素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

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5巻

5-14

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「あーっと、えーっと、ジェロム、あの場所ちょっと借りてもいい?」
「そりゃ構わねぇが……」
「ペトロナさーん! そこでいいってー!」
「いや、説明をしやがれ!」
「柵を直すって言っただろ? それから、チームの拠点を作るって」
「だからってエルフに手を借りるか? 信じられねぇ」
「借りるつもりはなかったんだよ。エルフたちが持っている木が欲しくてさー」

 やいやいわめくジェロムを引き連れ、空地の中央へと向かう。
 鞄を地面に置き、頭ごと両腕を突っ込んで木材の一つを取り出した。一部分が頭を出せば、後はエルフの剛力ごうりきで巨木を持ち上げてしまう。
 鞄の中からなく出てくる木材を見るなり、ジェロムは目を見開いて口をぱくぱくさせ、震える声で言った。

「エルフの……木? いや、まさか、おまっ……」
「どしたの」

 ジェロムの様子があまりにも可笑おかしかったので声をかけたんだけど。

「そりゃあ、ランクAのガナフの木じゃねぇか!」

 なにそれ。


 + + + + +


 柔らかな日差しの中、肌をくすぐる風に涼しさを感じる。
 俺は膝の上で警戒心のかけらもなく大の字で眠り続けるビーの腹を撫でながら、素早い動きで走り回るエルフたちを黙って眺めていた。
 木材を加工するのも運ぶのも素早すぎて、まるで二倍速の映像を見ているようだ。きっと村人たちには暴風が吹き荒れているとしか思えないのかもしれない。
 隣には放心状態のジェロム。俺たちは村の小高い丘に二人で大人しく体育座りをし、成り行きを静かに見守っている最中。
 手伝うって言ったのに、邪魔すんなってエルフたちに追い出されました。あれぇ。
 村のあちこちから聞こえてくる木を叩く音と、賑やかな声。

「……なあ、タケルよぉ」
「なんだろな」
「オメェ、トルミを出てベルカイムに行ったはずだよな? それが、どうしてエルフの連中と知り合うことができたんだよ」
「話すの? 話すと長いけど」
「時間ならあんだろが」

 諦めの境地というか、ジェロムは遠い空を眺めながら掠れた声で聞いてきた。驚き騒ぐことに疲れ切ったのだろう。
 エルフたちが惜しげもなくトルミ村の柵として使っている木材は、市場では滅多に出回ることのない特別なものだった。リベルアリナが守護する森で採れた木なのだから、そりゃ貴重だなあとはぼんやり思っていた。だが、まさかのランクA。希少価値がとても高いらしく、木片だろうと木工職人なら全財産をはたいてでも手に入れたがる貴重な木材。
 ジェロムはなんてこったと仰天していたんだけど、俺にとってはただの木。使えるものは使えばいい。ちゃんと金を払っているのだから、文句は言わせないと反論したら問答無用でジェロムに頭を叩かれた。俺が支払った額の百倍の値段がついてもおかしくないと言われ、あら得した、なんて言ったらまた殴られた。理不尽。

「ベルカイムに着いて、冒険者登録をして、クレイと知り合ってさ」
「あの栄誉の竜王とどうやって知り合える」
湯屋ゆやにいたんだよ。古傷が痛むだのなんだの言い訳していたけど、ただの風呂好きのリザードマンてなだけ」
「ぷるるるるる……プピィ……」

 ビーの珍妙な寝息がはじまった。そろそろ起こさないと、夜に眠れなくなる。夜に目が覚めてしまったビーは、俺の眠りを邪魔するんだよ。寂しいとかなんとか言って、俺の顔面を舐めてくるのだ。
 俺の睡眠を妨害されてはたまったものじゃない。眠りの深いビーを起こすには、美味い飯の匂いに限る。

「おうおうっ、それで、どういう経緯でチームになるんだよ。ええっ? オメェ、わかってんのか? 栄誉の竜王ってぇのはな、伝説の竜騎士ドラゴンナイトと言われて」
「はいはい、夕飯の後に気力が残っていたら説明するから」

 ジェロムの長くなりそうな話を遮り、ビーを担いで立ち上がる。
 トルミ村の全員とここに来ているエルフ全員分の夕飯となると、相当な量だ。既にトルミ村の住人たちは、突然姿を現して黙々と柵の修復を続けるエルフたちに、夕餉を振る舞おうと奮闘しているはずだ。俺も微力ながら手伝わなければ。
 鞄の中には様々な食材が眠っている。大食いがそろっている蒼黒の団が半年は食い繋げられるだけの、膨大な量。

「ジェロム、雑貨屋にあるでかい鍋を買わせてくれ」
「は? いきなり何を言い出す」
「ほら、前に俺に押しつけたろ? これ。これと同じか、大きければ大きいほどいいんだ」

 鞄の中から巨大な寸胴鍋ずんどうなべを取り出すと、ジェロムは合点がいったようで頷いた。
 ジェロムはベルカイムとの商人の付き合いで押しつけられた鍋がいくつかあると言い、自分の店へと走っていった。
 落ち合う場所は宿屋。あそこなら酒場があるし、宿屋の前の広場にはリベルアリナのおかげで緑の絨毯じゅうたんが広がっている。地面の上に直接座っても気にならないだろう。
 俺は宿屋へと向かい、女将のコンフィアと料理長である旦那だんなさんに挨拶。既に夕餉の支度がはじまっていた。酒場の席は全て台所へと変化しており、あちこちからいい匂いが漂っている。

「ピュ? ピュィ」

 ビーが寝ぼけまなこをこすりつつ覚醒。よしよし。
 主に女性数人が食事の支度をしているが、料理が得意な若い男性の姿も見られる。
 いくら結界バリア魔道具マジックアイテムで美味い肉、じゃなくてモンスターの肉が獲れたとしても、数は限られているだろう。
 巨大な肉を切りさばく宿屋の女将おかみを見つけ、周りの騒音に負けないくらいの声を上げた。

「女将さん、俺も食材出すから何でも言って! 肉も海水魚も淡水魚も野菜も野草もキノコもたくさんあるから!」
「そうかい? それじゃあ、デンドラの葉はあるかい? 皿が足りないから、それを使わせてもらうよ!」
「あるよー!」
「それから、アンタが採取する野草だね! アンタのは格別だからさ!」
「はいよー!」

 鞄の中から殺菌作用のある大きな葉を取り出す。清潔クリーン済みなので安心安全。
 今まで訪れた森で採取してきた野草も、大量に取り出した。

「タケル、海の魚があるって本当? アタシ、海の魚って食べたことないの」
「あたしも食べたことない!」

 ふふふん、干物も生魚も生貝も、何でもござれ。
 リザードマンの郷に滞在していたときからトルミ村に一度帰ることは計画していたんだ。是非とも刺身の美味さを味わっていただきたい。

「ビー、そこらへんで子供らと遊んでいるブロライトとクレイを呼んできてくれ。刺身を作らせる」
「ピュイ!」

 数百人分の夕飯となると、その数は膨大だ。マンモス学校の給食室ってこんなもんかな、と想像しながら大きめのテーブルを貸してもらう。
 まな板と包丁を取り出し、デンドラの葉を重ねる。刺身もいいが、フライもいいな。確か白身魚もあったはず。
 子供らと遊んでというか遊ばれた感じのクレイが、げんなりとした顔でやってきた。ブロライトはまだまだはしゃぎ足りないらしく、だが調理中の部屋に入らせないよう追いかけてくる子供らに言い聞かせていた。

