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18、けだもの

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 視界が赤い。
 まるで生命の危機を知らせるアラートのように、心臓が拍動するたび世界が揺れる。

 真人に横抱きにされ、ふと我に返ると寝室だった。部屋は暗いのに、真人の白い顔が、赤いフィルタを通したかのように真っ赤に見える。限界だ。

「うぅぅ……ぐぅう……!!!」

 理性など何処かへ吹っ飛び、周はベッドの上で真人に掴みかかった。腹の上に跨り、真人のシャツをがむしゃらに破ってしまえば、柔らかそうな首筋の肉が目の前に晒される。以前の吸血痕はまだ癒えきってはいない。小さく引き攣れたその傷は、あたかも周の所有痕のようだ。

 肩を掴まれ、ベッドに押しつけられる痛みに顔をしかめる真人を気遣う余裕などもはやない。周がフーッ……フーッ……と息をするたび、真人の肌に涎が滴る。

 ぐわんと視界が歪んだその瞬間、周は素早い動きで真人のそこに牙を突き立てた。

「っ……ァっ……!!」

 力任せに喰らいついたせいか、真人の全身が硬くこわばる。抵抗するようなそぶりを見せる真人の腕が煩わしく、荒々しく手首を掴んでベッドに捻じ伏せた。

「痛っ……周くん、っ……周、」
「ふぅっ……ふ……ッ……ン、く、んく……」
「ぁ、あっ……!」

 深くえぐれた傷口から、どぷり……と大量の血が溢れ出す。その途端に匂い立つ甘い甘い血の香りに、周は目が眩むほどに歓喜していた。
 
 口の中に広がる豊潤な命の味。真人から溢れ出す、とろりとした生き血の味に、周は文字通り目の色を変えて食らいついた。

「ん、ん、ん、っ……ハァっ……血、ん、んく……ん」

 二度、三度と牙を立て、傷を拡げる。真人の心臓が拍子を打つたび、その度に新たな血が流れ出す。いくらでも、いくらでも味わっていたい。

 肉を裂く牙の感覚は震えるほどの快楽だ。


 全部、全部飲み干して、肉体をも食い尽くして、このまま血の海の中で——


「周!!」
「っ……は」


 トランス状態の脳に真人の声が割り込んで、周はハッとした。


 じわじわと現実感を取り戻す中、周は、自分の手の中で、軋むほどに握り締められている真人の手首を見た。

 そして、肩口を痛々しく咬み荒らされ、ベッドに鮮血を散らす真人の姿も……。

「あ……」
「……もう、ええやろ。何回噛むねん、さすがに痛いわ」
「はっ……、真人……ごめ」
「それに……なんちゅう馬鹿力や」

 パッと手を離し、周は思わず口を押さえた。自分のしでかしてしまったおぞましい暴挙に、さあっと背筋が冷えてゆく。

 まるで獣だ。飢えた獣だ。
 相手を力で押さえつけ、牙による快楽を求めるために、何度真人に噛みついたのだろう。必要な量はすでに嚥下し、周の腹を満たしているというのに、ただ、血の味が美味くて、美味くて、欲しいままに味わった。

 真人は、何度抵抗したのだろう。何度周を制止したのだろうか。その声も聞こえないくらい、本能のままに——

「ごめ……ごめん、ごめん……っ」
「いや……いいねん。こっちこそ悪かった。三週間……ほったらかしやったもんな。ちゃんと気付いてあげられてたら……」
「違ぇよ! 真人は悪くない……ごめん、こんな、俺」

