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5巻
5-6
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「これは……もしや改良された泥人形か?」
「なんですと!」
ブロライトが言う泥人形というのなら聞いたことがある。前世のゲームや映画の知識では時に強敵として、時には何かを守る番人として、泥人形が存在した。魔力で動き、主人の命令を忠実に守る人形。
リピは誇らしげに言い放った。
「泥人形に似せた機械人形よ。魔力で動くことに変わりはないけど、アダマンタイトの原石を使った身体はリンデ三号だけ!」
「機械人形!! なにそれロボじゃん! すげえ!」
「アンタ今頃驚いたの? リンデ三号よりアンタの底なしの魔力のほうが恐ろしいんだけど」
憧れの巨大ロボ!
高層ビルをぶっ壊すほど巨大ではないが、それでもでかい。
これでも幼少期はなんとかレンジャーとかなんとかマンに憧れていたものだ。いつかあのコックピットに乗りたいなと夢見た青年時代。多面的性質を持つ水溶液に浸かってナンチャラフィールド展開っ、なーんて叫んだ酔っ払いの惨劇。
とにもかくにも、こういったメカニカルなものは興奮する。マデウスで機械式のものは初めて見た。この世界にも機械仕掛けの人形が存在した、っていうのが嬉しくてならない。
広いマデウス、何処かに車とか飛行機とかあるかもしれないと思っていたが、もしかしたらそれよりも高度な文明が存在しているのかもしれないな。魔力で自動修復するロボなんて、最高じゃないか!
リピの呆れ顔をまるっと無視した俺には、目の前の憧れの巨大ロボしか見えない。超かっこいい。
鉄くずの山だったものが元ある姿に戻ると、それはクレイの姿そっくり。
魔王が降臨したときの、あの恐ろしい姿のクレイに。
6 絶海~ぜっかい~
人工遺物というのは、大昔の技術者などが造った魔道具や武具などのことである。
大昔というのが三百年前なのか千年前なのかはわからないが、とにもかくにも古くて一定のランクがあるものを言う。それが壊れていても、現役で使えても、ひとくくりに人工遺物と呼ばれているらしい。
ちなみに、折れたクレイの槍も人工遺物だったらしいのだが、元の持ち主であるリンデルートヴァウムからヘスタスへと譲渡され、長年愛用し続けることにより人工遺物という呼び方ではなくなるらしい。なんのこっちゃ。
そもそもこの譲渡、というのはその名の通り譲り渡すことを言う。俺の最強ハサミを例にすると、この「タケルのハサミ」というトンデモダッサイ名前のハサミをただあーげる、だけで譲渡できるわけではない。名のある匠が魂を込めて造ったものには、意志が宿ると言われている。まあ、精霊みたいなもんかな。そいつが譲渡される者を認めない限り、譲渡は終わらない。譲渡が終わらないものは本来の力の半分も発揮されない。
クレイの月の槍が折れてしまったのは、完全な譲渡がされないままだったからというのも理由の一つになるらしい。まあ、月の槍はクレイの前にも何人かのリザードマンの手を渡り歩いているから、譲渡のことなど忘れ去られてしまっていたのだろう。
ちなみに「譲渡」が成されるのは人工遺物に限る。俺のハサミは人工遺物に分類されない。でも、あと数百年もすれば人工遺物になるんじゃないかな。確実に。
俺には異能の力で私物確保ってのがあるから、いったん俺のものになったら盗むことは不可能。譲渡に関してはどうだろうな。やったことがないからわからないや。
ブロライトのジャンビーヤも人工遺物。あれも前の所有者から正式に譲渡されたものらしい。長年所持し、愛用し続けることで自然と銘が変わっていくのだとか。
「譲渡には持ち主の意思が必要になるのよ。人工遺物には現代の人が想像もつかないほどとんでもない力が宿っているわ。それをうかつにぽんぽん使われちゃったら困るでしょ?」
「ああ、まあ、そうですね」
「アンタ、よくわかっていないわね」
はい。
大昔に造られたものがどうやって譲渡され続けるのか、さっぱりわからん。
だって元の持ち主はとっくに死んでしまっているわけだろ? それなのに譲渡だのなんだのって。死ぬ寸前に託すのだろうか。死んでからも可能なのだろうか。人工遺物に宿る精霊的なものが次の主を決めるのだろうか。
「持ち主が所有放棄すれば譲渡する必要もないんだけど、所有放棄された人工遺物ってあまりないのよ。大体は譲渡されないまま死後も一緒に朽ちる運命だから」
「それじゃあ、あのメカクレイは」
「リンデ三号」
「リピの所有?」
「所有者は一応アタシになってるけど、アタシのっていうより、この宝物庫の守護神ね。財宝を守るために造られたの。当時誰よりも勇ましかったリンデルートヴァウムの姿を模した機械人形」
やはりドラゴニュートという種族は、リザードマンより大きかったんだな。魔王になったクレイが異常なのかと思ったけど、魔王の姿こそが本来のドラゴニュートなのだろう。あんな規格外の破壊神がごろごろいた大昔って、とんでもないわ。そりゃ世界が壊れそうになるわけだ。
鋼鉄かと思ったボディはアダマンタイト製。ミスリルと並んで珍しい鉱石。それが、あのでかいボディ全部に使われていると。
さてさて、聞いたところでわからないかもしれないが、とりあえず教えていただきましょうか。
【宝物庫の守護神 リンデルートヴァウム三号 ランクS】
所有者:リピルガンデ・ララ
巨匠ディングス・フィアルの機械人形シリーズ、ドラゴニュート第三号。外装の九割をアダマンタイトで精製された人工遺物。
所有者の命令のみを聞く、人工知能・自己診断・再生機能、他搭載。強烈な打撃に弱い。
備考:破損箇所有り、自己修復不可能
三号ってことは他もあると思っていたが、やっぱりシリーズものだったか。
こんなのがあと何体あるんだろう。しかもランクSですよ。大丈夫かこれ。クレイ単体で戦えるの? 補助なし?
