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加護≠呪い

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「ゔあああああぁぁーー…… 」

―― づがれだぁぁぁ。

 食堂のカウンターに突っ伏したフェンガリが、魂まで吐き出しているようなため息をついている。今日で三日になるが、一向に下見が終わらない。
馬車馬も限界である。

 フェンガリの担当は砦の中でも日常的に使用する施設や備品の更新だ。
 通常なら年度ごとに予算をとって計画的に入れ替えるはずのものが、全くと言って良いほど手をつけられていない。

 しかしフェンガリの記憶が確かなら予算はしっかり計上されていた筈だ。

 なんに使ったんだろうと、考えないようにしても、確実にきな臭い。定期監査に下見で調査員を派遣するのは珍しいけれど、この夏の旱のせいで大がかりになった為だろうと思っていたのだが、小悪党レベルではあるが本当にきな臭くなってきた。

 自分たちが派遣された理由の一つこれだろ、とフェンガリは再びカウンターになついた。

 簡単なお仕事とか嘘つきー。

 帰ったらしばらくは、傷心のふりしてやる。よしリアル泣きまねグッズ開発して、上司の心を抉ろう。

 疲れすぎて、後ろ向きに活動的になってきているフェンガリである。

 めんどくさいことはきらいだ。
 森で採取に励みたい。
 帰ってやりかけの魔道具の改修したい。

 止まらない愚痴は内心だけである。吐き出せないうっ憤で頭痛がして、眉間を揉もうとした指先が眼鏡のつるに遮られた。はずそうとしたのは無意識だが。

 そういえば認識阻害の術式組み込んであるから外すなと念を押されていたのを思い出す。

 フェンガリの容姿は、妖精姫と呼ばれていた母の若い頃に生き写しで、ちょっと人目を引く女顔である。母の事は大好きなので、この顔に不満は無いが、確かに不必要に絡まれやすいのは面倒だった。

 よく磨き込まれた天板に頬を寄せるとひんやりとして気持ちが良いのだが、慣れない眼鏡が邪魔で仕方ない。もう顔ごとカウンターに懐いてれは認識を阻害する必要なくないか? 気配は自力で消せばいいじゃん、よしとるぞ。

「お疲れさま、助かったよ」
「へぁ? 」

 間抜けな声と共に顔を上げれば、料理長の人の良さそうな笑顔と目があった。

 年齢相応に腰回りについた肉と、ふくよかな頬の持ち主で、この人が作るご飯なら絶対美味しいに違いないと思わせる説得力がある。実際、肉と野菜をシンプルに使った郷土料理も大変美味しく、王都の豊富な料理に慣れたフェンガリ達の口にもあった。

 逆に都会ではお目にかかれない素朴な味わいは、帰ったら間違いなく懐かしくなる感じて癒される。

 無骨な手から差し出される大ぶりのカップには、なみなみとカフェラテ注がれている。

 昼の混雑が終われば、今度はひと仕事終えた従業員達の賄いの時間だ。

 忙しい食事時を避けて、食堂や調理場の設備更新の要望を聞き取りに来たフェンガリは、オーブンの前で頭を抱えている料理長を見つけた。温度調整がうまく効かない為目が離せなくて困っているのだそうだ。

 魔道具の修理依頼はかけているが、なかなかこんな辺鄙な所まで来てくれてない。
 そう言って料理長は諦めたように笑った。
二つあるオーブンは一つは壊れ、もう一つは温度調整がきかない。

 十口ある魔道コンロも半分以上何らかの不具合を抱え、問題なく稼働する方が少ない。
修理を買って出たのは単なるきまぐれだ。魔道具をいじるのは趣味に近いし、こんな限られた環境で懸命に美味しい食事を作り続けている料理長に、ちょっと感動したのかもしれない。

 直して貰ったオーブンで焼いたんだと、できたてのミートパイを出して貰った。

 眼鏡の無いフェンガリの顔に料理長が目を丸くして「こりゃ大した別嬪さんだ」ともう一皿アップルパイにバニラアイスもつけたのもおまけしてくれた。

 遠慮なく貰ってうまうまと頂く。
糖分は脳みそが元気になるから好きだ。


 眼鏡の無いフェンガリの顔を見ても、料理長はちょっと驚いた位で態度を変えたりしなかった。

 フェンガリの女神様の愛する善男善女であるようだ。

 父性はフェンガリと姉が永遠に失った憧憬である。

 それを承知で神殿は彼ら姉弟のそばに、よく尊敬にたる壮年の男性を配置する。

 一つの瑕疵で全てを否定しないで欲しい。
その願いは、成長の中でしっかり受け取った。
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