「……タケル、もっとはよう呼ばぬか」
「珍しく子供らに好かれていたから、嬉しいのかなと」
「子供というのは……疲れぬのか? 幾度空に投げても、次も次もとねだりおる」
「はははは。元気いいよな。だけど、疲れたときはあっという間に寝るんだよ。電池が切れるみたいにぴたっと」
「でんち?」
「魔石の効力が切れるみたいなもん」

 例えるにしても上手いこと言ったなと自画自賛していると、調理をしていた面々の視線が俺たちに集まっているのに気づいた。
 酒場兼調理場と化したところに突如現れたリザードマンとエルフ。クレイはドラゴニュートだが、説明が面倒なのでリザードマンということにしている。

「タケル、客人は手伝うことないよ。外で休んでいておくれ」

 女将が不安そうに、だけど頬を赤らめ二人をチラッチラ見ながら言う。
 だがしかし、そんな遠慮はいらない。

「蒼黒の団のモットーは、働かぬ者食うんじゃない。剥いたり切ったりしかできないけど、腕は確かだから」
「でも、長旅で疲れているだろう?」

 ぶっちゃけ疲れていないんだよ。快適無敵の馬車の旅。振動を一切感じない馬車の御者台に座るか、自室のベッドで横になって本を読んでいるか、ビーと童謡の合唱で遊んでいるか。
 女将と俺が問答をしている間にクレイとブロライトはテーブルの上に並べられた調理器具を見、それぞれ愛用の包丁を手にした。説明せずとも俺の意図はわかったらしい。
 ここからは時間との闘い。鞄の中は時間が止まっているから鮮度は落ちないが、外に出した瞬間から魚の旨味は落ちていく。いかに素早く一口大に切り、再び鞄の中に入れるまでが勝負だ。
 ダヌシェで刺身の美味さの虜となった俺たちは、このチームプレイを編み出した。
 不安そうな女将たちに少し離れるように言い、準備は完了。

「行くぞ!」
「「応!」」
「ピュイ!」

 合図と共に巨大な魚を二匹、鞄から取り出しクレイとブロライトに投げつける。

「はいっ!」
「でりゃあ!」
「おりゃあ!」
「ピュ!」

 宙を飛んだ巨大魚は見事な放物線を描き、テーブルに落ちる前に目にも留まらぬ包丁さばきであっという間に細切れに。細切れになった刺身は一つ残らずビーが用意したデンドラの葉の上に並び、美しい輝きを放って着地。

「はい次!」
「任せるのじゃ!」
「どりゃあ!」
「ピュ!」

 これは連携が命なのだ。
 それぞれがそれぞれのリズムを崩さず、的確に獲物を仕留める。俺は魚を投げるだけなんだけど。
 デンドラの葉いっぱいになった刺身はビーが運び、魚を出すタイミングを狙って俺の鞄の中へ。この連携を完成させるまでにどれだけの刺身が犠牲になったことか。いや、清潔クリーンで綺麗にして美味しくいただきましたよ。
 魚の頭と骨はアラ汁に使うので鍋の中へ。

「すごいね!」
「あはははっ! こりゃあ、まるで旅芸人の軽業かるわざを見ているようだよ!」

 周りで心配そうに見ていた面々も、いつの間にか手を叩いて喜んでいる。見ているほうは楽しめても、やっているほうはかなり真剣なのです。
 巨大魚一匹で百人の腹は満たされるだろう量だ。トルミ村住人全員に行き渡るぶんと、それにかけるして五。エルフはあれだけシュッとした美しいスタイルを保っているくせに、信じられないほどの大食い。そんなわけで、とにかく量が多くなってしまう。
 エルフも生魚を食べる習慣はないらしいが、カニを生で食えるんだ。きっと生魚も気に入ってくれるはず。
 プニさんがいれば切った刺身を鞄に入れる役を与えたのに、何処まで行ったんだあの馬神様。
 巨大魚を二十匹ほど刺身にすると、次はキエトのネコミミシメジの出番。こいつもデカいから手分けして下ごしらえ。

