11 / 21
11 縁(よすが)とは
しおりを挟む「よすが……?」
「異界でなにかしませんでしたか? 何か食べたとか、飲んだとか」
「食べ……!? いやいや、そんなことはしていない!」
「じゃあ、何か持ち帰ってくるとか」
「そんなことできるわけないじゃないか」
律は実体をもって三途の川へ出かけていたわけではないのだ。
だいたい、三途の川なんてものはただの仏教思想の中にある概念のようなもの。天緒の話を聞いてさもありなんとは思うけれど、まだどこか夢の中で起きた出来事のようにも感じている。
——この子がもし大人だったら、絶対に詐欺師だと思うだろうな……。そもそも、実家の寺というのも至極怪しい。……ん? ひょっとして、この子はその寺の差し金として、幼くして働かされているとか?
ネガティブさと慎重さと作家としての想像力の逞しさが突然顔を出し、天緒のことが疑わしくなってきた。
律は腕組みをして、天緒のつむじを見下ろす。
「……天緒くん、実家のご家族とは連絡を取り合っているの?」
「え? 何ですか急に」
天緒があからさまに不審げな顔をこちらに向ける。
「いや……ちょっと気になって」
「ひょっとして、ぼくのこと、あやしいと思ってます?」
「い、いや……そういうわけじゃないが。なんだか話がどんどんオカルトじみてきたというか、三途の川とかいわれても、いまいちピンとこないというか」
「……」
「君は賢い子のようだし、ひょっとするとご家族に利用されてるなんてことが——」
「おい! 天緒、ここだ!」
そのとき、夜見の声がリビングに響いた。
声が聞こえてきたのは律の寝室だ。細く開けておいた扉から、ひょいと夜見の小さな頭が覗いた。
「先生、ちょっとクローゼットを開けてみてくれ」
「クローゼット? そこに一体何があるってんだ……?」
——喋る猫。うーん……夜見がどうやって喋っているのかはわからないな。どういう仕組みなんだ?
一旦疑わしくなってしまうと、全てを疑いたくなってしまう。夜見の身体のどこかにマイクが仕込んである? 昨日一緒に食事をしていたあの青年が、天緒の部屋からカメラでこちらを観察しながら声を当てている?
ちらちらと夜見の様子を観察しつつ、言われるままウォークインクローゼットを開く。するとすぐに、ぴょんと夜見がクローゼットの中に飛び込んでいった。
「わっ。毛だらけにしないでくれよ」
「それどころじゃなーだろ。……ん? これか? なあ先生、このバッグ」
「ん?」
夜見が持ち手を咥えて引っ張り出してきたのは、黒いボストンバッグだった。この部屋の鍵を持っているハウスキーパーの園田さんに頼んで、このバッグで入院中の着替えなどを運んでもらった。
「これがどうしたんだ?」
「チャック開けろ、ほら! 中を調べるんだよ!」
「ったく……猫に使われるとは」
ぶつぶつ言いながらも、律はファスナーを引いて鞄を開く。開けた瞬間、なぜだかふわりとどこかで嗅いだような匂いが律の鼻腔を満たし、律はとっさに鼻を覆った。
——え……? この匂いは。
ほのかに香るのは花のような匂い。記憶の中にある匂いはとても優しい匂いだったはずだが、バッグの中から放たれているそれにはひどい生臭さがまとわりついている。
「……これですね」
しゃがみこむ律の背後から顔を覗かせた天緒が、低い声でそう呟く。
バッグの底にころりと転がっていたのは、三途の川のほとりで手に取った白い石だった。
「そ、そんな……! あれは夢みたいなもんだろう!? どうしてこんなところに実物があるんだ……!?」
「先生が覚醒した瞬間に握りしめていたのでしょう。それをたまたま持ち帰ってしまったために、先生の魂と異界とに道が通じてしまったんです」
天緒は淡々とした口調でそう語り、制服の胸ポケットからそっと数珠を取り出した。
天緒の瞳の色とよく似た琥珀のような石が連なった数珠を握りしめ、天緒はそっと率の肩に手を置いた。
「離れていてください。この石をあるべき場所に戻します」
「戻す? そうすれば、僕の呪いは解けるのか?」
「ええ、その通りです」
いったいどうやって、と問いかけようとしたそのとき——……胸の奥深くがにわかにざわつきはじめた。
——いやだ。あれを返してはいけない。あれを返してしまったら、僕は……。
律はごくりと固唾を飲み、シャツの胸の辺りをぎゅっと掴んだ。
何だ、この感情は。うちに心霊現象を引き起こすあの世の石なんて、さっさと天緒の力を借りて元の場所に戻せばいいじゃないか。
頭ではそう思うのに、律の感情その意見を是としない。
返したくない、返したくない、ここに隠しておかなくては、手元からあれがなくなってしまったら僕は本当に全てを失ってしまう……。
「先生? 大丈夫ですか?」
不意によろめき壁に手をついた律を、天緒が心配そうに見上げている。知らず知らずのうちに額を濡らしていた冷たい汗を拭い、律は曖昧に頷く。
「あ、ああ。大丈夫だ」
「顔が真っ青ですよ。石は一旦封じておいて、少し休みましょう」
天緒はボストンバッグの口を閉め、懐からハガキ大の護符のようなものを取り出し持ち手に巻き付けた。
