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13 天緒の事情
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「それなら、ぼくからお話ししますよ」
「ちょ、兄さん……」
「いいから。桂人は夜見と遊んでなさい」
「遊ばへんわ」
どうやら兄弟仲は悪くないようだ。仲睦まじい……とも言い難いが、ふたりの間には確たる絆のようなものが見て取れる。てっきり、相当な問題を抱えたややこしい家族だろうと想像していたものだから、なんとなくほっこりした気分になった。
天緒はお茶を一口飲んで唇を潤し、律に向き直る。
「ぼくの肉体年齢はご存知のように十歳ですが、魂の年齢は十歳ではありません」
「………………うん? うん……」
さっそく訳のわからない話だった。律は一旦眼鏡を外してレンズを拭き、もう一度掛け直す。
「ぼく——蓮堂天緒は、十年前に死にました。そして、たったの十年で転生を果たしたようなのです」
律の脳内に宇宙が広がった。
転生、異世界転生、ファンタジー……これまで読んだことのあるさまざまな作品がぐるぐると去来する。……律は何度も頷きつつ、「……うん、うん、転生……したのか」と呟いた。
「おそらく、ぼくが何を言っているのかわからないでしょう。でも、真実なんです。ぼくは十年前、とあるご依頼を受けて異界へ渡りました。そこで失敗して、死んだんです」
「異界へ渡るというのは……さっき言ってたみたいに、あの世へ行くとか、そういうことか?」
集中力と想像力を総動員しながら天緒にそう投げかける。天緒は頷いた。
「そういうことです。異界というのは、なにも三途の川のある黄泉の国だけではありません。妖が作り出した巣に囚われる、呪物に閉じ込められる……そうですね、神隠しというのがわかりやすいかもしれません」
「なるほど、神隠しか」
「ええ。異界がらみの様々な事件が、密かにこの世界では頻繁に起こっているんです」
天緒の口ぶりは真摯そのものだ。嘘偽りを口にしているとは思えない。
桂人も懐手をしたまま深々と頷きながら聞いている。
「そういう事件に関わっていると、常に命の危険が伴います。でも兄さんは、誰よりも優秀な術者やった」
「……だからこそ、油断があったのかもしれない」
桂人の言葉を引き継いで、天緒が静かにそう言った。
「歯痒いことに、ぼくは自分がどのように死んだかは覚えていません。……その瞬間の記憶がないので」
「そうなのか?」
「死の間際、銀色の刃のようなものが視界を掠めたことだけは覚えています。おそらくは妖か何かに斬り殺されたのでしょう」
「……」
死んでしまうほどの体験を経ているとは思えないほど、淡々とした語りだ。十年という月日が、天緒の死の記憶を意識から遠ざけたのだろうか。
「大変な思いをしたんだな、天緒くんは」
「そうですね……。ただ、驚いたのはそこからです。ぼくはこの肉体が三歳のときに、前世——つまり十年前まで生きていた自分の過去を思い出しました。思い出した瞬間から、ぼくはまたこの力をつかえるようになった」
「異界へ渡る力……?」
「ええ。あとは、それまでに叩き込まれた浄霊の方法、結界の張り方……そのあたりはすべて思い出しました。ただ肉体が幼いので、以前ほどの力を使えませんが……」
天緒は自らの掌を握ったり開いたりして、苦笑した。
やはり大人びた笑顔だ。桂人の兄ということは、つまり天緒の魂の年齢は三十歳前後だろうか。となると、律とそう変わらない。魂がその年齢で肉体が十歳とは、どこぞの小さな名探偵もびっくりだろう。
だが、これまで感じていた違和感の正体がようやくわかり、律は少なからずスッキリもしていた。
「ちょ、兄さん……」
「いいから。桂人は夜見と遊んでなさい」
「遊ばへんわ」
どうやら兄弟仲は悪くないようだ。仲睦まじい……とも言い難いが、ふたりの間には確たる絆のようなものが見て取れる。てっきり、相当な問題を抱えたややこしい家族だろうと想像していたものだから、なんとなくほっこりした気分になった。
天緒はお茶を一口飲んで唇を潤し、律に向き直る。
「ぼくの肉体年齢はご存知のように十歳ですが、魂の年齢は十歳ではありません」
「………………うん? うん……」
さっそく訳のわからない話だった。律は一旦眼鏡を外してレンズを拭き、もう一度掛け直す。
「ぼく——蓮堂天緒は、十年前に死にました。そして、たったの十年で転生を果たしたようなのです」
律の脳内に宇宙が広がった。
転生、異世界転生、ファンタジー……これまで読んだことのあるさまざまな作品がぐるぐると去来する。……律は何度も頷きつつ、「……うん、うん、転生……したのか」と呟いた。
「おそらく、ぼくが何を言っているのかわからないでしょう。でも、真実なんです。ぼくは十年前、とあるご依頼を受けて異界へ渡りました。そこで失敗して、死んだんです」
「異界へ渡るというのは……さっき言ってたみたいに、あの世へ行くとか、そういうことか?」
集中力と想像力を総動員しながら天緒にそう投げかける。天緒は頷いた。
「そういうことです。異界というのは、なにも三途の川のある黄泉の国だけではありません。妖が作り出した巣に囚われる、呪物に閉じ込められる……そうですね、神隠しというのがわかりやすいかもしれません」
「なるほど、神隠しか」
「ええ。異界がらみの様々な事件が、密かにこの世界では頻繁に起こっているんです」
天緒の口ぶりは真摯そのものだ。嘘偽りを口にしているとは思えない。
桂人も懐手をしたまま深々と頷きながら聞いている。
「そういう事件に関わっていると、常に命の危険が伴います。でも兄さんは、誰よりも優秀な術者やった」
「……だからこそ、油断があったのかもしれない」
桂人の言葉を引き継いで、天緒が静かにそう言った。
「歯痒いことに、ぼくは自分がどのように死んだかは覚えていません。……その瞬間の記憶がないので」
「そうなのか?」
「死の間際、銀色の刃のようなものが視界を掠めたことだけは覚えています。おそらくは妖か何かに斬り殺されたのでしょう」
「……」
死んでしまうほどの体験を経ているとは思えないほど、淡々とした語りだ。十年という月日が、天緒の死の記憶を意識から遠ざけたのだろうか。
「大変な思いをしたんだな、天緒くんは」
「そうですね……。ただ、驚いたのはそこからです。ぼくはこの肉体が三歳のときに、前世——つまり十年前まで生きていた自分の過去を思い出しました。思い出した瞬間から、ぼくはまたこの力をつかえるようになった」
「異界へ渡る力……?」
「ええ。あとは、それまでに叩き込まれた浄霊の方法、結界の張り方……そのあたりはすべて思い出しました。ただ肉体が幼いので、以前ほどの力を使えませんが……」
天緒は自らの掌を握ったり開いたりして、苦笑した。
やはり大人びた笑顔だ。桂人の兄ということは、つまり天緒の魂の年齢は三十歳前後だろうか。となると、律とそう変わらない。魂がその年齢で肉体が十歳とは、どこぞの小さな名探偵もびっくりだろう。
だが、これまで感じていた違和感の正体がようやくわかり、律は少なからずスッキリもしていた。
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