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第2章>仔羊の影踏[ゾンビ・アポカリプス]
Log.44 decoying reunion
しおりを挟む病院の門を抜けると、すぐに優衣さんはタブレットを取り出して、画面をタップした。歩きながら俺は尋ねる。
「優衣さんも持ってたんですね。今まで一回も使って無かったからてっきり……」
「まあね。ちょっと私の体質には合わないのよ。こーゆうの」
いじりながらしかめっ面で、彼女は答える。機械音痴、ということだろうか。なんて考えていると、ほら、と短く言って画面を見せてくる。俺は覗き込んだ。
「え、これって……ここら辺の地図ですか?」
「そうよ。この光って動いてる矢印が私達。で、この道をちょっと行った先にあるのが……」
「みりたり……べいす?軍事基地ですか!」
優衣さんは黙って頷いた。丁度その直後、タブレット画面にノイズが走り、ブラックアウトした。
「あっ。んもーまたぁ?ま、でもとりあえずは分かったよね。多分アキ君がいるのはそこだから」
タブレットにガンを飛ばして、バックパックにしまいながらこっちを振り返る優衣さん。そんな彼女に俺は、何故かビクッと背筋を伸ばしてかしこまった態度になってしまい、笑われる。
とりあえずその軍事基地とやらに行くのが次のミッションだろう。
俺がそう思って携帯を見ると、すでに[ミッション4:軍事基地へ向かえ]と表示されている。俺の思考とリンクでもしているのだろうか。
そう思うとあまりいい気分ではない。
目的地に向かって歩みを進め始める。二人とも無言になっていた。
病院はちょうど市街地の真ん中に位置していた。現実にある都市なのかは不明だが、リアルに再現されている。
崩れ落ちた橋。濁った川。窓ガラスが粉々に砕け散ったピザ屋。ひしゃげているパステルカラーの軽自動車。時たま大通りに倒れている街路樹。
いったい何がどう暴れれば橋が崩れるのか不明だが、祭りのあと、嵐のあとといった感じだった。
キョロキョロと周りを見回す俺を見ながら、優衣さんは口を開く。
「ミヨっちゃんはさ」
「はい」
「アキくんのこと好きなの?」
「はい?」
確かに話題がないから黙ってはいたが、よりによって恋話を持ってくるとは。しかも美頼が俺のこと好きかって??どう答えろと……流石に困ってしまう。
「いやいやいやいや!ただの幼馴染ですよ。なんでそんなこと聞くんすか」
やだなあもう優衣さんったら。とも付け加えながら、笑っておいた。思わず素の語尾に戻ってしまったことに気づいて、ヒヤヒヤする。
「いいや、なんかね、似てるんだ」
「似てる?」
「そう。私の彼氏の幼馴染みと。顔とかじゃなくて雰囲気が似てるんだよね」
そう言って彼女は、何かを懐かしむように目を細めている。
「てことはその幼馴染みは優衣さんの彼氏のことを好きだったんですか?」
「そうそう。でも色々あってね……」
色々というのが何だったのか。それを尋ねる前に、事態は急変した。優衣さんは話すのをやめ、人差し指を唇の前に立てる。
静かにしろ。という合図だ。
俺は黙って頷いて、目を凝らす。
「嘘やん……」
そう呟かずにはいられなかった。軍事施設らしき大きな建物。その前にはまた大きな門があった。黒く光る頑丈そうな門だ。
ただ、その前に大量のゾンビが群がっていた。優衣さんが俺たちの周囲にはまだゾンビはいないことを確認して、口を開いた。
「街が静かかと思ったら……ここに引き寄せられてたのか」
「そうですね。美頼のやつがなんかしたのかな」
「は?」
「え?あ、いや違う秋のことですよ!!」
危ない危ない。というかもうバラしていい気もするが……タイミングを見失ってしまった。一応ミヨリ、俺の体に入ったミヨリに相談してからにしよう。
「大丈夫か?うーん、とりあえず基地の周りの様子見てみよっか」
「賛成です。私は優衣さんについて行きますね」
「わかった。背中は頼むわ」
小声で言葉を交わし、俺はハンドガンを取り出す。ゲームとかでよく目にする展開。高揚感が抑えられず、顔に出ている気がしてきた。
地形的に説明すると、どっかの軍の軍事基地はT字路の突き当りに位置している。つまるところ、正面入り口と思われるその巨大な門が面しているのは大通りで、その道路上が足の踏み場もないほどの数のゾンビで埋め尽くされていた。
T字路の手前に商店街が横長の基地と平行に位置していて、俺たちは基地の端へ向かうためにそこを通ることにした。
しかし……
「どこまで行ってもいるね。ゾンビ」
「ですね……」
商店街でだいぶ離れた所まで歩き、基地に面した大通りに出ようとしたのだが、相変わらずゾンビは群れをなしていた。
「このゾンビの大群避けて中に入る手立てがないってこと?」
「ですね」
そんな時だった。俺の頭にある妙案が浮かんだのは。
「ゾンビは音に反応しますよね」
「あーうん、そうだね。……あっ」
「その、なんかどっかで大きい音立てればいいんじゃないですかね」
優衣さんはなるほど、という顔をする。だがすぐに悩む顔に戻って、こう言う。
「いい考えだね。でもどうやって音を出す?」
「……ですね」
そこが問題なのだ。あるものといえばタブレットだが、それを投げてしまえば後で回収できない可能性が高い。それに……
「簡単な案はあるにはあるんですけど、乗り気にならないっていうか」
「ん?なんだ?」
「優衣さんしか戦車の運転方法はわからないみたいだし、お……私が囮になるってどうでしょう。あとで迎えに来てもらえれば、戦車なら大きいし一網打尽にできそうですし」
言ってしまった。
「いいね、その案乗った!」
乗られてしまった。
この数分後、俺は後悔することになるわけで……
*(Log.30 冒頭へ)
おいおい……まじで戦車かよ……
計画では言っていたが、いざ目にするとこんなに大きいとは。
「アキ!じゃなかった。美頼!捕まれ!!」
止まった戦車から仲山秋が手を差し伸べてくる。逆光でその体の影が目に焼き付く。そうだ、俺は今美頼なんだった。
「はいはい」
そう言って俺は彼の手を掴んだ。
かくして、俺と美頼はとうとう再会できたのだった。
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