再生機能ってなんなのそれ。ズルくない? ぶたれても壊れてもへっちゃらってことだろ? そりゃイーブンじゃないなあ。いくら命を懸けて財宝を守るロボだったとしても、それどうよ。
「挑戦者が来るわ。アンタたち邪魔だからこっち」
入り口らしき扉を指さしたリピは、メカクレイをそちらへと向け待機させた。
「リピ、せめてクレイを回復してもいいかな。魔力入れたてのメカクレイは元気でも、クレイはへとへとなんだろうから」
「リンデ三号だってば……まあ、試練の門を一日で二つも攻略するなんて普通はないことよ」
「せめて何か食わせるとか、傷を癒すとか。じゃないとランクSのメカクレイと戦うのはちょっと」
「えっ。ちょっと待って。なんでランクSだってわかるの?」
それはアレですよ。企業秘密にさせてくださいよ。
俺の視線がウヨウヨと宙を泳いでいるのをリピが睨みつける。可愛い顔してそんな目しなさんな。
「人工遺物っていうなら、めちゃくちゃ強いんだろうなと思ったわけだよ。それで、ほら、なんていうの? 第二の試練がランクAのモンスターだったなら、ここはランクSあたり来ちゃうんじゃないかなっていう想像。想像ですよ、リピさん。あははっ」
両手をモミモミしながら誤魔化し誤魔化し、鞄の中から中位回復薬を取り出す。
こいつを飲ませて魔素水も飲ませ、ついでに治療でもぶちまけりゃ、元気になるだろう。ドーピングじゃないですよ。ちょっと元気になってもらうだけですよ。
口八丁で誤魔化す俺をじっとりと見つめてくるリピから視線を逸らし、扉から入ってきたクレイに近づいた。
見た目こそ酷い怪我を負っているようには見えないが、なんとなく疲労が溜まっているように思える。
「お疲れ」
「うむ。極寒の地ではあったがな、吹雪いてはおらぬゆえ第一の試練よりも短い時間で出口を見つけられた」
「戦った相手はランクAだったらしいけど」
「リングウェル高地で一度戦ったことのある相手だ」
さいですか。
手にしていた中位回復薬を渡し、まず飲ませる。続いてどんぶりに魔素水を汲み、それも続けて飲ませる。ついでにベルカイムで職人街の美人ドワーフに作ってもらった肉巻きジュペを五個食べさせ、仕上げに治療で完全回復完了。
クレイは無言で次々と補給し、目の前にいるメカクレイを捕捉。獲物を狩る猟師の目。静かに闘志を燃やしているということは、今の状況を把握したということだな。さすがランクA冒険者。場の雰囲気を即座に読み取ったのだろう。
メカクレイもボディを輝かせ、真っ赤な燃えるような瞳でこっちを捉えている。唸りもしなけりゃ睨みもしない。その静かな佇まいがとても不気味だ。
「そろそろいい? 第三の試練はアタシの相棒、宝物庫の守護神でもあるリンデルートヴァウム三号が相手よ!」
拳をぎゅっと握りしめたクレイには、リピの声は届いていない。もうメカクレイのことしか見えていないようだ。
「クレイ、相手はランクSだ。本気を出せよ? 弱点はモンブランクラブと一緒」
「俺は、俺として挑む」
「は?」
「始祖の血に頼ることなく、俺の力で挑むのだ」
それって魔王降臨させないで戦うってこと? 相手はランクSだっていうのに?
