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2巻
2-7
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8 青天の霹靂
それから数日後。
ベルカイムの職人街に、大量のイルドラ石が届けられた。
ドワーフ族が管理するリュハイ鉱山が再びイルドラ石の供給をはじめ、近々生産ラインが元に戻るとの一報に職人たちは手放しで喜んだ。鉱石が不足していたため生産を縮小していた冒険者用の武具も販売が再開され、職人街は朝早くから夜遅くまでトンカチの音が鳴り止まなかったそうな。
グルサス親方は無事に品評会用の剣を作成できたようだ。俺も見せてもらった。
白銀に青が入る美しい刀身の見事な剣だった。俺に遠慮することなくイルドライトをこれでもかと使ったらしく、渾身の作品が出来上がったとペンドラスス工房一同涙を流して喜んだ。俺もついでに胴上げされた。ドワーフの馬鹿力はんぱない。
どんな結果になろうとも、この作品を生み出せただけでも本望だと、生きていて良かったと親方は言った。
こっそり調査してみたら、親方が作り出した渾身の剣はランクAの結果が出た。イルドライトの魔素が影響しているらしく、強度も鋭さも一級品。これなら絶対に良い評価がもらえるはず。もし参加賞とかだったら、評価するヤツが間違っているんだ。
親方が王都での品評会を終えてベルカイムに戻ってきたらハサミを作ってもらおう。俺の手の型を取ってからデザインを決めるらしい。今から楽しみでならない。
カニ用フォークって作ってくれるだろうか……
+ + + + +
「召喚状?」
ドワーフ王国からベルカイムに戻って半月。
午後のひとときをギルドの酒場でのんびり中、ウェイドが仰々しい封蝋が施された白い手紙を差し出してきた。この世界で白い紙というのは高級品だ。それを使うことを認められた手紙とな。
「これで召喚獣でも呼ぶの?」
「その召喚ではない。封蝋を見る限り、ルセウヴァッハ家の紋だな」
「えーと?」
「領主からの呼び出しだ」
なるほど。
召喚状なんてもらったことがないからわからなかった。リヴァイアサンとか呼べるのかと期待したじゃないか。
貴族からの呼び出しってこんな仰々しいんだ。ギルドマスターのおっさんが領主からの呼び出しは無視するなと言っていたっけ。どうしよう面倒くさい。
「明日から腹が痛くなる予定が」
「くだらん言い訳などするな。なあに、領主のベルミナントは貴族といえども鼻持ちならぬ男ではない」
同席していたクレイが俺の後頭部をベシンと叩く。最近このひと俺に対して容赦なくなってきた。信頼の証だろうが、そのツッコミ、ビーの頭突きより痛いんだからな。
俺とクレイは無事にチームを立ち上げることとなった。その名も「蒼黒の団」。誰だ中二くさいって言ったヤツ。名づけたのは俺じゃない、クレイだ。俺提案の「素材集める会」は即行却下されたんだから仕方ないだろうが。
栄誉の竜王をチームリーダーに、チームメンバー俺。以上。
他にも是非チームに入れてくれとたくさんの候補者が出たが、そもそも俺もクレイもソロで気楽に動いていたのだ。チームの煩わしさはわかっている。気の置けない仲間ならともかく、見ず知らずの、明らかに報酬だけ目当てのヤツは論外だ。
ブロライトが戻ったら、チームメンバーにならないか誘ってみるつもりだ。
しかし現状では、前衛であるクレイと支援補助系である俺しかいない。ブロライトもばりばりの前衛職。ビーもどちらかと言えば前衛。パーティーバランスが最悪だ。せめて回復職が一人いればよいのだが、早々見つかるわけもない。
今のところ最強の盾にもなるクレイがいるから命の危機を感じるほどではないが、いつなんどき怪我をするかわからない。回復は使えるがやはり専門知識に乏しい俺としては、是非とも是非とも可愛いナースが仲間にならないかなとかなんとか思うわけだよ。できれば獣人希望。だってケモノ耳ナースは男子の憧れ、夢、希望。
召喚状を覗き込んでいたクレイが言う。
「む? 俺の名が連名になっておる」
「タケルがチームを組んだと領主の耳に入ってな。それならばチームごと招いてしまおうという計らいらしい」
召喚状に記載されていたのは「ギルディアス・クレイストン殿 タケル殿」。領主様が俺に何の用なんだと、ウェイドに促されるまま封蝋を開けた。
蒼黒の団 ギルディアス・クレイストン殿 タケル殿
スタヴロウ平野における貴殿らの活躍を称え、褒美を取らす。
以下の日程に領主屋敷に来られたし。
何コレ強制令状?
この日に来てくれると嬉しいな、じゃないの? この日に来なさい? 随分と高圧的だな。
しかし今更ゴブリン討伐の褒美とか言われても、あれもう一ヶ月以上前のことなんだけど。
「うーん? 褒美を取らせるってのはただの建前のような」
そう俺が言うと、クレイが苦く笑う。
「ふん、ドラゴンの幼生を見せてほしいと素直に書けば良いものを。これだから貴族は回りくどいのだ」
なるほどな。
ビーがいなければ俺に用なんてないはずだ。
「ピュー?」
「取り上げたりしないよな? 竜騎士じゃないからお呼びでないとか言われないよな?」
ドラゴンが神聖な生き物だということは理解している。未だにビーを見かけると拝んでくるベルカイム民がいるくらいだ。
そりゃ国が保護するのがいいかもしれないが、ビーは俺がボルさんから預かった特殊なドラゴン。古代竜だぞ? 国の預かりとなると、ボルさんとの約束を果たせない。ビーにいろいろな世界を見せろと言われたようなものだから、その約束は守りたい。
心配する俺を安心させるようにウェイドが告げる。
「そんなこと言うものか。領主にはそこまでの強制力がない。特にドラゴンに関してはドラゴンの意思を最優先させるのが慣わしだ」
「それならいいけど。もしも取り上げられることになったら逃げてやる」
「それだけはやめてくれ。そうならないようにギルドも支援させてもらうから」
俺にだって多少強みができた。俺がギルドに納める素材の数々は、質・量ともに群を抜いている。おかげでベルカイムで取引される回復薬は評判を呼び、王都の騎士団がわざわざ発注をかけるほどになっているのだ。もちろん、他の素材採取家の仕事を邪魔しないよう気をつけている。
俺が専門としているのは、あくまでも地味依頼。薬草・野草・きのこ等の食材採取だ。モンスターの素材採取や鉱石採取などは受注していない。依頼ではなく個人的には売っているが。それでもギルドにとって、俺は必要とされているわけだ。
クレイが言う。
「うむ。領主がビーを取り上げる魂胆だとしたら、俺もともにベルカイムを出る」
「海の近くで刺身を食うってのはどうだ」
「ピュイ!」
「お前たちはまたそんなゲテモノを食うつもりか」
失敬な。刺身の何がゲテモノだ。
チームを組んだ以上チームメンバーに迷惑はかけたくないが、止むを得ない事情というものもある。だが俺も覚悟の上だ。もしも反対にクレイが遠出しなければならない事情ができたら、俺も付いていくことにする。未だ見ぬ世界を見られるしな。
とにもかくにも明日の昼、領主の屋敷に行くことが決まった。ギルドに集合すれば、馬車で迎えが来るらしい。馬車で迎えとか絶対に目立つからやめてほしいんだけど、せっかくの厚意を無下にするなと。厚意も時にはありがた迷惑ってんだよ。
貴族の屋敷を訪れるのに普段着で良いのか悩んだが、別に余所行きの恰好をすることはないと思い直す。だって俺、冒険者だもの。無法者で荒くれで無知で無礼って言われている最低ランク冒険者だもの。特別なことなんてする必要ないよな。
「…………褒美ってなんだろな」
「報奨金だろう」
「金はいらんのだけど」
「そのようなこと言うでないぞ。あくまでも、領主の厚意は受けるものだ」
「貴族の風呂を見るのが褒美ってのは?」
「ふざけたことを申すな」
