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8.彼女のいる日常
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彼女は職場から帰るとき、僕のタクシーを使うようになった。もちろん、他のお客も乗せるが、携帯で連絡を取り合い、彼女が帰る時間には間に合わせた。彼女は愚痴の他にも、職場での楽しい話をしてくれるようになった。同僚の○○さんが出張から帰ってきて、お土産のわさびチップスが激辛だったとか、△△君がまた資料の数値を間違えたとか。くだらない話でも話してくれると嬉しい。まるで自分のことのように。
でも、時々黙り込む。そんなふうになるのはだいたい、携帯に付いているストラップに触れているときだ。それはリスのストラップだった。手の中で弄んでいる彼女に、なんでリスなのかと聞いたら、「昔、誘拐されたときに救ってくれたの」と言われた。「え、リスが?」と問い返したものの、彼女は意味深な笑みを浮かべるだけだった。でもそうしているときの彼女の表情が愛おしそうで、懐かしそうで、少し寂しそうだったから、僕はなにも言わないことにした。心の中で何かが疼いた気がしたが、それが何なのかはわからない。僕が首を突っ込んではいけないところなのだ、きっと。
そう言い聞かせて僕は、彼女のいる後部座席に向けて声を掛けた。
「もうすぐ着きそうですよ。」
「……。」
「村井さん?」
「…ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしてたみたい。」
「そうですか。ちゃんと睡眠時間はとってくださいね。」
「わかってるわ。」
眠気のせいではないとわかりながら、僕は笑ってそう言う。
別にいいのだ、これで。
でも、時々黙り込む。そんなふうになるのはだいたい、携帯に付いているストラップに触れているときだ。それはリスのストラップだった。手の中で弄んでいる彼女に、なんでリスなのかと聞いたら、「昔、誘拐されたときに救ってくれたの」と言われた。「え、リスが?」と問い返したものの、彼女は意味深な笑みを浮かべるだけだった。でもそうしているときの彼女の表情が愛おしそうで、懐かしそうで、少し寂しそうだったから、僕はなにも言わないことにした。心の中で何かが疼いた気がしたが、それが何なのかはわからない。僕が首を突っ込んではいけないところなのだ、きっと。
そう言い聞かせて僕は、彼女のいる後部座席に向けて声を掛けた。
「もうすぐ着きそうですよ。」
「……。」
「村井さん?」
「…ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしてたみたい。」
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