素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

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5巻

5-12

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「ふひ……ふひひひっ……」
「やめんかその笑い方!」

 俺の不敵な笑いに嫌な顔をするクレイと、何だろうとわくわく顔を隠さないブロライトにも手伝ってもらおう。
 ああ、腕が鳴る!
 アルツェリオ王国から真っすぐ北に延びたドルト街道は、グラン・リオ大陸の中でも一番の重要な道路だ。国道みたいなものかな。
 大陸の最南にあるベルデ・ロン大樹海から、最北にあるベラキア大草原まで延びている。全長……は知らないけど、きっと長い。大陸を縦断しているのだから。
 なんせベルカイムからトルミ村まで、馬車で移動しても半月以上かかる。一日中馬車に揺られ、同じような広い広い麦畑を見ながら、野宿、野宿、野宿。
 そうまでして辺境の、大陸の端っこの何もない村に行こうとは思わないよな。
 たまに王都からはるばると行商人がやってくることもあるらしいが、来たとしてもそれはベルカイムまで。ベルカイムで荷を下ろし、今度はベルカイムの行商人が辺境の村々へと荷を運ぶ。そのベルカイムの行商人がよほどの事情通でもない限り、トルミ村に都会の情報が一切入ってこないのだ。
 だが、その隔絶された特殊な環境がいい。
 あれやこれやと多くを望まず、今ある生活に感謝し、日々精一杯生きるだけ。
 そんな素朴な生活を送っている彼らだからこそ、俺は受け入れてもらえた。
 それが、どれだけありがたかったことか。
 ご機嫌なプニさんはご機嫌なまま馬車を引き、馬車で半月の道のりを三日で走り抜けた。何を言っているのかわからないと思うが、まあ、そういうことだ。
 俺がいつも作る肉すいとんスープのもとを作ってくれたのがトルミ村にいる料理人なのだと言ったら、鼻息荒く走るスピードをぐいぐい上げたわけで。

「プニさん、もう少しで着くと思うからゆっくり走ってくれるか」
 ――うむ

 純白の尻尾をぶんぶんと嬉しそうに振っちゃって、可愛いもんだよな。きっとプニさんの脳内は美味い肉すいとんスープが占めているはずだ。後でダークキャモルの生姜焼しょうがやきも食べさせてあげよう。
 予定よりだいぶ早く到着できるようだから、今夜は村の皆と宴会でもいいな。宴会できるようなところはあったっけ。
 普通の馬車が走る速さでのんびりと街道を進むと、懐かしの景色が広がってくる。麦畑から一転して、何処までも続く広大な緑の大海原。ベルデ・ロン大樹海にも負けないくらい広い、ベラキア大草原だ。ここで最初の素材を手に入れたんだよな。うんこだったけど。

「ピュイ! ピューィ、ピュピュー!」

 ビーが興奮して宙をぐるぐると舞い踊る。
 緑の野原にぽつんと見えるのは、相変わらずボロボロな柵に囲まれた集落。あちこちから白い煙が上がっているのが見える。あれこそが、トルミ村。
 内心興奮しながら村の入り口に馬車を近づけると、柵の前に一人の警備兵。マーロウさんだ。

「おんやあ? こんな辺鄙へんぴ田舎いなかによく来なすった」

 相変わらず警戒心のかけらもなく、にこやかに話しかけてくる。俺はなんだかほっとしてしまい、嬉しくなって御者台から飛び降りた。

「マーロウさん、何を言ってるんですか。俺ですよ。俺」
「はあ? ……うん!? アン、アンタ、まさか、タケル、かい??」

 細い目をガッと見開いたマーロウは、背伸びをして俺の顔を確認する。俺の頭に乗っているビーと俺の顔を交互に何度も見、そして――

「タケル! あっはっはっは! タケルかあ! 久しぶりだなあ!」

 バシバシと俺の肩を叩いて喜んでくれた。地味に痛い。
 マーロウの装備は薄汚れ、あちこちさびがついているが、その屈託のない笑顔は変わらない。
 トルミ村に滞在していた日々は、ベルカイム滞在よりずっと少ない。それなのに、彼は俺のことを覚えていてくれたうえに歓迎してくれる。

「なんだいなんだい、ちっとも音沙汰おとさたがないから心配していたんだよ!」
「ご無沙汰ぶさたしてしまって申し訳ないです。へへ」
「いいや、お前さんが元気ならなによりさ! っはー、こーんな立派な馬車で帰ってくるなんてなあ! すっげぇべっぴんの馬じゃねぇか! ええっ?」

