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あれから、数年の歳月が流れた。
ロイヤル王国の季節は、穏やかに、そして平和に巡っていた。ハーデスは、国王である父を助け、次期国王として、その類まれなる才能を遺憾なく発揮していた。彼の隣には、いつも、貞淑で聡明な妃として、民衆から絶大な人気を誇るイヴの姿があった。
公の場でのイヴは、王太子妃としての気品と威厳に満ち、その立ち居振る舞いは、完璧だと誰もが称賛した。彼女が内に秘めた精霊の力は、もはや暴走することなく、彼女の慈愛深い心と完全に同調し、彼女が訪れる土地に、穏やかな祝福をもたらしていた。
だが、そんな完璧な妃も、ハーデスの前では、昔と何ら変わらない。心を許した主人にだけ喉を鳴らす、一匹の、甘えたな黒猫に戻るのだった。
ある晴れた日の午後。王宮の離宮にある、緑豊かな庭園で、一家団欒の、幸せな時間が流れていた。
「アルス! あまり速く走ると、転びますよ!」
イヴが、少し膨れたお腹を優しくさすりながら、庭を駆け回る小さな男の子に、声をかけている。
金色の髪に、空色の瞳。父親であるハーデスにそっくりなそのやんちゃな王子は、ロイヤル王国の第一王子、アルフレッド、愛称アルスだ。
「きゃー!」
そのアルスの後ろを、黒い髪を三つ編みにした、愛らしい王女が、きゃっきゃと笑い声を上げながら追いかけている。母親であるイヴの面影を強く受け継いだその少女は、王女ルナーリア、愛称ルナ。
「待てー、ルナ! 兄様には追いつけないぞ!」
「まてー!」
そんな子供たちの元気な姿を、ハーデスは、木陰の椅子に座り、目を細めて見つめていた。その表情は、王太子の威厳など微塵もなく、ただ、家族を愛する一人の父親の、デレデレの笑顔だった。
「まったく、あの子たちは、少しもじっとしていないな」
呆れたような口調とは裏腹に、その声は、この上なく幸せに満ちている。
やがて、イヴがハーデスの隣に、そっと腰を下ろした。ハーデスは、ごく自然に、その肩を抱き寄せ、彼女の少し膨らんだお腹に、優しく手を触れた。そこには、彼らの三人目となる、新しい命が宿っている。
「見てください、ハーデス。子供たちは、本当に元気ですね」
「ああ。お前に似て、健やかなのが何よりだ」
そんな会話を交わしながら、イヴは、ハーデスの肩に、こてん、と頭を乗せた。
「殿下」
二人きりの時、彼女は時々、昔のように彼をそう呼ぶことがあった。
「ん?」
「……愛しています」
それは、何度も、何度も、交わしてきた言葉。しかし、その響きは、いつだって新鮮で、彼の心を温かく満たす。
ハーデスは、イヴの黒髪に顔をうずめ、その香りを吸い込んだ。あの頃と変わらない、心を安らげる薬草の香り。
「ああ。私もだ、イヴ。世界で一番、愛している」
すれ違いの果てに、ようやく掴んだ、確かな愛の言葉。
ハーデスは、相も変わらず、妻を、そして子供たちを、溺愛し、その独占欲は、衰えるどころか、年々増すばかりだった。
そしてイヴは、そんな彼に、世界で一番愛される幸せを、日々、噛みしめている。
婚約破棄から始まった、王太子と黒猫令嬢の物語。
これからも、彼らの日々は、たくさんの愛と、少しばかりのやきもちと、そして、尽きることのない幸せに満ち溢れて、永遠に続いていくのだろう。
ロイヤル王国の季節は、穏やかに、そして平和に巡っていた。ハーデスは、国王である父を助け、次期国王として、その類まれなる才能を遺憾なく発揮していた。彼の隣には、いつも、貞淑で聡明な妃として、民衆から絶大な人気を誇るイヴの姿があった。
公の場でのイヴは、王太子妃としての気品と威厳に満ち、その立ち居振る舞いは、完璧だと誰もが称賛した。彼女が内に秘めた精霊の力は、もはや暴走することなく、彼女の慈愛深い心と完全に同調し、彼女が訪れる土地に、穏やかな祝福をもたらしていた。
だが、そんな完璧な妃も、ハーデスの前では、昔と何ら変わらない。心を許した主人にだけ喉を鳴らす、一匹の、甘えたな黒猫に戻るのだった。
ある晴れた日の午後。王宮の離宮にある、緑豊かな庭園で、一家団欒の、幸せな時間が流れていた。
「アルス! あまり速く走ると、転びますよ!」
イヴが、少し膨れたお腹を優しくさすりながら、庭を駆け回る小さな男の子に、声をかけている。
金色の髪に、空色の瞳。父親であるハーデスにそっくりなそのやんちゃな王子は、ロイヤル王国の第一王子、アルフレッド、愛称アルスだ。
「きゃー!」
そのアルスの後ろを、黒い髪を三つ編みにした、愛らしい王女が、きゃっきゃと笑い声を上げながら追いかけている。母親であるイヴの面影を強く受け継いだその少女は、王女ルナーリア、愛称ルナ。
「待てー、ルナ! 兄様には追いつけないぞ!」
「まてー!」
そんな子供たちの元気な姿を、ハーデスは、木陰の椅子に座り、目を細めて見つめていた。その表情は、王太子の威厳など微塵もなく、ただ、家族を愛する一人の父親の、デレデレの笑顔だった。
「まったく、あの子たちは、少しもじっとしていないな」
呆れたような口調とは裏腹に、その声は、この上なく幸せに満ちている。
やがて、イヴがハーデスの隣に、そっと腰を下ろした。ハーデスは、ごく自然に、その肩を抱き寄せ、彼女の少し膨らんだお腹に、優しく手を触れた。そこには、彼らの三人目となる、新しい命が宿っている。
「見てください、ハーデス。子供たちは、本当に元気ですね」
「ああ。お前に似て、健やかなのが何よりだ」
そんな会話を交わしながら、イヴは、ハーデスの肩に、こてん、と頭を乗せた。
「殿下」
二人きりの時、彼女は時々、昔のように彼をそう呼ぶことがあった。
「ん?」
「……愛しています」
それは、何度も、何度も、交わしてきた言葉。しかし、その響きは、いつだって新鮮で、彼の心を温かく満たす。
ハーデスは、イヴの黒髪に顔をうずめ、その香りを吸い込んだ。あの頃と変わらない、心を安らげる薬草の香り。
「ああ。私もだ、イヴ。世界で一番、愛している」
すれ違いの果てに、ようやく掴んだ、確かな愛の言葉。
ハーデスは、相も変わらず、妻を、そして子供たちを、溺愛し、その独占欲は、衰えるどころか、年々増すばかりだった。
そしてイヴは、そんな彼に、世界で一番愛される幸せを、日々、噛みしめている。
婚約破棄から始まった、王太子と黒猫令嬢の物語。
これからも、彼らの日々は、たくさんの愛と、少しばかりのやきもちと、そして、尽きることのない幸せに満ち溢れて、永遠に続いていくのだろう。
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