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加護という名の呪い

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 翌朝は目覚めも快適だった。
 十分な栄養とたっぷりの睡眠って素晴らしい。

 フェンガリは朝一番に女神様に感謝の祈りを捧げてから、簡単にシャワーで汗を流す。

 仕上げに冷水をかぶって、簡易な禊もすませてから、身支度を整えたフェンガリは食堂へと向かう。

 夜番の交代が間もなくなので、厨房は忙しそうだ。食欲をそそる香りと音をたてて、料理長がてきぱきと鍋を振っている。

 フェンガリが「おはよう」と声をかけると、ニコリと笑って頷いてくれた。それからカウンターの列に並ぶ。

 早い時間なのでフェンガリの番はすぐに来た。おばちゃんから渡されたトレーを見ると、朝の定食にはついてないはずのプリンが一個乗っている。

 目を丸くしてカウンターの中のおばちゃんを見れば、笑って料理長を指さすので「嬉しい~ありがと、ご馳走になるね! 」とお礼を言ったフェンガリはご機嫌で席に着いた。

 美味しい朝食をありがたく、かつ急いで頂く。料理長心尽しのプリンだけは、丁寧に最後の一さじまですくって堪能させて貰った。

 しめに食後のお茶でさっぱりと気分を整えたフェンガリは、よしっ! と気合いを入れて、本日最終日、大本命である神殿へと向かうのだった。


 本当は余裕があれば数日とって、きちんと清めたい気持ちがあったけれど、想定外に荒れた砦のおかげでぶっつけ本番になってしまった事がとても残念である。

 この地から神官が去って、同時に女神の加護も薄くなっていったのだろう。

 中央の神殿に比べると麓の街と頂上にいるほどの差が有る薄い神力に、ここにもう一度場を整え神力を満たすのだと思うと、フェンガリの背筋も自然と伸びる心地だ。

 せめて心をこめて浄化をかけよう。
埃など一かけらも残さない位の気持ちで。

「さあ、やるか! 」ともう一度気合を入れて、引いた扉はなぜかびくともしなかった。

 おかしい。神聖力的な意味では閉じている神殿だが、物理的にまで閉鎖はしていないはずだ。一部を倉庫代わりにしていたそうで(罰当たりである)今日までにそれは移動する約束になっていた。まさか、そんな子供の使いのような約束まで、ここの連中には守る能力がないのだろうか。

 海狗オットセイばっかりだし、さもありなん。しかし女神様への奉仕の前に些末な事で気持ちを荒らしたくない。

 ここは平常心平常心。

 大事な事なので二回言いましたと、自分に言い聞かせて、物理でも術式的にもぶち破る気持ちで、フェンガリは扉にかけた両手にぐっと力を込めると、その豊な神力を解き放った。





 そして今に至る。
 つまり従兄弟の妖しく潤む碧眼と見つめあっている今、なうである。

 この従兄弟はそんなに人に見られたいのだろうか。だとしたら、会わない間に随分と拗らせたものだ。

 ついでにそういう特殊な性癖、は同好の志のみで楽しんで欲しい。興味の無い自分のような奴に要求されると、単純に犯罪ですよ? 

 実際、何回もその手の行為を匂わせる場面には遭遇したが、がっつり見せられるのはこれが初めてですが、全く有難うございません。帰りたいです、女神様。さっきから祈りと言う名の愚痴しかこぼしていないぞと、フェンガリは情けなく反省した。

 けれど、目の前の海狗オットセイどものおかげで、せっかく美味しく頂いた朝食が、料理長の心づくしのプリンを伴って喉元まで上がってきているのが本気で腹立たしい。

 「お前ら皆んな気持ち悪いんじゃーっ!!! 」と叫べたらどんなにすっきりするだろう。

 しかし下手に動揺を見せると、海狗達の興味がこっちに向きそうなので、それは不味いと努めて無表情を装おう。

 日ごろから、フェンガリは言葉を発すると途端に残念になるからと、対外業務中は微笑と相槌以外するなと厳命はされているのだ。

 確かに母とそっくりな妖精姫の顔で、残念な行動をやらかしている事が多い自覚もあるので、素直に業務中は大人しく鉄仮面を表情筋には意識させているのだ。真相はむしろ逆で、残念にならないから問題なのだが、自身の魅力的な自覚はフェンガリには皆無である。

 それなので気を抜くとすぐぼろが出るのだが、やらないよりはましなのだ。
 主にフェンガリ本人より、周りの人間の精神的な安寧の為という意味合いが強いのだが。

 正直神殿はフェンガリの「領域」であるから、こいつら程度の魔力使いなど、自慢でもなく怖くもない。

 埃の積もった床に残る足跡や染みは、日ごろからこのフェンガリにとっての聖なる場を、彼らが良からぬ目的で使用していたという痕跡が幾つも残っている。

 初日に神殿の下見と確認を願い出たフェンガリ達に「片付け」が必要だと言って予定を変更させたのは、砦上層部だ。

 もちろん彼らも封鎖された神殿で何が行われていたのか、少なくとも承知していたと判断されても文句は言えまい。少なくともフェンガリは、責任の所在という意味でもそう判断していた。
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