そりゃまそれで勝てるならクレイの好きにすればいいが、忘れてはならない。キエトの洞で戦った巨大ナメクジのことを。あれだってランクSのモンスターだったんだ。それを三人と一匹と止めに神器、というかなり頑張った戦いだったんだぞ。クレイだって全力で魔王になって、それでやっとの勝利。
「なあクレイ、ドラゴニュートの血を否定するなよ。あれだってアンタじゃないか」
チートパワーを思い切り使い、そして試練に打ち勝てばいい。
だがクレイは俺の忠告を聞かず、無言のまま歩を進めメカクレイの前に立ってしまった。
「タケル、どうしたのじゃ」
異変に気がついたブロライトが走り寄ってきたが、クレイは既に臨戦態勢。この場所に留まるわけにはいかない。
避難場所に移動しながらブロライトに説明をする。
「クレイはドラゴニュートの血を覚醒させないで戦うみたいだ」
「ぬん? それはつまり、今のクレイの本領を発揮させぬまま戦いに挑むということか」
クレイの自由にすりゃいいけど、謎の多い人工遺物が相手だ。しかもロボ。
マデウスに来て初めて見た人工的な機械がランクSのメカクレイっていうのが強烈だが、こういうのはモンスターよりも怖かったりするのだ。なんせ動物と違って意思や思考が独特。予想がつかない動きをするはず。なんとかクラッシャーとかなんとかストライクみたいなのをぶっ放してきたらどうすんだよ。興奮するだろうが。
ドームの中央に移動したクレイとメカクレイは静かに睨み合う。こう比べてみると、メカクレイはクレイの頭四つ分大きい。
「ふふふ。あんなに元気なリンデ三号を見るのは久しぶりよ。アンタの魔力、すごいわね」
避難場所ならぬ放送席のような中二階にある部屋の窓から外を見下ろし、これから行われる第三の試練を見守る。
怪獣大決戦、という言葉が出てきたが黙っておこう。
クレイにとっては命懸けの戦いだが、見物している俺にとっては怪獣大決戦だ。クレイの新たなる槍を手に入れるため、ここは是非とも頑張っていただこう。
「ピュピュ……」
ビーが心配そうにクレイを見つめる。負けるとは思っていないが、どうだろうか。愛用の大槍は装備していない。拳一つの勝負となる。あと尻尾。
さてさて、どうなることやら。
「いいわよ。リンデルートヴァウム三号、はじめなさい!」
リピの宣言の元、戦いの火ぶたは切られた。
さあ、第三の試練、鋼の心を持つ人工遺物、その名もリンデルートヴァウム三号、またの名をメカクレイとの世紀の対戦。挑戦者は百戦錬磨の元聖竜騎士で現ランクAの冒険者、栄誉の竜王ことクレイストン! 相手が古代のドラゴニュートの英雄ならば、挑戦者は現代に蘇った暴走魔王! 鋼の心とボディを持つ宝物庫の守護神に、あの頑固な堅物おっさんはどう立ち向かうのか! さーて、血が湧き、肉が躍る勝負が今はじまろうとしております! 実況席は俺こと冒険者タケルと!
「何見てんのよ」
「なんでもないデス」
危うく脳内でプロレス実況がはじまるところだった。
いや、プロレスはルールがあるしあくまでもスポーツなのだから、これからはじまるだろう命懸けの決戦とは違う。
「なあリピ、これ決着はどうなるの?」
まさかどっちかが死ぬまでのデスマッチじゃないだろうな。
伝説の武器を手に入れるからとはいえ、クレイが死んだら困る。命を懸けるほどの武器なんていらない。命こそを大切にしてもらわないと。
リピは椅子に座ったまま足をぷらぷらと動かし、メカクレイを眺めながら頷いた。
「どちらかが膝をつくまで――もう駄目って弱音を吐くまでかしら」
「メカクレイは弱音なんて吐くの? ロボだろ?」
「リンデ三号だって言ってんでしょ。おかしな名前つけないで。リンデ三号は賢いから、自分の限界を知っているの。これ以上やったら壊れるってところで止まるのよ」
「へええ、すごい。プログラミングした人はよっぽど優秀なんだな。オートリペア機能だけでも便利なのに、自己判断で緊急停止もできるなんてさ」
これは地球のロボット技術よりも進んでいるのかもしれないな。ラジコンじゃなくて、所有者の声を認識し命令に従う完全自律型。しかも勝手に修復してくれる、夢のロボじゃないですか。
「……アンタ、機械人形を見たのはリンデ三号が初めてなんでしょ? それなのにずいぶんと詳しそうじゃない」
「うん? それは、あれだよ。ほら、図書館、いろいろな文献をだね、本をね? 読んで、そこにね、機械人形とか泥人形のことが書いてあったような気がしないでもないから、覚えていたような感じ?」
「本当にぃ?」
嘘です。
ベルカイムのルセウヴァッハ領主秘蔵の本の中に、人工遺物や機械人形について書かれているものはなかった。そんな本を見つけていたら、一も二もなく探しに行ったかもしれない。ロボっていうのは男の夢だろう。鉄人なんとかをリモコンで動かすのには憧れていたんだ。
それよりもクレイとメカクレイの戦いが、今まさにはじまろうとしている。
俺のことをじっとりと睨んでいたリピだったが、得意の愛想笑いで誤魔化した俺に何も言わず、疑いながらも椅子から降りて窓辺へと向かった。
「リンデ三号! 相手は久しぶりの挑戦者よ! アンタの力を思う存分発揮しなさい! 魔力のことは考えなくていいからね!」
リピが大声で叫んだと思うと、メカクレイの赤い瞳が更に強く輝いた。
先に動いたのはメカクレイ。
瞬時にクレイとのインターバルを一気に詰め、硬そうな拳を繰り出す。クレイは拳を見切り、すんでのところでかわし、右ストレート! おおっとメカクレイもそれを難なくかわし、次はボディに一撃だ! これは痛いぞ、これは辛いぞ、クレイの眉間がぎゅんっと寄ったぁ! あの拳は絶対に痛い、きっと痛い! 負けじとクレイのごんぶと尻尾攻撃! メカクレイの足にクリティカルヒットォ!
