水底の歌

渡邉 幻月

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名案

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どうしてやろうか。
女は考えた。嫉妬の炎に身を焦がしながら。
まずはあのひとに探りを入れてみよう。そうしよう。なんのつもりで人魚と逢瀬をしていたのか。油断させて捕らえるつもりだったと言うのなら、見なかった事にしよう。そうでなかったら、その時は。
…その時は。

 何も見なかったふりをして、その日の夜女はいつものように男に近付いた。他愛もない世間話をして、相手の油断を誘う。
「今日はね、じじさまに怖い話を聞いたのよ。海に出る妖の話。」
無邪気を装い、核心に近い場所をかすめる。
「そ、そうなのか?」
「海にはね、魚なのに人の女の顔をした、人魚って言うのがいるんですって。人魚が出ると、魚が捕れなくなっちゃうってじじさま言ってた。」
「へ、へえ、そうなんだ。」
男の動揺を女は見逃さなかった。だが、ここは見ぬふりをして続けざまに語りかける。
「ねえ、知ってた? 人魚ってすごく高く売れるんですって。物好きな人もいるものねえ。人魚、見たことある? ここいらの海にもいるのかしら?」
悪意を笑顔で包み隠して、何も知らないふりをして、女は話し続ける。
「そんな事を言うもんじゃねぇよ。」
ついに、男は声を荒げて女の言葉を遮った。
「どうしたの? 何を怒っているの? 人魚は魚を捕れなくしちゃうんなら、この村には害しかないけど、売ってお金になるんなら、みんなが楽になれるくらいのお金になるんなら、別に居てもいいんじゃないかなあ、って言うのは間違ってるって言うの?」
「金、金って言うことはそれだけか?」
嫌悪を露にした男に、女は軽く憎しみを覚えた。人魚を庇っている。肩入れしている。
「どうして? 何が悪いの? 魚をとって食べたり売ったりするのと、何が違うの? …じじさまは、人魚を庇ったりしちゃダメだって言っていたわよ。」
「い、いや、別に庇ったりしちゃいねェが、ただ、あんまりにも金の話をするもんだからよォ…」
男は取り繕うが、視線は泳ぐし言葉にも力が無い。
「ふうん? まさか、人魚見付けて、売ったお金独り占めするつもり?」
「ばっ、バカ言うんじゃねぇ。オレぁ、そんな事しねえぞ。騙し討ちじゃねぇか!」
「そう? なら、良いけど。」
女はそこで人魚の話はやめにした。
もう分かった。人魚にたぶらかされている。騙し討ちなんて、そんな事を言うなんて。あんなバケモノ相手に、騙し討ちも何もあったもんじゃないはずなのに。
 ゆらり。燃え上がる嫉妬と憎悪に彩られた恋慕の念は、じわりじわりと女の身も心も焼いていった。暗い情念が渦巻き、人魚への敵愾心が燃え上がる。
どうしたら良いだろうか。売り飛ばせば良いのだろうか。そんな事をして、このひとにバレたらどうなるだろう。いえ、そうではなく。あの人魚にもこの上ないほどの絶望を与えてやりたい。
「喰ろうてしまおう。」
女は、暗い声で呟いた。
何より今より美しくなれるというではないか。いつしか誰よりも綺麗になりたいと思うようになっていた。それに老いることも無くなるのなら。ずっと嫌だった。しわくちゃになっていくのが。人魚の肉を喰らえば、それが叶う。私の望みが叶い、人魚をも傷付けることができる。
女にはそれこそが名案だと思われた。
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