ローマ風呂みたいなのかなとか、猫足バスタブなのかなとか、夢は膨らむじゃないか。もしも何でも好きなものを、と言われたら風呂を見せてほしいとねだろう。できれば入りたい。入らせてもらえるだろうか。
翌朝、俺とクレイの身体と装備に清潔をかけて綺麗にする。特別な服など着なくても清潔にしていればいい。身体検査で鞄を取り上げられたとしても、この鞄の特殊効果によって自動的に戻ってくるから心配することはない。そもそも良識ある人間ならそんな失礼なことしないだろう。こんなでかい都市を統治している人間が、愚か者だとは思えない。
ギルドの前で集合時間前に待機していると、大通りを我が物顔でやってくる巨大馬車。黒塗りに金の装飾がされた無駄にゴテゴテビカビカしちゃっている馬車だった。しかも馬車を引く二頭の白馬は一角馬。いいな、あれ。
領主の屋敷に招かれるということは冒険者にとって憧れらしい。何で憧れになるのかと疑問に思えば、領主の後ろ盾がもらえるかもしれないからだと。後ろ盾っていうことは保証人とかパトロンのようなもの。無法者の冒険者も保証人がいれば信用面が強くなる。その代わり、保証人に迷惑がかからないよう気をつけなければならない。
サスペンションのない馬車は地面の凹凸がダイレクトに伝わる。ヴォズラオを目指す際にも馬車を利用したが、これは慣れるまでが大変だ。俺の身体は疲れにくいし頑丈だが、常に視界が揺れている状態というのは精神的に疲労する。
しばらくすると窓の外に流れる景色が変わる。
「ここからが貴族街だ」
「おお。はじめて来た」
「招かれない限り来ることはないからな」
町の最奥に位置する貴族街までは、中央大通りが真っすぐ延びている。だが、その前には強固な門が立ちふさがっており、特別な許可がない限り一般市民が入ることはできない。
御者が門の警備に許可証のような紙を見せると、警備は窓から俺たちの姿を確認して頷く。クレイも頷いていたから知り合いなのだろうか。よくわからんが俺も頷いておいた。
門の向こう側は印象がまったく違う。道は綺麗に整備され、馬車の揺れが軽減された。街灯が均等に並び、建物にはヒビ一つ入っていない。屋敷の一つひとつが広大で、その屋敷にも綺麗な緑の芝生と無駄に豪奢な噴水があった。屋敷に繋がる門の前にはゴツい警備員が配備されている。
ふと疑問に思ったのでクレイに尋ねてみる。
「ベルカイムに貴族は何人いるんだ?」
「領主だけだ」
「えっ」
「ここいらの屋敷は領主の家族や親戚だ」
「えっ」
親戚連中だけでこんな立派なお屋敷に住んでいるわけ? 何コレすっげぇ無駄、って思ったら駄目なのだろうか。貴族街って言うからあっちこっちに貴族がいるのかと思えば、貴族は領主だけ?
そりゃそうか。ベルカイムのあるルセウヴァッハ領を治めるのはルセウヴァッハ領主のみ。領主は確か伯爵だっけ。領内に、領主以外の貴族がごろごろいちゃおかしいわけか。
「領主の家族や親戚っていうのは、統治に関わっているのか?」
「そうだな。関わっている者もおる」
「関わっていない人は何してんの」
「商会をまとめている者や……何か事業をやっているとは思うが、すべてではないな」
ううむ、それが貴族とその親戚というものなのだろうか。
馬車の窓の外に見えるのは、庭先で優雅にお茶会を開いている金持ちたち。女性は膨らんだスカートのドレス、男性は燕尾服を着ている。まるで映画の撮影を見ているようだ。あれが貴族、いや貴族の親戚。ややこしいな。