「なんなのよ! うるっさいわね!」
あっ。
しまった声に出ていたか。
いやさ、世紀の対戦だと思うと黙っていられないんだよ。ついつい実況してしまう独身男の孤独な大晦日。
両手で口を押さえながら大人しく観戦を続ける。メカクレイの動きはとても機械人形だとは思えないほど滑らかだった。こう、ロボロボしいギクシャクした動きになると思っていたんだけど、まるで生きているような動きを見せている。顔色が一切変わらないから、クレイの攻撃が効いているのかまったくわからない。それでも互いにいい戦いになっていると素人目で思う。
クレイも愛用の槍がないなりに、体術で必死に応戦している。さっきの魔素水が良かったのかな。その顔に疲労は見られない。
「ピュピュ?」
「えっ。炎吹くの? なにそれかっこいい。あーーーーほんとだーーーー! 吹いたぁぁぁーーーー!」
「うるっさぁい!」
メカクレイが炎を吹くとビーが教えてくれたのと同時に、メカクレイは大口開けて火炎放射。
この炎の勢いがすさまじい。Cランクモンスターでフロガバタフライっていう炎にまみれた蝶がいるんだけど、そいつが繰り出す攻撃が何故か火炎放射。なんでチョウチョが炎吐き出すんだよと突っ込みつつかわした攻撃。キレたビーの火炎放射反撃にてチョウチョが一瞬で撃沈。チョウチョは塵と化した。
あのときのビーのブチキレ火炎放射よりも、メカクレイの火炎放射の勢いがすごい。射程距離何メートルだ? これは興奮する。
「ピュイ、ピュー」
「うん? あのくらいできる? そうかそうか、でも今はやめておこうな? うん」
「ピュピューィ」
ビーは嬉しそうに尻尾を振り、俺の肩でぐはぁと口を開けてみせた。
顔の近くで大口開けるのはやめようね。臭いからね。
それにしてもメカクレイは火炎放射をするのか。さすがランクSに分類される機械人形。いや、さすがと言ったところで、他の機械人形を知らないから比べようがないんだけど。
余計なことを考えている間に、怪獣大決戦は順調に行われていた。
「そこじゃクレイストン! おおっ、もう一度じゃ! いいぞ!」
ブロライトが興奮しながらクレイを応援。プニさんは無表情で見学しながらも、クレイの一撃が繰り出されると上体が前のめりに。
アダマンタイトの拳がクレイの顔面にヒットするたび、痛そうで見ていられない。前世でプロレス観戦していたとはいえ、相手はプロの選手で身内ではない。やったれ殴れそこだいけぇと応援していたが、これが身内となるともうやめたら? とタオルを投げたくなる。
クレイは宣言通り魔王にならず、リーチのハンデがあるまま必死で応戦。互角に思われた戦いも、三十分くらい過ぎ、クレイに疲れが見えはじめた。
「ふむ。疲労知らずというのは些か困るな」
元気よく観戦していたブロライトが、いつの間にか不安そうな顔をしていた。
「なんで?」
「限界ぎりぎりまで全力を出せるということじゃ。しかしクレイストンは違う。最初の頃に比べて、拳での攻撃が鈍くなっているじゃろう」
「そうなの? 違いがわからない」
クレイもメカクレイも全力パンチを繰り出すたび、空気が振動してずっしんどっしんと重い音が響き渡る。今のクレイなら魔王にならなくてもモンブランクラブあたり一撃かなあ、なんて呑気に思っていたんだけど。
治療や回復薬というのは、傷や疲労感を癒すことはできる。だけど、精神的な重圧や苦痛、つまりストレスまで癒すことはできない。フロガ・ターキとの灼熱地獄の中での連戦、続いて極寒地獄でのランクAモンスターとの戦い。そしてランクSである機械人形との死闘。
いくら百戦錬磨の冒険者であっても、体力馬鹿の脳筋お化けだとしても、辛いものは辛いだろう。
「消耗戦になると、クレイストンにとっては分が悪いのじゃ」
「そうか。ロボは疲れないままだからな」
俺が魔力をチャージしたから、メカクレイの限界値はわからない。
「あっ」
プニさんが思わず漏らした声。その視線の先で、クレイはメカクレイの尻尾の一撃を腹にまともに食らい、その衝撃で壁に叩きつけられた。
ドームの天井からぱらぱらと塵が落ちてくるほどの衝撃。壁はクレイを中心に円状にひび割れてしまった。
「すっげぇ」
「アンタ呑気に感心している場合じゃないでしょ。この試練の場は全てオボモスフィアっていう鉄よりも硬い材質で覆われているの。ヒビが入るほどの衝撃なんて、ヘスタスの試練以来のことなんだから」
「あ。ヘスタス。あの最強勇者安眠中の?」
「やっだ、アレ読めたの!? ああああっ、あのクソ馬鹿! だから書くのをやめなさいって言ったのに!」
リザードマンの郷では伝説の英雄として称えられていたヘスタスだが、リピ曰く、伝説の英雄だなんておこがましい、とのことだ。
「アイツは運が強かっただけなのよ。苦労知らずのお調子者。とんとんとんと上手いこと人生を歩んで、郷を襲ったランクAの化け物を倒して、それで英雄と呼ばれるようになったの」
「それでもランクAモンスターは退治できるくらいの実力があったんだろ? ただの運だけで倒せるほど弱い相手じゃなかったはずだ」
「そりゃあそうだけど……」
リピはぷくっと頬を膨らまし、ぶちぶちと呟いた。
「アイツは女たらしなの。子供を八人も作っておきながら、晩年はこんな薄暗くて狭い宝物庫なんかに来ちゃって、アタシが……寂しがっている、なんて調子いいこと言ってさ。アタシの膝枕で死にたいって笑いながら死んでいったの。アタシの気持ちなんて知らないで。あんなでかいリザードマンの頭、アタシの膝になんか乗るわけないじゃない。ほんと、馬鹿よね」
そう言ったリピは哀しそうに俯いてしまった。
ヘスタスの人格なんてわからない。話を聞くに、明るい人だったんだろうな。能天気とも言えるが、もし生きていたらクレイの理想を崩壊させたかもしれない。
だけど、俺は威厳に満ち溢れた近づきがたい英雄より、笑って調子のいいことを言う英雄のほうがいいな。美味い酒が酌み交わせそうじゃないか。
「なんですと!」
ブロライトが言う泥人形というのなら聞いたことがある。前世のゲームや映画の知識では時に強敵として、時には何かを守る番人として、泥人形が存在した。魔力で動き、主人の命令を忠実に守る人形。
リピは誇らしげに言い放った。
「泥人形に似せた機械人形よ。魔力で動くことに変わりはないけど、アダマンタイトの原石を使った身体はリンデ三号だけ!」
「機械人形!! なにそれロボじゃん! すげえ!」
「アンタ今頃驚いたの? リンデ三号よりアンタの底なしの魔力のほうが恐ろしいんだけど」
憧れの巨大ロボ!
