15 / 21
15 異界渡りの力
しおりを挟む件のバッグが、桂人の手によってリビングに運ばれてきた。
その間、天緒はてきぱきと背負っていたランドセルから例の筆と和紙を取り出した。このあいだ貼ってもらった結界の護符はハガキほどの大きさだが、今度は二畳分くらいある大きなものだった。
床に和紙を広げ、筆でさらさらと紋様を書いてゆく天緒の横顔を覗き込む。
それは昨日、この家に結界を張るといって描いた紋様とは異なる複雑なものだ。きれいな真円を描き、円の周りに行書体の文字がぐるりと囲む。
そして、中心部分に正三角形をふたつ組み合わせた六芒星を優美な筆致で描き、中心部には梵字がひとつ書き込まれた。
「よし、陣は完成だ」
「……これで、石を向こうに戻せるのか?」
「ええ、できます。というか、先生の手で戻していただきます」
「僕の、手で?」
「こういった類のものは、自らの手であるべき場所へ戻していただくことが大事なんです。儀式としても、そして先生のためにも」
天緒は迷いのない表情で律を見つめた。その眼差しに、律はたじろぐ。
——返したほうがいいとわかっている。そうすれば問題は解決する。……なのに、どうしてこんなに嫌な気分になるんだ。
嫌な汗の滲む手のひらを握りしめ、律は自らの拳に視線を落とした。
「桂人、準備はいい?」
「ああ、ええよ。……はあ、こんな小さい子に異界渡りをさせなあかんとは……俺にも同じ力があればなぁ……」
和風の魔法陣のようなそれの傍に正座をした桂人が、苦々しい顔をしている。天緒に言われるまま陣の中心に立った律は首を傾げた。
「君には、天緒くんのような力はないのか?」
「ああそうや、悪うございましたな」
「いや、べつにそういう意味じゃ……」
「そのかわり桂人は悪鬼調伏が得意なんです。とっても強いんですよ」
「へえ……。悪霊退散、みたいなことか?」
「ええ、そんな感じで」
「に、兄さん……」
臍を曲げてしまっていたらしい桂人が、天緒の言葉を聞き目をキラキラ輝かせている。見た目はクールだが、この男、けっこうなブラコンなのかもしれない。
「桂人、結界を頼む。異界への道が通じているあいだは、何が出てくるかわからないからね」
「わかってる」
「それでは、始めます。……いいですね、先生」
「……ああ」
「この円の中にいてください。わかりましたか?」
正直、胸の奥に燻る妙な焦燥感は消えていない。なんならジリジリとさらに高まっている。
だがその理由はわからないし、黄泉の国の石なんてものが手元にあるなんて、恐ろしくてたまらない。
——返すべきだ。天緒くんもそう言ってる。平和な日常を取り戻すためにも……!
違和感を拭い去るように律が大きく頷くと、天緒もこくりと頷いた。
天緒の小さな手が、そっと石をバッグの底から拾い上げ、陣の中心にそっと置く。
すると、石が突然振動しはじめた。
地震でも起きたのかと周囲を見回してみたががそうではない。石自体が、まるで自らの意思を持っているかのように震えている。
「う、動いてる……」
カタカタ、カタカタと小さな音があいも変わらず聞こえてくる。
「いけない、割れてしまいそうだ。これが現世で壊れてしまうとまずい。——夜見、先生をしっかり守るんだよ」
「しょーがねーな」
夜見がひらりと律の足元に飛んでくる。
「先生は必ず夜見のそばにいてください。決して離れないように」
「わ、わかった」
小石はさっきよりも激しくガタガタと震え、振動で飛び上がらんばかりに暴れ始めた。
「ナウマクサマンダ バザラダン センダンマカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カン マン」
か細く澄んだ子どもの声が、涼しい風のように響く。
小さな手で複雑な手印を結び、天緒が澱みなく真言を唱え始めた。
ガタガタ、ガタガタと小石が床を振るわせる音と重なり合う。
天緒の詠唱の声が、ますます高らかに大きく響く。
55
あなたにおすすめの小説
帝国海軍の猫大佐
鏡野ゆう
キャラ文芸
護衛艦みむろに乗艦している教育訓練中の波多野海士長。立派な護衛艦航海士となるべく邁進する彼のもとに、なにやら不思議な神様(?)がやってきたようです。
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
※第5回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます※
【完結】お供え喫茶で願いごと
餡玉(あんたま)
キャラ文芸
身勝手な母親のせいで、血の繋がった父と兄と離れ離れになってしまった小学三年生の知也。
ある日知也は、『新しいお父さん』が家にいるせいで家に居づらく、夜の公園で空腹と寒さを抱えていた。
先の見えない孤独と寂しさに囚われかけていた知也の前に、突然見知らぬ少年が現れる。
高校生くらいの年齢に見える少年は樹貴(たつき)と名乗り、知也を見たこともない喫茶店に連れて行く。
なんとそこは、神様が訪れる不思議な店で……。
◇1/22、番外編を追加します! こちらはブロマンス風味が強いので、BLがお嫌いな方はご注意ください。
◇キャラ文芸大賞参加作品です。応援していただけると嬉しいです。よろしくお願いします!