「クレイストン様、タケル様、到着いたしました」
ギルドを出てから一時間ほど、やっと馬車が到着した。屋敷の門というところを通過してから十五分もかかった。どんだけ広い屋敷に住んでいるんだ。
「ケツが痛い気がする」
「ピュー……」
馬車は大きいといえども、俺とクレイの身体は規格外。クレイは身体を伸ばし、骨をゴキゴキ鳴らしている。俺も思いきり伸びをした。
馬車を降りて目に飛び込んできたのは、広大すぎる庭園。豊富な水を噴き上げる噴水。咲き乱れた花。整った植木。そして、白亜の大豪邸。
「城か!!」
「ルセウヴァッハ邸だ」
イギリスのヴィクトリアン・ハウスを彷彿させる豪華な屋敷。ていうか城って言うんじゃないのこれ。端から端まで何メートルあるんだ? 地上三階建て。中央にある塔らしきものは更に高い。領主の財源が豊富なのか、それとも由緒正しい家柄なのか、ただの見栄か。
重い扉の向こうから現れたのは、黒いタキシードを纏った老齢の紳士。執事? 本物の執事! ちょっと興奮する。
「ようこそおいでくださいました」
深々と頭を下げた老齢の執事は颯爽と俺たちを先導する。真っすぐな背筋に迷いのない歩き方はさすが執事。いや本物の執事を見たのははじめてだから比べようがないが、矍鑠とした佇まいにこっちが緊張してしまう。ドワーフ王国の謁見の間より緊張する。ちまこい王様相手に緊張とか無駄だったからな。
屋敷の中は美術館のようだった。どこもかしこもピカピカで、高価そうな調度品がさあ見てくれと言わんばかりに整然と並んでいる。毛足の長い真っ赤な絨毯は足音を消し、このまま横になって眠れそうなほどだ。高い天井にはゲンナリするほど立派なシャンデリア。掃除大変そうだなーと見上げ、蜘蛛の巣一つないことに驚いた。さすが貴族の屋敷は清潔だと内心喜ぶ。
「こちらでしばらくお待ちください」
これまた豪華な作りの扉を開いた先に、広い部屋。壁には何かのカミサマが描かれ、立派な裸体とふるちんを晒している。隠せ、葉っぱとかで。
金糸で刺繍されたソファーに座るよう促され、遠慮がちに腰掛ける。ギシリとも言わない頑丈なソファー。クッションふっかふか。
扉からそそそと現われたるは、黒いドレスに白エプロンの……
生 メ イ ド !!
メイド喫茶に通う趣味はないが、興味はあったメイドさん。「お帰りなさいゴシュジンサマ」はすべての男子の憧れではないだろうか。いや別に「萌え萌えニャン」をやりたいとは言わないニャン。
その生メイドさんが三人現れ、静かにお茶の用意をする。陶器の美しい茶器に注がれる茶色の液体……これそば茶じゃね? 皿に盛られた美味しそうな……大判焼き?
ファーストフラッシュの紅茶にスコーンとは言わないが、ちょっとイメージ違うんじゃないかこれ。
「巷で評判の焼き菓子です。どうぞお召し上がりください」
うん。
ありがたいけどこの大判焼き、提案したの俺だから。今でも屋台村に寄ると持っていけと言われ、無料でいただけるから。
クレイは言われるまま大判焼きをぽいぽいと口に入れ、もそもそと美味そうに食った。こういう場合、マナーとか気にしなくていいのかな。
前世で紅茶好きな顧客に教えてもらった午後の紅茶の楽しみ方。確かアフタヌーンティーには正式なマナーがあって、左手でソーサーを持って右手でカップを持つ。カップの絵柄も褒めるんだっけ? ……これ何の絵だ? 花? 枝? 蔦?
