全て私が悪かったので許してください!

きららののん

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数日後、ディランに紹介された商人、トーマスが村にやってきた。
恰幅が良く、人の良さそうな笑顔を浮かべた中年男性だ。

「ディラン! 息災だったか!」

「ああ、トーマスさんも変わりないようで何よりだ。……こいつが、俺の、えーっと……」

ディランは私のことを紹介しようとして、言葉に詰まった。
その様子がなんだかおかしくて、私は思わず噴き出してしまう。

「リア、と申します。ディランには、いつもお世話になっております」

私が挨拶をすると、トーマスはにこやかに笑った。

「これは、ディランにはもったいないくらい、お綺麗な方だ! いやあ、隅に置けないねえ!」

「うるせえ! それより、頼みたいことがあるんだ」

ディランは照れ隠しのように怒鳴ると、私が書いた手紙をトーマスに手渡した。

「これを、王都にいる、ある貴人に届けてほしい。もちろん、謝礼は弾む」

トーマスは手紙を受け取ると、その宛名を見て、少しだけ驚いた顔をした。
けれど、彼は深く詮索することなく、ただ「わかった」と力強く頷いた。

「ディランの頼みとあっちゃあ、断れねえよ。責任を持って、必ずお届けしよう」

「……頼んだ」

手紙は、こうして私の手から離れていった。
あとは、ただ待つだけ。
返事が来るかどうかもわからない。そもそも、アレン様が読んでくれるかどうかも。

けれど、私の心は不思議なほど穏やかだった。
やるべきことはやった。
それで十分だった。

それから一週間後。
アレンティス王国の王城では、アレンが執務室で一人、頭を抱えていた。
彼の目の前には、差出人の名がない、一通の羊皮紙が置かれている。
共国の印が押された、その手紙。

側近が、訝しげに主に尋ねる。
「殿下、差出人不明の手紙など、処分いたしましょうか?」

「……いや、いい。私が目を通す」

何か、胸騒ぎがしたのだ。
ジルからの報告を受けた直後だったからかもしれない。
アレンは側近を下がらせると、意を決して、手紙の封を切った。

そこに書かれていた流麗な文字は、見間違いようもなく、クーデリアのものだった。

アレンは、息を呑んだ。
手紙を、食い入るように読む。
恨み言の一つでも書かれているのだろうか。
それとも、助けを求める内容か。

だが、そこに綴られていたのは、彼の予想を完全に裏切るものだった。
言い訳の一つもない、誠実で、完全な謝罪の言葉。
そして、自分の罪を認め、過去と決別しようとする、強い意志。
見知らぬ男への、隠すことのない感謝の念。
最後の、自分とリリアンナへの、心からの祝福の言葉。

読み終えた時、アレンは呆然としていた。

これは、本当に、あのクーデリアが書いたものなのか?
あの傲慢で、自己中心的で、決して自分の非を認めなかった女が?

手紙を持つ手が、微かに震えていた。
彼女は、変わったのだ。
自分の知らない場所で、自分の知らない人間の手によって、完全に。
その事実が、ジルからの報告よりも、ずっと強く、アレンの心を揺さぶった。

いてもたってもいられなかった。
この手紙に書かれていることが、真実なのか。
本当に、彼女は、こんなにも穏やかで、強い人間になったというのか。

自分の目で、確かめなければならない。

アレンは、衝動的に立ち上がった。
王太子としてではなく、ただ一人の男として、彼女に会わなければならない。
そうでなければ、自分は、一生この過去の幻影から逃れられないだろう。
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