高層ビルをぶっ壊すほど巨大ではないが、それでもでかい。
これでも幼少期はなんとかレンジャーとかなんとかマンに憧れていたものだ。いつかあのコックピットに乗りたいなと夢見た青年時代。多面的性質を持つ水溶液に浸かってナンチャラフィールド展開っ、なーんて叫んだ酔っ払いの惨劇。
とにもかくにも、こういったメカニカルなものは興奮する。マデウスで機械式のものは初めて見た。この世界にも機械仕掛けの人形が存在した、っていうのが嬉しくてならない。
広いマデウス、何処かに車とか飛行機とかあるかもしれないと思っていたが、もしかしたらそれよりも高度な文明が存在しているのかもしれないな。魔力で自動修復するロボなんて、最高じゃないか!
リピの呆れ顔をまるっと無視した俺には、目の前の憧れの巨大ロボしか見えない。超かっこいい。
鉄くずの山だったものが元ある姿に戻ると、それはクレイの姿そっくり。
魔王が降臨したときの、あの恐ろしい姿のクレイに。
6 絶海~ぜっかい~
人工遺物というのは、大昔の技術者などが造った魔道具や武具などのことである。
大昔というのが三百年前なのか千年前なのかはわからないが、とにもかくにも古くて一定のランクがあるものを言う。それが壊れていても、現役で使えても、ひとくくりに人工遺物と呼ばれているらしい。
ちなみに、折れたクレイの槍も人工遺物だったらしいのだが、元の持ち主であるリンデルートヴァウムからヘスタスへと譲渡され、長年愛用し続けることにより人工遺物という呼び方ではなくなるらしい。なんのこっちゃ。
そもそもこの譲渡、というのはその名の通り譲り渡すことを言う。俺の最強ハサミを例にすると、この「タケルのハサミ」というトンデモダッサイ名前のハサミをただあーげる、だけで譲渡できるわけではない。名のある匠が魂を込めて造ったものには、意志が宿ると言われている。まあ、精霊みたいなもんかな。そいつが譲渡される者を認めない限り、譲渡は終わらない。譲渡が終わらないものは本来の力の半分も発揮されない。
クレイの月の槍が折れてしまったのは、完全な譲渡がされないままだったからというのも理由の一つになるらしい。まあ、月の槍はクレイの前にも何人かのリザードマンの手を渡り歩いているから、譲渡のことなど忘れ去られてしまっていたのだろう。
ちなみに「譲渡」が成されるのは人工遺物に限る。俺のハサミは人工遺物に分類されない。でも、あと数百年もすれば人工遺物になるんじゃないかな。確実に。
俺には異能の力で私物確保ってのがあるから、いったん俺のものになったら盗むことは不可能。譲渡に関してはどうだろうな。やったことがないからわからないや。
ブロライトのジャンビーヤも人工遺物。あれも前の所有者から正式に譲渡されたものらしい。長年所持し、愛用し続けることで自然と銘が変わっていくのだとか。
「譲渡には持ち主の意思が必要になるのよ。人工遺物には現代の人が想像もつかないほどとんでもない力が宿っているわ。それをうかつにぽんぽん使われちゃったら困るでしょ?」
「ああ、まあ、そうですね」
「アンタ、よくわかっていないわね」
はい。
大昔に造られたものがどうやって譲渡され続けるのか、さっぱりわからん。
だって元の持ち主はとっくに死んでしまっているわけだろ? それなのに譲渡だのなんだのって。死ぬ寸前に託すのだろうか。死んでからも可能なのだろうか。人工遺物に宿る精霊的なものが次の主を決めるのだろうか。
「持ち主が所有放棄すれば譲渡する必要もないんだけど、所有放棄された人工遺物ってあまりないのよ。大体は譲渡されないまま死後も一緒に朽ちる運命だから」
「それじゃあ、あのメカクレイは」
「リンデ三号」
「リピの所有?」
「所有者は一応アタシになってるけど、アタシのっていうより、この宝物庫の守護神ね。財宝を守るために造られたの。当時誰よりも勇ましかったリンデルートヴァウムの姿を模した機械人形」
やはりドラゴニュートという種族は、リザードマンより大きかったんだな。魔王になったクレイが異常なのかと思ったけど、魔王の姿こそが本来のドラゴニュートなのだろう。あんな規格外の破壊神がごろごろいた大昔って、とんでもないわ。そりゃ世界が壊れそうになるわけだ。
鋼鉄かと思ったボディはアダマンタイト製。ミスリルと並んで珍しい鉱石。それが、あのでかいボディ全部に使われていると。
さてさて、聞いたところでわからないかもしれないが、とりあえず教えていただきましょうか。
【宝物庫の守護神 リンデルートヴァウム三号 ランクS】
所有者:リピルガンデ・ララ
巨匠ディングス・フィアルの機械人形シリーズ、ドラゴニュート第三号。外装の九割をアダマンタイトで精製された人工遺物。
所有者の命令のみを聞く、人工知能・自己診断・再生機能、他搭載。強烈な打撃に弱い。
備考:破損箇所有り、自己修復不可能
三号ってことは他もあると思っていたが、やっぱりシリーズものだったか。
こんなのがあと何体あるんだろう。しかもランクSですよ。大丈夫かこれ。クレイ単体で戦えるの? 補助なし?
