水底の歌

渡邉 幻月

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幻覚魚:6 【咲の場合-2】

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歩き続ける意味はあるのかな。
咲は頼りない灯りを見つめながら、考えた。
呪いは解けて欲しかった。この洞窟に足を踏み入れるまでは。確かに。だけど今はどうだろう。この、暗闇の中に一人きりなら。
もう、どんなに醜くなったって構わないんじゃないだろうか。どんなにバケモノ染みた姿になったって、誰の目にも止まらないなら。

暗闇が、全てを黒く塗り潰す。
自分も塗り潰されていく、咲はそんな事を考えていた。
 試練が何かは分からないけれど、もうどうでも良いとさえ思えてきていた。

暗闇は、咲の望みも何もかも塗り潰し、絶望も恨みも呑み込んで、ただ其処に在った。

もう止めようか、歩くのを。
頭の痛み、体の痛み、それ故なのか朦朧とする意識、不快感、何もかも全てここで投げ捨ててしまおうか。
…自分自身さえも。

立ち止まり、目の前の灯りだけを見つめる。回りには、何もない。吸い込まれるように、ただ、明かりに見入っていた。
 ふと、背後に気配を感じた咲は咄嗟に振り返った。

暗闇が在るだけ、のはずだった。確かに、暗闇が広がっている。
でも、何か、が居る!
本能か告げた。闇に潜んで、姿かたちは見えないのに、何かが蠢いている気配がする。
咲は息を呑んだ。
頭はまだ痛い、体も痛い。不調はまだまだ治る気配もない、けど、ここには止まれない。
 怖い。
何か、が。とてつもなく怖い。咲はソレから目を離せなかった。
野生生物でもあるまいに、目を反らしたら殺られる。そう本能が告げている。
咲は、そろそろと後退った。どのみち暗闇に沈んだこの場所では前を見ようと危険など察知できない。それならいっそこのまま、後ろ向きに逃げた方が良いに違いない。
いつの間にか、体の不調はどこかへいったようだ。いや、この恐怖の前に全ての神経が、見えざる何かに集中したが故に、痛みなど感じてる場合ではなくなったのかもしれない。
 ともかく咲は、慣れない後ろ向きで逃げ始めた。

音は無い、場所だった。自分の足音、呼吸の音、それだけの。
今は、何かがざわざわと動く音がする。それがあまりに不気味で、恐ろしくて、声も出なかった。
 いや、出せなかった。少しの刺激で、襲いかかって来るのではないか、そんな事が頭を過り、同時に助けを求めようときっとその声は届かないだろうとも思う。

息を潜め、じわりじわりと後方に逃げる。
走って逃げたい、でも、それが裏目に出たらどうしよう。だけど、この緊張感には堪えられない。
どこかへ逃げたい。
ほんの少し前までこの場に留まり、人外に身を落としても良いか、そう思ったことなど咲の頭から吹き飛んでいた。

試練なんか受けるんじゃなかった。
頭の片隅で、誰かが咲に囁いた。
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