「タケル、このキノコはどうするんだい」
「それは手で簡単に裂けるから、裂いたら炒める」
「あたしでもできるかい? 手伝うよ」
「あたしも手伝う!」

 クレイには続いて肉をさばいてもらい、ブロライトには野菜と野草を混ぜたサラダを作らせる。食事はバランスよく食べましょう。
 デザートはベルカイムで買ったロゴの実と、スイートポテト。大判焼きとじゃがバタ醤油も出してやろう。鞄の中にはそれでもまだ食材が保存されている。俺はどんだけ保存しているんだと改めて思った。
 店から大きな鍋を運んでくれたジェロムに礼を言い、値段を聞くといいから持っていけと言われた。店にあると邪魔で仕方がないらしい。後で地下墳墓カタコンベでもらった古い金貨をあげよう。
 調理長の旦那さんの手伝いをし、美味い海鮮スープも大量に用意。厨房の隅でコソコソと大量のスープのもとをいただいてしまったので、お返しにリザードマンの郷で手に入れた潤酒うるみしゅを大樽ごと差し出した。取引成立。
 厨房に顔を出したクウェンテールに声をかけられ、数人のエルフと共にヴィリオ・ラ・イへと戻った。エルフたちは夕餉の支度をしている俺たちに気づき、郷から大量の果実酒を提供してくれるようだ。ありがたい。
 夕餉の支度をある程度済ませ酒場の外に出てみると、家屋の後ろに立派な柵がそびえ立っているのがわかった。

「…………なにあの要塞ようさいみたいな柵」
「…………柵、とはもう呼べぬな。とりでを覆う防護壁のようだ」

 防護壁と聞くと物々しいが、圧迫感は感じられない。木で組まれた壁には、エルフお得意の独特な文様が刻まれていた。

「…………クレイさん、俺、あんなすごい壁作ってくれなんて一言も言ってませんよ」
「…………エルフどもに妥協の言葉はないのであろう。頼まれた仕事は全力を尽くすのが、一流の職人というものだ」
「TPO……って言ってもわっかんないだろうなあ」

 だからって、あんなの辺境の端っこのド田舎に必要ないだろうが。今まで見てきたどの町より立派な柵。いや、防御壁。
 エルフたちは嬉々として仕事をしている。ヴィリオ・ラ・イでは無表情に思えたエルフたちが、トルミ村の住人と交流するにつれ警戒心が解けていったようだ。何百年も引きこもりをやっていたエルフたちに辛いことを頼んだかもしれないと思っていたけど、取り越し苦労だったな。
 元来エルフは好奇心旺盛おうせいな種族だ。人のいい世間知らずなトルミ村の住人の優しさに触れ、多少なりとも『外』に興味を持ってくれたのかもしれない。
 トルミ村の住人はヴィリオ・ラ・イに行けないかもしれないが、ヴィリオ・ラ・イやフルゴルの郷の住人がトルミ村に来るぶんには問題ないだろう。転移門ゲートを固定して、俺がいなくても選ばれた人だけ通れるようにできないかな。
 そんな考えをしていると、ハイエルフの腕に抱かれたまま俺たちに近づくちびっこエルフ。

「タケル殿、柵は数日中には完成するようだ」

 全身泥とホコリにまみれ、それでも爽やかに笑うアーさんが状況報告をしてくれた。アーさんまで何やってんの。
 いつも着ていた長いローブは早々に脱いでしまったようで、今では簡素な長袖長ズボンで動き回っている。アーさんの側用人そばようにんであるハイエルフたちも、そろって泥だらけ。

「えええと、アーさん、あのですね、あそっこまで立派なものをこさえてくれるとは、想定外っていうか想定以上と言いますか」
「何を言われる。我が種族を救いし恩人の故郷を守るため、我が一族の持てる力を全て使うのは決して惜しいことではござらぬ」
「んー、んー、ありがたいですよ? うん、すっごくありがたいです。でもあの壁は、立派すぎませんか!」
門扉もんぴの鍵は腕の良い鍛冶職人に頼みたいのですが、我が郷に滞在されているドワーフの職人はヴォズラオに一時帰宅されているのですよ。タケル殿、柵に見合う鍵を造り出せる職人をご存知ありませぬか?」