再生機能ってなんなのそれ。ズルくない? ぶたれても壊れてもへっちゃらってことだろ? そりゃイーブンじゃないなあ。いくら命を懸けて財宝を守るロボだったとしても、それどうよ。
「挑戦者が来るわ。アンタたち邪魔だからこっち」
入り口らしき扉を指さしたリピは、メカクレイをそちらへと向け待機させた。
「リピ、せめてクレイを回復してもいいかな。魔力入れたてのメカクレイは元気でも、クレイはへとへとなんだろうから」
「リンデ三号だってば……まあ、試練の門を一日で二つも攻略するなんて普通はないことよ」
「せめて何か食わせるとか、傷を癒すとか。じゃないとランクSのメカクレイと戦うのはちょっと」
「えっ。ちょっと待って。なんでランクSだってわかるの?」
それはアレですよ。企業秘密にさせてくださいよ。
俺の視線がウヨウヨと宙を泳いでいるのをリピが睨みつける。可愛い顔してそんな目しなさんな。
「人工遺物っていうなら、めちゃくちゃ強いんだろうなと思ったわけだよ。それで、ほら、なんていうの? 第二の試練がランクAのモンスターだったなら、ここはランクSあたり来ちゃうんじゃないかなっていう想像。想像ですよ、リピさん。あははっ」
両手をモミモミしながら誤魔化し誤魔化し、鞄の中から中位回復薬を取り出す。
こいつを飲ませて魔素水も飲ませ、ついでに治療でもぶちまけりゃ、元気になるだろう。ドーピングじゃないですよ。ちょっと元気になってもらうだけですよ。
口八丁で誤魔化す俺をじっとりと見つめてくるリピから視線を逸らし、扉から入ってきたクレイに近づいた。
見た目こそ酷い怪我を負っているようには見えないが、なんとなく疲労が溜まっているように思える。
「お疲れ」
「うむ。極寒の地ではあったがな、吹雪いてはおらぬゆえ第一の試練よりも短い時間で出口を見つけられた」
「戦った相手はランクAだったらしいけど」
「リングウェル高地で一度戦ったことのある相手だ」
さいですか。
手にしていた中位回復薬を渡し、まず飲ませる。続いてどんぶりに魔素水を汲み、それも続けて飲ませる。ついでにベルカイムで職人街の美人ドワーフに作ってもらった肉巻きジュペを五個食べさせ、仕上げに治療で完全回復完了。
クレイは無言で次々と補給し、目の前にいるメカクレイを捕捉。獲物を狩る猟師の目。静かに闘志を燃やしているということは、今の状況を把握したということだな。さすがランクA冒険者。場の雰囲気を即座に読み取ったのだろう。
メカクレイもボディを輝かせ、真っ赤な燃えるような瞳でこっちを捉えている。唸りもしなけりゃ睨みもしない。その静かな佇まいがとても不気味だ。
「そろそろいい? 第三の試練はアタシの相棒、宝物庫の守護神でもあるリンデルートヴァウム三号が相手よ!」
拳をぎゅっと握りしめたクレイには、リピの声は届いていない。もうメカクレイのことしか見えていないようだ。
「クレイ、相手はランクSだ。本気を出せよ? 弱点はモンブランクラブと一緒」
「俺は、俺として挑む」
「は?」
「始祖の血に頼ることなく、俺の力で挑むのだ」
それって魔王降臨させないで戦うってこと? 相手はランクSだっていうのに?
そりゃまそれで勝てるならクレイの好きにすればいいが、忘れてはならない。キエトの洞で戦った巨大ナメクジのことを。あれだってランクSのモンスターだったんだ。それを三人と一匹と止めに神器、というかなり頑張った戦いだったんだぞ。クレイだって全力で魔王になって、それでやっとの勝利。
「なあクレイ、ドラゴニュートの血を否定するなよ。あれだってアンタじゃないか」
チートパワーを思い切り使い、そして試練に打ち勝てばいい。
だがクレイは俺の忠告を聞かず、無言のまま歩を進めメカクレイの前に立ってしまった。
「タケル、どうしたのじゃ」
異変に気がついたブロライトが走り寄ってきたが、クレイは既に臨戦態勢。この場所に留まるわけにはいかない。
避難場所に移動しながらブロライトに説明をする。
「クレイはドラゴニュートの血を覚醒させないで戦うみたいだ」
「ぬん? それはつまり、今のクレイの本領を発揮させぬまま戦いに挑むということか」
クレイの自由にすりゃいいけど、謎の多い人工遺物が相手だ。しかもロボ。
マデウスに来て初めて見た人工的な機械がランクSのメカクレイっていうのが強烈だが、こういうのはモンスターよりも怖かったりするのだ。なんせ動物と違って意思や思考が独特。予想がつかない動きをするはず。なんとかクラッシャーとかなんとかストライクみたいなのをぶっ放してきたらどうすんだよ。興奮するだろうが。
ドームの中央に移動したクレイとメカクレイは静かに睨み合う。こう比べてみると、メカクレイはクレイの頭四つ分大きい。
「ふふふ。あんなに元気なリンデ三号を見るのは久しぶりよ。アンタの魔力、すごいわね」
避難場所ならぬ放送席のような中二階にある部屋の窓から外を見下ろし、これから行われる第三の試練を見守る。
怪獣大決戦、という言葉が出てきたが黙っておこう。
クレイにとっては命懸けの戦いだが、見物している俺にとっては怪獣大決戦だ。クレイの新たなる槍を手に入れるため、ここは是非とも頑張っていただこう。
「ピュピュ……」
ビーが心配そうにクレイを見つめる。負けるとは思っていないが、どうだろうか。愛用の大槍は装備していない。拳一つの勝負となる。あと尻尾。
さてさて、どうなることやら。
「いいわよ。リンデルートヴァウム三号、はじめなさい!」
リピの宣言の元、戦いの火ぶたは切られた。
さあ、第三の試練、鋼の心を持つ人工遺物、その名もリンデルートヴァウム三号、またの名をメカクレイとの世紀の対戦。挑戦者は百戦錬磨の元聖竜騎士で現ランクAの冒険者、栄誉の竜王ことクレイストン! 相手が古代のドラゴニュートの英雄ならば、挑戦者は現代に蘇った暴走魔王! 鋼の心とボディを持つ宝物庫の守護神に、あの頑固な堅物おっさんはどう立ち向かうのか! さーて、血が湧き、肉が躍る勝負が今はじまろうとしております! 実況席は俺こと冒険者タケルと!