 真人の肌をべっとりと濡らす血を拭いたくて、周はべろりとその肌に舌を這わせた。

 甘い、美味しい……まるで麻薬のように、真人の血は周の内腑を溶かしてゆく。そうして満たされてゆく恍惚感に、罪を感じずにはいられなかった。

「ぁっ……周くん、もう、ええから」
「ごめん、……ごめん、ふぅ……ッ……ん」
「ぅ……は」

 傷口を舐める周の肩に触れる真人の手は、熱い。舌を蠢かせるたびに震え、声を殺すように唇を引き結んでいる。

 その反応には覚えがある。この間の吸血行為で、溢れんばかりの快楽を二人で分かち合ったのだ。普段は理性的な真人でさえ、正気を失って周を求めるほどの快楽だった。

 ぐ……と膝で真人の股座に触れてみると、そこは確かに硬さをもっている。それが妙に嬉しくて、腹の奥がきゅんと疼いた。

「まさひと……ねぇ、キスしていい……?」
「え……?」
「血の味、するかもしんないけど……したい。前みたいに、してよ」

 血で濡れた指先で、真人の頬を撫でる。真人は蕩然とした目つきで周を見上げ、自らの頬に触れる周の指に指を絡めた。

 そしてぐいと引き寄せられ、唇が深く重なった。息をする間も与えられないほどに濃密な、激しいキスだ。
 周の中に差し込まれた舌が、とろり、とろりと周の粘膜を愛撫する。ぞくぞくするほどに、気持ちが良い。

「ん、ぁ……ふ、ン……ん」

 角度を変え、深度を変え、何度も重なり合う唇から、濡れた音が溢れ出す。互いの唾液で艶めいた唇から、堪えようのない喘ぎがこぼれはじめた。

 無意識のうちに腰が揺れ、尻で真人の屹立を擦っている。それだけで気持ちが良くて、止められない。キスをしながら、だらしのない声が漏れてしまう。

「ぁ、あん、ん……ン」
「あかんて、そんな……したら」
「ん、もっとしたい、もっと……ねぇ、まさひと」
「っ……」

 ぐ……と大きな手で尻を掴まれたかと思うと、その手がジーパンの中に忍んできた。直に尻を揉みしだかれ、割れ目を指で擦られて、周は思わず背をしならせ、「ぁ、あっ……ぁん、ハァ……ぁ」と甘ったるい声を上げていた。

「ん、まさひと……っ、きもちいい、っ……ぁ」
「はぁ……っ……も、たえられへん……」
「へ……?」

 ぐい、と引き寄せられたかと思うと、いつの間にか天井を見上げていた。体勢が逆転し、気づけば真人に組み敷かれる格好になっている。
 ずる、とズボンを抜かれて、下半身が露わにされたかと思うと、張り詰めきった周のペニスは、何かあたたかなものに包み込まれていた。

「えっ……ァ、あ、や、やだ、そんな」

 大きく脚を開かされながら、真人にペニスをしゃぶられた。膝裏を掴む真人の手は強引で、有無を言わさぬ猛々しさがあった。じゅる、じゅっ……とあえてのようにいやらしい音を響かせながら、真人は周の屹立を口内で愛撫している。

「ぁ! ぁ、あん、っ……やめろ、やめろよ、……ァっ……ぁ!」

 滴った唾液でとろとろに濡れた窄まりを、同時に指で撫で回される。くすぐったいような感覚は、あっという間に快楽へと早変わりだ。
 竿に絡みつく舌の感触も、鈴口をなぞられる刺激も、喉の奥で締め付けられる淫猥な感覚も、全てが混ぜ合わさって、周を激しく責め立てる。

「や、ァっ……いく、いっちゃう、そんなの……ァ、あっ……!!」

 かすれた声で途切れ途切れに訴えるも、真人は上目遣いに周を見遣るだけで止まってくれない。なおさら激しくしゃぶられ、吸い上げられ、周はとうとう声を上げる余裕もなく達してしまった。

「ハァっ……ぅンっ……んんん——ッ……!!」

 ぐったりと弛緩する身体が、微かな痙攣で震えている。ようやく口を離した真人が、ごく……と微かに喉を鳴らした。全て飲み干してしまったのだろう。
 羞恥のあまり泣きたくなったが、真人から与えられた快楽は、十六歳の肉体にはあまりにも刺激が強すぎる。周は胸を上下させ、余韻に痺れながらぽろぽろと涙を流した。

