氷の魔術師は王宮騎士の愛に甘く蕩ける

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
27 / 32
あやしい薬は適量で【セス視点】

3 近衛魔術師団長・クリスの来訪

しおりを挟む
「お邪魔するよ」
「わぁっ、クリス様! どうなさったんです、こんなところに来られるなんて!」

 素早い身のこなしで管理室の扉をすぐさま閉め、ユリアが目を丸くしている。
 背後にふたりの騎士を従えた近衛魔術師団長のクリスは、紳士然とした所作でユリアの手を取りキスを落とした。彼が身を屈めると、高いところでゆわえた艶やかな赤毛がさらりと肩から落ちる。
 
「ノクトがここにいると聞いてね! 彼の仕事がどういった成果を上げているのか視察にきたんだ!」
「ああ、そうでしたか~! でもあと数分お待ちください、今からノクト様にお力を奮っていただくところですので」
「へぇ、そうなの? 私も協力しちゃおうかな」
 
 貴族のご婦人たちには大人気のクリスだが、研究者のユリアはさほどクリスに関心はないようだ。キビキビと事務的にノクトの協力によって得られた成果をクリスに伝えているが、当のクリスは「ふんふん」と適当に相槌を打ちつつ管理室の中をぐるりと見回している。
 
 そして、ノクトを見つけてパッと目を輝かせた。
 クリスは形のいい唇をきゅっと吊り上げ、ユリアの傍をすり抜けてノクトにずんずんと近づいてきた。
 つい条件反射ですっとノクトの前に立ち塞がると、進路を塞がれたクリスが、ややムッとしたような顔になる。

「やあセス、いたんだ。僕はノクトと話がしたいんだよね、どいてくれない?」
「お話ならこのままでもできるでしょう。どうぞ」
「セス、セス、何やってるの。前が見えないよ」

 花壇と花壇の間に立ち塞がる俺の背後から、ノクトがひょこっと顔を出す。
 するとわかりやすく、クリスがはしゃいだような笑顔になった。確か俺より十五ほど年上だったはずだが、無邪気すぎてまるで子どもみたいな人だ。
 
「やあノクト。ユリアがね、ここの壁を氷で覆ってほしいんだって。私も手伝うよ」
「あ、そういうことになったんですね。わかりました」
「そういうわけだから、セスはどいてなさい。ほら、私は近衛魔術師団長だよ? 命令だよ?」
「……わかりましたよ」

 緋色の軍服の胸に手を当ててふんぞり返り、ニヤリと笑うクリスだ。立場を改めて口にされると逆らえない。
 俺がすっと身を引くと、後ろから進み出てきたノクトの肩をクリスが親しげに抱き寄せた。

「さぁ、やろうか! 私がこの壁全体に水膜を張ってあげるから、バッキバキに凍らせてくれたまえ!」
「了解です」

 さりげなくクリスの手を払いのけつつ、ノクトは両手を軽く握ったり開いたりと準備を始めた。
 
 まるで楽団の指揮を執るようにクリスが優雅に両手をしならせると、壁の下部分からみるみる澄んだ水が湧き上がり、それが天井までを覆っていく。まるで生き物のようにふるふると揺れながら。
 研究者たちの口から「わぁ~」と歓声を上がると、クリスは嬉しそうに微笑んだ。

「さあノクト、君の出番だよっ!」
「はい。みなさんは壁から離れていてください」
 
 一人盛り上がるクリスとの温度差を気にする様子もなく、ノクトは淡々とした口調で研究者たちを部屋の中心部に集めた。
 そして両手を高く掲げ、静かに深呼吸をひとつ。

「わ……すごい……」
 
 ピキ、パキ……と微かな音を響かせながら、壁と天井を覆う水の膜が凍りつき始めた。
 透明度の高い水晶のように美しい氷に覆われた煉瓦造りの研究室の中、部屋を見回す研究者たちの吐息が白く煙った。

「うん、見事なものだ! さ、これで仕事は終わりだね」
「ご協力感謝します。お話とは何でしょう?」
「ま、ここは寒いから外でお茶でも飲もう。さあ行こうか!」

 クリスは白い息を吐きながら意気揚々とノクトを連れて研究室を出ていく。
 背後では、研究者たちがガタガタ震えながら「す、すごい、こんなこともできるんですか……!! わぁ~……これなら、もっと広い部屋でたくさんユキミ草を育てることも可能かも!!」「室長! すぐに申請出しましょう! もっと広い研究室を作れるように……!!」「そ、そうね! あ、でもその前にノクトの様のご予定を押さえないと……!!」と盛り上がっている。

 熱心な研究者たちに小さく一礼し、俺は騒がしい低音管理室の扉をそっと閉めて外に出た。
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで

二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

嫌われ将軍(おっさん)ですがなぜか年下の美形騎士が離してくれない

天岸 あおい
BL
第12回BL大賞・奨励賞を受賞しました(旧タイトル『嫌われ将軍、実は傾国の愛されおっさんでした』)。そして12月に新タイトルで書籍が発売されます。 「ガイ・デオタード将軍、そなたに邪竜討伐の任を与える。我が命を果たすまで、この国に戻ることは許さぬ」 ――新王から事実上の追放を受けたガイ。 副官を始め、部下たちも冷ややかな態度。 ずっと感じていたが、自分は嫌われていたのだと悟りながらガイは王命を受け、邪竜討伐の旅に出る。 その際、一人の若き青年エリクがガイのお供を申し出る。 兵を辞めてまで英雄を手伝いたいというエリクに野心があるように感じつつ、ガイはエリクを連れて旅立つ。 エリクの野心も、新王の冷遇も、部下たちの冷ややかさも、すべてはガイへの愛だと知らずに―― 筋肉おっさん受け好きに捧げる、実は愛されおっさん冒険譚。 ※12/1ごろから書籍化記念の番外編を連載予定。二人と一匹のハイテンションラブな後日談です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。