素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

文字の大きさ
75 / 286
5巻

5-10

しおりを挟む
 まるで漆塗うるしぬりのようなつやつやの朱色のには、細い金の唐草模様からくさもよう。間近でじっくり見ないと模様が描かれていると気づけないほど、繊細。刃の部分は鏡のように景色を写し出し、時折虹色にじいろに輝く不思議な色をしていた。
 月の槍も綺麗な銀色の槍だったけれど、この太陽の槍も芸術作品のように素晴らしい。

「まあ、芸術にはうといんだけど」
「ピュー?」

 小首をかしげて何のこと? と聞いてくるビーの頭を撫で、喜びおののくクレイを微笑ましく見守る。
 ここは地下墳墓カタコンベ内にある最深部。第三の試練で使ったドームの更に奥、祭壇さいだんのような場所にそれは飾られてあった。
 天井の明かり取りから延びる一筋ひとすじの光に照らされた、朱色の筒。これこそがリンデルートヴァウムが古代のドワーフの王、ディングスに造らせた槍。


【クリムゾンランス ランクS 神器】

 巨匠ディングス・フィアルの武具シリーズ、別名を太陽の槍。柄は幻獣げんじゅうペリュトンの背骨をアダマンタイトで補強。刃はエルディモの鋼とミスリル魔鉱石。
 僅かな魔力に反応し、刃の姿を変化させる人工遺物アーティファクト
 現所有者:なし


 ほっほう、ランクS神器キタコレ。
 見るからにとんでもなさそうな槍だとは思ったが、刃部分にミスリル魔鉱石を使っていると。ほほう。刃の姿を変化って、どういうこと? 俺のハサミみたいに、切る対象の材質によって色が変わるのかな。
 祭壇から離れたクレイは、広々とした場所に歩を進め槍を構える。あの構えはクレイの朝の儀式。公園で見かける太極拳たいきょくけんのようだなと眺めるのが、俺たちチームにとっての日課だった。
 筒状だった朱色の槍はクレイが開眼するのと同時に本来の形に戻り、中空さえ切り裂くような高音をかなでた。舞闘槍術ぶとうそうじゅつって言ったっけ。踊るように舞うように、無駄なく動く槍術の一種。クレイの型はほぼ独学と言っていたが、この優雅な舞いが戦闘になると一転、あの巨体が目にも留まらぬ速さで動き回るのだ。
 刃全体がほんのりと赤く燃えているように見えるのは、気のせいだろうか。

「……うむ。槍もマた、新たナる主を見極めテいるよウだな」
「槍が持ち主を選ぶの?」
「神器と呼ばレるものには魂ガ宿るト言われておるのダ」
「ん? 神器を造ってくれ、って頼んだわけじゃなくて、造ってもらったものが神器になったわけ?」
「神器ヲ造り出せる腕を持ツ職人は、一世代に数人シかおらぬ。神の恩恵ヲ受け精霊ニ愛されシ材料と、長年腕を磨キし一流の職人。このふたつが必要ナのだが、ふたつガそろうても神器ヲ造り出すことハ出来ぬ」

 リンデが説明するに、大昔のドワーフの王様であるディングス氏は、国を治める賢王であると共に一流の腕を持つ鍛冶職人かじしょくにんだった。
 王様なのに城の中にある鍛冶場にこもって武具を造る日々。ディングスはより美しく、より豪奢ごうしゃな武具を造り続けた。しかしいざ戦争になったとき、ディングスの武具は何一つ役に立たなかった。美しさを追求した剣も、大金をかけて特別な鉱石を叩いて造った斧も、一回の戦闘で刃先がぼろぼろになり、柄は折れ、装飾は無駄にびていった。
 そんなディングスの傍にいて、彼の武具に対する思いの深さを知っていたリンデルートヴァウムは、あえて彼に生涯唯一となるであろう己の槍を造れと言った。当然ディングスは断った。既に勇猛さと数々の武勲で名を上げていた勇者の槍を、見せかけだけ美しい武具しか造れない自分が造れるわけがないと。
 リンデルートヴァウムが生涯をかけて世界各地で集めた特別な素材の数々を前にして、ディングスは数年の間一切の武具を造らなくなった。
 隣国を荒らしていた幻獣ペリュトンの背骨は、リンデルートヴァウムが数ヶ月かけて成敗せいばいしたランクSのモンスター。アダマンタイトは別大陸の王国で武勲を上げた折の報酬。エルディモの鋼はエデンの民から託された秘宝で、ミスリル魔鉱石は嘘か真実か、雄々しい神から譲り受けたもの。他にも珍しい鉱石の数々。
 世界にるいを見ない素材にディングスは怯えていた。すぐに壊れてしまうような武具しか造れない己が、リンデルートヴァウムの魂と呼ぶべきものを造り出せるわけがないと。
 しかし、痺れを切らしたリンデルートヴァウムはディングスに言ったのだ。

「うるサい、黙れ、言うコとを聞け。魂を込メて造り上げなけレば、その無駄に主張スる腹を裂いて肉を削いデやる」

 わーお。
 リンデが極悪人に思えてきたぞ。
 いくらディングスと旧知の仲だとはいえ、それってどうよリンデさん。
 えっ? それじゃあこの太陽の槍と、クレイが折ってしまった月の槍は、製作者を脅して造らせたものだったの?

「ディングスはソれで吹っ切れおっタのだ。どうセ俺に殺さレるのナらば、死んでモなお名が残るホどの武具を造り出シてやろウ、とな」

 そうして命を懸けた槍造りがはじまり、数年の歳月が過ぎた。
 ディングスは国を守りつつ鍛冶場に通い、玉座を退いても納得のいく形が出来上がるまで、昼夜を惜しんでリンデルートヴァウムの槍を造った。
 ようやく、太陽と月の色を模した素晴らしい槍が造られたのは、戦乱真っただ中。種族同士が敵対し、互いに互いを殺し合う戦乱の世。当然ディングスの造り出した槍はドワーフの宝だと主張し、リンデに渡すのを反対する者がいたが、ディングスは友との約束を守った。約束通り、命を懸けた。
 リンデルートヴァウムがディングスを信じたのは、古い友だったからだけではない。誰よりも武具を愛し、鍛冶に誇りを持っている男は、ディングスを置いて他にいないと思ったからだ。

「鍛冶職人が生み出すモのは、人をあやめるたメの道具だケではない。人を救うためノ道具でもアる」
「使い方次第ってことだろ?」
「ふふふ。知ったような口を利きオって」

 グルサス親方の口癖のようなものだからな。人を殺す道具を造るのも鍛冶職人だけど、道具は自ら動いて人を殺さない。その道具を扱うのは人だ。
 俺が発注した最強ハサミだって親方は使い方を案じていた。何のために使うのか、よく考えてから使えと。
 今のところ俺のハサミやナイフは、素材を採取するときか、料理のときくらいしか活躍しない。短剣並みにでっかいコンバット・ナイフもあるんだけど、それは鞄の肥やしと化している。肉の解体作業すらまだ怖い俺に、人に向けてナイフなんか向けられる日が来るのだろうか。できれば永遠に来るな。

「太陽の槍が人工遺物アーティファクトだとすると、持ち主がずっといなかったわけ?」
「うむ。俺の肉体が滅ブ前に、俺は所有権を放棄したカらな。俺の跡を継ぐもノに託したかッたのだ」
「それがクレイだったわけか」
「何の因果かはわかラぬが、太陽の槍はドラゴニュートの血を好むヨうだな」

 リンデはぐふふふと魔王のような邪悪な笑い声を上げると、リピと同じように両手を腰に当てて仁王立ち。見事な槍さばきを見せるクレイを嬉しそうに眺めた。

「古き友の血を受け継ぐモのが、今生こんじょうニ存在するとはノ」

 その言葉の意味するところはわからなかったが、クレイは無事に太陽の槍を手に入れることができた。
 クレイの内なる力を認めた槍自身が、クレイを新たなる主として認めたらしい。と、言っても目に見えてそうだとわからないもんだから、再び調査スキャン先生にお伺いを立てることになったんだけども。


【ギルディアス・クレイストンの槍 ランクS 神器】

 巨匠ディングス・フィアルの武具シリーズ、別名を太陽の槍。柄は幻獣ペリュトンの背骨をアダマンタイトで補強。刃はエルディモの鋼とミスリル魔鉱石。
 僅かな魔力に反応し、刃の姿を変化させる魔槍まそう。所有者以外扱うことは不可能。
 現所有者:ギルディアス・クレイストン


 槍に所有者の名前がついた。クレイは長ったらしい名前だから妙にかっこいいのがムカつく。魔槍って何。それもかっこいいじゃないか。
 武具の継承って、もっとこう……光に包まれて武具の精霊が現れて、今日から貴方がワタクシのご主人様……だの、ナニナニの名においてナニナニが命ずる的な、そういうのを想像していたんだけどな。
 槍を手にしてぶんぶん振っていたら、いつの間にか槍はクレイのものになっていました。

「月の槍よ、ヘスタスが愛した槍よ……長き務めを果たし、今ここに永久の眠りにつかん」

 そう言ってクレイによって祭壇に置かれた月の槍。リピの手が触れると、折れた月の槍は細かな光に包まれ、その美しい銀色の輝きをゆっくりと失った。リピが小さく「おつかれさま」と呟くと、月の槍は古びた二本の棒状のようなものに変わる。もう二度と、あの輝きを取り戻すことはないらしい。
 その光景を見守っていたクレイの目には、大粒の涙。あのおっさん、泣くときも豪快だからな。

「うっ……うううう……」
「ピュイィ……ピュ……」

 なんでブロライトとビーまで泣くかな。もらい泣き?
 月の槍にはヘスタスの名前が遺っていた。志半ばで月の槍を手放すこととなったヘスタスは、最後の最後まで所有権を放棄しなかった。あの世の果てまでも共にあるのだと。
 しかしせっかくの槍だ。リザードマンたちの役には立つし、郷で一番の猛者もさが所持すれば、たとえ継承が行われなくても力を発揮してくれるだろうと、そのまま受け継がれていったのだった。

「あの馬鹿、もったいなくて他のやつにあげてたまるか、なんてほざいていたのよ。元々の持ち主はリンデだっていうのに、本当に馬鹿。そもそもヘスタスだって月の槍の力を半分も使いこなせなかったくせに」

 リザードマンの伝説の英雄、ヘスタス。彼の話をリピの口から聞くたび、なんというか残念でならない。考えていた理想の英雄像はとっくに消え失せ、お調子者で考えなしのアホな英雄になりつつある。それでも最期はリピの傍にいたのだから、優しい英雄なんだろうとは思う。

「じゅびっ、ずるっ、それでは、ヘスタスの……かの槍を我が郷へと導いたのは、リピであったのか」
「うふふふっ、そうよ。もうずーーーっと前のことだけどね。あ、そうそう。アヴリストは元気? まだ生きてる?」
「うむ。今は村長として余生を静かに生きておられる」
「死んだらここに来てって言っておいてね。ここは死者を迎える場所でもあるから」

 村長とリピは顔見知りだったのか。
 それなら槍のことも多少なりとも知っていたんじゃないか? 月の槍が折れた理由は知っていたから、もしかしたら太陽の槍の存在も知っていたんじゃないかなと。ヘスタスの遺言書を俺たちに、クレイに託したのは、太陽の槍をクレイに受け取ってもらいたかったからなのだろうか。
 これは全部俺の想像に過ぎないが、あのもにょもにょ喋るファンキーな爺様は全て事情を知っていたうえで俺たちに情報を流さなかったのだろう。地下墳墓カタコンベが成人の儀に使われていたことも、財宝が眠る罠の巣窟そうくつだったことも何も教えてくれなかったのは、全て太陽の槍を受け継ぐ資格があるか試すため。
 やっとの思いで手に入れた槍を見つめ、クレイはリピに深々と頭を下げた。
 リピとリンデは嬉しそうに微笑み、クレイが頭を上げたのと同時に二人そろって頭を下げた。

「俺の槍を継承するコとができた。こレはディングスにとってモ喜ばしいことデあろう」
「どれだけ勇ましく強い戦士が槍を手にしても、槍は決して赤々と燃えることはなかったの。ギルディアス・クレイストン、アンタだけよ。槍が嬉しそうに炎を纏ったのは」
「感謝スる、ギルディアス・クレイストン」
「ありがとう、新たなる継承者」

 二人に心からの感謝を言われ、クレイはまた豪快に男泣きをした。


 + + + + +


 こうしてクレイは待ち望んでいた槍を手にすることができた。
 紆余曲折うよきょくせつどころか曲がりくねって寄り道しまくって、死にそうな目に何度もあって、なんやかんやのやっとこさで手にした槍だ。感慨深い。
 俺たちだって大いに頑張った。そりゃ簡単に手に入るとは思わなかったが、まさか試練が待ち受けているとは思わないって。その上、機械人形オートマタと幼女の亡霊。マデウスはなんでもヤッホイの世界だが、やっぱり世界は広い。本に書かれていないことなんて、まだまだ山盛りあるのだろう。
 クレイは魔王になることにためらいを見せなくなったし、最強の槍も手に入れた。これで本当の災厄さいやくの大魔王になれたわけだが、次に全力で戦うときは大陸の半分が吹き飛んだりしないように気をつけてあげよう。あの槍でカニは貫けるだろうか。試してくれないかな。

「あ、そうだそうだ。すっかり忘れていた」
「何よ」
「リピは魔素を力としているんだよな。だけど今ここには魔素の流れはない」
「ええ……ふふ、いいのよ。アタシだっていつかは消える存在なんだから。リンデを蘇らせてくれただけでじゅうぶん、アンタに感謝しているのよ」
「その感謝、もっと増やしてもらおうか」
「はあ?」

 地下墳墓カタコンベはこのまま存在し続けてもらいましょう。
 もちろん、リピにも生きて(?)いてもらう。そして、あの財宝の数々を守ってもらわないと。

「この……くらいかな。いや、あと百年くらいは……うーん……それじゃあ、これと、こいつを足して、えーと」

 鞄の中に顔を突っ込み、あれこれと探る。
 魔素が必要ならミスリル魔鉱石。ついでに魔素水もオマケしておくかな。あの祭壇の上にあるでっかい銀色の盆みたいのを利用させてもらって。

「タケル、何をしておる」
「んー? 地下墳墓カタコンベの動力源を、造る」
「ほうほう、ようわからぬが、造ったら見せてくれ!」
「了解、了解。ビー、ちょっと離れてな」
「ピュ!」

 興味津々のブロライトとビーを離れさせ、リピに了解を得て銀色の盆の前に座る。祭壇は高台になっているから、作業が終わるまで皆に近づかないようにしてもらって。
 魔素の流れがなくても膨大な魔素を蓄えている二つを組み合わせ、あと数百年、千年ちょっとくらい長持ちする魔道具マジックアイテムを造ろう。まあ、ただの魔素発生装置なんだけども。
 原理は簡単。イメージは芳香剤のようなもの。リピが動き回れ、罠の発動もでき、リンデも利用できるくらいの魔素が出るように調整して。ダイヤルでもつけるかな。大、中、小って調整できれば好きなように魔素を吸収できるだろう。うんうん、いい感じ。
 銀色の盆にたっぷりの魔素水を入れ、そこにミスリル魔鉱石をごろごろ投入。大きさは今まで利用してきたなかで最大のバスケットボールサイズを一つと、ピンポン玉サイズを数個。とどめに細粒状さいりゅうじょうのミスリル魔鉱砂をふりかけて、愛情ちょっぴりスパイスに。

加工ビアス

 いつまでも長持ちするように。リピたちの助けになるように。ちょっとやそっとじゃ壊れないように。
 強く念じて目を閉じれば、目の前の材料は光の玉に呑み込まれた。
 電子機器というものは、充電切れが一番恐ろしい。
 エネルギーがなければただの精密機械に過ぎない。つまりが、何の役にも立たない鉄くずと化す。
 特殊技能を持った機械工学の天才ならば、どうにかこうにかして使えるようにしてしまうかもしれないが、それでも動力源というものは必要になるのだ。
 魔素は、リピやリンデを動かすための動力源。それを枯渇させてしまったのは古代竜エンシェントドラゴンのボルさんなんだけども、そのきっかけを作ったのは俺なんだよなあ。
 知り合ってしまったのなら、見て見ぬふりができない性質。
 助けられる力があるのに、その力を惜しんで自分さえ良ければいいという考えは好きじゃない。余力があるなら手を貸せばいい。
 そりゃ、いい人に見られたいという欲もあるよ。でもそんなのは、人間として当たり前のことだろ? いい格好をして、気持ちよくさせてくれ。

「こんなもんでいいかな」

 目を開いて造り上げた魔道具マジックアイテムを確認する。
 銀の大皿とミスリル魔鉱石と魔素水とが見事に合体し、なんだかよくわからないオブジェになってしまった。俺に芸術的センスはないんだよ。なにこれ公園に置いてある未来と希望、のようなタイトルのオブジェみたい。どっちかというと混沌こんとんと苦痛、っていうタイトルが似合いそう。俺のセンス酷いな。
 ついでに結界バリア機能もオマケしておこう。こいつを壊されたり盗まれたりしたら意味がないからな。いや、こんな銀色スライムが死ぬまいと足掻あがいているような気持ちの悪いオブジェなんて誰も盗まないだろうけど。

「タケル……いま、何をしたの?」

 いつの間にか俺の背後に来ていたリピが、信じられないと目を見開いて震えていた。
 リピにはわかるだろう。ほんの僅かだが、濃い魔素がこのゲテモノオブジェから溢れ出ているのが。溢れ出る量は少ないけど、少ないぶん濃厚にしておいた。

「魔素発生装置。こいつが魔素をチョロチョロ出しているから、必要なぶんを吸い込めばいいんじゃない?」
「い、いいんじゃないって、な、何を言っているの? そんな……アンタ、何して」
「デザインは気にしないでくれ。ほら、これだけメッチャクチャな姿をしていると、触ったら呪われるかもしれないという心理が働いてだね、うかつに盗もうとしないだろ」

 盗もうと思っても祭壇の台座とくっ付いているから、これを持っていくには魔王クレイが三人くらい必要なんじゃないかな。四人かも。
 この祭壇は地下墳墓カタコンベの一番奥に位置する。ここに来るまでの道のりを考え、軽く眩暈めまいが。うん。簡単には盗めないだろうな。

「タケル、お前はヤはり魔導王エテルマナ。この世の魔素ヲ操りし創世の」
「いやいや? 違いますよリンデさん。ミスリル魔鉱石も魔素水も、もらったものなんだよ。魔力がたくさん詰まった塊なら、リピが動くための魔力を補えるかなと思いましてね」
「それにしてモこのような魔法、俺は初メて知った」
「俺は自己流だからよくわかんないけど、魔道具マジックアイテムを造り出す技師ってこんな感じじゃないの?」
「うむ。俺も知らヌ」

 俺は前世で便利なものに囲まれて暮らしてきた。その原理を全て把握していたわけではないが、なんとなくこういうものかな、というのは理解していた。
 そういった知識が膨大にあるから、魔道具マジックアイテムを造り出すのに大いに役立っている。専門知識があればもっとコンパクトで長持ちするものが造れるのかもしれないが、今はこれが精一杯。
 予備としてテニスボールくらいのミスリル魔鉱石をいくつか置いていけばいいだろう。

「この魔素でどのくらい持つかな」
「わカらぬが……ふふ、数千年は持ツだろうな」

 あれ。
 数百年くらいを想定していたんだけどな。まあいいか。
 これで地下墳墓カタコンベの心配はなくなった。これからも凶悪な罠を発動させ、財宝を守り続けてもらおう。

「リピ、これで消えなくて済むだろう?」

 リピの真似をして両手を腰に、むんっと胸を張ってから俯いているリピに声をかけたが、リピは反応しない。
 どうしたのかと再度声をかけようとしたら、透き通ったリピの肩が静かに震えているのがわかった。

「リピルガンデ・ララ……」
「リンデ、リンデ、アタシたち消えなくていいのよ? 朽ち果てなくていいの。アタシは、アタシは、まだ、望みをつなげることが、できる……っ」

 顔を上げたリピは大粒の涙を流していた。顔をくしゃりとゆがめ、隠そうともせず泣いていた。

「タケル、タケル、ほんとうは、アタシ、消えたくなんかなかったの。この世界に残っている、かも、しれない、同胞を、しんじ、たかったの」
「エデンの民の生き残り?」
「そうよ! アタシたちは、穏やかに生きられれば、長く、長く、生きることが、できる。だから、もしか、したら、生きながらえて、いる、同胞がいるかも、しれないわ」
「そうかー。そうだよな。戦争をまぬかれたやつだって何人かは残っているかもしれないよな」

 長いこと引きこもりをやっていたリピたちだ。地上の情報なんて入ってこないだろう。
 エデンの民は虐殺されたが、全滅したわけではないかもしれない。一人ひとりの生死を確認したわけじゃないのなら、僅かでも望みを抱いていいはずだ。リピみたいに霊体になってふらついているかもしれないし。

「それじゃあ、俺も探そう」
「えっ?」
「俺たちはこれからもいろいろな場所に行く。俺は珍しい素材や食材を探すため。クレイとブロライトは見聞を広めるため。ビーは俺に何処までも付いてきてくれるし」
「ピュイ!」
「プニさんは美味い飯が食えりゃ何処でも行くだろう?」
「ひひん。何を当たり前のことを」
「エデンの民を探すのはついでだけど、でも見つかる可能性は高くなる」

 基本的に考えなしの猪突猛進ちょとつもうしんチームではあるが、依頼には忠実だ。
 エデンの民は滅びたとされている。だけど、世界は広い。世界の隅々まで見て回るには、俺の寿命で足りるかはわからない。でも、可能性はゼロじゃないんだ。
 リピはただただ泣き続けた。子供のように。感情のままに。

「リピ、リンデ、俺たちは冒険者だ。俺たちに依頼をすればいい。エデンの民を探してくれって」
「ううっ、ひっく、ひっ、うええええっ、ふえええぇっ……」
「けっこう優秀だからさ、俺たち。なあ?」
「そうじゃ! リピ、わたしもエデンの民を探そう」
「うむ。探し出して、この場に来るよう導けば良いな」
「ピュイピュイ」

 そうだ。エルフたちに頼んでもいいかな。保守派のエルフたちはまだまだ頭が固いかもしれないけど、リュティカラさんやサーラさん、女王様にアーさん、長老さんと、ついでにクウェンテールなら助けてくれるだろう。エルフ族ならエデンの民を探せるかもしれないな。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

悪役令嬢が処刑されたあとの世界で

重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。 魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。 案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。