 いる。
 思い当たる。
 俺にとって鍛冶職人といえば、あのおっさんしか思いつかない。
 だがしかし、これ以上とんでもないもんを造られても困るんだよな。だけど鍛冶職人と言えばグルサス親方しかいないんだよ。
 グルサス親方はアルツェリオ王国が認めた一流の鍛冶職人。
 辺境のド田舎の村を守る門扉の鍵を造ってくれ、なんて頼めるだろうか。


 + + + + +


「あぁん? こんな錆がつきやがった甲冑なんざ着やがって、オラオラッ、とっとと脱げ! そっちのお前もだ! 手入れがなってねぇんだよ! テメェら炉に火を入れやがれ! 動け動けぇっ!」

 陽も暮れかかった夕飯時。
 トルミ村に響き渡る大怒声。
 あー、この感覚久しぶりだなぁと思いつつ、そっと両耳を両手で塞いだ。


 腕のいい鍛冶職人をとエルフの郷、ヴィリオ・ラ・イの執政官でもあるアーさんに頼まれて紹介したのが、グルサス親方。
 グルサス親方はアルツェリオ王国一の武器鍛冶職人。俺としては、グルサス親方に他の鍛冶職人を紹介してもらおうと思ったのです。ええ、多忙な鍛冶職人にぺろっと依頼ができるほど図々しくはないんですよ俺。
 転移門ゲートでベルカイムにある宿屋の俺の部屋に戻り、食後の果物を屋台村で買い込み、その足で職人街へ。
 突然現れた俺にペンドラスス工房の面々は大歓迎をしてくれた。やれ茶を飲め、やれ何処へ行ってきたんだ話を聞かせろと詰め寄られ、さてどうするかと困っているところへグルサス親方の怒号。
 鼓膜に響く親方の怒鳴り声にクラクラしていると、やっと俺が工房を訪れた理由を聞いてくれた。
 ルセウヴァッハ領の一番端っこにあるド田舎の村を少しだけ整備しているのだが、村を守るための、門扉の鍵を造る職人を探している。親方は忙しいだろうから、誰かを紹介してほしい――と、言ったのだが。

「腕のいい職人、だぁ? ……そんなの、ベルカイムにゃ俺しかいねぇだろうが! ああんっ? テメェ、馬鹿か? この俺に、腕のいい職人を、紹介しろ、だと? 舐めやがってこのクソ野郎。何処の門扉だ! 俺を連れていきやがれ!」

 グルサス親方は、辺りにツバをまき散らして怒鳴った。俺の言葉の何が気に食わなかったのか。職人って難しい。
 そんなわけで、グルサス親方をはじめ、面白そうだと話を聞きつけたペンドラスス工房のドワーフたちと。

「アタシも連れていっておくれよ! ここ十年ずっとベルカイムの中で過ごしているんだ。頼む、贅沢は言わないし親方の手伝いをするだけだ。アタシもアンタの故郷に行きたい! 連れてけ!」

 猫獣人のリブさん。
 リブさんの気性は完全にグルサス親方譲りだな。ははっ。
 必要な道具をそれぞれ背負い、ぞろぞろと人気ひとけのない裏路地へ。ドワーフが七人と獣人一人を連れ、転移門ゲートを使ってあっという間にトルミ村に到着。
 既に村を囲む柵、というか城壁というかなんというか、ともかくやたら立派な柵が三割ほど完成していた。エルフの仕事、はんぱない。
 旅慣れた猛者が多いドワーフ族は転移門ゲートに大して驚きもせず、人間の村にエルフ族が大量にいることにも動揺しなかった。
 小規模とはいえ、今度はドワーフの軍団が現れたのだ。もちろんトルミ村の住人とエルフたちは仰天したが、俺が同行しているのを確認すると、「あ、またアイツなんかしやがった」という顔で納得。
 グルサス親方はトルミ村の様子をじっとりと眺め、警備兵であるマーロウさんの錆だらけの甲冑を見て怒った。鍛冶職人としては、その甲冑は許せないらしい。
 鼻息荒く大声を張り上げる親方を、必死に落ち着かせる。

「親方、親方、もう日も暮れるから、仕事は明日からでもよくない?」
「ああんっ?」
「腹減っちゃってるんじゃない? エルフの皆もトルミ村の皆も、きっとお腹すいていると思うんだよねー。うんうん」
「ピュイピュイ」

 今すぐにでも連れていけと親方に軽く脅されたから連れてきたけど、村では既に夕餉の支度がはじまっている。
 村の中央にある芝生のような緑の絨毯の上に、様々な料理が並んでいた。と、言っても俺が用意した魚の干物やパン、サラダといった常温でも食べられるものばかりだ。
 この後、俺の鞄の中に入れてある刺身やスープや煮物に炒め物が登場する予定。温かいものは温かいまま食べたいため、作ってすぐに俺の鞄に保管させてもらったのだ。
 村人たちは俺の鞄は便利だなと言うだけで、世の中には不思議なものがあるんだね、見せてくれてありがとう、なんて穏やかに笑っていた。やっぱりいいな、この村の住人は。
 柵を眺めながらぽかんと口を開けていたら、アーさんが側近ハイエルフに抱っこされながらグルサス親方に近づいてきた。
 親方の前で地面に降りると、アーさんは丁寧に頭を下げる。

「タケル殿からお名前をお伺いしておりまする。わたくしはグラン・リオ・エルフが郷、ヴィリオ・ラ・イ執政、オーケシュトアージェンシールと申す」

 グルサス親方よりも目線が低い、見た目は子供のアーさんが右手をすっと差し出した。親方は顔をくしゃりと歪めて訝しんだが、右手をズボンの裾でごしごしと拭いてからアーさんの手を握った。

「おう、グルサス・ペンドラススだ。こいつらは俺の工房で働いている鍛冶職人だ。俺ほどじゃねぇが、腕利きばかりがそろっていやがるぜ」
「よろしくお願いいたしまする。此度こたびはわたくしの願いを聞き届けていただきまして、ありがとうございます」
「ふんっ、ありゃあガナフの木だろう。ンな貴重な木を辺境の田舎村に惜しげもなく使いやがって」
「タケル殿は我ら一族の恩人。その恩人の故郷をお守りするお手伝いをさせていただいておるだけ。名誉に思うことはあれ、惜しむなど、とんでもござらん」

 がっしりと握手を交わすと、グルサス親方はニッカリと笑った。

「はっはあ! アンタさんもタケルにでけぇ恩があるのか! 俺もな、恩があるんだよ! 俺が生涯働いても返せねぇような、でっけぇ恩がな!」
「はははは、我らは同じでございまするな!」
「あっはっはっは! ちげぇねぇ!」

 なんだか気が合ったみたい。
 二人は両手を取り合って、ぶんぶんと振っている。親方の力にアーさんが振り回されそうになっていたが、種族間戦争とか勃発しないで良かった。
 今すぐにでも炉に火を入れてしまいそうな親方を必死に宥め、まずは腹ごしらえをしてくれと頼んで落ち着かせた。
 土星の形をした太陽が山の向こうに完全に沈んでしまうと、街灯のないトルミ村は真っ暗になる。大きな月の眩い光はあるが、手元は暗くて何も見えない。
 そんなわけで唱えましたよ照光リヒルート。村を全てカバーできるだけの明かりを四つ作り出し、上空へと放った。昼間のように明るくなった村に大歓声がとどろいた。


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