「何見てんのよ」
「なんでもないデス」
危うく脳内でプロレス実況がはじまるところだった。
いや、プロレスはルールがあるしあくまでもスポーツなのだから、これからはじまるだろう命懸けの決戦とは違う。
「なあリピ、これ決着はどうなるの?」
まさかどっちかが死ぬまでのデスマッチじゃないだろうな。
伝説の武器を手に入れるからとはいえ、クレイが死んだら困る。命を懸けるほどの武器なんていらない。命こそを大切にしてもらわないと。
リピは椅子に座ったまま足をぷらぷらと動かし、メカクレイを眺めながら頷いた。
「どちらかが膝をつくまで――もう駄目って弱音を吐くまでかしら」
「メカクレイは弱音なんて吐くの? ロボだろ?」
「リンデ三号だって言ってんでしょ。おかしな名前つけないで。リンデ三号は賢いから、自分の限界を知っているの。これ以上やったら壊れるってところで止まるのよ」
「へええ、すごい。プログラミングした人はよっぽど優秀なんだな。オートリペア機能だけでも便利なのに、自己判断で緊急停止もできるなんてさ」
これは地球のロボット技術よりも進んでいるのかもしれないな。ラジコンじゃなくて、所有者の声を認識し命令に従う完全自律型。しかも勝手に修復してくれる、夢のロボじゃないですか。
「……アンタ、機械人形を見たのはリンデ三号が初めてなんでしょ? それなのにずいぶんと詳しそうじゃない」
「うん? それは、あれだよ。ほら、図書館、いろいろな文献をだね、本をね? 読んで、そこにね、機械人形とか泥人形のことが書いてあったような気がしないでもないから、覚えていたような感じ?」
「本当にぃ?」
嘘です。
ベルカイムのルセウヴァッハ領主秘蔵の本の中に、人工遺物や機械人形について書かれているものはなかった。そんな本を見つけていたら、一も二もなく探しに行ったかもしれない。ロボっていうのは男の夢だろう。鉄人なんとかをリモコンで動かすのには憧れていたんだ。
それよりもクレイとメカクレイの戦いが、今まさにはじまろうとしている。
俺のことをじっとりと睨んでいたリピだったが、得意の愛想笑いで誤魔化した俺に何も言わず、疑いながらも椅子から降りて窓辺へと向かった。
「リンデ三号! 相手は久しぶりの挑戦者よ! アンタの力を思う存分発揮しなさい! 魔力のことは考えなくていいからね!」
リピが大声で叫んだと思うと、メカクレイの赤い瞳が更に強く輝いた。
先に動いたのはメカクレイ。
瞬時にクレイとのインターバルを一気に詰め、硬そうな拳を繰り出す。クレイは拳を見切り、すんでのところでかわし、右ストレート! おおっとメカクレイもそれを難なくかわし、次はボディに一撃だ! これは痛いぞ、これは辛いぞ、クレイの眉間がぎゅんっと寄ったぁ! あの拳は絶対に痛い、きっと痛い! 負けじとクレイのごんぶと尻尾攻撃! メカクレイの足にクリティカルヒットォ!
