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あやしい薬は適量で【セス視点】
4 あやしい妙薬
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「若返りの妙薬?」
うららかな昼下がりの陽光の差し込む東屋。
クリスの侍従が運んできた紅茶と茶菓子の乗ったテーブルの上に、見るからに怪しい紫色の瓶が佇んでいる。
「クリス……またそんなあやしいものを。どこで手に入れたの?」
「ふふ、この間王宮にやってきた魔法行商人からね。ああ、昔から懇意にしている相手だから毒物ではないよ」
「毒じゃないっていったって……」
王太子ハルジ様のご婚儀のタイミングで、ノクトは近衛魔術師へと昇進した。
近衛魔術師団の長であるクリスとの立場には相変わらず上下関係があるものの、ここ最近任務だ新技の研究だと関わる機会が格段に増えに増えているためか、クリスから「敬語はまどろっこしいから禁止! 私とノクトの仲だからね♡」と言い渡されたという。
はじめは少し緊張しているように見えたが、今はすっかり慣れているようだ。
「で、その怪しい薬をノクト様に見せてどうするつもりなんです。どうせろくでもないことを企んでるんでしょう」
人払いをしているため、東屋にいるのは俺たち三人だけだ。
俺にぞんざいな口をきかれてもクリスはまるで気にするそぶりはなく、長い脚を組んで悠然と微笑んでいる。
「ひどいな~、セス。そんなわけないじゃない」
「じゃあ話って何ですか」
「もー、いちいちそんな怖い顔で凄まないでよ。べつにノクトで人体実験しようとしてるわけじゃないんだからさぁ」
クリスがむうっと膨れっ面をした。そんな顔をしてもひとつも可愛くはない。
「いつぞや捕獲した魔獣に使ってみようと思っているんだよ」
「え? 魔獣にですか?」
今まさにカップから紅茶を一口飲んだばかりのノクトが、驚いたように目を見張っている。
クリスは頷き、茶菓子を指で一つ摘んで口に放り込んだ。
「魔獣研究者には許可をとってある。鳥型魔獣に投与してみたいと思っていてね」
「へえ……。それが本物なら、鳥が雛になるかもってこと?」
「そ。魔獣がどういった成長過程を経ているのかということはまだ謎に包まれているからね。研究の一助となるはずだ」
「なるほど。で、僕は何を?」
「実験中、魔獣を拘束しておいて欲しいんだ。何が起こるかわからないからね」
どうやらこの薬にも真面目な使用目的があったらしい。生真面目な表情で魔獣の拘束方法や起こりうる危険性について話し合うふたりを、俺は静かに見守った。
話が済むと、クリスは指先で20センチほどの高さの細長い瓶をつまみ上げて左右に軽く振り、頬杖をついた。
「本当に効果があるようなら使ってみたいとおっしゃる貴族の奥様方がけっこういるんだ。呆れてしまうよ」
「へぇ、怖いもの知らずだなぁ」
「美貌を保つためなら湯水のように金を使う。どうせ使うのなら、知識を肥やすために使えば良いものを」
——社交場では楽しそうにそういう女性たちの相手をしているように見えるのに、ずいぶんな物言いだな……
近衛魔術師を名乗れる者は、身分も能力も秀でた魔術師だけだ。
クリスは最年少で近衛魔術師となり、王侯貴族を間近で護衛してきた。現場で魔獣だけを相手にしてきた俺とは違う苦労がクリスにはあるのかもしれない。
気の置けないノクトを前にしているからか、クリスは珍しく不機嫌そうにぼやきはじめた。
指で摘んだ瓶を、左右にぶらぶら振りながら。
「やれやれ、今夜もそんな女性たちに囲まれてパーティだ。まったく、私だって暇ではないのに——……あっ!」
彼の苛立ちに任せて左右に揺らされていた瓶が、クリスの指先を不意に離れた。
ガタンとテーブルに底を打ちつけた拍子にコルクの蓋が緩んで外れ、瓶の中で激しく揺れていた水薬が、ノクトのほうへ——……!
「危ない!」
咄嗟にノクトを抱き抱えた俺の後頭部や背中に、ばしゃんと液体がぶちまけらる感触があった。
今日は討伐任務ではなかったため、マントを身につけていなかったことが悔やまれる。
——くそっ……得体の知れないものを浴びてしまった……!
じゅわっと熱い感覚。
液体が振りかかった場所に灼けるような痺れが走って、俺はノクトを抱きしめたまま東屋のベンチに膝をついた。
「セ、セス!! セス!」
「大変だ!! 誰か来てくれ!!」
——っ……!! なんだこれっ……!!
