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怪我人の治療後
しおりを挟む「っと、照れたエルサに和んでいる場合じゃないね。次に行こう」
「そうね。後でいっぱいエルサちゃんを褒めるとして、今はね」
「わ、私は照れていな……話を聞くのだわー! 褒めて欲しいなんて……お、思っていないのだわー!」
最初に来たテント内の人達は、助けられる人を治癒魔法で治療した……それでも、もう手遅れの人はそれなりにいるけど。
助からない人達には申し訳ないけど、まずは助かる人を手遅れになる前に助けないといけない。
他の場所でも、まだ怪我人は多くいるんだからそちらへ向かうために立ち上がる。
頭の上で何やらぎゃーぎゃーと騒いでいるエルサをそのままに、案内してくれた女の子に声を頼んで、別のテントへと向かった――。
「はぁ……」
体感で数時間後……すっかり日が落ちた星空を見上げて、息を吐く。
あれから、全部のテントを回って治癒魔法をかけ続けたけど……助けられた人は、収容された人の半分にも満たなかった。
処置が遅かったのか、治癒魔法をかけても一切回復しなかった人も複数。
最初から、助けられない人がいるのはわかっていたし、俺も自分で自分が万能だとかなんでもできるとは思っていないけど……目の前で人が息を引き取って行くのを見るのは、やっぱり堪える。
これまで、そういった経験が全くないわけではないけど……両親とか姉さんとかね。
でも、それで慣れているわけでもない。
「ありがとうございました! リク様のおかげで、多くの人が救われました!」
「うん、そう……ですね……お役に立てて良かったです」
俺の案内をしてくれていた女の子は、目に涙をためながら目一杯頭を下げる。
女の子にとっては、ほとんどの人が助からないと諦めていたところに、半分に満たなくとも助けられる人が増えたんだ、喜ぶ気持ちや感謝をしたくなるのはわかる。
けど俺は、その女の子のように喜んだりはできず、愛想笑いをしながら応えた。
覚悟はしてきたつもりなんだけどなぁ……これまで、大体の事はできていたからか、調子に乗っていた部分もあるんだろう。
やっぱり、助けられない人を目の当たりにするとショックだし、自分への無力感すら感じる。
そりゃ、いくら魔力が多いとか、ドラゴンの魔法を使えるとしても、なんでもできるなんて考えるのは傲慢だとわかっているつもりなんだけどね。
「リクさん……大丈夫?」
「うん、まぁなんとかね」
お辞儀をしたままの女の子に挨拶をして宿へと向かう途中、俺を気遣って声を掛けてくれるモニカさん。
モニカさんも、必死で多くの人を助けようと俺に協力してくれて、同じ物を見て辛いはずなのに。
「ごめん、モニカさんも辛いのに……」
「私は……怪我人をあそこに運んだ事もあるし、リクさんよりは見慣れているから」
「そうだね。でも、ありがとう」
言葉少なに、モニカさんにお礼だけ伝えて宿への道を歩く。
「……なんだか嫌な気配なのだわ」
「エルサ?」
ほとんど何も喋らず俯き気味で歩いていると、エルサがポツリと漏らした。
俺もモニカさんも、そんなに辛気臭かったかな? いや、そうだね……いつもはなんて事ない話ををしている事が多いのに、今は何も話をしていなかったからなぁ。
「昨日よりも、暗くて気持ち悪い何かが渦巻いているようなのだわ」
「え? 俺達の事じゃないの?」
てっきり、俺やモニカさんが醸し出している雰囲気の事を言っているんだと思ったんだけど。
「リクもモニカも、リザードマンくらいジメジメと湿っぽいのだわ。けどそうじゃないのだわ。あと、リクはもっと顔を上げるのだわ。じゃないと私がずり落ちそうなのだわ」
「リザードマンって……」
「ご、ごめんエルサ」
湿地帯を好んで棲家にしているリザードマンは、表皮が湿っていて見た目も触った感触もジメッとしていて、あまり気持ちいい物じゃない。
というのは置いておいて、エルサはそれだけ俺達の落ち込んでいる様子を言いたかったんだろうけど……ちょっと例えが微妙だ。
とりあえず、落ちそうになっているエルサを戻して、俯き気味だった顔を上げる。
「一部、リクもなんとなく嫌な感じもするけどだわ。それは湿っぽいからだわ。でもそうじゃなくてだわ……気持ち悪い気配の事は、リクに言ったのだわ?」
「うん、聞いたね。よくわからないけど、街全体を気持ち悪い何かが取り巻いているような……だったっけ?」
「そうなのだわ。それが昨日より今日、また強くなっている気がするのだわ。それと、さっきのリク達が治療していた場所は特に濃く感じたのだわ」
「怪我人の収容所が? 一体どういう……」
なくなるどころかさらに強く、しかも特に濃く感じる場所か……。
少しでも多くの人を助けたくて、そちらにばかり気を取られていたから、俺にはエルサが言っているような気配は感じなかった。
まぁ、なんとなく街全体に変な気配が覆うようにしているというか……息苦しさのようなものを感じる事はある。
なんと言ったらいいのか、水の中にいるような感覚? いやでも息はできるし……。
「リクさん、エルサちゃん。その気持ち悪い気配っていうのは?」
「あぁ、モニカさんには話していなかったっけ。センテが魔物に囲まれる前からなんだけど……」
エルサと話す俺に、不思議そうな顔を向けるモニカさん。
そういえば、この話はエルサとだけしかしていなかったっけ。
センテを取り巻く嫌な気配の事を、説明した。
「気持ち悪い気配……エルサちゃんみたいにはっきり感じる事はできないけど、私も妙な感覚になる事はあるわ」
「妙な感覚?」
エルサの言う気配については、モニカさんが感じる事はないようだけど、何やら他では感じない事があるようだ。
「はっきりと言えないのだけど……魔物と戦っている時、いつもより妙に力が入るというか……自分の中にある何かを晴らすかのように、槍を振るっている時があったの。魔物を倒した時の達成感も大きく感じたような? でもこれは、リクさんが戻って来るまで自分達でセンテを守ると、全力を尽くしていたからかもしれないけどね」
「うーん……いつもと違うとか、エルサの言っている気配が関係しているかまでは、わからないね」
力が入るのは大量の魔物に対して緊張していただけとか、達成感も自分達で塞がれていた西側を切り開いたからとか、ただそれだけとも言える。
おぼろげな感覚なので、はっきりとこうだとは言えないから、何とも言えない。
ただ、モニカさんが自分の中にある何かを晴らす……と言ったのが少しだけ気になった。
晴らすって事は、憂さを晴らすというように何か不安や不満などを晴らして、取り除く事に繋がる。
それは、魔物に囲まれている事に対しての不安が原因かもしれないけど……。
あぁでも、晴らすのは憂さだけじゃなくて、恨みを晴らすとも使うか。
モニカさんが、魔物に対して恨みを持っているとか、聞いた事ないけど。
「わからないのだわ。でも、確実に少しずつ強くなって、どんどん気持ち悪くなって行くのだわ。人間に影響するのかもわからないのだわ。でも、気を付けるのだわ」
「そうだね……エルサが気持ち悪いとか嫌だとかって言うのは珍しいし、気を付けておくよ」
「そうね」
エルサの忠告に、俺もモニカさんも頷く。
そうはいっても、どう気を付ければいいのかわからないんだけど。
でも気にしないよりはいいだろうから、少なくとも記憶の片隅には留めておこうと思った――。
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