「なんなのよ! うるっさいわね!」
あっ。
しまった声に出ていたか。
いやさ、世紀の対戦だと思うと黙っていられないんだよ。ついつい実況してしまう独身男の孤独な大晦日。
両手で口を押さえながら大人しく観戦を続ける。メカクレイの動きはとても機械人形だとは思えないほど滑らかだった。こう、ロボロボしいギクシャクした動きになると思っていたんだけど、まるで生きているような動きを見せている。顔色が一切変わらないから、クレイの攻撃が効いているのかまったくわからない。それでも互いにいい戦いになっていると素人目で思う。
クレイも愛用の槍がないなりに、体術で必死に応戦している。さっきの魔素水が良かったのかな。その顔に疲労は見られない。
「ピュピュ?」
「えっ。炎吹くの? なにそれかっこいい。あーーーーほんとだーーーー! 吹いたぁぁぁーーーー!」
「うるっさぁい!」
メカクレイが炎を吹くとビーが教えてくれたのと同時に、メカクレイは大口開けて火炎放射。
この炎の勢いがすさまじい。Cランクモンスターでフロガバタフライっていう炎にまみれた蝶がいるんだけど、そいつが繰り出す攻撃が何故か火炎放射。なんでチョウチョが炎吐き出すんだよと突っ込みつつかわした攻撃。キレたビーの火炎放射反撃にてチョウチョが一瞬で撃沈。チョウチョは塵と化した。
あのときのビーのブチキレ火炎放射よりも、メカクレイの火炎放射の勢いがすごい。射程距離何メートルだ? これは興奮する。
「ピュイ、ピュー」
「うん? あのくらいできる? そうかそうか、でも今はやめておこうな? うん」
「ピュピューィ」
ビーは嬉しそうに尻尾を振り、俺の肩でぐはぁと口を開けてみせた。
顔の近くで大口開けるのはやめようね。臭いからね。
それにしてもメカクレイは火炎放射をするのか。さすがランクSに分類される機械人形。いや、さすがと言ったところで、他の機械人形を知らないから比べようがないんだけど。
余計なことを考えている間に、怪獣大決戦は順調に行われていた。
「そこじゃクレイストン! おおっ、もう一度じゃ! いいぞ!」
ブロライトが興奮しながらクレイを応援。プニさんは無表情で見学しながらも、クレイの一撃が繰り出されると上体が前のめりに。
アダマンタイトの拳がクレイの顔面にヒットするたび、痛そうで見ていられない。前世でプロレス観戦していたとはいえ、相手はプロの選手で身内ではない。やったれ殴れそこだいけぇと応援していたが、これが身内となるともうやめたら? とタオルを投げたくなる。
クレイは宣言通り魔王にならず、リーチのハンデがあるまま必死で応戦。互角に思われた戦いも、三十分くらい過ぎ、クレイに疲れが見えはじめた。
「ふむ。疲労知らずというのは些か困るな」
元気よく観戦していたブロライトが、いつの間にか不安そうな顔をしていた。
「なんで?」
「限界ぎりぎりまで全力を出せるということじゃ。しかしクレイストンは違う。最初の頃に比べて、拳での攻撃が鈍くなっているじゃろう」
「そうなの? 違いがわからない」
クレイもメカクレイも全力パンチを繰り出すたび、空気が振動してずっしんどっしんと重い音が響き渡る。今のクレイなら魔王にならなくてもモンブランクラブあたり一撃かなあ、なんて呑気に思っていたんだけど。
治療や回復薬というのは、傷や疲労感を癒すことはできる。だけど、精神的な重圧や苦痛、つまりストレスまで癒すことはできない。フロガ・ターキとの灼熱地獄の中での連戦、続いて極寒地獄でのランクAモンスターとの戦い。そしてランクSである機械人形との死闘。
いくら百戦錬磨の冒険者であっても、体力馬鹿の脳筋お化けだとしても、辛いものは辛いだろう。
「消耗戦になると、クレイストンにとっては分が悪いのじゃ」
「そうか。ロボは疲れないままだからな」
俺が魔力をチャージしたから、メカクレイの限界値はわからない。
「あっ」
プニさんが思わず漏らした声。その視線の先で、クレイはメカクレイの尻尾の一撃を腹にまともに食らい、その衝撃で壁に叩きつけられた。
ドームの天井からぱらぱらと塵が落ちてくるほどの衝撃。壁はクレイを中心に円状にひび割れてしまった。
「すっげぇ」
「アンタ呑気に感心している場合じゃないでしょ。この試練の場は全てオボモスフィアっていう鉄よりも硬い材質で覆われているの。ヒビが入るほどの衝撃なんて、ヘスタスの試練以来のことなんだから」
「あ。ヘスタス。あの最強勇者安眠中の?」
「やっだ、アレ読めたの!? ああああっ、あのクソ馬鹿! だから書くのをやめなさいって言ったのに!」
リザードマンの郷では伝説の英雄として称えられていたヘスタスだが、リピ曰く、伝説の英雄だなんておこがましい、とのことだ。
「アイツは運が強かっただけなのよ。苦労知らずのお調子者。とんとんとんと上手いこと人生を歩んで、郷を襲ったランクAの化け物を倒して、それで英雄と呼ばれるようになったの」
「それでもランクAモンスターは退治できるくらいの実力があったんだろ? ただの運だけで倒せるほど弱い相手じゃなかったはずだ」
「そりゃあそうだけど……」
リピはぷくっと頬を膨らまし、ぶちぶちと呟いた。
「アイツは女たらしなの。子供を八人も作っておきながら、晩年はこんな薄暗くて狭い宝物庫なんかに来ちゃって、アタシが……寂しがっている、なんて調子いいこと言ってさ。アタシの膝枕で死にたいって笑いながら死んでいったの。アタシの気持ちなんて知らないで。あんなでかいリザードマンの頭、アタシの膝になんか乗るわけないじゃない。ほんと、馬鹿よね」
そう言ったリピは哀しそうに俯いてしまった。
ヘスタスの人格なんてわからない。話を聞くに、明るい人だったんだろうな。能天気とも言えるが、もし生きていたらクレイの理想を崩壊させたかもしれない。
だけど、俺は威厳に満ち溢れた近づきがたい英雄より、笑って調子のいいことを言う英雄のほうがいいな。美味い酒が酌み交わせそうじゃないか。
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