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4、気まずい雰囲気

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 そして、数日後の朝。

「なぁ瀬名、土日どっちか空いてない?」
「土日? ……部活に決まってんだろ。ってかお前も部活だろ」
「うちは土曜の午後がオフなんだ。久々に俺んち来ない?」
「家ねぇ……」

 瀬名は綺麗に整った眉をひそめて、なんだか少し困ったような顔をした。……あの日以来、いつもこれだ。そりゃ、調子に乗ってやりすぎた俺も悪かったけど……。

 あの日のことを話し合いたくて、邪魔の入らないところで話をしたいなと思ってるだけなんだけどな……。

 ちょっと前までは、「明日、する?」と尋ねると「おう、いーぜ」なんて軽い返事が返ってきた。普通にゲームとかしに行くノリで家に上がって、ネトゲしたりテレビ見たりしながら、ちょっと気が向いたら”練習”に精を出す……そういう流れが当たり前のようにできていたんだけど、どうも最近、ノリが悪い。……多分、いや確実に、俺のせいだけど……。

「……うーん」
「なんか用事ある?」
「いや、用事ってほどのことじゃねーけど……」
「ふーん……そっか。なら、やめとくわ」

 気乗りしない顔をしている瀬名にゴリ押しするのはカッコ悪いような気がして、俺は一応笑ってさらっと身を引いてみた。すると瀬名は、渋ったくせに若干残念そうな、寂しそうな顔をして俺を見る。……うーん、なんだこれ。


 ……ひょっとして、もうやめたくなったかな。こういうの。


 隣を歩く瀬名の横顔はとてつもなく不機嫌そうだ。でも、通りすがりの可愛い女子のグループに「瀬名くん、おっはよー!」なんて声を掛けれられたら、瀬名は優しい笑顔で「おう、おはよ」と返してる。返事をされた女の子たちも、顔を寄せ合ってきゃいきゃい喜んでいるようだ。

 しかし瀬名は、俺と二人になると、また不機嫌そうな顔になる。

 瀬名が歩くたびにきらりと光るピアスを見つめていると、こういう関係性になってからずっと俺を不安にさせ続けているかすかな予感が、急に形をもって迫ってくるような気がした。


 :--俺とのこんな関係にケリつけて、普通に女の子と付き合いたい……とか、言い出すのかな。部活と遊びで忙しいから恋愛なんかしてる暇ないって言ってたけど……。


 瀬名は女子にモテる。中学の頃から密かにモテていたけど、高校に入って背が伸びて、華やかな容姿が際立つようになってからというもの、誰それが瀬名に憧れている、惚れている、という噂を頻繁に耳にするようになった。アプローチしてくる女子も多い。 

 昔からファッションに関しては興味津々だった瀬名は、高校進学と同時にピアスを開け、ただでさえ茶色い髪をおしゃれにいじって、驚くほど華やかな見た目を手に入れた。高校デビューに大成功したってこと。

 対する俺は、憧れて入部した強豪サッカー部の練習について行くのがやっとで、見た目なんかに構ってる余裕なんかなかった。それに制服なんてどう着てても一緒だし、髪は部内規定でとりあえず短髪ってことで、特にパッとするところのないフツメンだ。


 ——俺みたいのと、いつまでも乳繰り合ってても、しょうがないか。来るべき女子との初エッチのために、俺たち今まで“練習”してきたんだし……。


 練習の成果を試す場があるなら、そっちを優先させるべきだ。華やかな瀬名には、そういうリア充人生の方が似合うに決まってる。

 ゆるく結んだだけのネクタイ、多少だらしなく開いたシャツの襟元、ちょっと大きめのベージュのカーディガンを軽く腕まくりした手首には、かっこいいアクセサリーが巻きついてる。
 無骨なだけの俺とは全然違う。華があって、繊細で、おしゃれで……。実際、瀬名の周りには、こいつと同じように華やかなメンバーが揃ってる。かわいい女子も、そりゃわんさか寄ってくるだろう。


 ——相変わらずモテない俺が憐れで、やめようってことが言い出しにくいのかな……。


 思考がどんどん卑屈になる。しかし、やめるならやめるで、早いうちにきちんと話をつけておくべきだろう。瀬名のためにも、そして俺自身のためにも……。


 意を決して話を振ろうとしたその時、後ろからばたばたとやかましい足音が近づいてきた。

「おっはよー! なーにやってんだよ! 次理科室だぜ理科室!」
「うぐぉ!!」

 後ろからドーン!! と俺たちに飛びついてきたのは、同じクラスの弓月歩だった。こいつも華やかなグループに属するタイプのかわいい系チャラ男で、瀬名とけっこう仲がいい。

「いってぇなぁアホ弓月!」
「アホはないだろひでーなぁ。なぁ、ひどいよなぁ? 何とか言ってやってくれよ敬太クン!!」
「弓月うっせぇ。……ふぁーあ、ねむ」
「ひどっ!! お前らひどい!!」

 と、弓月の背後からのっそり現れたのは、クラスメイトの霧島敬太だ。こいつもかなりのイケメンだが、黙ってると顔は怖いしガタイもいいから、とにかく圧迫感が半端ない。

 俺は高二で初めて霧島と同じクラスになったけど、最初は霧島がかなり苦手だった。今はまぁまぁ平気だけど、進んで仲良くできるタイプの男じゃないのは確かだ。だって怖いし。

 こいつらは、水泳部繋がりでも仲がいい。ひとりサッカー部の俺は、何となく居心地が悪くなってきた。

「お、俺先に行くわ。便所行きたいし」
「え、あ……おう」

 霧島にぶうぶう文句を言ってる弓月を眺めていた瀬名は、ぎこちなくこっちを見て、歯切れの悪い返事をした。俺はぽんと瀬名の肩を軽く叩き、そっと耳元で囁く。

「瀬名……話したいことあるから、また時間作って」
「……話って」
「頼むな」

 そうして俺は、しばらく自分から瀬名に連絡を取ることをやめた。
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