【完結】呪われ作家と、小さなワケあり霊能者

餡玉(あんたま)

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15 異界渡りの力

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 件のバッグが、桂人の手によってリビングに運ばれてきた。
 その間、天緒はてきぱきと背負っていたランドセルから例の筆と和紙を取り出した。このあいだ貼ってもらった結界の護符はハガキほどの大きさだが、今度は二畳分くらいある大きなものだった。

 床に和紙を広げ、筆でさらさらと紋様を書いてゆく天緒の横顔を覗き込む。
 それは昨日、この家に結界を張るといって描いた紋様とは異なる複雑なものだ。きれいな真円を描き、円の周りに行書体の文字がぐるりと囲む。
 そして、中心部分に正三角形をふたつ組み合わせた六芒星を優美な筆致で描き、中心部には梵字がひとつ書き込まれた。

「よし、陣は完成だ」
「……これで、石を向こうに戻せるのか?」
「ええ、できます。というか、先生の手で戻していただきます」
「僕の、手で?」
「こういった類のものは、自らの手であるべき場所へ戻していただくことが大事なんです。儀式としても、そして先生のためにも」

 天緒は迷いのない表情で律を見つめた。その眼差しに、律はたじろぐ。

 ——返したほうがいいとわかっている。そうすれば問題は解決する。……なのに、どうしてこんなに嫌な気分になるんだ。

 嫌な汗の滲む手のひらを握りしめ、律は自らの拳に視線を落とした。

「桂人、準備はいい?」
「ああ、ええよ。……はあ、こんな小さい子に異界渡りをさせなあかんとは……俺にも同じ力があればなぁ……」

 和風の魔法陣のようなそれの傍に正座をした桂人が、苦々しい顔をしている。天緒に言われるまま陣の中心に立った律は首を傾げた。

「君には、天緒くんのような力はないのか?」
「ああそうや、悪うございましたな」
「いや、べつにそういう意味じゃ……」
「そのかわり桂人は悪鬼調伏が得意なんです。とっても強いんですよ」
「へえ……。悪霊退散、みたいなことか?」
「ええ、そんな感じで」
「に、兄さん……」

 臍を曲げてしまっていたらしい桂人が、天緒の言葉を聞き目をキラキラ輝かせている。見た目はクールだが、この男、けっこうなブラコンなのかもしれない。

「桂人、結界を頼む。異界への道が通じているあいだは、何が出てくるかわからないからね」
「わかってる」
「それでは、始めます。……いいですね、先生」
「……ああ」
「この円の中にいてください。わかりましたか?」

 正直、胸の奥に燻る妙な焦燥感は消えていない。なんならジリジリとさらに高まっている。
 だがその理由はわからないし、黄泉の国の石なんてものが手元にあるなんて、恐ろしくてたまらない。

 ——返すべきだ。天緒くんもそう言ってる。平和な日常を取り戻すためにも……!

 違和感を拭い去るように律が大きく頷くと、天緒もこくりと頷いた。
 天緒の小さな手が、そっと石をバッグの底から拾い上げ、陣の中心にそっと置く。
 すると、石が突然振動しはじめた。
 地震でも起きたのかと周囲を見回してみたががそうではない。石自体が、まるで自らの意思を持っているかのように震えている。

「う、動いてる……」

 カタカタ、カタカタと小さな音があいも変わらず聞こえてくる。

「いけない、割れてしまいそうだ。これが現世で壊れてしまうとまずい。——夜見、先生をしっかり守るんだよ」
「しょーがねーな」

 夜見がひらりと律の足元に飛んでくる。

「先生は必ず夜見のそばにいてください。決して離れないように」
「わ、わかった」

 小石はさっきよりも激しくガタガタと震え、振動で飛び上がらんばかりに暴れ始めた。

「ナウマクサマンダ バザラダン センダンマカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カン マン」

 か細く澄んだ子どもの声が、涼しい風のように響く。
 小さな手で複雑な手印を結び、天緒が澱みなく真言を唱え始めた。
 ガタガタ、ガタガタと小石が床を振るわせる音と重なり合う。
 天緒の詠唱の声が、ますます高らかに大きく響く。
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