眷属のススメ

兵（つわもの）どもが夢の跡 ②

風が冷たくなり、バイクでの通勤が厳しくなると高梨さんが小型の電気自動車を用意してくれた。
免許は持っていた。でも、車の運転は初めてで不安もあった。
ところが、さすが日本の最新のテクノロジー！電気自動車は初心者の俺でも簡単に操作出来た。正直に言えば、車が勝手に自動運転してくれた。
まぁ、それが旧式のバイクと違ってつまらないと言えばつまらない。

俺とアヤメは無言のまま車に乗り込んだ。
俺の失敗のせいでアヤメが頭を下げる羽目になったのに、俺はまだアヤメに謝罪していない。
気まずい空気に包まれながら俺とアヤメは家路につく。
いっそ謝罪が出来れば俺も気が楽だったのだが、アヤメはそれもさせてくれないようなオーラを身にまとっている。

刑部家に到着し無言のままアヤメが車を降り屋敷の中に消えて行く。

俺は今日も謝ることも仲直りもできないで終わったことに暗澹あんたんたる気持ちのまま車のエンジンをかけた。

ガチャ。

車の扉が開き、アヤメが車に乗り込んでくる。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「これ。高梨さんからお夜食。」

「さ、行って。」
アヤメは車に乗ったままだ。

「行けってどこに？もうすぐ夜も明けるし。話があるなら明日に、、。」

「今日中に話しておきたいの。」
（いよいよ眷属業も廃業か？）

「今日は天気も悪いし、あと小一時間くらい大丈夫だから。」
そう言ってぷいっと窓のほうを向く。
小一時間だと行ける場所も限られている。俺は刑部家の裏手にある山の上の展望台に向かった。

展望台には人影も無い。空気の澄んだ冬空にはまだ星が輝いている。

俺は心を決めた先手必勝だ。
「アヤメ、今回の件ではお前に迷惑をかけて、ごめ、、、。」

「まって！まず、私の話を聞いて。」
アヤメが唐突に俺の言葉を遮る。出鼻をくじかれる形だけど、俺はアヤメの話を聞くことにした。クビを言い渡されてからでも謝罪は可能だろう。

「これ。」
そういって何かを俺に渡す。それは何かのスプレーのようだった。

「それ、あの白髪のヴァンパイアが持っていたスプレーなの。もちろん現物は警察の証拠品保管庫にあるわ。これは、同じ物を高梨さんに頼んで買ってきてもらったの。」

「なんで、わざわざ？」

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「あの時、あの男は、私にそれを吹きかけて隙を作って逃げようとしたか、私に痛手を負わせようとしてた。こんなの吹きかけられたら、私でも火傷程度じゃすまなかったかもしれない。」

「それで？」

「それでじゃないわよ。あんたがあの時来なかったら、私は酷い目にあっていたってことよ。」

「ああ、うん。」
アヤメが何を言いたいのかが良く分からなかったので、あやふやな返答しかできない。

「ああ、うんって。なによ！」
今度はキレはじめる。

「私、誰かに助けられたことなんて今まで一度もなかった。だから、だから。」

「分かったよ。お前のプライドを俺が傷つけたってことだな。うん。本当に悪かったよ。」

「一宇、あんた。まるで分ってない。バカな男だとは思ってたけど、まさかここまでバカだなんて知らなかったわ。もういい！帰る。」

アヤメの言ってることは全く意味不明だったが。見当違いなことを言ってアヤメの怒りの導火線に火をつけたことは間違いないようだ。

日の出も近い。とりあえず刑部家に戻るのには異論はなかった。

坂道を下り、再び刑部家に戻る。

「着いたよ。」
そういってもアヤメは降りなかった。

「だから、、、、。ありがとうって言いたかったの！おやすみバカ一宇。」
そう、捨て台詞を残してアヤメは家に戻っていった。

俺にはアヤメが何を言いたかったのか完全に理解することは出来なかったが、感謝されている事とクビにならなかった事に安堵した。

俺は今の生活。周囲の人間関係、もちろんアヤメの事も。すべてを大事に思い始めていると今更ながら思い知った。