 ああ、嬉しいな。
 帰ってくる、と言ってくれた。
 マーロウに褒められたプニさんは誇らしげにふんっと鼻息を放つ。

「いやいや、こうしちゃいらんねぇ! ちょっと待ってろよ?」
「はい?」

 興奮したままその場でジャンプを繰り返すマーロウは、胸に下げていた笛を口にくわえた。
 ピイィィーーーーッ!
 そのまま思い切り吹くと、笛は高らかに鳴り響く。
 一体何をするんだいと呆気に取られていると――

「マーロウ、どうしたぁ~? 警戒音は鳴ってないぞ~?」
「次はおいらの番だからな! 何が来るんだ? 久々にドルドベアだと嬉しいなあ!」

 柵の向こうからワラワラと出てきた、懐かしの面々。さっきのは訪問者が来たことを村人たちに告げる合図のようなものだろうか。
 お、あれは俺があげた結界バリア魔道具マジックアイテムのランプだ。手にしているのは……リックか? 村のガキ大将!

「何をのんびり言ってるんだい! タタタ、タケ、タケルが帰ってきたんだよ!」
「は?」
「え?」
「タケル?」
「えっ? タケル兄ちゃん!?」

 慌てふためくマーロウに指さされた俺を見た村人たちは、オンボロの柵から顔を次々と出し、一気に数を増やした。

「タケルだあ!」
「タケル兄ちゃーーーんっ!」
「おおおおーーーいっ! タケルが帰ってきたぞーーーーー!」

 あれ。
 何かすんごい大歓迎じゃないのこれ。
 思っていた以上の歓迎っぷりに若干引く。俺、ここまで慕われてたの? 何で?
 ああ、ああ、オンボロの柵が更にボロボロになるじゃないか。僅かに残っている柵を邪魔そうにするんじゃない。そこ壊れ……ああ壊れた。
 村人たちがあっという間に柵の外に出てきて、トルミ村前の街道は大勢の村人で溢れてしまった。皆口々に俺の名前を呼び、喜んでくれている。

「兄ちゃんおせーよ! もっと早く帰ってこいよ!」
「兄ちゃん聞いて、あたしね、むっつになったのよ」
「タケル兄ちゃんだっこしてー!」
「おいらが先だよ! おいらのこと、肩に乗せて!」

 はいはい移動ジャングルジムの時間ですね。子供らはちょっと大きくなったかな。あの子はオムツが取れたようだ。あっちは宿屋のエリイちゃんか。大きくなったなあ。
 子供らは勝手に俺のローブにぶら下がり、するすると背中に登り、肩に登る。両手に四人の子供がぶら下がり、皆キャッキャと大喜び。ビーもあっという間に捕まり、代わる代わる抱っこされていた。
 ああほんと帰ってきたんだな。この鬱陶うっとうしさも久しぶりだ。ベルカイムの子供らにもこうやって遊ばれることがあるが、ここまで俺に容赦なく飛びついてくるのはトルミ村の子供くらいだ。アシュス村の子供らは遠慮ってもんがあったからなあ。

「おら、どけどけ! タケルが帰ってきたってのは、本当か?」

 村人たちを押しのけながらやってきたのは、特有のしゃがれ声。
 この声は――

「おおおお! タケル! こんの馬鹿野郎! 無事に帰ってきやがったか!」

 雑貨屋のジェロムだ。相変わらずドワーフみたいなぼってりな腹してやがんな。
 子供にまみれた俺を見るなり、ジェロムは笑いながら罵声を浴びせる。

「久しぶりだな、おっさん」
「はっはっはっは! テメェがなかなか帰ってきやがらねぇから、どっかでくたばっちまったかと思っていたぜ!」
「ちょっとジェロム、勝手なこと言わないでよ!」
「そうよそうよ! タケルさんはそこいらの貧弱な男とは違うんだからね!」

 ジェロムなりの歓迎なのだろうが、若い女性たちから一斉の抗議。これもいつものこと。
 トルミ村の女性は皆たくましい。男性陣がひるんでしまうほど、その迫力はすごい。ベルカイムみたいに四方を強固に守られた場所じゃないから、女性も必然的にたくましくなるんだろうな。

「これこれ、こんな道の真ん中で話をするんじゃない。せっかくタケルが帰ってきたのだから、落ち着いて話そうじゃないか」

 遅れてやってきたのは杖をついた老齢の男性。トルミ村の村長だ。
 さすがに村長の前だからか、子供らは俺の身体中から一気に下りる。

「ようく無事で帰ってくれた」
「村長さんもお元気で何よりです」
「ささ、旅の疲れもあるだろう。今夜はわしの家に泊まるといい」
「ありがとうございます。えっと、あと二人いるんですけど」

