【完結】呪われ作家と、小さなワケあり霊能者

餡玉(あんたま)

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11 縁(よすが)とは

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「よすが……?」
「異界でなにかしませんでしたか? 何か食べたとか、飲んだとか」
「食べ……!? いやいや、そんなことはしていない!」
「じゃあ、何か持ち帰ってくるとか」
「そんなことできるわけないじゃないか」

 律は実体をもって三途の川へ出かけていたわけではないのだ。
 だいたい、三途の川なんてものはただの仏教思想の中にある概念のようなもの。天緒の話を聞いてさもありなんとは思うけれど、まだどこか夢の中で起きた出来事のようにも感じている。

 ——この子がもし大人だったら、絶対に詐欺師だと思うだろうな……。そもそも、実家の寺というのも至極怪しい。……ん? ひょっとして、この子はその寺の差し金として、幼くして働かされているとか?

 ネガティブさと慎重さと作家としての想像力の逞しさが突然顔を出し、天緒のことが疑わしくなってきた。
 律は腕組みをして、天緒のつむじを見下ろす。

「……天緒くん、実家のご家族とは連絡を取り合っているの?」
「え? 何ですか急に」

 天緒があからさまに不審げな顔をこちらに向ける。

「いや……ちょっと気になって」
「ひょっとして、ぼくのこと、あやしいと思ってます?」
「い、いや……そういうわけじゃないが。なんだか話がどんどんオカルトじみてきたというか、三途の川とかいわれても、いまいちピンとこないというか」
「……」
「君は賢い子のようだし、ひょっとするとご家族に利用されてるなんてことが——」
「おい! 天緒、ここだ!」

 そのとき、夜見の声がリビングに響いた。
 声が聞こえてきたのは律の寝室だ。細く開けておいた扉から、ひょいと夜見の小さな頭が覗いた。

「先生、ちょっとクローゼットを開けてみてくれ」
「クローゼット? そこに一体何があるってんだ……?」

 ——喋る猫。うーん……夜見がどうやって喋っているのかはわからないな。どういう仕組みなんだ? 

 一旦疑わしくなってしまうと、全てを疑いたくなってしまう。夜見の身体のどこかにマイクが仕込んである? 昨日一緒に食事をしていたあの青年が、天緒の部屋からカメラでこちらを観察しながら声を当てている?

 ちらちらと夜見の様子を観察しつつ、言われるままウォークインクローゼットを開く。するとすぐに、ぴょんと夜見がクローゼットの中に飛び込んでいった。

「わっ。毛だらけにしないでくれよ」
「それどころじゃなーだろ。……ん? これか? なあ先生、このバッグ」
「ん?」

 夜見が持ち手を咥えて引っ張り出してきたのは、黒いボストンバッグだった。この部屋の鍵を持っているハウスキーパーの園田さんに頼んで、このバッグで入院中の着替えなどを運んでもらった。

「これがどうしたんだ?」
「チャック開けろ、ほら! 中を調べるんだよ!」
「ったく……猫に使われるとは」

 ぶつぶつ言いながらも、律はファスナーを引いて鞄を開く。開けた瞬間、なぜだかふわりとどこかで嗅いだような匂いが律の鼻腔を満たし、律はとっさに鼻を覆った。

 ——え……? この匂いは。

 ほのかに香るのは花のような匂い。記憶の中にある匂いはとても優しい匂いだったはずだが、バッグの中から放たれているそれにはひどい生臭さがまとわりついている。

「……これですね」

 しゃがみこむ律の背後から顔を覗かせた天緒が、低い声でそう呟く。
 バッグの底にころりと転がっていたのは、三途の川のほとりで手に取った白い石だった。

「そ、そんな……! あれは夢みたいなもんだろう!? どうしてこんなところに実物があるんだ……!?」
「先生が覚醒した瞬間に握りしめていたのでしょう。それをたまたま持ち帰ってしまったために、先生の魂と異界とに道が通じてしまったんです」

 天緒は淡々とした口調でそう語り、制服の胸ポケットからそっと数珠を取り出した。
 天緒の瞳の色とよく似た琥珀のような石が連なった数珠を握りしめ、天緒はそっと率の肩に手を置いた。

「離れていてください。この石をあるべき場所に戻します」
「戻す? そうすれば、僕の呪いは解けるのか?」
「ええ、その通りです」

 いったいどうやって、と問いかけようとしたそのとき——……胸の奥深くがにわかにざわつきはじめた。

 ——いやだ。あれを返してはいけない。あれを返してしまったら、僕は……。

 律はごくりと固唾を飲み、シャツの胸の辺りをぎゅっと掴んだ。
 何だ、この感情は。うちに心霊現象を引き起こすあの世の石なんて、さっさと天緒の力を借りて元の場所に戻せばいいじゃないか。

 頭ではそう思うのに、律の感情その意見を是としない。
 返したくない、返したくない、ここに隠しておかなくては、手元からあれがなくなってしまったら僕は本当に全てを失ってしまう……。

「先生? 大丈夫ですか?」

 不意によろめき壁に手をついた律を、天緒が心配そうに見上げている。知らず知らずのうちに額を濡らしていた冷たい汗を拭い、律は曖昧に頷く。

「あ、ああ。大丈夫だ」
「顔が真っ青ですよ。石は一旦封じておいて、少し休みましょう」

 天緒はボストンバッグの口を閉め、懐からハガキ大の護符のようなものを取り出し持ち手に巻き付けた。
 石が今すぐ目の前から消えるわけではないとわかり、律の心は言いようのない安堵感に包まれる。

 ——なぜ、僕はそんなふうに思うんだ。

 自分でもわけがわからない。ずきずきと痛む頭をそっと押さえる。
 そのとき。
 ピンポーン、とインターホンの電子音がリビングのほうから響いてきた。数秒後、ピンポン
ピンポンピンポンピンポンピンポンと連打され、鳴り止むことのないインターホンの音に律はまたゾッとした。

「……え。また心霊現象か? 天緒くんに結界を張ってもらったのに?」
「いえ、そうじゃないかもしれません」

 天緒がジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出す。子どもの手には大きすぎる最新式の白いスマートフォンの画面を見て、天緒の表情がどよんと歪んだ。

「……すみません、先生。ちょっとドアを開けていただけますか?」
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