眷属のススメ

岸 矢聖子(きし やのこ)

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第十九代白神家当主 ⑦

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俺は、勉強をすっかり投げ出した。魔物の絵をぱらぱらと見てみても、その文章を読むことが出来ずにすぐに飽きてしまったからだ。
元々勉強は苦手だ、、、。
もしかすると、魔物と戦う以上にこちらの方が問題ありかもしれない。

夕方、結女さんが俺を呼びに来た。
結女さんが白神家に帰宅するとき、一緒に白神家に行って、お役目の再開を伝えようと考えたからだ。

白神家は、杜人家から徒歩で20分ほどの距離にあった。
そう言えば、宗助所長も幼い頃この辺に住んでいたと言っていた。あの変わり者を育てた家がどんな家なのか、見てみたいような気もする。

白神家に到着すると、結女さんが、俺にスリッパを出してくれた。家の中には人家がなく静まり返っている。家人はまだ起きていないのだろう。結女さんに案内され、客間で一人、ゆずが起きてくるのを待った。結女さんが、もうそろそろ起きてくると思います。そう言ってお茶とお茶菓子を出してくれた。

にぎやかな声が聞こえて来た。ゆずだ。
「ゆずちゃんに、お客様が見えてますよ。客間で待っておられるから、早く行って挨拶なさい。」

「ゆずにお客様?だれ?」
軽やかに廊下を走る足音が近づいてくる。

客間のふすまが開く。

「よう!ゆず。」
俺は手をあげて挨拶する。
「お館様ぁぁ。」
ゆずが俺の胸に飛び込んでくる。

「こんなに早くに、、、。まさか、ダメだったのですか?」

「ゆずちゃん!お行儀が悪いですよ。守人様はゆずちゃんに大切なお話があって、わざわざいらして下さったんですよ。」
ゆずの後を追いかけて来た結女さんが、ゆずを叱る。

「守人様?結女がお館様を守人様って呼んだ!」
ゆずの顔に喜びがあふれる。

「お館様、ゆずに、、大切なお話とは、、。」

「ゆずのご両親にも一緒に話を聞いてもらいたいんだけど。良いかな?」
俺がそう言うと、ゆずが部屋を飛び出して行く。

「お父様、お母様、早く!守人様が来てるんだよ!話があるんだって。早く!早く!」
廊下の奥からゆずの興奮した声が響く。
複数の人が、あわただしく走って来る足音が聞こえる。

ゆずの両親と思われる男女が部屋に走り込んで来た。
俺を見た二人は俺の前に座り、両手をついて頭を下げる。

俺も慌てて、二人と同じように畳に手と頭をつけた。

「お館様、、。お父様と母様も、いつまでもそのようにしておったら話が始まらないではありませんか。」
しびれを切らしたゆずが不満を漏らす。

「そうですね。白神さん頭をお上げください。」

二人がおそるおそる頭を上げる。

「はじめまして。本田一宇と申します。この度、守人に就任しました。」

「お父様、お母様。新しい守人様じゃ。」

「こらっ、ゆず!行儀が悪いぞ。はじめまして、私。白神陣護と申します。こちらは家内の智美です。」

ゆずとその両親が、俺の正面に正座して座る。

「本日は白神さんに折り入ってお願いがあり、伺いました。」

「やったぁ!お館様。早う、早う!」
ゆずは我慢しきれないのか立ち上がって拳を振っている。

「白神家のお役目を復活していただけないでしょうか。」

「白神のお役目を、、です、、か?」

「はい。是非お願いします。」
俺は両手を付き頭を下げる。

「そんな、守人様。頭を上げてください。」
俺が頭を上げると、事態がまだ吞み込めていないのか、ゆずの両親は目を見開いて緊張の面持ちで俺を見ている。

「守人様は、先代の白神当主が起こした不祥事をご存じなんでしょうか?」
父親が俺に訊ねる。

「はい。知ってます。」

「それに守人様は、安芸様のお孫様だとか、、、。守人様は白神家が憎くはないのですか、、。」
膝の上に置かれた彼の手がぎゅっと握られる。

「全く、全然、微塵も、さっぱり憎くないです。」

「は?」
彼は予想してなかった言葉に目を白黒する。

「俺は、自分にヴァンパイアの血が流れている事や、守人の家系だということをつい最近まで知りませんでした。実は、ゆずと知り合うまでここに白神家がまだあることも知らなかったんです。俺が知らずに平和に暮らしてきた月日を、白神家の皆様が辛い思いで暮らしてきたことも知らずにいました。謝らなければいけないのは俺の方です。白神さん、長い間辛い思いをさせてしまって、本当に申し訳ありませんでした。」
俺は再び頭を下げる。

ゆずの父親の手が、俺の肩を抱き起す。
彼は涙で言葉が出なかったのだろう。その涙に俺は彼らの味わった辛い日々を思う。

「守人様、、。勿体ないお話でございます。うちの娘が、どれほど守人様のお役に立てるかわかりませんが、よろしくお願いします。」

「きゃぁぁぁぁ。白神がお役目に戻った!」
ゆずは、よほどうれしいのか部屋の中で手を開きくるくると回っている。

「あ、私。おじいさまに、この事を知らせてこなくちゃ!」
そう言ってゆずが部屋を出ていく。

「祖父の仏壇にこの事を知らせに行ったのでしょう。私の父は先々代の白神当主でした。剣護があのような事件を起こし、行方知れずになってからも白神の復興を願っておりましたので、、。ゆずは祖父に可愛がられて育ちました。ですから、今回の申し出がよほどうれしいのでしょう。」

ゆずが居なくなったので、俺は気になっていたことをゆずの両親に話す事にした。
「俺は、人間として暮らした月日が長いので、お役目とか、お家など良く分かりません。ですから、今回も私が守人としてゆずと共に戦う事に少なからず抵抗があったんです。彼女の自由な未来を奪ってしまうのではないかと。ゆずには他にやりたいことが見つかったら、遠慮なく私に話すように言ってあります。ご両親もゆずについて気になることがあったら、遠慮なく言ってください。」

「わかりました。守人様、ありがとうございます。」

「守人様は、今まで刑部家の当主の眷属をなさっておられたとか。」

「今でもそうです。東門に問題のないうちはこのまま眷属を続けます。」

「そうですか、先日ヴァンパイアポリスの方が剣護の消息を追って、うちに来られました。剣護は、あの日以来父親の葬式にも帰ってきてないんです。あの、剣護がまた何か悪い事でもしたんでしょうか?」

「安心して下さい。彼とこの家が関係ないことはヴァンパイアポリスでもすでに把握していますから。」
俺は白神剣護が複数の偽名を使い、悪事に手を染めている事を言わないことにした。これ以上この家族につらい思いをさせたくなかったからだ。

ゆずが戻って来た。
俺は懐から、短刀を取り出す。

「ゆず。座って。」
ゆずが俺の正面に正座した。

「これから、末永くよろしくお願いします、」
そう言って短刀をゆずの方に差し出す。

短刀を受け取ったゆずは、指をついて頭を下げると。
「よろしくお願いします、」
とはっきりと元気な声で言った。


その時、玄関の方からガラスの割れる音がした。
「また、あいつらだな!」
そう言ってゆずが部屋を飛び出して行く。俺も訳が分からずゆずの後を追った。

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