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決意と約束をモニカに
しおりを挟む「王城での暮らしや、貴族としての暮らしの方が、多分ヘルサルにいるより贅沢はできるんだろうけど……それでも、姉さんのためよりはヘルサルを中心に暮らして、冒険者を続けたいと思う」
お金には余裕があるし、贅沢をしようとすればできると思うけど……俺にとって重要なのはそこじゃない。
どれだけお金があったとしても、あまり広くない豪華ではなく平均的な宿の一室で寝泊まりして、街にある料理屋で食事をする程度だね。
まぁ家を買うくらいはするかもしれないけど……今いる宿や王城のようなお世話される生活にはならなかったと思う。
「でも、どうしてそんなに……そりゃ、もしも私が冒険者にならなかったら、リクさんがヘルサルを離れないのは嬉しいけど」
「理由は色々あって、一つじゃないんだけど……」
無一文でこの世界に来て、右も左もわからない状態でお世話になった人は多い。
マックスさん達や、獅子亭の常連さん達。
そして俺を受け入れてくれた、英雄と呼ばれても多少特別扱いはされたとしても、それまでとそう変わらず接してくれる人達。
ヘルサルという街そのもの好きで、俺にとって特別な位置にあるんだけど、一番重要なのはそこじゃない。
でも、これをモニカさんに言うのは、ものすごく勇気がいるなぁ……。
「すぅ……はぁ……」
「どうしたの、リクさん?」
「いや、ちょっと待ってね……」
緊張して、深呼吸する俺に目を丸くするモニカさん。
もうさっきまで吐露していた不安や恐怖は、ほとんど感じていないようで涙の名残か瞳が潤んでいるくらいだ。
これ以上言葉を尽くさなくても、モニカさんは大丈夫なように見える。
だったら、これ以上余計な事を言わずにモニカさんを安心させられたと、満足してもいいんじゃないだろうか?
なんて考えが浮かぶ。
いいや違う……モニカさんは、我慢ができずに心情を吐露してしまったんだろうけど、それでも言葉にしてくれた。
何故そう思うのか、不安や悩みの原因は口にしても、決定的な言葉は言っていない。
けど、それでも、このままじゃ話を逸らしただけで終わってしまって、本当にモニカさんを安心させる事はできないだろうから。
どうしてモニカさんがずっと不安や恐怖を押し殺していたのか、今みたいに限界が来るまで我慢していたのか……それは俺が言葉にする事、意識する事を避けていたからだ。
それじゃいけないと、縮こまってしまいそうになる心を奮い立たせる。
「よし……モニカさん」
「……リクさん?」
意識して目に力を込め、ジッとモニカさんを見つめる。
ある程度、俺が何を言おうとしているのかわかったのか、さらにモニカさんの頬がピンク色……いや、赤く染まった。
「あのねモニカさん、慣れていないからうまく言えないから、頭に浮かんだそのままを言うよ。……もしモニカさんが冒険者にならなかったら、ヘルサルを中心に活動する理由は、そこにモニカさんがいるからなんだ」
モニカさんがいなければ、姉さんのいる王城か……はたまた根無し草みたいに、色んな場所を移動しながら活動しているだろう。
エルサがいてくれる分だけ、一つの所に留まらない自分が簡単に想像できる。
「そして、実際にモニカさんは冒険者になって俺と一緒にいてくれる。だから、王城だったり今はセンテのここだったり、居場所は変わるけど……それでも絶対にモニカさんと離れたままでいる、という事はで考えられないし、できないんだ」
「私が、いるから……ほ、本当に?」
潤んだ瞳、揺れる目で俺を見つめるモニカさん。
またちょっと不安そうな表情になったのは、今俺が言った事をすぐに受け入れられなかったからだろう。
だから、信じてもらえるように、受け入れてもらえるように、不安を取り除くために笑いかける。
「うん。居場所が変わるって今言ったばかりだけど、俺の居場所はモニカさんの近くかなって、本心からそう思うよ。いつからそう思ったか、はごめん……わからないんだけど、でも少なくとも冒険者になった頃には、心の奥底でモニカさんの近くにいたいって思っていたんだ」
本当にいつからだろうか? 何かで少しだけは慣れる事があったとしても、モニカさんの所に戻って来るとすごく安心できるようになっていたんだ。
それこそ、今伝えたようにモニカさんの近くにいるのが俺の居場所で、いるべき場所だと強く思うくらいに。
これまでほとんど無意識にそう感じていたため、自覚できるようになったのは最近だけど、多分冒険者になる以前、獅子亭で働いている頃からなんだと思う。
「モニカさんが嫌じゃなければ、だけど。俺はずっとモニカさんの傍に、一緒に、できれば隣にいたいと思っているよ。だから、もしまたモニカさんが不安に駆られても、恐怖が湧き上がっても、またこうして安心してもらえるように頑張るし、理由があって離れたとしても必ず戻って来るよ」
「嫌だなんてそんな……そんな……」
信用という意味では、今回の事で薄れてしまった部分があるかもしれない。
けどだからこそ、ここで改めて約束して、何があっても、どんな事に遭遇しても、絶対にモニカさんのいる所へ戻って来ると決めた。
それは、もしかしたらエルサとの契約にも似ている、俺にとっての誓約だ。
魔力とか記憶とかは流れたりしないけど。
「リクさん……」
「まぁ、今回の事であまり信用はないかもしれないけど……でも、俺の気持ちとしては、絶対にモニカさんの所へ戻って来る。勝手にどこかへ行ったりしないと、約束できるよ」
もし離れなきゃいけない事情があっても、それは一時的な事。
意識が飲み込まれた今回と、同じ事が起こらないとは保証できないけど……俺の意識がある限りは、必ず戻って来る。
「……」
「モニカさん、どうしたの?」
体勢は変わらず、俺が両手でモニカさんの頬を挟んでいる状態。
そんな中でも、モニカさんは俺の言葉を受けて目を伏せた。
これでも、俺はモニカさんを安心させられないのだろうか? もしかしたら、俺なんかに一緒にとか隣になんて言われるのは嫌だったとか?
モニカさんとはそれなりに一緒にいて、今更色々な事に気付いたとか、こうして泣きながら言われてようやくという部分もあるから、愛想を尽かされても仕方ないのかもしれない。
特に、こうやってモニカさんがはっきり意思表示してくれる事で、やっとこちらからも考えを伝えられるようになる、というのは俺自身も情けないと思うけど。
「えっと……やっぱり、遅かったかな?」
不安になって、目を伏せたまま黙っているモニカさんを窺うように、声を掛ける。
至近距離で顔を突き合わせて、さらに手でモニカさんの顔を包みながらなんて状況で、沈黙に耐えられる程俺は強心臓じゃない。
今でも、いやモニカさんが目を伏せてからさらに、痛いくらいに脈打つ鼓動。
さっきまでと違い、悪い想像をしての鼓動なため、慣れていない俺にとっては長くは耐えられそうにない。
「……本当、遅いわねリクさんは」
「モニカ……さん?」
伏せていた目を細めて、微笑を浮かべたモニカさんが小さく呟いた。
想像していた悪い方向ではなさそうな雰囲気だけど、その微笑を見てさらに鼓動が跳ね上がる。
心臓の耐久度が心配、なんて考えている余裕はない――。
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