眷属のススメ

岸 矢聖子(きし やのこ)

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彼女の行方 ⑥

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アヤメと俺は、2階と3階の担当。2階も静まり返っている。常夜灯の明かりが不気味さを倍増させる。俺たちは、最初に「診察室A」と書かれた部屋に入る。そこには、産婦人科にあるような椅子と用途のわからない器具や薬品が置かれていた。1階のフロアにはなかった人の気配がここにはあった。毎日、ここに人が来て使われている気配が。

「ここって、産婦人科みたいだよな。」

「そうね。あの椅子は産婦人科で使われるものよね。」

部屋続きになっている隣の診察室も同様で、エコー診断機など真新しい機械までそろっていた。
2階をくまなく探したが、使用した気配だけで、ノエルもほかの誰かも発見することは出来なかった。
3階に移動する。ここは、外から見た時、窓の明かりが漏れていたフロアーだ。
3階に上がる踊り場まで来ると人の話し声がする。女性の声だ。何を話しているのかは分からない。でも、笑いあって軽口でも叩き合っているような感じに聞こえた。

俺たちは、3階に上がってあたりを見渡す。話声が聞こえてくるのは、明かりがついているナースステーションと札が下がった場所からだった。

ナースに見つかるリスクを避けるために、ナースステーションから離れた病室から調べるはじめる。

病室番号の下にある名前の札を入れるところに名前の記載はなかった。でも中には人の気配がある。
病室に入ると、ベッドが4床あり、4人の若い女性が就寝中だった。その腹部のふくらみから彼女たちが妊娠していることがわかる。ベッドの上につけられた札にも、名前はなく。28週、30週、28週、29週と妊娠の状態の経過だけが書かれている。どの妊婦にも点滴がなされていた。

「妊娠30週ってどのくらい?」

「もうすぐ生まれるくらいね。あと一ヶ月で出産の時期だわ。」

妊婦だらけのこの部屋には、不思議と幸せの感じが一切なかった。ベビーグッズも、妊婦向けの雑誌も。無機質な部屋の中に4人の妊婦が、点滴をされ、死んだように横たわっている。

移動した、隣の部屋も同様だった。妊娠時期を示す札と、横たわる妊婦。部屋ごとに妊娠時期が異なっている。

「これなんなの。」
アヤメも驚きを隠せないようだ。

しかも、小声で話しているとはいえ、俺とアヤメの会話に目を覚ます妊婦が誰もいない。この点滴はなんなのだろう。バンパイアの妊婦に栄養剤の点滴は不要だ。考えられるのは睡眠薬くらいだ。それなら、彼女たちが誰も目を覚まさない説明がつく。

ナースステーションから離れた病室は全て似たような状況だった。
妊婦は全て点滴をされ、殺風景な部屋に寝かされている。そして、誰一人目を覚まさない。

4,5階を捜査していた、高木班長から無線が入る。高木班長の調べた4階も3階と同じ状況の様だ、ただし、そこには、妊娠中期と初期の妊婦が収容されていた。そして5階には、男性と妊娠していない女性が収容されていた。彼らは眠らされておらず、話を聞くことが出来たらしい。その中に自分の事を「石野美幸」と名乗る女性がいると高木班長は言った。
斎藤さんの彼女を見つけた。ただ、そこにノエルの姿はなかった。

さっきの館内案内板を思い出してみると、確か、この建物には地下フロアがあった、俺がアヤメにその事を話すと、アヤメはすぐに行ってみようと言った。
高木班長に地下の捜索に行くと告げると、気を付けて行動してください。と言われ俺たちは地階に向かった。

1階の階段で、後から建物に入って来た5人と出会う。アヤメが杉山さんと赤目にこれまでの経緯と状況を簡潔に説明する。それで、後続の5人が3階、4階に向かい、俺とアヤメはこのまま地下に向かうことに決まった。

「俺も、刑部さんと地下に行っていいですか?」
稲葉が突然そう言いだす。

「ノエルは、お、俺の主だから。」

「いいでしょう。それじゃ3人で地下の捜索を行ってください。」
杉山さんも反対はしなかった。
俺たちは3人で、地下に向かう。

地下は、以前は霊安室として使われていたようで、鉄の扉が付いた部屋がいくつかと、休憩室があるだけだった。「霊安室1」と書かれた扉を開ける。中には、パイプベッドがあるだけで誰もいない。

「霊安室2」を開けると、いた。ノエルだ。ノエルは酷く殴られていて、自前のワンピースもところどころ破られている。

「き、ちゃ、、だめ。」
ノエルがそう言うより先に、稲葉は部屋に飛び込む。続いて、俺とアヤメも部屋に飛び込んだ。

「おやおや。今夜は迷惑なお客が多い日ですねぇ。」
男の声が、部屋の隅の暗がりから聞こえる。暗がりに赤い目が二つぎらぎらと光っていた。

「そこの、バカっぽい娘。すぐに口を割るだろうと思っていたのに、なかなか頑固でね。ほとほと手を焼いていました。」

「この野郎!ノエルに何をした!」
稲葉が男に殴りかかる。

グフッ。
男に殴られ稲葉がダウンする。

「あ、やっぱり人間でしたか。手加減するべきでしたかね。」
男が暗がりから出てくる。スーツにオールバック。冷たい氷のような眼をした男だ。

「そちらの君も、人間ですね。匂いで分かりますよ。だとすると、敵はお嬢さんおひとりと言うことになりますね。」
男は蔑んだような目つきで俺を見た後、アヤメを見てにやりと笑った。

