向くとは思ってなかったと言いたげな顔だ。

「何かあったら逐一連絡せぇて言うてあったやろ。いっこも連絡寄越さへんから、様子を見にきてみれば……」
「連絡ぅ? そんなこと言われたっけな」
「…………はぁ」

 大欠伸しながら気のない返事をする夜見だ。桂人はこれ見よがしにため息をつき、額を押さえた。

 天緒を訪ねてきた桂人は、律の部屋のドアから放たれる禍々しい謎の気配を察知して、インターホンを連打していたのだという。

 すると天緒はむっとしたように頬を膨らませ、腕組みをした。

「ていうか何しにきたんだよ。桂人は寺の仕事で忙しいだろ。こんなところまでわざわざ来なくてもよかったんだ」
「そうはいかへんよ。こんなちっこくなってしもた兄さんになにかあったらどないすんねん。実際、今まさにトラブル抱えてんねやろ? この……えーと、深澄さん? この人は一体どんな呪具を隠し持ってはんねん。この家ん中、異界の匂いがプンプンするで」
「呪具じゃない。ここにあるのは、三途の川のほとりの石だ」
「はぁ? いやいや、そんなアホな」
「本当にあるんだよ。それを元に戻しに行こうと思ってたところだったんだ」
「……ほんまに?」

 天緒は律にことわってから、桂人にこれまでのいきさつを説明し始めた。桂人は真剣な眼差しで天緒の話を聞いている。 

 ——なんだか、イメージと違うなぁ……。

 冴島や天緒の口調から、天緒の家族はあくどい霊感商法で荒稼ぎしているというイメージがついていた。だが目の前に現れた桂人は爽やかだし、天緒の身を心底心配しているように見える。

 ——いや待てよ。詐欺師だって身内には優しいかもしれないし、詐欺師こそ人の良さそうな外見をしていなければ仕事にならないわけだから……。

 と、ズレた認識を頭の中で整理しようと頑張っていると、ガサガサと足元の方が騒がしい。
 この部屋にやってきたとき、桂人が両手に提げていた六つの紙袋がゴソゴソ動いている。すべて老舗百貨店のロゴが描かれているその袋のひとつから、夜見がひょっこり顔を出した。
 なるほど、猫は紙袋が好きだからついつい入ってしまうのか。中身が夜見でも、仕草は可愛らしいもんだなとのんびり目尻を下げていると、桂人がぎろりと目を吊り上げる。

「こら夜見。そこ入ったらあかんで!」
「え、いや……そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。猫のすることですし」

 なにげなく夜見を庇ったが、桂人はジロリと律を見据えてこう言った。

「ただの猫がするなら可愛いですよ。なんぼでも入ったらええ。でもね、あいつは百年以上生きてる妖なんです。俺が買うてきた服を毛まみれにするだけで、可愛くもなんともないでしょ」
「てかさぁ桂人、天緒に子供服なんか買っても意味ないって何回も言わせんなよ。こいつ、全然着てないから」

 ぴょんと紙袋から飛び出し、ラグマットに爪を立ててびろーんと伸びつつ欠伸をする夜見である。
 天緒がため息をついた。

「桂人、あれほどいらないって言ったのに、また買ってきたのか?」
「だ、だって不便やろ? 絶っっ対似合うし」

 生ぬるい目つきになった天緒に、今度は桂人がうつむいてバツが悪そうにしている。とはいえ、衣服はあった方がいいように思うのだが……と思い、律は天緒に尋ねてみた。

「だめなのか。服。あったほうがいいだろ」
「デザインに問題があるんですよ。こいつ、ぼくにフリフリのレースがついたやつとか、派手なかぼちゃパンツみたいなのとか、ハートとか星とか変な柄のついた悪趣味な服を大量に買ってくるんです」
「……ほ、ほう……」
「今の兄さんならめっちゃ似合うと思うから大枚叩いて買うてくるんや。絶っっ対可愛いから、一度くらい着て見せてくれても……」

 クールな顔をしてブツブツと不服げに文句を垂れる桂人の向こう脛を、天緒がわざわざ立ち上がってゲシっと蹴り飛ばす。「いったぁ!! なにすんねん!」と怒る桂人をひと睨みして、天緒はぷいと背を向け夜見を撫で始めた。
 そこでようやく律は息を深く吸い込んで、ずっと引っかかっていた疑問を蓮堂桂人にぶつけてみた。

「ところであなたは、どうして天緒くんのことを兄さんと呼ぶんだ!?」

 おもがけず大きな声が出てしまい、蓮堂兄弟が同時にこっちを見た。大きな声が嫌いだという夜見はイカ耳になって律を睨みつけ、ぴょんとリビングからいなくなってしまう。

「そらそうや、気になりますよね」
と、桂人が懐手をして頷いた。
「その件については、まだ深澄さんにお話ししてへんの?」
「話してない」
「そう。まあ、一般人が聞いて理解できることかどうかわかりませんけど、まあうちの兄がなんやお世話になってるようやし、一応教えておいて差し上げましょか」

 言葉の端々が嫌味っぽくて、癇に障る男である。だが律は年長者らしく余裕の笑みを浮かべ、「お願いします」と軽く会釈をした。
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