素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

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5巻

5-13

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「まあ……そうではあるな。よう考えていると思えば何も考えておらぬのがタケルだ」
「おいこら」
「お前のしでかすことにいちいち驚いておっては、身が持たぬと言っておるのだ。ああもう、この言葉を幾度言わせれば気が済む」

 納得したというより、諦めた?
 ともかく、既にやらかしたことを今更なかったことにはできない。トルミ村は平和なままでいいんだから。

「それじゃあ村長、その魔道具マジックアイテムをこれからも使ってもらう代わりに、村の整備をさせてくれ」
「タケル、それではわしらが得してばかりじゃないか」
「チームの拠点を作る土地を貸してもらうってのは?」
「そんなもの、好きな場所に好きなように作ればいいだろう。土地なら余っているのだからな」
「それから、ちょっとした地下空間を作らせてもらうから、それも」
「地下、空間?」
「地面をほっくりかえすからよろしく」

 ふひひ。
 冬場になるとベラキア大草原地域は極寒の地へと変貌する。トルミ村は冬場の収入源が一切なくなり、秋までに蓄えていた食料や金銭で長い冬を越すのだ。これはベルミナントに教えてもらった。
 冬場の収入源がないおかげで、毎年春の税が大変になる。ベルミナントはまだ優しい領主だから相応の税を納めればいいが、これから先何が起こるかわからない。それだったら、冬場の収入源を作ればいいんじゃない? ってことで。
 まずは村長に清潔クリーンさせてください。


 + + + + +


 翌日、俺はさっそく行動を開始した。
 まずは村人たちを集め、村長を介して整備のことを説明する。
 ちなみに、村人たちが俺を大歓迎してくれたのは、結界バリア魔道具マジックアイテムのおかげで凶悪なモンスターに怯えることがなくなったから。ここ半年の間にランクの高いモンスターがベラキア大草原に出没するようになり、うかつに外出することができなくなった。
 だが、元々頻繁に外出をしていたわけでもない村人たちにとって、それは大した恩恵ではない。一番の恩恵は、結界バリア魔道具マジックアイテムに弾かれたモンスターのお肉をタダでいただけるということ。
 美味しいお肉をいただけて、モンスターの襲撃にも怯えずに済む。それは全て俺が造った魔道具マジックアイテムのおかげだからと、村人は俺に感謝をするようになったわけで。
 俺は彼らに伝えた。俺がこの村に初めて訪れたとき、皆は警戒もせず温かく受け入れてくれた。それがどれだけありがたく、嬉しかったのか。ビーのことも深く追及せず、ただ俺が拾ってきたからと迎えてくれた。彼らはそんなの当たり前のことだと言う。だったら、俺がこれからすることは俺が居心地よく滞在したいがための、俺の我儘わがまま

「まず何より風呂がないんだよ! 風呂がないと駄目なんだ! 風呂は身体だけでなく心も癒してくれる。風呂は一日のはじまりであって、終わりでもある。冬場も温かい湯船に入ることができたら最高だよな? 風呂はいいぞ?」

 村人たちとクレイには何言ってんだコイツという顔をされたが、子供たちの心は掴んだ。
 風呂を知らない子供たちが、是非とも見てみたい、入ってみたいと言い出したのだ。伊達だてに子供らの移動ジャングルジムをやっていたわけじゃないんだぞ。大人の心を掴むには、まずは子供から。
 村人たちをその気にさせるために、次はブロライトを利用する。エルフは当然のように湯にかることを日課としていると言ったら、女性たちの目の色が変わった。風呂に入れば、ブロライトのように肌ツヤが良くなり髪の毛もさらさらとぅるるんになる。美しさを求めるならば是非とも風呂へ、というまるで選挙の応援演説のような俺の説得により、トルミ村改造計画は風呂造りから実行することとなった。
 プニさんはここらへんの散策をすると言って空を駆けていった。村の近くにある森の奥に入ると、手つかずの自然が残っており清浄な魔素が流れている。それを求めて行ったのだろう。


 俺が今いるのは、村の端にある朽ちた廃屋はいおくの前。今は使われていないその廃屋を利用して、風呂を作るのだ。

「それで、何をするのじゃ?」
「村の裏手に流れる河を利用しようと思ったんだけど、いちいち汲み上げて沸かしてとなると面倒だろ? だったら、エルフの郷みたいに温泉が掘れないかな、なんて安易に考えてみました」
「……薬の湯は何処にでも湧いてくるものなのか?」
「ブロライトの言う通り、そこなんだよな。俺の、ほら前世の国では、地下深く掘れば大体湧いて出てくるような土地だったんだよ」

 だから掘れば出てくるんじゃね? と、思っていたんだけど。
 よくよく考えてみれば、グラン・リオ大陸が火山帯に覆われていたらの話なんだよ。
 だけど井戸があるということは、地下水はあるということだ。その地下水を引くという手もある。最悪、温泉じゃなくてもいい。湯船を温めるのはまきでもいいし、魔道具マジックアイテムでもいい。
 どちらにしろ地下水脈があることを前提に話を進めよう。

「タケルの望む泉が地下深くにあるとしてじゃ。それをどうやって見つける? 魔法で見つけることができるのか?」
「俺に地質学の知識はない。だから魔法を使おうと思っても、どうやって探し当てればいいのかわからない」
「ならば如何する」
「大地とか地脈とか、そういうのに詳しい人に聞く」

 できれば頼りたくはなかったが、背に腹は代えられない。俺の忍耐力よりも風呂を優先させてもらおう。
 村人たちには普段通りの生活を続けてもらい、順を追って家屋の補修をはじめる。俺に纏わりついてくる子供らには今は危険だから離れているようにと言い聞かせたが、遠巻きにこちらを見ている大量の視線が気になる。
 何はともあれ、鞄の中に手を突っ込み例の琥珀こはくを取り出す。
 腹をくくって勇気を出すとするか。

「もーしもーしドーリュアースリベルアーリナー……」

 魔力を込めて棒読みで歌ってやると、琥珀はぽわりと光を放つ。温かさを感じると、琥珀は小さく震えた。
 さあ来るぞ、来るぞ、来る、きっと来る。


 ――あっはぁぁぁ~~~~んっ!!



 来た!
 琥珀の魔力を介し、緑のむっちり魔人が出てきた。相変わらず暑苦しい肉厚の身体にじゃらじゃらとした宝石を纏っている。出てくるたびに衣装や装飾品が変わっているのは何故だろう。お洒落しゃれ

 ――ああんもうっ! アタシを呼ぶのが遅いのよ! もっともっと呼んでちょうだい! アタシに遠慮なんか必要ないのよ? アタシ、アンタたちに逢えるのが楽しみで楽しみでしょうがないんだから、もっとアタシを呼んでったら! アタシとアンタの仲でしょう? うっふ~ん

 帰れ。
 今すぐに琥珀を叩き割りたい。
 背に腹は代えられないが、もう後悔している。
 リベルアリナは霊体のままくねくねと俺に纏わりついた。
 悪霊退散って叫びたい。
 緑の化け物を呼んだ理由は、彼……女の力を借りて地中深くに眠る水脈を調べてもらうためだ。
 リベルアリナは大地とその地に息吹いぶく緑を司る精霊の王様。枯れた大地に緑を取り戻す力を持っているのなら、温泉の一つや二つくらい見つけられんじゃないかなと思って。

 ――エルフの郷のような? 薬の湯を? この村に作るのォ?
「そうしたいと思っているんだ。薬の湯は地面のずっと下のほうにある泉だから、俺には探すことができない。リベルアリナの……いだいなるおちからを……おかーりしてーぇ……そのぉ……薬の湯が眠る場所を見つけてもらえないかなーと」

 リベルアリナのむっちりとした視線に耐えられず、目をぐるぐると泳がせながらしどろもどろ。
 エルフ族が崇める精霊の王を呼び出して、なんてしょうもないことを頼むんだと叱られるかもしれない。願いを聞き届ける代わりにとんでもない代償を要求されたらどうしよう。霊体であるリベルアリナに料理を振る舞うことはできないから、何か他の供物くもつを考えないと。地下墳墓カタコンベでもらった古い金貨はどうだろうか。

 ――なんなのォ……? アタシをわざわざ呼び出したのは、薬の湯を探せって?

 どうしよう。さすがに図々ずうずうしかったかな。うざい化け物扱いしていたくせに、都合のいいときだけ利用するなんてあまりにもしつれ……

 ――もうっ、やっだぁ!! たったそれだけのことぉっ!? もおおぉぉうっ! アタシ、てっきり生意気なヤツを絞め殺したり呪い殺したり八つ裂きにしたり生きながらに埋めてやったりしたいから、アタシを呼んだのかと思ったのに!

 何を言い出すこの悪霊。

「誰にそんな恐ろしいことをするんだ」
 ――アンタのためなら人の一人や百人や千人、ちぎって投げてすり潰しちゃうわよ! だってアンタのためじゃない! もうっ!

 俺をそんな残虐非道ざんぎゃくひどうな人間だと思っていたのか!

 ――とまあ、それは冗談なんだけどぉ

 ほんとまじすり潰してやりたい。
 リベルアリナは特大のウインクをかますと、俺の身体に纏わりつきながらくねくねとうごめいた。体温を感じなくてほんと良かった。

 ――地中深くに眠る薬の湯を探せばいいのね?

「えっ、探してくれるの?」
 ――もうっ、やっだぁーーー! 他ならぬアンタの頼みでしょ? 断れるわけないじゃなぁい! やぁーめぇーてぇー! 簡単すぎて寝ながらでもできるわヨ
「それは良かった。よろしくお願いします。ええと、報酬というか供物はですね」

 鞄の中に手を突っ込んで金貨を探すと、リベルアリナは微笑んで首を左右に振った。

 ――アタシに対価なんて必要ないわヨ? アタシは好きでアンタの手伝いをするだけだもの。それにね、アンタ、自分だけの欲でアタシを使おうと思っていないじゃない。アタシ、そういう無欲な子が大好きなの

 いやいや?
 今回は思い切り私欲で使おうと考えてますよ?
 そりゃ、トルミ村の皆に風呂の良さを体験してもらいたいという気持ちもあるが、俺が風呂に入りたいための我儘なんだ。
 リベルアリナは満面の笑みを浮かべると、腰を左右に振りながら上空へと登っていく。鼻歌交じりだぞ、あの魔人。
 緑のもやもやとしたかすみが消えるのを見ながら、遠巻きに控えていたブロライトが不安そうに声をかけてきた。

「タケル、リベルアリナは如何されたのじゃ」
「快く引き受けてくれたよ。俺たちに呼ばれるのを待っていたらしい」
「そうか! さすが心広き慈愛の神じゃの」

 そうだな。見た目も喋り方も性格もアレだが、とても優しい神様だ。
 さて、リベルアリナが地脈を探ってくれている間に次の行動。効率よくさくさくと行きましょう。

「クレイ、村の柵を直したいんだけど……何遊んでいるの」
「ピュピュ……ピュム」
「遊んでおる、わけでは、ないのだ、が」
「おいちゃんおっきいねー」
「タケル兄ちゃんよりおっきい!」
「尻尾かたい! すごいね!」
「だっこしてー」

 朽ちた家屋を確認していたはずのクレイが、全身子供まみれになって歩いていた。子供のおもちゃになっていたビーは解放され、やれやれと俺のローブの下へ。腹にしがみ付いたと思ったら眠ってしまった。
 見た目は大きくて恐ろしげに見えるクレイだと言うのに、村の子供らは臆せずクレイに飛びついている。新たなる移動ジャングルジムを見つけたようだ。子供もたくましいな、この村は。
 クレイが子供らの相手をしてくれるのなら、俺は先に別件を済ませてしまおう。

「ブロライト、エルフの郷に行ってもいいかな」
「うん? 行くことは簡単じゃが、何をする」
「柵に使えそうな木材を買わせてもらいたいんだ」

 エルフの郷ヴィリオ・ラ・イは、腕の良い木工職人がたくさん在籍している。同時に良質な木材の宝庫でもあった。
 リベルアリナが守護する神聖な森には、他の地には決して生えることのない頑丈な樹がぼこぼこある。一本一本が大きすぎるから、空を覆い隠し太陽の光を遮ってしまうそうだ。光を遮ってしまうと魔素が滞り、樹々が育たなくなる。樹が多すぎるところは本数を制限し伐採、適正に育つよう調整する。ここらへんは地球の林業と同じだな。
 リベルアリナの守護する森では、邪魔な樹が勝手に腐ってしまうそうだ。腐って倒れ落ちないためにも、前もって選別するのが戦士長でもあるリルカなんとかクウェンテールの仕事。
 そのクウェンテールが言っていたんだ。木材が欲しくなったらいつでも譲るから言えと。
 詳しく説明しなくてもブロライトは即座に察したようで、深く頷いた。

「郷への道を作るには森の奥へと赴かねばならぬが」
転移門ゲートで行くからいいよ。あの家の後ろから行こう。クレイ、ちょっと離れるから後はよろしく!」
「はああっ!? ちょっ、待てい! 俺を、置いていくな!」
「おいちゃん、高く投げてー」
「あたしも投げて! 投げて!」

 ベルカイムの子供たちからは遠巻きに見られていたクレイが、トルミ村の子供たちにここまで慕われるとは。いいことだ。とても、いいことだ。子守はクレイに任せよう。
 俺は熟睡するビーを肩に担ぎ、ブロライトは爽やかな笑顔で朽ちた家屋の裏へと移動。転移門ゲートを作ってあっという間にエルフの郷へ。
 ブロライトの移動術だと森の中に出るが、俺の転移門ゲート地点ポイントのある場所へと出る。オレンジダイヤが浮かぶちょうど真下、祭壇らしきところに地点ポイントの魔石は飾られていた。
 転移門ゲートから出てきた俺たちに気づいたのは、元気よく走り回っていたエルフの子供。その肌の色は、なんと褐色だった。
 子供はブロライトに飛びつき、ケタケタと笑う。

「べるばれーたさま!」
「ギャヴラック、変わりないようだな。うん? またお前が鬼なのか?」
「そうなの。でもすぐみつけるよ。ぼく、みつけるのとくいだから」

 褐色の肌の少年は、家屋や木の陰に隠れている子供たちを追って走った。少年に見つかった子供たちは散り散りになって逃げる。その子供たちもまた、様々な肌の色、髪の色をしていた。

「なあブロライト、あの子供たちって」
「うむ。フルゴルの郷に住まう子供らじゃ。ヴィリオ・ラ・イと定期的に交流をするようにしておるのじゃ」
「お。頭の固かった連中を何とかできたのか」
「いいや、古きしきたりに縛られている者はまだおる。しかし、母上の、エルフの女王の命令には誰も逆らうことなぞできぬのじゃ」

 そう言ってブロライトは悪戯いたずらっ子のように笑った。
 つまりが無理やり命じた、ってことなのかな。だけど、そうでもしないとエルフの血脈は途絶えてしまう。時には強引におきてじ曲げることも必要だ。
 ブロライトの案内に従って木材の保管庫へと移動。保管庫といっても、大樹の側に大木が山となって積まれているだけだった。

「ヴェルヴァレータ様! お帰りでございましたか! おっ? それなるはタケルではござらんか!」
「こんちはー」

 巨木の上に乗って手を振るのは、特製馬車を作るときに世話になった木工職人、ペトロナだ。
 彼女は短髪の健康的な女性。アポルナ・ルト大陸から流れてきた外エルフであり、フルゴルの郷からヴィリオ・ラ・イに移り住み、木工職人としての腕を磨いている。

「久しく……でもないが、此度こたびは何用だ? 馬車の調子が悪いのか?」

 音もなく巨木から降り立ったペトロナは、ブロライトに一礼をしてから腰に下げていた布で額の汗を拭った。
 若々しく見えるが、ペトロナはエルフの郷のギルドマスターであるサーラさんと同い年らしい。女性に年齢を伺うのは大変失礼で命知らずなことなので、知らないまま。

「いいや、馬車の調子はすこぶるいいよ。あの馬神様はいつも上機嫌で馬車を引いている」
「そうか。それは良かった。それならば、何をしに参ったのだ」
「ここにある木材をいくつか買わせてもらいたいんだ」
「買うなどと。貴殿は我が郷とエルフの未来を守りし恩人。好きなだけ持っていくが良い」
「いやいや、そんなわけにいかないって。ただでさえあんな豪華なすんごい馬車をタダでもらったっていうのに、これ以上何かもらうとか怖くて嫌だ」

 馬車の代金だって支払うって言ったのに、サーラさんが静かに怒って料金を突っ返したのだ。美人が沈黙すると怖いんだからな。
 木材を買わせてもらうだけでもありがたいんだ。エルフが切ったリベルアリナの恩恵を受けている木だぞ? 馬車の材料にもなった、頑丈で燃えにくくて腐りにくくて長持ちする、市場には決して出回らない特別な木。きっと立派な柵ができるはずだ。

「相変わらず妙な遠慮をする男だな。しかし、木材を買うて如何にする」
「ええと、村を囲う丈夫な柵を作ったり、チームが滞在する家を作ったり、それから風呂……」
「何? 何処に作るのだ。誰が作るのだ」
「えっ」
「木を加工する専門の職人はおるのか? 大工は? ガナフの木の扱いは知っておるのか?」
「ええと、アシュス村でクレイは柵を作る手伝いをしていたからそれで」
「素人なのだろう? 素人にこの木を扱わせてなるものか! ガナフの木は扱いが難しいのだ! 何処だ。何処で作る。わたしを連れてゆけ!」

 ペトロナに胸倉を掴まれ、すごい力で引き寄せられ、怒鳴られた。どうしてこうなった?
 助けと説明を求めてブロライトを探すが、ブロライトは子供らに交じって全力で鬼ごっこ中。あんにゃろう。

「ラケール、トニア、ティーデ、それからヘルブラントとクラースも来い! タケルに屋敷を作るのだ!」
「ちょっと待って落ち着いて、慌てないで話を聞いてくだ、くださ」

 ペトロナの号令で若いエルフたちがわらわらと集まる。若いといっても立派な木工職人や、飾り職人、大工など。馬車を作ってくれた腕利きの面々が勢ぞろいだ。

「さあタケル! 我ら木工職人と大工の名誉に懸け、貴殿の満足する屋敷を作り上げるぞ!」

 だから待ちなさいって。
 エルフ一行たちを落ち着かせ、まずはペトロナにトルミ村まで転移門ゲートで来てもらい、村を囲う柵を作るための見積もりを取ってもらうことにした。
 ペトロナは木工職人ではあるが、同時に家屋も建てることができる。トルミ村に着くなり風のように走り回り、あっという間に、木材が何本必要でどのくらいの日数がかかるか計算してしまった。
 その素早さはトルミ村の住人の目には留まらなかったらしく、彼らは「ちょっと強い風だなあ」としか言わなかった。エルフすごい。
 再びヴィリオ・ラ・イへと戻った俺とペトロナは、必要なぶんだけの木材を運ぶことにした。もちろん、俺の何でも受け入れてくれる鞄にぽいぽいと入れるだけ。あんなでっかい木材やら加工前の巨木やら、いちいち担いで運ぶのは面倒だからな。
 そうして必要なぶんだけの木材に見合う金額を無理やりペトロナに持たせると、ペトロナは渋々受け取り、郷にいる全ての木工職人らに声をかけてしまった。腕利きの職人をそんなに動員するだなんてと断ったのだが、誰も聞き入れてくれず、全員でトルミ村へと赴くことになった。
 何故かクウェンテールとブロライトのお兄さんのアーさんが付いてきた。もう突っ込むのも疲れる。


「……待って。なにこれどういうこと? えっ? 俺がトルミ村を離れていたのって、一時間くらいだよな」

 トルミ村へとエルフの大軍を連れ帰った俺が目にしたものは、村を覆うように生えた美しい白い花を咲かせる木々。こんな木、トルミ村の何処にも生えていなかったはずなのに。
 おまけに空地あきちには見事な花畑。村で大切に育てている作物は、生き生きとした姿に変わっていた。

「タケル、どうなっておるのだ!」

 全身に子供をびっしりと乗せたクレイが声を荒らげる。その迫力はすさまじいものがあるのに、子供らはキャッキャと大爆笑。こりゃかなり懐かれたな。
 クレイが言うには突然緑が地中からもりもりと生えだしたかと思えば、またたく間に成長。あっという間に家屋の高さほどに成長し、綺麗な白い花を咲かせた。
 こんな魔法のような真似ができるのはただ一人。人じゃないけど、思い当たる原因はアイツだけ。


 ――いやああんっ! エルフの子たちも連れてきたのネッ? これは楽しくなりそうだわ!


 中空を踊る緑のゲテモノ。
 すいすいと泳ぎながら風に舞う白い花びらを全身に浴びていた。
 緑のもやもやを見たエルフたちは、その場に膝をついて頭を下げた。

「……あの、何をしたの」

 ――うふふふん、ここらへん殺風景でしょう? アタシ、緑が少ないところはキライなの。だからちょっとだけ大地に眠るアタシの眷属けんぞくささやいたダ・ケ。うっふふふふふ! 素敵でしょう?
 ばちこーんとウインクを決めたリベルアリナは、エルフ軍団の中にアーさんを見つけ、喜びながら飛んでいった。
 温泉を真面目に探してくれているのか不安になるが、確かに村の風景は一変した。村人たちはさすがに異変に気づき、不安そうに辺りを眺めている。おまけに古びた家屋の後ろから、大量のエルフたちが現れたのだ。あ、村長また倒れちゃった。ほんと申し訳ない。

「タケルッ! てめっ、こりゃどうなっていやがんだ!」

 はい雑貨屋のおっさん、ジェロム登場。その言葉、俺も叫びたい。
 ジェロムに説明をする前にエルフたちは一斉に立ち上がり、それぞれ四方へと散っていった。少し前までは「人間などと」なんて侮蔑ぶべつしていた一族だというのに、ここが人間の村だということを忘れたかのように飛び回っている。もう笑うしかない。

「ええと、伝手つてを頼って村の改造計画を手伝ってもらおうかと思ったらこうなった。アハッ」
「はあああ?? テメェ、エルフの連中と知り合ったのか!?」
「知り合ったというかブロライトの……」
「タケル! ここいらに木材を出しても構わぬか!」

 張り切ったペトロナが鼻息荒く空地を指さしている。ちょうど花畑になっていない、平らな場所だ。


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