「はぁっ……はぁ、は……」
「……かわいい」
「ん、っ……」
「……君がかわいすぎて、僕は……」

 愛おしげに絡みつく指先が、優しい。首筋に唇が触れるだけで、周はびくんと全身を震わせた。捲れ上がったシャツの中で、真人の指先が淡く滑る。腰から背中、そして背中から、胸の方へと。

「ぁ、あん、っ……ん」
「……かわいい。こんなに、感じてくれて」
「ぁ! ぁ、ああっ……そんなとこ、さわんな……っ」

 ツンと硬く尖った胸の尖りを指先で捏ねられて、周はたまらず身悶えた。じんじんと疼くような甘い快楽が全身を駆け巡り、腰が勝手に動いてしまう。

「ぁ、あ……っ、ん、んっ……や……」

 するりとシャツを抜かれてしまい、周は肉体の全てを真人の前に晒していた。真人ももどかしげにシャツを脱ぎ捨て、引き締まった肉体を周の前で露わにする。

 大人の男の身体だ。薄暗がりに浮かび上がる真人の肉体は、完成された男のそれだった。
 服を着ているときは、知性を纏った穏やかな大人だ。学生や患者の前で見せる理知的な顔が嘘のように、裸体を晒す真人の姿は、とても野生的だった。

 この肉体に、これから支配されてしまうのかと思うだけで、周の胸は激しく高鳴る。

「……君は、美しいな」
「ぁ……っ……う」

 する……と指先で肌を撫でられるだけで、達してしまいそうに心地良い。身をかがめた真人に乳首を舐(ねぶ)られ、肌という肌を優しく撫でられ、周は狂ったように善がり声を上げていた。

「……ぁ! ぁ、ぁんっ……!! まさひと、ぁ、あっ……!」
「かわいい。……ハァ……挿れたい、ここ」
「ん、ンっ……! ぅあ、あっ……」

 ぐ……とアナルに指が押し当てられ、周はゆるりと目を開いた。ひりつくような表情で周を見下ろす真人のぎらついた瞳に、抗いようのない欲望を感じた。


 ——したい、したい、ほしい、まさひとのぜんぶが、ほしい……。


「挿れてよ……。したいよ、俺も……っ」
「……ほんまに?」
「したい、ナカ、ほしいよ。まさひと、挿れてよ。抱いて、おれのこと」
「……」

 真人はちゅっと周の額にキスをして、スタンドライトの置かれたベッドサイドチェストに腕を伸ばす。じんじんと痺れ切った頭で真人の行動を見つめている間も、欲しくて欲しくてたまらなかった。

 反り返った真人の性器は、彼の落ち着いた外見からは想像もできないくらい、あまりにも凶暴だ。

 だが、怖いとは思わなかった。ただただ、早く欲しくて、一つになってしまいたくて、心も身体も逸っている。

「ぁ、あ……ぁ! 中っ……」

 きちんと手の中で温められたジェルと、真人の指。それがゆっくりと抽送される。羞恥心などはとっくに消え失せ、周は自ら脚を開いて腰を突き出し、真人のキスと愛撫に酔い痴れた。

 二本、三本と増やされ、中でゆっくりと曲げ伸ばされる指の動きで、周はもはや限界だった。今にも絶頂しそうだし、正直イキたい。真人の丁寧さは嬉しいが、それ以上に焦れてしまう。周はまたぽろりと涙を流した。

「指……すんなり入ったな。すごい……こんなに熱くて」
「ん……ん、ねぇ、早く挿れて、真人のちんぽ、挿れてよ……っ」
「でも、もっと慣らさないと」
「やだ、もう、指やだ……! イキそうなんだもん、ゆびで、イキたくない、ねぇ、挿れて……挿れろよっ……!!」