水薬を洗い流そうとしたのだろう、ざばざばと頭上から大量の水が降ってくる。屋根がある東屋の中だというのに、土砂降りの雨が降っている。もう十分に薬は流れだろうに、これではノクトまでずぶ濡れになってしまう。
「セス! ……え、セス?」
「……ノクト、大丈夫か?」
「ぼ、僕は大丈夫だけど……こ、これは……っ」
「え……? あれ?」
ノクトを抱きしめていたはずが……おかしい。視点がおかしい。
いつもなら俺の腕の中にすっぽりとおさまっているノクトの身体に、逆に俺がしがみついている格好になっている。
「あれ?」
たっぷりと水を吸った軍服が重い。あまりに重い。腕が上がらないくらい重い。
ずぶ濡れのまま顔を上げると、驚愕の表情を浮かべたノクトの顔が真上にある。
そして、ノクトの濡れた服を掴んでいる自分の手が、やけにもちもちしていることに俺は気づいた。
「……え?」
「え?」
「え————!?」
戸惑う俺とノクトの声に重なって、クリスの叫びがこだました。
うららかな昼下がりの陽光の差し込む東屋。
クリスの侍従が運んできた紅茶と茶菓子の乗ったテーブルの上に、見るからに怪しい紫色の瓶が佇んでいる。
「クリス……またそんなあやしいものを。どこで手に入れたの?」
「ふふ、この間王宮にやってきた魔法行商人からね。ああ、昔から懇意にしている相手だから毒物ではないよ」
「毒じゃないっていったって……」
王太子ハルジ様のご婚儀のタイミングで、ノクトは近衛魔術師へと昇進した。
近衛魔術師団の長であるクリスとの立場には相変わらず上下関係があるものの、ここ最近任務だ新技の研究だと関わる機会が格段に増えに増えているためか、クリスから「敬語はまどろっこしいから禁止! 私とノクトの仲だからね♡」と言い渡されたという。
はじめは少し緊張しているように見えたが、今はすっかり慣れているようだ。
「で、その怪しい薬をノクト様に見せてどうするつもりなんです。どうせろくでもないことを企んでるんでしょう」
人払いをしているため、東屋にいるのは俺たち三人だけだ。
俺にぞんざいな口をきかれてもクリスはまるで気にするそぶりはなく、長い脚を組んで悠然と微笑んでいる。
「ひどいな~、セス。そんなわけないじゃない」
「じゃあ話って何ですか」
「もー、いちいちそんな怖い顔で凄まないでよ。べつにノクトで人体実験しようとしてるわけじゃないんだからさぁ」
クリスがむうっと膨れっ面をした。そんな顔をしてもひとつも可愛くはない。
「いつぞや捕獲した魔獣に使ってみようと思っているんだよ」
「え? 魔獣にですか?」
今まさにカップから紅茶を一口飲んだばかりのノクトが、驚いたように目を見張っている。
クリスは頷き、茶菓子を指で一つ摘んで口に放り込んだ。
「魔獣研究者には許可をとってある。鳥型魔獣に投与してみたいと思っていてね」
「へえ……。それが本物なら、鳥が雛になるかもってこと?」
「そ。魔獣がどういった成長過程を経ているのかということはまだ謎に包まれているからね。研究の一助となるはずだ」
「なるほど。で、僕は何を?」
「実験中、魔獣を拘束しておいて欲しいんだ。何が起こるかわからないからね」
どうやらこの薬にも真面目な使用目的があったらしい。生真面目な表情で魔獣の拘束方法や起こりうる危険性について話し合うふたりを、俺は静かに見守った。
話が済むと、クリスは指先で20センチほどの高さの細長い瓶をつまみ上げて左右に軽く振り、頬杖をついた。
「本当に効果があるようなら使ってみたいとおっしゃる貴族の奥様方がけっこういるんだ。呆れてしまうよ」
「へぇ、怖いもの知らずだなぁ」
「美貌を保つためなら湯水のように金を使う。どうせ使うのなら、知識を肥やすために使えば良いものを」
——社交場では楽しそうにそういう女性たちの相手をしているように見えるのに、ずいぶんな物言いだな……
近衛魔術師を名乗れる者は、身分も能力も秀でた魔術師だけだ。
クリスは最年少で近衛魔術師となり、王侯貴族を間近で護衛してきた。現場で魔獣だけを相手にしてきた俺とは違う苦労がクリスにはあるのかもしれない。
気の置けないノクトを前にしているからか、クリスは珍しく不機嫌そうにぼやきはじめた。
指で摘んだ瓶を、左右にぶらぶら振りながら。
「やれやれ、今夜もそんな女性たちに囲まれてパーティだ。まったく、私だって暇ではないのに——……あっ!」
彼の苛立ちに任せて左右に揺らされていた瓶が、クリスの指先を不意に離れた。
ガタンとテーブルに底を打ちつけた拍子にコルクの蓋が緩んで外れ、瓶の中で激しく揺れていた水薬が、ノクトのほうへ——……!
「危ない!」
咄嗟にノクトを抱き抱えた俺の後頭部や背中に、ばしゃんと液体がぶちまけらる感触があった。
今日は討伐任務ではなかったため、マントを身につけていなかったことが悔やまれる。
——くそっ……得体の知れないものを浴びてしまった……!
じゅわっと熱い感覚。
液体が振りかかった場所に灼けるような痺れが走って、俺はノクトを抱きしめたまま東屋のベンチに膝をついた。
「セ、セス!! セス!」
「大変だ!! 誰か来てくれ!!」
——っ……!! なんだこれっ……!!
水薬を洗い流そうとしたのだろう、ざばざばと頭上から大量の水が降ってくる。屋根がある東屋の中だというのに、土砂降りの雨が降っている。もう十分に薬は流れだろうに、これではノクトまでずぶ濡れになってしまう。
「セス! ……え、セス?」
「……ノクト、大丈夫か?」
「ぼ、僕は大丈夫だけど……こ、これは……っ」
「え……? あれ?」
ノクトを抱きしめていたはずが……おかしい。視点がおかしい。
いつもなら俺の腕の中にすっぽりとおさまっているノクトの身体に、逆に俺がしがみついている格好になっている。
「あれ?」
たっぷりと水を吸った軍服が重い。あまりに重い。腕が上がらないくらい重い。
ずぶ濡れのまま顔を上げると、驚愕の表情を浮かべたノクトの顔が真上にある。
そして、ノクトの濡れた服を掴んでいる自分の手が、やけにもちもちしていることに俺は気づいた。
「……え?」
「え?」
「え————!?」
戸惑う俺とノクトの声に重なって、クリスの叫びがこだました。
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