 振り返り馬車を見ると、御者台の後ろの窓の隙間からこちらをじとりと見つめる目。あれはブロライトだな。クレイは何処に行った。

「二人とも降りてこいよ。プニさんも、そのまま人になって構わないから」

 俺の言葉と共に、プニさんはさっそくぼひょんと妙な効果音を上げて人型を取った。
 きらきらとした輝きの中に現れたのは、白銀の髪に紫紺色しこんいろの瞳をした美女。

「はあ!?」
「へっ!?」
「ええええーーーー!」

 うんうん、わかるわかる。俺も最初はそうだった。まさか白馬が美女に化けるだなんて、驚くよな。村長大丈夫? 心臓止まってないよな。
 村人が一気に俺たちから離れ、間合いを取る。プニさんは無表情のままきょろきょろと辺りを見渡し、くんくんと鼻を鳴らす。

「あの大きな町よりも穏やかな気が流れています。少しだけ魔素に乱れがありますが、気にならない程度でしょう」

 プニさんがふわりと微笑んだ。あの微笑みには何の意味もない。考えていることは早く何か食わせろってことだけ。
 それなのに村人たちはそろって頬を赤らめ、呆然としてしまった。見た目だけなら絶世の美女だから仕方がない。きっと数時間でその本性を知り、残念がるだろう。
 残念と言えばあと一人。

「タケル、わたしも出て良いのか?」
「何言ってんだよ。皆に挨拶をするんだろ?」

 遠慮がちに聞いてくるブロライトに手招きをすると、ブロライトはぱっと笑い、窓を開いてよっこらせと出てくる。そこ出入り口じゃないからな。
 御者台から音もなく飛び降りたブロライトは、髪をさらりと掻き上げ周りを見渡す。

「ヴェルヴァレータブロライトと申す。タケルが世話になっておるな! わたしも世話になっておるのじゃ!」
「うん、すっごい世話してる」
「しばらく滞在させてもらう! 皆、よろしく頼む!」

 ブロライトは丁寧でもないが、きちんとした挨拶をした。胸を張って偉そうにしているけど、まあギリ許してやろう。
 しかし村人は誰一人として口を開かない。皆一様に口をぱっかりと開き、目をまるまるに見開いている。
 人間、驚きすぎると声が出なくなるっていうのは本当なんだな。最初にプニさんの変化を見てしまったら、後は大丈夫かなと思ったんだけど。

「俺も、タケルの世話になっている者だ。ギルディアス・クレイストンと申す」

 馬車の後部からのしりのしりと現れたのは、朱色の筒を背負った巨大な青色のドラゴニュート。
 これでもかというほどの圧倒的な貫禄と、恐ろしい顔。クレイは長い尻尾をピンとさせているから、ちょっと緊張しているんだ。笑える。
 馬車の前で四人出そろい、横一列に並ぶ。

「俺が世話になっている、チーム蒼黒の団だ。皆、よろしくお願いします」
「ピュイ!」

 俺は深々と頭を下げ、改めて挨拶をした。ビーも俺と同じく頭を下げたんだけど。
 反応が帰ってこない。シンと静まり返ったままだ。
 プニさんの変化に驚きすぎた? エルフが出てきたから? エルフは珍しいからな。クレイか!? やっぱりクレイの顔が怖いからか! クレイの顔は慣れるっきゃないんだよ。四六時中そこにいればそのうち慣れるから、気長に耐えてもらうしかないな。鬼瓦おにがわらみたいなもんだよ。
 噛みつくわけじゃないから怖くないと言おうとしたら、村長が白目剥いて倒れました。


 馬車を村の納屋なやで預かってもらった俺たちは、そろって村長の家に来ていた。倒れた村長を担いだのは落ち込んだクレイです。
 クレイの顔は倒れるほど恐ろしいのかと思ったら、村長はプニさんが変化した時点から気を失っていたらしい。
 冷静に考えてみれば馬が人に変化するなんて、普通考えられないことだよな。俺は慣れたけど。
 ともあれプニさんは神様だとは説明せず、そういう変わった種族なんだよエヘエヘと誤魔化した。純心なトルミ村住民は、世界には様々な種族がいるからなあと納得。ちょっと良心痛みます。

「いや、申し訳ないことをしました。何卒お許しくだされ」
「村長さん、頭を上げてくださいよ。逢ったことのない種族が次から次へと出てきたら、倒れるくらい驚くよな。仕方ないって」

 俺には前世の記憶があるから、リザードマンやエルフといった種族の知識だけはある。予備知識のおかげで、実際に見ても倒れるほどじゃなかった。
 しかし、トルミ村の住人には他の種族に逢う機会がほぼない。他の種族が村を訪れでもしない限り、生涯逢うこともないのかもしれない。いやまあ、さすがに神様に逢う機会なんざそこらへんに転がっているわけじゃないけど。

「改めまして皆さま、ようこそトルミ村においでくださいました。なあんもないすたれた村に過ぎませんが、どうぞごゆるりと滞在してくだされ」
「廃れたなどと謙遜けんそんなさるな。穏やかで温かみのある村ではないか」
「ははは、それはありがとうございます。タケルもよう帰ったな、うんうん」

 しわしわの手を差し出し、クレイの手を取る村長。目にはうっすらと涙。
 俺ももらい泣きしそうだ。トルミ村の連中は優しすぎる。
 ちょっとは俺のことを疑うべきだと思うんだがな。突然戻ってきて、得体の知れない仲間を連れてきたんだから。

「長旅で疲れただろう? 今日はもう、休みなさい」
「ありがとう村長。その前に頼みたいことがいくつかあるんだけど」
「うん? 何だい。何でも言いなさい。タケルの頼みと言うのなら、わしらはできる限りのことをするからな」
「皆にも多少手伝ってもらうかな。あのさ、まずこの村に蒼黒の団の拠点を作りたいんだ」

 これも領主に了解を得ている。
 領主はベルカイムの何処でもいいから好きなところに作れと言ってくれたが、それは追々考えるとして。まずはトルミ村にチームのアジトを作るのだ。
 アジトと言っても全員が寝起きできて、飯を食えて、快適にのんびりごろごろできる空間がある家を作りたい。

「こんな田舎の村でいいのか? お前はその、王都とか、もっと広くて賑やかなところに作ればいいんじゃないか?」
「正直言うと、俺は騒がしい場所はそんなに好きじゃないんだよ。もちろんベルカイムに作れば便利だとは思うんだけど、その前にこの村にも拠点が欲しいんだ」

 ベルカイムで俺が滞在している宿の部屋はそのままにしてある。年単位で借り切ってしまったので、実質あの宿の部屋は俺たち専用。
 その宿の扉にちょっとした仕掛けをしてきたんですね。はい。

転移門ゲートがあれば何処へでも行ける。まあ、俺が同行しないとならないのが難点なんだけどさ」
「タケルはこの村に拠点を作りたいのじゃろう? わたしは何処でも構わぬ」
「うむ。お前の魔法のおかげで、俺たちはすぐにでも故郷に帰ることができるのだからな」

 俺は今まで訪れた場所全てに地点ポイントとなる魔石を置いてきた。転移門ゲートの説明をしたうえで魔石を預けてきたので、きっと大切に守ってくれているだろう。
 これで何度でも行き来ができるのだ。ベルカイムの地点ポイントは宿屋の扉。転移門ゲートを開けばベルカイムに行ける。今回トルミ村に帰ってきたのも、この地点ポイントを置きたいがためでもあった。
 クレイもブロライトも、プニさんさえも、望めばすぐに故郷へ帰ることができる。
 プニさんが馬になって本気で空を飛べば遠方でもあっという間に着くんだろうけど、それはほらね、遠慮したいしね。

「それから、この村の大改造!」
「だい、かいぞう?」
「これも領主に許可もらってきたから安心してください。まずは水はけの悪い道を全部整備。それから全家屋の修復。村を囲うオンボロ柵も全部造り直して、街灯を作ろう。それから一番大切なのは風呂! これはまだできるかはわからないけど、温泉を掘り当てたいんだよな。女風呂と男風呂に分けて露天にすれば、年中いつでも入れるから誰でも清潔さを保てる。清潔でいられれば、病にかかる人も激減する。それから上下水道もどうにかできないかな。せめてベルカイムみたいな下水処理場があればいいんだけど」
「いや、ちょっと、ちょっと待ってくれタケル」

 一人でペラペラと計画を喋っていたら、村長が慌てて俺を止めた。
 ちなみにクレイたちはいつものことだと眠そうにしている。だがプニさんに落ち着きがなくなってきた。早いところ何か食わせないとぶちぶち言いだす。

「タケル、お前がこの村のことを大切に思ってくれているのはわかる。ありがとう。しかしな、なんせ何もない村だ。お前は村のためを思ってやってくれようとしているのかもしれないが、わしらに何ができる? わしらは既に、お前に返せぬほどの恩があるのだ」
「ん? 恩? 恩って何の?」
「ピュ?」

 俺やビーが多大なる恩を感じているのはともかく、村長たちは俺に何の恩があるっての。
 やだわかんない、とビーと顔を見合わせていると。

「この、お前が作ってくれた不思議な魔道具マジックアイテムのおかげでな? この村は数え切れぬほど恩恵を得ることができたのだ」
「ああ、結界バリア魔道具マジックアイテム。上手く機能してくれた?」
「それはもう! これのおかげでな、村に襲いかかってくるモンスターを退治してくれてな? そのモンスターの肉を食ったり、干し肉に加工して売ったり、毛皮を利用したり、それはもう村に恵みを与えてくれたのだよ」

 あー……そういう使い道があったのか。なるほど。
 どうりで村長の家に来るまで、道なりにモンスターの毛皮やら肉やらが干してあったわけだ。村人の誰かが狩りに行っているのだとばかり思っていたが、そういうことか。
 村を危険なことから守る、ってくらいにしか、あの魔道具マジックアイテムの用途は考えていなかったな。

「村が豊かになったのならいいことじゃないか」
「いいや、肉や毛皮を売った金は、全部お前のものだ。わしらが使うわけにはいかない」
「なんでよ。俺はその場にいなかったんだから、利用できる人が利用すればいいだろ」
「何を言っているんだ。わしらはモンスターや山賊に怯えることなく暮らせるだけで、じゅうぶんなんだよ」

 相変わらず欲がないな。
 利用できるものは何でも利用してやろうという考えの俺が、ちょっと恥ずかしいじゃないか。
 村長が手にしていた結界バリア魔道具マジックアイテムを興味深げにブロライトが見つめる。起動の合言葉を言わなければ、何の変哲もないただのアラビアンランプっぽい形。

「タケル、この魔道具マジックアイテムからとんでもない力を感じるのじゃが、これは何じゃ」

 ブロライトに問われ、簡単に説明をする。

「村全部を覆う結界を造り出す魔道具マジックアイテムだ」
「ほう! それはすさまじいな! ベルカイムの魔法障壁よりも、ずっと強い力を感じるぞ」
「ベルカイムの……ああ、あのちょっと心もとない幕みたいなやつ。あれもそのうち直してやりたいんだよ。ゴブリンが襲ってきたときのために」

 話をしつつ鞄の中から大判焼きを取り出す。落ち着きなくもじもじと身体を動かしはじめたプニさんに黙って差し出すと、プニさんは微笑を浮かべてそれを掴み、無言のまま咀嚼そしゃく
 ついでに大皿に一人五個までの大判焼きを人数分取り出し、机の中央に載せる。カップも取り出して温かなそば茶を入れた。
 クレイが真面目な顔で言う。

「タケル、お前な……何でもないことのように言うておるが、その魔道具マジックアイテムにどれだけの価値があると思うておるのだ」
「知らない。あ、痛ッ!」
「馬鹿者。ベルカイムの魔法障壁は王都から遣わされた一流の魔術師たちが数年を費やして造り上げたものだぞ? それよりも力のある壁を造り出す魔道具マジックアイテムなぞ、聞いたことないわ」
「なんで殴る? 殴らなくてもいいよな?」
「村長殿が恩義を感じるのは致し方のないことだと言えよう。王都ですら聞いたことのない……いや、大帝国ストルファスですら聞いたことがない魔道具マジックアイテムに、どれほどの価値があると思うておるのだ」

 そんなの知らんがな。
 って言ったらまたクレイに殴られそうだから黙っておこう。叩かれた後頭部が痛い。村長もクレイの言葉に賛同するように、必死で頷いている。
 この魔道具マジックアイテムを造ったときはトルミ村しか知らなかった。俺を優しく受け入れてくれた村を助けたいがためにしたこと。今思えば軽率な真似をしたもんだなと思えるが、後悔はしていない。この魔道具マジックアイテムのおかげでモンスターから村を守れたというのなら、それでいいじゃないか。

「クレイストン、タケルを責めるでない。タケルが良かれと思ってしたことじゃ」
「だがな、ブロライト」
「タケルの考えなしは、今にはじまったことではないじゃろう?」

 フォローのようでフォローになっていないが、ブロライトは俺を擁護してくれたようだ。
 クレイストンは眉間のしわを深くさせ、胸の前で腕を組みむっすりとしている。しばらく黙っていたが、これみよがしに長く息を吐き出した。


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