石が今すぐ目の前から消えるわけではないとわかり、律の心は言いようのない安堵感に包まれる。
——なぜ、僕はそんなふうに思うんだ。
自分でもわけがわからない。ずきずきと痛む頭をそっと押さえる。
そのとき。
ピンポーン、とインターホンの電子音がリビングのほうから響いてきた。数秒後、ピンポン
ピンポンピンポンピンポンピンポンと連打され、鳴り止むことのないインターホンの音に律はまたゾッとした。
「……え。また心霊現象か? 天緒くんに結界を張ってもらったのに?」
「いえ、そうじゃないかもしれません」
天緒がジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出す。子どもの手には大きすぎる最新式の白いスマートフォンの画面を見て、天緒の表情がどよんと歪んだ。
「……すみません、先生。ちょっとドアを開けていただけますか?」
47
あなたにおすすめの小説
帝国海軍の猫大佐
鏡野ゆう
キャラ文芸
護衛艦みむろに乗艦している教育訓練中の波多野海士長。立派な護衛艦航海士となるべく邁進する彼のもとに、なにやら不思議な神様(?)がやってきたようです。
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
※第5回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます※
【完結】お供え喫茶で願いごと
餡玉(あんたま)
キャラ文芸
身勝手な母親のせいで、血の繋がった父と兄と離れ離れになってしまった小学三年生の知也。
ある日知也は、『新しいお父さん』が家にいるせいで家に居づらく、夜の公園で空腹と寒さを抱えていた。
先の見えない孤独と寂しさに囚われかけていた知也の前に、突然見知らぬ少年が現れる。
高校生くらいの年齢に見える少年は樹貴(たつき)と名乗り、知也を見たこともない喫茶店に連れて行く。
なんとそこは、神様が訪れる不思議な店で……。
◇1/22、番外編を追加します! こちらはブロマンス風味が強いので、BLがお嫌いな方はご注意ください。
◇キャラ文芸大賞参加作品です。応援していただけると嬉しいです。よろしくお願いします!
鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった
仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。
神様達の転職事情~八百万ハローワーク
鏡野ゆう
キャラ文芸
とある町にある公共職業安定所、通称ハローワーク。その建物の横に隣接している古い町家。実はここもハローワークの建物でした。ただし、そこにやってくるのは「人」ではなく「神様」達なのです。
※カクヨムでも公開中※
※第4回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます。※
もっと早く、伝えていれば
嶌田あき
キャラ文芸
記憶から生まれ、1ヶ月で消える運命のあやかし・憶。鎌倉の古い喫茶店「波音堂」で目覚めた彼が最初に出会ったのは、17歳の高校生・夏希だった。
同じ17歳なのに、夏希には18歳の誕生日が来る。憶には来ない。
憶は、大切な人を失った人々を「記憶の渚」へ導き、故人の記憶と対話する手伝いをしている。言えなかった恋の告白、12年越しのさよなら、認知症の夫への思い――4つの「弔い」を通じて、憶は生きること、死ぬこと、記憶することの意味を知っていく。
そして最後、憶は自分の正体を知る。憶は、夏希の母の記憶から生まれたのだと。
「もっと早く、伝えていれば」と後悔する人々に寄り添いながら、憶自身も夏希との限られた時間の中で、大切な気持ちを伝えようとする。
1ヶ月後、憶は静かに光の粒子となって消えていく。でも憶の存在は、夏希の記憶の中で永遠に生き続ける――。
墨華宮の昼寝猫
naomikoryo
キャラ文芸
【♪♪ 完全に完結いたしました(^^) 出来ればお読みいただき応援をお願いいたします ♪♪】
帝都の片隅、誰にも知られず眠る“昼寝猫”。
その正体は、かつて帝国と戦った亡国の軍師。
過去を隠し、現在を守り、未来を記すため、彼女は静かに筆を執る。
墨華宮の静寂に潜む秘密と、真実を綴る者たちの物語。
やがてその眠りが、帝国を揺るがす記録となる――
陰謀と記憶の狭間で紡がれる、ひとつの終焉と始まり。
悪徳公主と冷徹皇帝陛下の後宮薬膳茶
菱沼あゆ
キャラ文芸
冷徹非道と噂の皇帝陛下のもとに、これまた悪しき評判しかない異国の王女、琳玲がやってきた。
琳玲は皇后の位は与えられたが、離宮に閉じ込められる。
それぞれの思惑がある離宮の女官や侍女たちは、怪しい薬草で皇帝陛下たちを翻弄する琳玲を観察――。
悪徳公主と冷徹皇帝陛下と女官たちの日々は今日も騒がしい。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる