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痛みが喜びになるワイバーン

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「GRA、GRA~」
「ふむ、痛みは感じているようだが、すぐに再生するか。中々良い発見だ」
「すぅ……くぅ……」

 宿に戻って、建物の中に入るモニカさんを見送って庭に来ると、カイツさんがワイバーンの皮膚の一部剥いでいた。
 何故か皮膚を剥がされているワイバーンは、楽しそうな声音だし、嫌がっていないようではあるんだけど……。
 止める役目のフィリーナは、庭の隅に用意されていた椅子に座って寝ているようだし。
 まぁ、フィリーナは昨日からずっとカイツさんを叱り続けていたから、疲れて寝てしまったんだろうけど。

「えっと、何をやっているのかな?」
「ガァ! ガァゥ!」

 俺が声を掛けると、アマリーラさん達にワイバーンを貸し出した後、先に戻ってもらっていたボスワイバーンが気付いて吠えた。
 なんとなく、カイツさんとワイバーンのやり取りに困っていた様子……かな?

「おぉ、リク様! 見て下さい、このワイバーンの素材を!」
「GRAGRA~」

 俺の声とボスワイバーンの声でこちらに気付いたカイツさん。
 すごく嬉しそうに、傍らにある大きめの木箱を示す。
 何故か一緒にワイバーンの方も楽しそうに、短い手をフリフリしているけど……ワイバーンの素材って言ったよね?
 どういう事なのかと、近寄って覗き込むと……。

「素材……って、え!?」
「ガァガァ……」

 人が入れそうなくらいの木箱いっぱいに、ワイバーンの皮膚と思われる物が敷き詰められていた。
 俺の隣に来たボスワイバーンが、溜め息を吐くような、困ったような感じで鳴いている。

「これ、もしかしてそのワイバーンから?」
「そうです! リク様が以前討伐したワイバーンは、二体なのに素材はそれ以上の量でした。その事を思い出し、もしかしたら皮膚を剥いでさせ、永久に素材を得る事ができるのではないかと考えました。結果はこの通りです!」
「えっと……うん。確かに多いですね……」

 カイツさんに聞いてみると、熱弁してくれた。
 成る程、トカゲのしっぽみたいな物って事か……再生するから何度剥ぎ取っても大丈夫だし、一体のワイバーン相手に延々と素材を剥ぎ取れると。
 無限素材採取みたいな感じ?
 まぁ、ワイバーンだし、確かに見た目は羽根の生えたトカゲだし……って、そういう事じゃなく!

「いやいや、さすがにワイバーンが何もしていないのに、傷付けるような事は禁止だって言いましたよね!?」
「問題ないですぞ、リク様。確かに、皮を剥ぐ際には少々痛がりますが……ワイバーンは嫌がっていませんので。それどころか、素材を提供できるのが嬉しいようでしてな」
「GRA~GRA~」
「ガァ、ガァガァゥ」

 思わず大きめの声で突っ込むと、人差し指を立てて左右に振るカイツさん……なんだろう、ちょっとイラッとした。
 馬鹿にしているわけじゃないんだろうけど、放って多くとチッチッチッチ……と口から発しそうなくらいだ。
 カイツさんに続き、ワイバーンが鼻歌でも歌うかのように上機嫌で鳴き声を上げた。
 ボスワイバーンはやれやれとでも言いたげだ。

 いやまぁ、今朝見た時にも思ったけど、やっぱりこのワイバーンは特殊な趣味があるみたいだなぁ……痛みを感じて喜ぶ、いや悦ぶ?
 とにかく、そういった気質があるみたいだ。
 確かにいくらでもかはともかく、皮を剥いでもすぐ再生するし、素材が入手できるのはいい事だとは思う。

 けど、魔物とはいえ生きたままのワイバーンから、皮を剥いで平気な顔をしているカイツさんもカイツさんで、なんとなく怖い。
 もしかすると、カイツさんにはそういった趣味があったり? 研究が目的だから、と思いたいけど……。

「はぁ……ワイバーンが嫌がっていなくても、さすがにですね……。ボスワイバーン、ワイバーンって皆そうなの?」
「ガァ!? ガァガァ……ガ、ガァ?」
「あぁうん、なんとなくわかった。ワイバーンの全てがそういう趣味を持っているわけじゃないんだね、良かった……かな?」
「ガァゥ……」

 カイツさんに向かって溜め息を吐きながら、ボスワイバーンに聞いてみると激しく首を振って否定。
 その後に自信なさそうな声を聞く限り、多分一部だけ? とかそういう事を言ってそうだ。
 否定している時点でボスワイバーンは違うんだろうけど、そういうワイバーンも他にいるのは覚悟しておいた方が良さそうだね……なんの覚悟かは自分で考えていてよくわからないけど。
 まぁ、ワイバーンボウリングでボウリングの球役を喜んでやるのがいんだから、そういう事だと思う。

「というかカイツさん。まず皮を剥ごうとする発想がちょっと……フィリーナは止めなかったんですか? もしかして、寝たのを確認してから試したとか?」
「いえ、最初は止めようと何やら叫んでいたりもしましたが、ワイバーンの方が快く承諾する様子でしたので。……そういえば、いつの間にかフィリーナが静かになっていましたな。寝ていたのですか、気付きませんでした」
「……それだけ、夢中になっていたって事ですか」

 椅子に座って寝ているフィリーナの方を示しながら聞いてみると、一応注意はされたらしい。
 けど、ワイバーン自身が承諾したので、フィリーナもあまり強く止められなかったのかもしれないね。
 というか、静かになったと思うだけって……カイツさんは、どれだけ夢中でワイバーンの皮を剥いでいたんだろうか。

「まぁ、カイツさんがワイバーンの皮を採取したいのはわかりました。でもとりあえず、あまり人の目に触れるような場所では、控えて下さい」

 目撃した人が、もしかしたら変な勘違いをするかもしれないからね。
 場合によっては、ワイバーンには何をしてもいいとか極端な考えをする人も出てきそうだし。
 ワイバーン自身は喜んでいるみたいだから、いいんだろうけど……さすがに単純な暴力とかを向けられうのは、本意じゃないだろう。
 ボスワイバーンを始めとした、そっち系の趣味じゃないワイバーンもいるわけだし。

「いえ、リク様。私は別に皮が欲しかったわけではありませんよ? まぁ、あるのなら素材としてワイバーンの皮は優秀なので……それはリク様もわかっているとは思いますが」
「まぁ、ワイバーンの皮は特に防御性能に優れているみたいだから、有用なのはわかりますし、できれば多く欲しいというのはそうですけど」

 それこそ、戦争に備えて兵士さん達にワイバーンの皮を使った鎧を、配備できたらなぁ……なんて事をちょっと考えたくらいだ。
 そこらの金属の鎧とは比べ物にならないくらい頑丈なのは、ツヴァイを捕まえた辺りで実際に試しているし。
 次善の一手を十分に使えなければ、そこらの兵士や魔物が傷を付ける事はできないだろうから。
 つまり、戦争で絶対的……は言い過ぎかもしれないけど、高い防御性能の物を手に入れられるってわけだね……どれだけ鎧が頑丈でも、戦い方はあるだろうけどこちら側の兵士さん達が有利になるのは確かだ。

「でもそれじゃ、なんでワイバーンの皮を剥ごうと考えたんですか? まさか、ただワイバーンが痛がる姿を見たい……とか?」

 さっき考えた、カイツさんの趣味がもしかして本当なのでは? と恐る恐る聞いてみる。
 これで頷かれたら、ワイバーンも含めてカイツさんへの研究を頼むのは、色々と考え直さないといけないかもしれない――。


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