神様達の転職事情~八百万ハローワーク
鏡野ゆう
キャラ文芸
とある町にある公共職業安定所、通称ハローワーク。その建物の横に隣接している古い町家。実はここもハローワークの建物でした。ただし、そこにやってくるのは「人」ではなく「神様」達なのです。
※カクヨムでも公開中※
※第4回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます。※
もっと早く、伝えていれば
嶌田あき
キャラ文芸
記憶から生まれ、1ヶ月で消える運命のあやかし・憶。鎌倉の古い喫茶店「波音堂」で目覚めた彼が最初に出会ったのは、17歳の高校生・夏希だった。
同じ17歳なのに、夏希には18歳の誕生日が来る。憶には来ない。
憶は、大切な人を失った人々を「記憶の渚」へ導き、故人の記憶と対話する手伝いをしている。言えなかった恋の告白、12年越しのさよなら、認知症の夫への思い――4つの「弔い」を通じて、憶は生きること、死ぬこと、記憶することの意味を知っていく。
そして最後、憶は自分の正体を知る。憶は、夏希の母の記憶から生まれたのだと。
「もっと早く、伝えていれば」と後悔する人々に寄り添いながら、憶自身も夏希との限られた時間の中で、大切な気持ちを伝えようとする。
1ヶ月後、憶は静かに光の粒子となって消えていく。でも憶の存在は、夏希の記憶の中で永遠に生き続ける――。
ゲームちっくな異世界でゆるふわ箱庭スローライフを満喫します 〜私の作るアイテムはぜーんぶ特別らしいけどなんで?〜
ことりとりとん
ファンタジー
ゲームっぽいシステム満載の異世界に突然呼ばれたので、のんびり生産ライフを送るつもりが……
この世界の文明レベル、低すぎじゃない!?
私はそんなに凄い人じゃないんですけど!
スキルに頼りすぎて上手くいってない世界で、いつの間にか英雄扱いされてますが、気にせず自分のペースで生きようと思います!
墨華宮の昼寝猫
naomikoryo
キャラ文芸
【♪♪ 完全に完結いたしました(^^) 出来ればお読みいただき応援をお願いいたします ♪♪】
帝都の片隅、誰にも知られず眠る“昼寝猫”。
その正体は、かつて帝国と戦った亡国の軍師。
過去を隠し、現在を守り、未来を記すため、彼女は静かに筆を執る。
墨華宮の静寂に潜む秘密と、真実を綴る者たちの物語。
やがてその眠りが、帝国を揺るがす記録となる――
陰謀と記憶の狭間で紡がれる、ひとつの終焉と始まり。
悪徳公主と冷徹皇帝陛下の後宮薬膳茶
菱沼あゆ
キャラ文芸
冷徹非道と噂の皇帝陛下のもとに、これまた悪しき評判しかない異国の王女、琳玲がやってきた。
琳玲は皇后の位は与えられたが、離宮に閉じ込められる。
それぞれの思惑がある離宮の女官や侍女たちは、怪しい薬草で皇帝陛下たちを翻弄する琳玲を観察――。
悪徳公主と冷徹皇帝陛下と女官たちの日々は今日も騒がしい。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる