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5巻
5-11
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俺の膝にすがりついて泣くリピを宥めながら、そんなことをぼんやりと思った。
「タケル、それニお前たちにも。我がリンデルートヴァウムの名にオいて、奉謝御礼を奉る。この礼ハ、どのような形でモ」
「ぐすっ、そう、そうよ! 何を望むの? アタシとリンデができることなら、なんでもするわ! いっそのこと、好きな財宝を好きなだけ持っていってもいいわ!」
「極端なんだよ……今まで大切に守ってきた財宝をなげうつな。守りなさい」
「でも、でも、それならアンタは何を望むの? アタシはアンタにどんなお礼をすればいいの?」
そんなの、さっきも言ったじゃないか。
「他の機械人形を見せてほしい!」
泣いていた子が笑いだすまで、あと三秒。
+ + + + +
太陽の槍を手に入れたクレイは、郷に戻って村長に報告するのだと鼻息荒く言った。それに便乗してブロライトも郷帰りして、エデンの民のことをリュティカラさんに相談するのだと。エルフ特製砂糖菓子に釣られたプニさんの背に乗り、二人とも一足先に地下墳墓を去っていった。用事が済んだら、リザードマンの郷で落ち合うことにする。
残された俺とビーは、リンデ以外の機械人形を見学させてもらうことにしたんだけど。
「……なにこれすごくない?」
「ピュィィー……」
SF映画の撮影を観ているような。もしくは、その映画に迷い込んでしまったような。
リピの案内で連れてこられた部屋。部屋というよりも研究室のような場所。大地が激しく揺れたときにこの部屋の一部分が崩壊してしまったらしく、機械人形数体が押し潰されていた。壁に飾られていた機械人形は被害を免れたが、魔素の枯渇によって活動を停止。魔素が復活した今も動かないとなると、リンデのように何処かが壊れてしまったのかもしれない。
前世では絶対に見ることができないだろう、秘密の機械人形研究施設。いや、機械人形格納庫? このさいどっちでもいい。ロボ好きとしては興奮を隠せない。
「潰されているのは大きいからドラゴニュート型かな。二体が土砂の中、一体が上半身だけ埋まっている。残りはそこの壁。それじゃあ、こっちの壁にある二体はリザードマン型。で、それは……」
棺のようなものが壁に立てかけられている。
リピはそれに近づき、取っ手らしきものに触れた。すると棺は引き戸のように蓋が開き――
「これは魔素が切れるずっと前に壊れたの」
棺の中で目を閉じて眠っているように見えるのは、一体の機械人形。
褐色の肌に黒い髪を持った、綺麗な顔立ちの女性。
「リピ、これは」
「ディングスが造った最後の機械人形。アタシのために造ってくれた、アタシの身体」
幼い姿のまま成長することはなかったリピをディングスが憂い、せめて肉体が滅んでもこの身体で動き回れるようにと機械人形を造った。
女性の身体は長年この場にいたのか、ホコリや蜘蛛の巣にまみれている。出るとこ出て引っ込むところ引っ込んだ、きっと女性が理想とする姿なのだろう。プニさんにも面影が似ているような。
「これも壊れたの?」
「そうよ。もうだいぶ昔のことだけど、ちょっと転んだら何かがパキッて音を立てて」
リピが指さした先、右のこめかみ辺りにヒビが入っている。
しばらくは問題なく動いていたのだが、日を追うごとに指先や足先が動かなくなっていき、ついには動かせなくなった。このまま人形として消えるよりかはと、リピは霊体になって外に出た。リピの必死の思いと地下墳墓内の僅かな魔素、それらによってリピが霊体になれたのかはよくわかんない。エデンの民がすごかったってことにしよう。
「ねえタケル、アタシと、アタシたちと契約をしましょう」
「へ?」
「間抜けな顔するんじゃないわよ。契約というよりも取引かもしれないわね。でも、アタシたちにとっても、もちろんアンタにとっても、お互い有益な取引よ」
にんまりと笑うリピに何の企みがあるのか。
リピの思惑に気づいたのか、リンデも燃えるような瞳をうっすらと細めている。ここで俺が断ると墓穴に突っ込まれるのかな……
どちらにしろ、俺が断れないようなことを言ってくるような気がする。お互いに有益な取引と言うのなら、話を聞こうじゃありませんか。嫌な予感はするけども。
「話を……聞きましょう」
「そうこなくちゃ!」
その日から四日間、俺とビーは地下墳墓から出られなかった。
監禁されていたわけではない。腹を壊したわけでもない。
そうじゃない。リピと俺は取引をしたのだ。
俺にとっては光栄で、リピたちにとっても都合の良い取引を。
「タケルッ! さあ次よ! 次はあの馬鹿の身体を直してちょうだい!」
「ひいえええっ、もうちょっと、休ませて、頼むから……」
「さあ! きりきり働くのよ!」
「うええぇぇぇ~~~」
「ピュ~」
リピの声で動き回る美女機械人形に連れられ、俺は次の部屋へと引きずられる。
俺の悲痛な叫びと、俺をねぎらうビーの励ましの声は、暗く冷たい地下墳墓内に遠く響き渡るのだった。
ひえー。
9.5 番外編 タケルと疑似餌と青い空
地下墳墓から無事に帰還したのは、クレイが太陽の槍を手に入れた日から五日後のことだった。
地下墳墓内の機械人形の修理を安請け合いしてしまった俺が悪かったんだけど、まさかあそこまでスパルタで働かされるとは思わないって。ほんとまじ鬼だった。
しかし、おかげで機械人形が生き生きと動くところを見ることができたし、別報酬としてリンデが狩ってきたダークキャモルを五体もらい、キノコグミの苗木を採取させてもらえた。タダでは転びませんよまったくもう。
キノコグミは日の当たらないジメジメとした場所なら何処ででも実ると聞き、エルフの郷にあるキエトの洞でも量産できるかなと思ったわけだ。
気軽なおやつとして流行るかもしれない。もちろん、プニさんへの賄賂でもあったりする。
リザードマンの郷に転移門で戻った俺は、へろへろになりながらクレイの家を訪れた。
魔力を限界まで使い、魔素水で補給し、更に使い切り、を繰り返した俺の体力はほぼ残っておらず、クレイの家の扉を叩いたのと同時に意識を失った。ビーの悲鳴が耳元で聞こえたのを最後に、俺は玄関先で倒れたのだ。
「お、気づいたか?」
ぼんやりとした頭でふと目を覚ますと、ベッドの横にはクレイの息子のギンさんがいた。
クレイとどっちだろうと迷ったが、ギンさんの鱗は臙脂色。おまけに、目を細くさせて笑うから、クレイよりも表情が豊かなのだ。
「おはよう、ございます?? あれ、俺どうしたんだっけか」
身体の節々をぽきぽきと鳴らしながら上体を起こすと、身体全体を蝕んでいた倦怠感や疲労感が一切消えているのに気づいた。
「戻ってきたと思ったら、玄関前で熟睡していたのだ」
「誰が?」
「お前が」
「あらー」
リピとリンデにはもう二、三日養生してから帰れと言われたんだが、これ以上滞在したら何を土産に持たされるかわからないと、逃げるように地下墳墓を後にしたのだった。
それでもナントカっていう高価な金貨を数十枚も持たされた。ダークキャモルとキノコグミだけでじゅうぶん、もう何もいらないって言ったのに、あいつら半ば脅してくるんだからな。我らに恥をかかせるのかとかなんとか。お前らの恥なんざ知らないっての。
ギンさんに水と温かなスープを渡され、一気に呑み込む。
魚介のまろやかな塩味がたまらなく浸みる。身体はすっかり回復したようだが、心が疲れたままだ。あと数日は何もせずぼんやりと、ひたすらダラダラと過ごしてやろう。
俺のローブに包まれて丸くなって眠っているビーの背中を撫で、ギンさんに頭を下げた。
「運んでくれたのか。悪かったな、重かっただろう?」
「ははは、いくら図体がでかくても、人間を担ぐのなんざ容易いことだ。気にするな」
「お手数をおかけいたしまして……あれ、その釣り竿、もしかして」
ベッドサイドの椅子に腰かけていたギンさんが、黒い釣り竿を磨いているのに気づいた。つやつやとした釣り竿は俺が手にすると重たく太いただの棒だが、ギンさんが手にするとそれが彼の手に合った釣り竿だとわかる。
「親父殿がくれたんだ。地下墳墓でもらったと言っていたが、本当か? あそこには亡霊しかいないと聞いていたが」
「それ本当。俺もクレイがそれをもらうところにいたから」
「亡霊にもらったのか?」
「まあ、うん、似たようなものかな」
腑に落ちないような顔で首を傾げ、ギンさんは口元を緩めながら釣り竿を磨く。かなり気に入ったのだろう。
スープで一息つけたが、まだ腹は減っている。今日は何も作りたくないから、屋台でも行って魚を食おう。
そういえば。
「他の連中は?」
「親父殿は双子を連れて飛び込み漁の練習。ブロライト殿とホーヴヴァルプニル殿は、まだ戻られていないようだ」
「あれからひのふのみの……五日だろ? エルフたちの交渉、難しいのかな」
エデンの民を探すのを頼むだけならば一日で終わるとブロライトは言っていたが、保守派のエルフたちの猛反対にでもあっているのかな。それとも久しぶりの帰郷でもてなしされまくっているとか。
まあ、プニさんが一緒なのだから心配することも……すっげぇ心配になってきた。特にプニさんは美味い飯があったらホイホイ足止めされそうだ。
「タケル、昼飯はどうする」
「屋台にでも行って美味い魚を食いたい」
「それならば、より新鮮な魚を食わないか?」
なんですと?
ギンさんはにんまりと笑った。
目覚めたビーを頭に乗せ、ギンさんに連れられて河口へと向かう。
新鮮な魚ならば海に行くのかと思えば、河口に生息する魚を釣るらしい。そう、俺もギンさんも釣り竿片手に河口へとやってきたのだ。
ちなみに前世で釣りの経験はある。と、言っても観光地の釣り堀で鮎を釣ったり、知り合いのレクチャーで海釣りをしたりした程度。しかも海釣りではまるボウズでした。
「ピューイッ、ピュッピューイッ」
ご機嫌に歌い空中旋回をするビーを眺めながら、肩に担いだ釣り竿を持ち直す。
これはギンさんのお気に入りの釣り竿らしく、壊さないようにと念を押され貸してもらった。リザードマンは通常、断崖絶壁から飛び込み、その勢いのまま海に潜り魚を捕まえる漁を得意としている。潜って捕まえることができるのだから、釣り竿でちまちまと釣るリザードマンは珍しい。そりゃそうだろう。ツキノワグマが鮭を釣り竿で釣っているようなものだ。
何故そんな不便な真似をわざわざするのかと、後ろ指をさされることがあったらしい。ギンさんとしては単なる趣味。好きだからやっているだけ。飛び込み漁はできるけど、それはただの仕事。
趣味があるっていいよな。俺のマデウスでの趣味ってなんだろな。素材採取は仕事だし。
「友人らは俺が釣りをするのを馬鹿にしていたがな、親父殿は何も言わずにこれをくれた」
背負っていたリュックからギンさんが取り出したのは、四角い箱に大切そうに入れられていたカラフルな疑似餌の数々。
疑似餌、つまりはルアー。この世界に来る前、ミミズやらゴカイやらを触れないヤダ怖いと言っていた俺に、友人はこういうルアーを貸してくれた。高価なものだから絶対に壊すな失くすなと言われたっけ。
ギンさんがクレイにもらったというルアーの数々は、虫っぽいものから小魚に似たもの、よくわからないウネウネしたものもあった。
ベルカイムで見かけた小物とは明らかに違う。彩色などの造りがとても細かい。もしかしたらこれ、特注品で高価なものなんじゃないかな。
「親父殿は俺の生き方を肯定はしないが、否定もしない。基本的に放置されたが、この疑似餌に親父殿の優しさを感じてな」
「なんやかんやとお父さんやってたんだな、クレイ」
「ふふふふ。俺は村長に育てられたようなものだがな。それでも俺は親父殿を嫌うことはできなかった」
俺すらクレイに子供がいるだなんて想像もしなかったんだ。子育てができたとも思えない。アシュス村の子供らの扱い、下手くそだったし。
もしも奥さんが生きていたら、と考えることもある。だけどそうなったらクレイと出逢うことはなかっただろうし、クレイが冒険者になることもなかった。嫁さんに尻に敷かれまくっていたんだろうな。それはそれで笑える。
フライパン持ってクレイを追いかけ回すパワフルな嫁さんを想像して、思わずにやついてしまった。
「ここらで良いな」
「ピュー……」
森を抜けた先にあったのは、岸壁に囲まれた海を臨むポジション。透明な水が穏やかに流れ、ここからでも水底の魚影が確認できた。巨大魚ではなく、俺にとっては通常サイズの魚。
こんなに綺麗な水に生息する魚だ。ボラとかシーバスのような魚がいるのかもしれない。塩でささっと焼いたら、きっとたまらなく美味いのだろう。醤油でもいいな。いや、やっぱり刺身かな。
俺が魚の調理法で妄想を繰り広げているうちに、ギンさんは素早く釣り竿の用意をした。地下墳墓で手に入れた黒い竿は青い空に美しく映え、ゆるやかな曲線を描いている。細い釣り糸と疑似餌をセットすると、河の中へと疑似餌を投げ込んだ。
「タケルも早くしろ。いいか? 魚を手っ取り早く見つけるには、海よりも河口なのだ。河口は川から流されてくる小さな虫や小魚が多いから、それを狙って中型の魚が上がってくる。そういう魚は基本的に上流に顔を向けて、あまり動かない。動くよりも、じっとして待っているほうが体力も使わないし、餌が流れてくるのだ。そいつらを狙うには、上流から流された小魚を演出してやるか、背後から激しい動きをした疑似餌を通せば、びっくりして襲いかかってくる! よし!」
あっ。
これアカンやつや。
好きなものだったら延々と語ってしまう、そういうタイプの人だ。
ギンさんの目がキラキラと輝き、嬉々として語ってくれている。前世の釣り好きの友人そっくり。姫路の村田さんは元気だろうか。
ギンさんはさっそく一匹釣り上げていた。その手際の良さに驚く。網で魚を掬い上げ、ぺぺっと針を外して籠の中へ。魚はスズキのようにでかかったが、これでも小さいほうらしい。ダヌシェで獲った魚はどれも巨大だったからな。
「ギンさん、これもしかして生でも食えたりする?」
「うん? お前、まさか生で食おうとしているのか?」
「港町のダヌシェってところで釣った……いや、漁をしたときに獲れた魚に似ている。あれは刺身、生が美味かった」
「なんと……お前……生食ができるのか!」
「へ」
「ピュ?」
ギンさんの叫びと共に次のアタリが。
ついでに俺の竿にもアタリが。
「引いてる引いてる!」
「待て! 慌てるな! 魚の重みで針が外れることもあるのだ! 疑似餌を壊したら許さんぞ!」
「ひええええ! これ魔法使ったら駄目?」
「ふざけるな! 容易く手に入れられると思うんじゃない!」
「網! 網よこして!」
「玉網だ!」
何で怒られているの俺。
ギンさん確実に性格変わっているな。プチ魔王降臨かこれ。
のんびり魚釣りができるなあと考えていた俺が悪かった。魚釣りは奥が深いっていうか、簡単だと思い込んでいた俺を許してください村田さん。
「餌ではなく疑似餌で釣る理由はだな、何より手軽なのだ。現場に着いて仕掛けを作らずに疑似餌に糸を結んだらすぐにはじめられる。手軽ではあるが、とても奥が深い。その時、その場所に合った疑似餌を選び、水の中を想像しながら疑似餌を動かす。それが合って魚がかかってくれたときの嬉しさ、かかってくれてから取り込むまでの戦い、取り込めたときの感動、それらは実際にやってみぬとわからぬのだ!」
悦に入ったギンさんのオンステージが静かな河口に轟く。
細かいことが嫌いなリザードマンにとって、ギンさんの趣味が理解できないというのはわかる。釣りは根気がいる。釣れないときは全く釣れない。来たと思ったら草とかゴミだったりする。
しかし釣れたときの、釣り上げて網に入れ、この手にしたときの感動は!
入れ食い状態のままホイホイと簡単そうに釣り上げるギンさんの饒舌は、しばらく続いた。
その後、山盛りの魚を釣ったギンさんは、なんと刺身盛りにして食わせてくれたのだ。
ギンさんも密かに刺身を食っていたのだと知り、俺は諸手を上げて万歳三唱。刺身メイツが増えてなんと嬉しいことか。
俺が釣り上げた数匹の魚も見事な刺身にしてもらえた。脂が乗って美味いのなんのって。
クレイもギンさんの家の双子も喜びがっつく中、醤油を垂らしてやったらギンさんはその美味さに感動してしばらく動かなかった。そこまで美味いか。よしよし。
宴もたけなわな頃、ブロライトとプニさんが大量の土産を手に帰還し、刺身の会は豪華な夕餉へと変更。巨大魚のムニエルなんか作ってやったら、拝まれた。
教訓。
釣りを舐めてはいけない。
根気と我慢と忍耐が必要。いろいろな意味で。
そして、人の趣味の領域に触れてはならない。聞いていないのに、いろいろ語られるから。
しかし、そのおかげで釣りの基本を知ることができた。更にギンさんは、自己流でなんとかやってみろと、気に入っているという釣り竿を惜しげもなく俺にくれたのだ。後は、グルサス親方に疑似餌を造ってもらえるよう頼んでみるとして。
その後俺は、時間を見つけては釣りをするようになった。
釣れなくても釣れても、どちらでもいい。ひたすらぼんやりと時間を潰せる最高の趣味だ。
と言うと、釣り舐めんなと各方面から言われそうだな。
10 タケルのトルミ村大改造
晴れたる青空、漂う雲よ。
小鳥はピーヒャラさえずり、ビーの歌声と合唱。
夏の暑さもそろそろ落ち着き、季節は実りの秋へと移行中。日本の季節ほどはっきりとしたものはないが、それでも街道沿いの広大な麦畑が黄金色に変化しつつある光景を目の当たりにすると、腹が減る。麦粒の補充も必要だなあとぼんやり。
すいすいと進む馬車の御者台に座った俺とビーは、ご機嫌で馬車を引く馬プニさんのぷりケツを眺めつつ、澄み渡る青空を見上げた。
俺たち蒼黒の団は馬車でトルミ村へと移動中。美味いスープの素の補充が目的ではあるが、そろそろ挨拶しに戻ろうと思い立ったわけだ。一応、冒険者として生活ができるようになったのだから、報告をしないと。
本当は俺一人で走って帰ると言ったのだが、クレイは保護者面して挨拶をさせろと言いだし、ブロライトも俺が世話になったのなら挨拶は必要だと賛同。美味い飯が食えりゃ何処へでも来るプニさんに馬車を引いてもらい、そろって里帰りをすることとなったのだ。
「タケル、貴殿の故郷とはどのような場所なのじゃ?」
御者台の後ろにある窓から顔を出したブロライトが、風に髪を靡かせて聞いてきた。その横には眠たそうに目を細めるクレイ。
「うん。俺がマデウスに来て最初に訪れた村が、トルミ村だったんだ。こんな怪しい旅の大男を温かく受け入れてくれてさ、何も知らない俺にいろいろなことを教えてくれたんだ。ビーのことも歓迎してくれたしな」
「ピュィィ!」
産まれたばかりだったやんちゃなビーをある程度しつけてくれたのは、トルミ村の子供たちだった。小さくて可愛らしいビーを最年少として、オムツをしていた赤ん坊すらビーのいたずらを「めっ」と叱ってくれたんだ。
おかげでビーはすくすくと、すくすくすくと、ものすごく健康に育っております。
「そうか。タケルを温かく迎える村ならば、きっと居心地がいいのじゃろうな」
「リザードマンが訪れても警戒されぬか? 大陸の端の村なのだろう?」
「あーー、どうだろうな。冒険者すら滅多に訪れない村だけど、まあなんとかなるって。クレイは元竜騎士って言ったら、子供らめちゃくちゃ喜ぶぞ」
栄誉の竜王の名がトルミ村まで響いているかはわからないが、雑貨屋のジェロムなら目ん玉ひんむいて驚くかもしれないな。あのおっさん、元冒険者だし。
「そういえばお前はベルカイムを発つ前に、領主と逢うておったな。何をしていたのだ」
「港町ダヌシェで買った干物盛り合わせと地下墳墓でもらった宝飾品を賄賂に、ちょっとした確認」
「確認?」
「トルミ村をちょろっとだけ、綺麗にさせてほしいって、ベルミナントに相談したんだ」
トルミ村の居心地はたまらなくいい。
だがしかし、地面は水はけが悪くてところどころ泥の水たまりができていたし、何より風呂がなかった。風呂がないというのはいただけない。村全体がなんとなく匂うし。
宿屋も清潔ではあったが、築年数が経過して隙間風が酷かった。厠も暗くて怖いわけじゃないけど、夜中はとても行けたもんじゃないからなんとかしてほしかったんだ。
村を囲む柵状のものもボロボロだった。結界魔道具で侵入者を防げたとしても、あの外観はな……
より住み心地のいい村にさせてくれと領主のベルミナントに頼んだら、彼は快く頷いてくれた。逆に、辺境の村の整備をさせるようで申し訳ないなとも言い、整備費用を支払うとまで言ってくれたのだ。さすが名君。
といっても、俺は少し手を貸すだけ。もちろん、村人たちの許可を得てからあちこち修復するつもりだ。
試したいこともあるし、どうせなら更に居心地のいい村になってもらいたい。
「タケル、それニお前たちにも。我がリンデルートヴァウムの名にオいて、奉謝御礼を奉る。この礼ハ、どのような形でモ」
「ぐすっ、そう、そうよ! 何を望むの? アタシとリンデができることなら、なんでもするわ! いっそのこと、好きな財宝を好きなだけ持っていってもいいわ!」
「極端なんだよ……今まで大切に守ってきた財宝をなげうつな。守りなさい」
「でも、でも、それならアンタは何を望むの? アタシはアンタにどんなお礼をすればいいの?」
そんなの、さっきも言ったじゃないか。
「他の機械人形を見せてほしい!」
泣いていた子が笑いだすまで、あと三秒。
+ + + + +
太陽の槍を手に入れたクレイは、郷に戻って村長に報告するのだと鼻息荒く言った。それに便乗してブロライトも郷帰りして、エデンの民のことをリュティカラさんに相談するのだと。エルフ特製砂糖菓子に釣られたプニさんの背に乗り、二人とも一足先に地下墳墓を去っていった。用事が済んだら、リザードマンの郷で落ち合うことにする。
残された俺とビーは、リンデ以外の機械人形を見学させてもらうことにしたんだけど。
「……なにこれすごくない?」
「ピュィィー……」
SF映画の撮影を観ているような。もしくは、その映画に迷い込んでしまったような。
リピの案内で連れてこられた部屋。部屋というよりも研究室のような場所。大地が激しく揺れたときにこの部屋の一部分が崩壊してしまったらしく、機械人形数体が押し潰されていた。壁に飾られていた機械人形は被害を免れたが、魔素の枯渇によって活動を停止。魔素が復活した今も動かないとなると、リンデのように何処かが壊れてしまったのかもしれない。
前世では絶対に見ることができないだろう、秘密の機械人形研究施設。いや、機械人形格納庫? このさいどっちでもいい。ロボ好きとしては興奮を隠せない。
「潰されているのは大きいからドラゴニュート型かな。二体が土砂の中、一体が上半身だけ埋まっている。残りはそこの壁。それじゃあ、こっちの壁にある二体はリザードマン型。で、それは……」
棺のようなものが壁に立てかけられている。
リピはそれに近づき、取っ手らしきものに触れた。すると棺は引き戸のように蓋が開き――
「これは魔素が切れるずっと前に壊れたの」
棺の中で目を閉じて眠っているように見えるのは、一体の機械人形。
褐色の肌に黒い髪を持った、綺麗な顔立ちの女性。
「リピ、これは」
「ディングスが造った最後の機械人形。アタシのために造ってくれた、アタシの身体」
幼い姿のまま成長することはなかったリピをディングスが憂い、せめて肉体が滅んでもこの身体で動き回れるようにと機械人形を造った。
女性の身体は長年この場にいたのか、ホコリや蜘蛛の巣にまみれている。出るとこ出て引っ込むところ引っ込んだ、きっと女性が理想とする姿なのだろう。プニさんにも面影が似ているような。
「これも壊れたの?」
「そうよ。もうだいぶ昔のことだけど、ちょっと転んだら何かがパキッて音を立てて」
リピが指さした先、右のこめかみ辺りにヒビが入っている。
しばらくは問題なく動いていたのだが、日を追うごとに指先や足先が動かなくなっていき、ついには動かせなくなった。このまま人形として消えるよりかはと、リピは霊体になって外に出た。リピの必死の思いと地下墳墓内の僅かな魔素、それらによってリピが霊体になれたのかはよくわかんない。エデンの民がすごかったってことにしよう。
「ねえタケル、アタシと、アタシたちと契約をしましょう」
「へ?」
「間抜けな顔するんじゃないわよ。契約というよりも取引かもしれないわね。でも、アタシたちにとっても、もちろんアンタにとっても、お互い有益な取引よ」
にんまりと笑うリピに何の企みがあるのか。
リピの思惑に気づいたのか、リンデも燃えるような瞳をうっすらと細めている。ここで俺が断ると墓穴に突っ込まれるのかな……
どちらにしろ、俺が断れないようなことを言ってくるような気がする。お互いに有益な取引と言うのなら、話を聞こうじゃありませんか。嫌な予感はするけども。
「話を……聞きましょう」
「そうこなくちゃ!」
その日から四日間、俺とビーは地下墳墓から出られなかった。
監禁されていたわけではない。腹を壊したわけでもない。
そうじゃない。リピと俺は取引をしたのだ。
俺にとっては光栄で、リピたちにとっても都合の良い取引を。
「タケルッ! さあ次よ! 次はあの馬鹿の身体を直してちょうだい!」
「ひいえええっ、もうちょっと、休ませて、頼むから……」
「さあ! きりきり働くのよ!」
「うええぇぇぇ~~~」
「ピュ~」
リピの声で動き回る美女機械人形に連れられ、俺は次の部屋へと引きずられる。
俺の悲痛な叫びと、俺をねぎらうビーの励ましの声は、暗く冷たい地下墳墓内に遠く響き渡るのだった。
ひえー。
9.5 番外編 タケルと疑似餌と青い空
地下墳墓から無事に帰還したのは、クレイが太陽の槍を手に入れた日から五日後のことだった。
地下墳墓内の機械人形の修理を安請け合いしてしまった俺が悪かったんだけど、まさかあそこまでスパルタで働かされるとは思わないって。ほんとまじ鬼だった。
しかし、おかげで機械人形が生き生きと動くところを見ることができたし、別報酬としてリンデが狩ってきたダークキャモルを五体もらい、キノコグミの苗木を採取させてもらえた。タダでは転びませんよまったくもう。
キノコグミは日の当たらないジメジメとした場所なら何処ででも実ると聞き、エルフの郷にあるキエトの洞でも量産できるかなと思ったわけだ。
気軽なおやつとして流行るかもしれない。もちろん、プニさんへの賄賂でもあったりする。
リザードマンの郷に転移門で戻った俺は、へろへろになりながらクレイの家を訪れた。
魔力を限界まで使い、魔素水で補給し、更に使い切り、を繰り返した俺の体力はほぼ残っておらず、クレイの家の扉を叩いたのと同時に意識を失った。ビーの悲鳴が耳元で聞こえたのを最後に、俺は玄関先で倒れたのだ。
「お、気づいたか?」
ぼんやりとした頭でふと目を覚ますと、ベッドの横にはクレイの息子のギンさんがいた。
クレイとどっちだろうと迷ったが、ギンさんの鱗は臙脂色。おまけに、目を細くさせて笑うから、クレイよりも表情が豊かなのだ。
「おはよう、ございます?? あれ、俺どうしたんだっけか」
身体の節々をぽきぽきと鳴らしながら上体を起こすと、身体全体を蝕んでいた倦怠感や疲労感が一切消えているのに気づいた。
「戻ってきたと思ったら、玄関前で熟睡していたのだ」
「誰が?」
「お前が」
「あらー」
リピとリンデにはもう二、三日養生してから帰れと言われたんだが、これ以上滞在したら何を土産に持たされるかわからないと、逃げるように地下墳墓を後にしたのだった。
それでもナントカっていう高価な金貨を数十枚も持たされた。ダークキャモルとキノコグミだけでじゅうぶん、もう何もいらないって言ったのに、あいつら半ば脅してくるんだからな。我らに恥をかかせるのかとかなんとか。お前らの恥なんざ知らないっての。
ギンさんに水と温かなスープを渡され、一気に呑み込む。
魚介のまろやかな塩味がたまらなく浸みる。身体はすっかり回復したようだが、心が疲れたままだ。あと数日は何もせずぼんやりと、ひたすらダラダラと過ごしてやろう。
俺のローブに包まれて丸くなって眠っているビーの背中を撫で、ギンさんに頭を下げた。
「運んでくれたのか。悪かったな、重かっただろう?」
「ははは、いくら図体がでかくても、人間を担ぐのなんざ容易いことだ。気にするな」
「お手数をおかけいたしまして……あれ、その釣り竿、もしかして」
ベッドサイドの椅子に腰かけていたギンさんが、黒い釣り竿を磨いているのに気づいた。つやつやとした釣り竿は俺が手にすると重たく太いただの棒だが、ギンさんが手にするとそれが彼の手に合った釣り竿だとわかる。
「親父殿がくれたんだ。地下墳墓でもらったと言っていたが、本当か? あそこには亡霊しかいないと聞いていたが」
「それ本当。俺もクレイがそれをもらうところにいたから」
「亡霊にもらったのか?」
「まあ、うん、似たようなものかな」
腑に落ちないような顔で首を傾げ、ギンさんは口元を緩めながら釣り竿を磨く。かなり気に入ったのだろう。
スープで一息つけたが、まだ腹は減っている。今日は何も作りたくないから、屋台でも行って魚を食おう。
そういえば。
「他の連中は?」
「親父殿は双子を連れて飛び込み漁の練習。ブロライト殿とホーヴヴァルプニル殿は、まだ戻られていないようだ」
「あれからひのふのみの……五日だろ? エルフたちの交渉、難しいのかな」
エデンの民を探すのを頼むだけならば一日で終わるとブロライトは言っていたが、保守派のエルフたちの猛反対にでもあっているのかな。それとも久しぶりの帰郷でもてなしされまくっているとか。
まあ、プニさんが一緒なのだから心配することも……すっげぇ心配になってきた。特にプニさんは美味い飯があったらホイホイ足止めされそうだ。
「タケル、昼飯はどうする」
「屋台にでも行って美味い魚を食いたい」
「それならば、より新鮮な魚を食わないか?」
なんですと?
ギンさんはにんまりと笑った。
目覚めたビーを頭に乗せ、ギンさんに連れられて河口へと向かう。
新鮮な魚ならば海に行くのかと思えば、河口に生息する魚を釣るらしい。そう、俺もギンさんも釣り竿片手に河口へとやってきたのだ。
ちなみに前世で釣りの経験はある。と、言っても観光地の釣り堀で鮎を釣ったり、知り合いのレクチャーで海釣りをしたりした程度。しかも海釣りではまるボウズでした。
「ピューイッ、ピュッピューイッ」
ご機嫌に歌い空中旋回をするビーを眺めながら、肩に担いだ釣り竿を持ち直す。
これはギンさんのお気に入りの釣り竿らしく、壊さないようにと念を押され貸してもらった。リザードマンは通常、断崖絶壁から飛び込み、その勢いのまま海に潜り魚を捕まえる漁を得意としている。潜って捕まえることができるのだから、釣り竿でちまちまと釣るリザードマンは珍しい。そりゃそうだろう。ツキノワグマが鮭を釣り竿で釣っているようなものだ。
何故そんな不便な真似をわざわざするのかと、後ろ指をさされることがあったらしい。ギンさんとしては単なる趣味。好きだからやっているだけ。飛び込み漁はできるけど、それはただの仕事。
趣味があるっていいよな。俺のマデウスでの趣味ってなんだろな。素材採取は仕事だし。
「友人らは俺が釣りをするのを馬鹿にしていたがな、親父殿は何も言わずにこれをくれた」
背負っていたリュックからギンさんが取り出したのは、四角い箱に大切そうに入れられていたカラフルな疑似餌の数々。
疑似餌、つまりはルアー。この世界に来る前、ミミズやらゴカイやらを触れないヤダ怖いと言っていた俺に、友人はこういうルアーを貸してくれた。高価なものだから絶対に壊すな失くすなと言われたっけ。
ギンさんがクレイにもらったというルアーの数々は、虫っぽいものから小魚に似たもの、よくわからないウネウネしたものもあった。
ベルカイムで見かけた小物とは明らかに違う。彩色などの造りがとても細かい。もしかしたらこれ、特注品で高価なものなんじゃないかな。
「親父殿は俺の生き方を肯定はしないが、否定もしない。基本的に放置されたが、この疑似餌に親父殿の優しさを感じてな」
「なんやかんやとお父さんやってたんだな、クレイ」
「ふふふふ。俺は村長に育てられたようなものだがな。それでも俺は親父殿を嫌うことはできなかった」
俺すらクレイに子供がいるだなんて想像もしなかったんだ。子育てができたとも思えない。アシュス村の子供らの扱い、下手くそだったし。
もしも奥さんが生きていたら、と考えることもある。だけどそうなったらクレイと出逢うことはなかっただろうし、クレイが冒険者になることもなかった。嫁さんに尻に敷かれまくっていたんだろうな。それはそれで笑える。
フライパン持ってクレイを追いかけ回すパワフルな嫁さんを想像して、思わずにやついてしまった。
「ここらで良いな」
「ピュー……」
森を抜けた先にあったのは、岸壁に囲まれた海を臨むポジション。透明な水が穏やかに流れ、ここからでも水底の魚影が確認できた。巨大魚ではなく、俺にとっては通常サイズの魚。
こんなに綺麗な水に生息する魚だ。ボラとかシーバスのような魚がいるのかもしれない。塩でささっと焼いたら、きっとたまらなく美味いのだろう。醤油でもいいな。いや、やっぱり刺身かな。
俺が魚の調理法で妄想を繰り広げているうちに、ギンさんは素早く釣り竿の用意をした。地下墳墓で手に入れた黒い竿は青い空に美しく映え、ゆるやかな曲線を描いている。細い釣り糸と疑似餌をセットすると、河の中へと疑似餌を投げ込んだ。
「タケルも早くしろ。いいか? 魚を手っ取り早く見つけるには、海よりも河口なのだ。河口は川から流されてくる小さな虫や小魚が多いから、それを狙って中型の魚が上がってくる。そういう魚は基本的に上流に顔を向けて、あまり動かない。動くよりも、じっとして待っているほうが体力も使わないし、餌が流れてくるのだ。そいつらを狙うには、上流から流された小魚を演出してやるか、背後から激しい動きをした疑似餌を通せば、びっくりして襲いかかってくる! よし!」
あっ。
これアカンやつや。
好きなものだったら延々と語ってしまう、そういうタイプの人だ。
ギンさんの目がキラキラと輝き、嬉々として語ってくれている。前世の釣り好きの友人そっくり。姫路の村田さんは元気だろうか。
ギンさんはさっそく一匹釣り上げていた。その手際の良さに驚く。網で魚を掬い上げ、ぺぺっと針を外して籠の中へ。魚はスズキのようにでかかったが、これでも小さいほうらしい。ダヌシェで獲った魚はどれも巨大だったからな。
「ギンさん、これもしかして生でも食えたりする?」
「うん? お前、まさか生で食おうとしているのか?」
「港町のダヌシェってところで釣った……いや、漁をしたときに獲れた魚に似ている。あれは刺身、生が美味かった」
「なんと……お前……生食ができるのか!」
「へ」
「ピュ?」
ギンさんの叫びと共に次のアタリが。
ついでに俺の竿にもアタリが。
「引いてる引いてる!」
「待て! 慌てるな! 魚の重みで針が外れることもあるのだ! 疑似餌を壊したら許さんぞ!」
「ひええええ! これ魔法使ったら駄目?」
「ふざけるな! 容易く手に入れられると思うんじゃない!」
「網! 網よこして!」
「玉網だ!」
何で怒られているの俺。
ギンさん確実に性格変わっているな。プチ魔王降臨かこれ。
のんびり魚釣りができるなあと考えていた俺が悪かった。魚釣りは奥が深いっていうか、簡単だと思い込んでいた俺を許してください村田さん。
「餌ではなく疑似餌で釣る理由はだな、何より手軽なのだ。現場に着いて仕掛けを作らずに疑似餌に糸を結んだらすぐにはじめられる。手軽ではあるが、とても奥が深い。その時、その場所に合った疑似餌を選び、水の中を想像しながら疑似餌を動かす。それが合って魚がかかってくれたときの嬉しさ、かかってくれてから取り込むまでの戦い、取り込めたときの感動、それらは実際にやってみぬとわからぬのだ!」
悦に入ったギンさんのオンステージが静かな河口に轟く。
細かいことが嫌いなリザードマンにとって、ギンさんの趣味が理解できないというのはわかる。釣りは根気がいる。釣れないときは全く釣れない。来たと思ったら草とかゴミだったりする。
しかし釣れたときの、釣り上げて網に入れ、この手にしたときの感動は!
入れ食い状態のままホイホイと簡単そうに釣り上げるギンさんの饒舌は、しばらく続いた。
その後、山盛りの魚を釣ったギンさんは、なんと刺身盛りにして食わせてくれたのだ。
ギンさんも密かに刺身を食っていたのだと知り、俺は諸手を上げて万歳三唱。刺身メイツが増えてなんと嬉しいことか。
俺が釣り上げた数匹の魚も見事な刺身にしてもらえた。脂が乗って美味いのなんのって。
クレイもギンさんの家の双子も喜びがっつく中、醤油を垂らしてやったらギンさんはその美味さに感動してしばらく動かなかった。そこまで美味いか。よしよし。
宴もたけなわな頃、ブロライトとプニさんが大量の土産を手に帰還し、刺身の会は豪華な夕餉へと変更。巨大魚のムニエルなんか作ってやったら、拝まれた。
教訓。
釣りを舐めてはいけない。
根気と我慢と忍耐が必要。いろいろな意味で。
そして、人の趣味の領域に触れてはならない。聞いていないのに、いろいろ語られるから。
しかし、そのおかげで釣りの基本を知ることができた。更にギンさんは、自己流でなんとかやってみろと、気に入っているという釣り竿を惜しげもなく俺にくれたのだ。後は、グルサス親方に疑似餌を造ってもらえるよう頼んでみるとして。
その後俺は、時間を見つけては釣りをするようになった。
釣れなくても釣れても、どちらでもいい。ひたすらぼんやりと時間を潰せる最高の趣味だ。
と言うと、釣り舐めんなと各方面から言われそうだな。
10 タケルのトルミ村大改造
晴れたる青空、漂う雲よ。
小鳥はピーヒャラさえずり、ビーの歌声と合唱。
夏の暑さもそろそろ落ち着き、季節は実りの秋へと移行中。日本の季節ほどはっきりとしたものはないが、それでも街道沿いの広大な麦畑が黄金色に変化しつつある光景を目の当たりにすると、腹が減る。麦粒の補充も必要だなあとぼんやり。
すいすいと進む馬車の御者台に座った俺とビーは、ご機嫌で馬車を引く馬プニさんのぷりケツを眺めつつ、澄み渡る青空を見上げた。
俺たち蒼黒の団は馬車でトルミ村へと移動中。美味いスープの素の補充が目的ではあるが、そろそろ挨拶しに戻ろうと思い立ったわけだ。一応、冒険者として生活ができるようになったのだから、報告をしないと。
本当は俺一人で走って帰ると言ったのだが、クレイは保護者面して挨拶をさせろと言いだし、ブロライトも俺が世話になったのなら挨拶は必要だと賛同。美味い飯が食えりゃ何処へでも来るプニさんに馬車を引いてもらい、そろって里帰りをすることとなったのだ。
「タケル、貴殿の故郷とはどのような場所なのじゃ?」
御者台の後ろにある窓から顔を出したブロライトが、風に髪を靡かせて聞いてきた。その横には眠たそうに目を細めるクレイ。
「うん。俺がマデウスに来て最初に訪れた村が、トルミ村だったんだ。こんな怪しい旅の大男を温かく受け入れてくれてさ、何も知らない俺にいろいろなことを教えてくれたんだ。ビーのことも歓迎してくれたしな」
「ピュィィ!」
産まれたばかりだったやんちゃなビーをある程度しつけてくれたのは、トルミ村の子供たちだった。小さくて可愛らしいビーを最年少として、オムツをしていた赤ん坊すらビーのいたずらを「めっ」と叱ってくれたんだ。
おかげでビーはすくすくと、すくすくすくと、ものすごく健康に育っております。
「そうか。タケルを温かく迎える村ならば、きっと居心地がいいのじゃろうな」
「リザードマンが訪れても警戒されぬか? 大陸の端の村なのだろう?」
「あーー、どうだろうな。冒険者すら滅多に訪れない村だけど、まあなんとかなるって。クレイは元竜騎士って言ったら、子供らめちゃくちゃ喜ぶぞ」
栄誉の竜王の名がトルミ村まで響いているかはわからないが、雑貨屋のジェロムなら目ん玉ひんむいて驚くかもしれないな。あのおっさん、元冒険者だし。
「そういえばお前はベルカイムを発つ前に、領主と逢うておったな。何をしていたのだ」
「港町ダヌシェで買った干物盛り合わせと地下墳墓でもらった宝飾品を賄賂に、ちょっとした確認」
「確認?」
「トルミ村をちょろっとだけ、綺麗にさせてほしいって、ベルミナントに相談したんだ」
トルミ村の居心地はたまらなくいい。
だがしかし、地面は水はけが悪くてところどころ泥の水たまりができていたし、何より風呂がなかった。風呂がないというのはいただけない。村全体がなんとなく匂うし。
宿屋も清潔ではあったが、築年数が経過して隙間風が酷かった。厠も暗くて怖いわけじゃないけど、夜中はとても行けたもんじゃないからなんとかしてほしかったんだ。
村を囲む柵状のものもボロボロだった。結界魔道具で侵入者を防げたとしても、あの外観はな……
より住み心地のいい村にさせてくれと領主のベルミナントに頼んだら、彼は快く頷いてくれた。逆に、辺境の村の整備をさせるようで申し訳ないなとも言い、整備費用を支払うとまで言ってくれたのだ。さすが名君。
といっても、俺は少し手を貸すだけ。もちろん、村人たちの許可を得てからあちこち修復するつもりだ。
試したいこともあるし、どうせなら更に居心地のいい村になってもらいたい。
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