「この施設も、もう終わりですよ。せっかく軌道に乗ってきたところだったのに。新しいところを探すのは大変なんですよ。」

「ここは、コスモスグループの施設なの?」

「コスモス?ああ。以前はね。でも、コスモスグループはあなた達が壊滅させたんでしょ?今のオーナーはあなた方に感謝してましたよ。」

「今のオーナー?」

「おっとおしゃべりが過ぎましたね。さぁ、始めましょうか。あなたも私と戦いたくってたまらないんでしょ?」
アヤメの髪が真っ赤に染まっている。

「坊やは、そこで待ってなさい。私は、お楽しみを後にまわさない主義なんでね。」

そう言って、男がアヤメに飛びかかる。

早い。今までの敵とは比べ物にならないくらい早い。

アヤメは素早く太もものホルスターから十手を抜き取り応戦する。

「おや、素敵な武器をお持ちなんですね。」

男はあくまで余裕だ。

戦いは拮抗していた。この男強い。

「このままでは埒が明かないので、卑怯な手を使わせていただきましょうか。」

男が、倒れているノエルに近づき彼女の首元にナイフを押し当てる。

「このバカな娘はね、あなたたちの事を一言も話しませんでしたよ。どんなに、どんなに痛めつけてもね。それで、あなたたちの絆の強さが分かりました。さぁ。この子の首を切り落とされたくなければ武器を捨ててください。」

アヤメは、迷うことなく十手を地面に落とす。

「やっぱりそうするんですね。思った通りだ。あなたたちの友情には感動しますよ、今その武器を捨てたら、お嬢さんは私にやられてしまうのに、、、。」

「坊やはそっちで休んでなさい。」
俺の腹に男の蹴りがとんできて、俺は空を舞う。
地面に叩きつけられると俺は身を固くした。が、そうはならなかった。倒れてた稲葉が素早く動いて、俺の下敷きになりクッションになったからだ。

「一宇、、、た、戦え。ノエルと刑部さんを守れ。」
そう言って、稲葉が俺の手に何かを握らせる。
それは、強力撃退君V改良バージョンだった。

男は、俺を蹴ったその足で、アヤメの十手も蹴り飛ばしていた。

「おい、お前!」
俺は男に向かって叫ぶ。

男が振り返る。

「これでもくらえっ!」
こんなちゃちい武器がこの男に通用するとは最初から思っていなかった。
俺の目的は一瞬の隙を作ること、アヤメがやつに一撃を食らわせるのに十分なだけの、ほんの一瞬の隙を、、、。

「強力撃退君Vダブルーッ!」
俺は両手を広げ、2方向から、男に強化された光を当てる。二つの方向から照射される光で男に一瞬の隙が生まれた。

アヤメはそのチャンスを逃さなかった。十手を拾い、男の肩甲骨あたりに一撃を食らわせる。
骨の折れる鈍い音がして、男がその場にうずくまった。

「お前、ノエルに何をした!お前は絶対に許さない。」

男が倒れてもアヤメの怒りは収まらない。真っ赤な髪はそのままに十手を握りしめ、男に近づく。

「止めろ!アヤメ!後はつかささんに任せるんだ。」

俺の声に反応し、アヤメの髪の色が一瞬で黒く戻る。

そこに高木班長と山田さんが飛び込んできた。倒れている男を即座に高木班長が確保する。

「その男は、警察で取り調べをする必要はないわ、すぐに司兄さんの所に送って!」
アヤメは、高木班長にそう言った。

稲葉と俺が、ノエルを両脇から抱きかかえ部屋を出る。

「待ってたよ。慎吾、一宇。来てくれるってわかってたから、ノエルこわくなかったよ。」

ノエル腫れあがった顔で俺たちに笑ってみせた。俺が思うよりノエルはずっと強い女の子だったのかもしれない。

3階のナースステーションにいた看護師たちも杉山さん達の手で全員確保された。

「ノエル。帰り道は、一宇のバイクで帰ろうと思ってたんだよね。」
ノエルはそう言ったが、こんな状態でバイクは無理だ。
「今度、必ず乗せるよ。」と約束し、稲葉の運転する車で、ノエルは病院に向かった。


5階に監禁されていた男女もすぐに救出されて、そとで、病院への搬送を待っていた。

「石野美幸さんいますか?」

俺がそう声を掛けると、女性の一人が手をあげる。
俺は斎藤さんと出会った経緯、彼から彼女の行方を捜してほしいと頼まれたこと。おせっかいにも、彼があなたと結婚を考えている。ということまで全て喋る。それを聞いた彼女は、大声をあげて泣き出した。

アヤメは、斎藤さんに彼女が見つかったこと、事件に巻き込まれていたが元気でいることを電話で知らせた。斎藤さんは、アヤメに何度もお礼を言い、電話の向こうで彼女と同じように声をあげて泣いたらしい。

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