眷属のススメ

春の訪れと人生の分岐点 ②

アヤメが事務所に入る手前にアヤメに追いついた俺は、彼女の腕をとって強引に休憩所に連れて行った。ポケットに入っていた小銭で二人分のジュースを買う。
一本をアヤメに渡し、二人並んで椅子に座る。

アヤメは黙り込んだまま俯いている。俺もなにから話していいのか言葉が見つからない。
二人、黙ったまま時間だけが過ぎる。

「頑張ってきなさいよ。一宇。」
アヤメが口を開く。

「わかった。俺に守人の任が務まるとは思えないんだけど、、。お前に恥をかかせないように頑張るよ。俺はお前の眷属なんだから。」

「何言ってるのよ、、、。ケガしないで、元気に帰ってきなさい。一宇は、私の眷属なんだから。」

会話は、またそこで止まってしまった。でも、アヤメが俺に「私の眷属」と言ってくれたことが嬉しかった。

次の瞬間、アヤメの華奢な体が俺を抱きしめる。アヤメの髪のいい香りがする。
俺もアヤメを抱きしめた。

それは、ほんの一瞬の事だったと思う。

俺から離れたアヤメから暗い表情が消えていた。
「頑張ってきなさい。本田一宇。」
そう言ってアヤメは笑顔を見せる。俺はこのアヤメの笑顔が大好きだと思った。

事務所に戻ると、ノエルが「何を怒られたの？」と言って寄って来る。
「ただの連絡事項だよ。」
と俺は、彼女の質問をはぐらかす。

高木班長の招集があり、今後のヴァン共反会の残党取締りについて、ミーティングが始まった。
俺は試験が終わって、結果がどうであっても1日も早くここに戻ってきたいと心の中で考えていた。


仕事を終え、刑部家に戻ると、高梨さんがすごいご馳走を用意して俺の帰宅を待っていた。
俺の好物ばかりが食堂のテーブルに並んでいる。

「しばらく、一宇様にお食事を作って差し上げられないと思うと本当に悲しいです。」

「俺も、高梨さんの料理が食べられないのは、すごく悲しいです。」
俺は、最後の晩餐ではないんだと自分に言い聞かせ、高梨さんの料理を全部平らげた。

帰宅する俺を高梨さんとアヤメの二人が見送ってくれた。
俺は、勤めて明るく二人にお礼を言って、刑部家を後にした。

「またね！一宇！」
後ろからアヤメの声が聞こえる。

「またな！アヤメ！」
俺は彼女の声に負けない大きな声でさけんだ。

実際、試験にどのくらいの期間がかかるのか、試験がどういうものなのか何もわからない。
わからない事を思い悩んでも仕方がない。俺は、家に帰り荷造りをして明日を待つことにした。