 真人はちょっと困ったような顔をしたけれど、瞳の奥が欲望に揺らめくのを、周は見て取っていた。真人だって限界のはずだ。彼の切っ先もまた、とろりとした先走りで濡れている。

  ジェルを足し、そそり勃つ剛直を周のそこに宛てがいながら、真人はもう一度周にキスをした。ぐい、と膝裏を掴まれ、目一杯脚を開かされ、そして。

「ぁ! ァっ……ぁ、あぁあっ……!」

 ず、ずず……っと、ゆっくり周の中を割って、真人のペニスが挿入ってくる。あまりの圧迫感に息が止まりそうになるが、真人は切なげに目を細めながら、「ゆっくり、息して……そう、上手やで」と周の頭を撫でた。

「ぁ、ああっ……。まさひと、ぅあ、ァっ……おっきぃ、ンっ……」
「……っ……ハァっ……すごいな。周くんのナカ、……引き込まれる」

 真人は途中で腰を止め、周の肩口に顔を埋めて嘆息を漏らした。肌に触れるさらりした黒髪が愛おしく、周はぎゅっと真人を抱きしめた。

 裸の肌と肌が触れ、互いの鼓動をはっきりと感じる。真人の濃厚なキスでとろけてゆく身体は、感度を増す一方だ。

 腹の奥が熱い。圧迫感はいつしか、内壁からとろけてしまうそうな快楽に塗り替えられていた。真人が呼吸をするだけで、びりびりと凄まじい快楽が駆け巡る。周は全身で真人にしがみつきながら、びく、びくっと腰を震わせた。

「あん……う、動かないで、……ッん、いきそ、もう、イキそ……っ」
「ええよ、イって? ……今動いたら、僕もすぐイってまいそうや」
「はぁっ……すげ、きもちいい……っ、まさひと、ハァっ……は」
「僕も、気持ちええよ。イって見せて……な?」

 汗で額に張り付いた髪を、真人がそっとよけてくれる。優しくキスをされながら微笑みかけられ、幸せで、嬉しくて、周の頬をぽろぽろと涙の粒が転がった。

 舌を絡めながら、真人がゆっくりと腰を振る。たったそれだけの刺激で、周の飽和した快感はあっという間に溢れかえってしまった。

「ぁ! イク、いく、ぁ、あん、ン、んん——ッ……!!」
「っ……ハァっ……すごい、締まる……っ」

 ぎゅうっと目を閉じて真人にしがみつきながら絶頂した周を、真人は同じくらいの力で抱きしめ返してくれた。

 だが、そろそろ真人も動かずにはいられないのか、絶頂の余韻もひかないうちに、ずんずんずん、と激しいピストンが始まった。

「ぁ! ぁ、まって、まだ、や、ぁん、あっ……!!」
「ごめん、……っ、ハァ、もう、無理や。……ハァっ……ぁ」
「ン、ぁ、あっ……!! おく、らめっ……ァぁ、あん、ぁん……!!」

 起き上がった真人に腰を掴まれ、思うさま奥まで突き上げられ、周はびゅる、びゅるっ……!! と白濁を迸らせた。

 突かれるたびに高らかに鳴く周から、真人はひとときたりとも目を逸らさない。熱い視線に射抜かれながら貫かれ、快楽という快楽をその身に教え込まれる。周は、恍惚に溺れた。

「ぁ、らめ、またくる……イっちゃう、イク、いぐっ……ァ!! ぁ、ハァっ……ぁう……ッ!!」
「……顔、隠したらあかん。こっち見て、ほら……見せて」
「見んな……っ! ん、ァ、やぁ……ッ、またイキそ……どうしよ、あっ、ぁ……!」

 体位を変えながら何度となく絶頂へと追い詰められ、声を枯らすほどに喘がされる。

 ベッドにしがみつきながらバックから揺さぶられ、最奥で射精される快感を覚え込まされ——


 くしゃくしゃに乱れたシーツの上で、獣じみたセックスに溺れた夜だった。
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