「ピューイッ」
ローブの下からビーが警戒しながら出てきた。大判焼きが食いたいのだろう。ビーの姿を見たメイドさんが目を大きく見開く。
うんうん、いいんだよ褒めても。うちの子可愛いから。
「そば茶は苦手だよな。魔……水飲むか?」
「ピュッ」
うっかりと魔素水と言いそうになったが、ばれたらいろいろまずいので堪えた。
ビー愛用の皿を魔素水が入った状態で取り出し、床に置いてやる。ついでに大判焼きもちぎって与えた。ビーは尻尾をふりふりしながら食べはじめる。そんな様子をクレイが不思議そうに見ていた。
「竜騎士の扱う飛竜は肉食だが、ビーは何でも食えるようだな」
「俺が食うものは食えると思う。刺身とか」
「……なぜ生で食おうとするのだ。そもそもどうしてカニを食おうと考えた」
「馬鹿言えカニだぞ? 最高のご馳走じゃないか」
「よほど腹が減っていたのだな」
「違います。カニが美味いことを知っていたのです」
「お前の先祖はなにゆえカニを食おうとしたのだ」
そんなん知らんがな。
クラゲだってナマコだってウニだって食ってきたのだ。しかも美味いということを知っている。そりゃ見た目はグロテスクかもしれないが、そこは先駆者に感謝したい。最初にカニを食った人は、死ぬほど腹が減っていたのだろう。動いているものならなんでも食ってやろうと思い、カニを発見したのだ。ありがとう勇者。
俺の嗜好なんて理解しなくてもいい。そのうちカニすいとんを実行してやる。あの肉が美味いとわかれば、クレイもカニ狩りに参戦してくれるはず。
「ピュ」
「ん?」
誰か来るようだ。
毛足の長い絨毯は足音を消してしまうが、ビーは気配を鋭く察知する。領主のお出ましかなと居住まいを正していると……
「ここね! ドラゴンがいるのは!」
ばたーんと。
扉を一気に開け放ったのは、ピンクのドレスにふりふりのリボンをつけた少女……と表現するにはだいぶ成熟した女性。カールさせた茶色い髪を振り、気の強そうな目を更に吊り上げている。綺麗な女性だとは思うが、いきなり騒ぎ立てるなんて、少々失礼ではないかな。
「見つけたわ! それがドラゴンの子供ね!」
お嬢様? らしき女性がズカズカと部屋に入り、ビーを指差す。
ビーは大判焼きを口にめいっぱい詰め込んでいる最中だったので顔がまるまるとしていた。お前それ面白いぞ。
「もっと賢そうな顔をしているかと思ったけどまあまあね。許してあげるわ」
あまりにもとっさのことで呆然としていた俺たちを、お嬢様らしき女性が高慢に見下ろす。初対面なのに挨拶もないわけ? 何でそんなに偉そうなの?
一応相手は貴族の親戚だかなんだかわからないが貴族関連だと思うから、マナーとして立ち上がる。ビーは慌てて俺のローブの中に避難してしまった。
「ちょっと! 隠さないでちょうだい! それはわたくしのドラゴンよ!」
はあ?
9 人を見て法を説け
ブラック・ノウビー・ヴォルディアスは、幼生ながら戦闘能力は俺よりも優れている。
戦闘センスと言うのだろうか。俺がいちいち指示をしなくても、思ったとおりに動いてくれるのだ。ただやはり判断が遅いときがあるので、今は補助的に指示をしている。
成長すれば親御さんであるボルさんのように巨大になり、雄々しくなり、世界を支える神様とやらになるのだろう。
それがいつになるのかわからない。だがそれまでビーの保護者は俺だし、今は大切な家族だ。ほんとうちの子まじ可愛い。
で、誰が誰のドラゴンだって?
お嬢様の名前は、ティアリス・マルケ・ルセウヴァッハ。数えで十四歳。十四歳! 出るとこ出て引っ込むところ引っ込んだ十四歳だこと。十四歳ならあのふりふりピンクドレスも納得だ。
この世界、マデウスでの成人は十八歳。十八歳でも十分子供だと思うが、早いものは十五歳で婚姻を結ぶ。十五歳で結婚とか考えられないよな……若くて十六歳で子持ち? うわあ。
「ドラゴンをペットにするなんて鼻が高いでしょう? お友達に自慢することができるわ。黒っていうのが美しくないから嫌だけれども、そこは許してあげないといけないわよね」
立とうとした中腰のままという間抜けた格好で、お嬢様の勝手な言い分を聞く。
このお嬢様どうしちゃったの? 誰がビーをあげると言いました?
「あのですね」
「誰が発言を許しましたか。野蛮な冒険者などと席をともにするだけでも汚らわしくて耐え難いと言うのに」
絹のハンカチで鼻を押さえるお嬢様。汚らわしいと言われても、たぶん貴女が今着ている裾の汚れたドレスより清潔ですよワタシたち。
いきなり現れていきなりビーをよこせだからなあ。失礼通り越してどうしちゃったのこの子、としか思えない。それともこれって不愉快だイイイイって怒るべき? でも相手は十四歳。
「早くよこしなさい。わたくしのドラゴンを」
「無理です」
「……何を言っているのかわからないわ」
貴女が何をトチ狂っているのかわかりません。
貴族ってこういう人種なのか。すべての貴族がコレだったら、さすがに国が崩壊するだろうから一部であり特殊事例であると信じたい。子供の我儘にしては貫きっぷりが尋常じゃない。誰かにもらえると言われたのだろうか。
「こいつは俺が卵から孵した大切な家族です。おいそれと渡すわけにはいきません」
ローブの下で隠れているビーは俺の腹に強くしがみつく。ビーは人が話す言葉を理解している。それに、俺が不愉快に思っているのを察しているのだろう。
「冒険者風情が何を言うのかしら。ドラゴンは高貴な生き物なのよ? わたくしのような由緒正しい育ちの者が持つべきだわ」
「持つとか持たないとか、ドラゴンはモノじゃありません。俺の家族です」
「ピュイ」
「まあ! 今鳴いたわね! 早くよこしなさいよ!」
それから数日後。
ベルカイムの職人街に、大量のイルドラ石が届けられた。
ドワーフ族が管理するリュハイ鉱山が再びイルドラ石の供給をはじめ、近々生産ラインが元に戻るとの一報に職人たちは手放しで喜んだ。鉱石が不足していたため生産を縮小していた冒険者用の武具も販売が再開され、職人街は朝早くから夜遅くまでトンカチの音が鳴り止まなかったそうな。
グルサス親方は無事に品評会用の剣を作成できたようだ。俺も見せてもらった。
白銀に青が入る美しい刀身の見事な剣だった。俺に遠慮することなくイルドライトをこれでもかと使ったらしく、渾身の作品が出来上がったとペンドラスス工房一同涙を流して喜んだ。俺もついでに胴上げされた。ドワーフの馬鹿力はんぱない。
どんな結果になろうとも、この作品を生み出せただけでも本望だと、生きていて良かったと親方は言った。
こっそり調査してみたら、親方が作り出した渾身の剣はランクAの結果が出た。イルドライトの魔素が影響しているらしく、強度も鋭さも一級品。これなら絶対に良い評価がもらえるはず。もし参加賞とかだったら、評価するヤツが間違っているんだ。
親方が王都での品評会を終えてベルカイムに戻ってきたらハサミを作ってもらおう。俺の手の型を取ってからデザインを決めるらしい。今から楽しみでならない。
カニ用フォークって作ってくれるだろうか……
+ + + + +
「召喚状?」
ドワーフ王国からベルカイムに戻って半月。
午後のひとときをギルドの酒場でのんびり中、ウェイドが仰々しい封蝋が施された白い手紙を差し出してきた。この世界で白い紙というのは高級品だ。それを使うことを認められた手紙とな。
「これで召喚獣でも呼ぶの?」
「その召喚ではない。封蝋を見る限り、ルセウヴァッハ家の紋だな」
「えーと?」
「領主からの呼び出しだ」
なるほど。
召喚状なんてもらったことがないからわからなかった。リヴァイアサンとか呼べるのかと期待したじゃないか。
貴族からの呼び出しってこんな仰々しいんだ。ギルドマスターのおっさんが領主からの呼び出しは無視するなと言っていたっけ。どうしよう面倒くさい。
「明日から腹が痛くなる予定が」
「くだらん言い訳などするな。なあに、領主のベルミナントは貴族といえども鼻持ちならぬ男ではない」
同席していたクレイが俺の後頭部をベシンと叩く。最近このひと俺に対して容赦なくなってきた。信頼の証だろうが、そのツッコミ、ビーの頭突きより痛いんだからな。
俺とクレイは無事にチームを立ち上げることとなった。その名も「蒼黒の団」。誰だ中二くさいって言ったヤツ。名づけたのは俺じゃない、クレイだ。俺提案の「素材集める会」は即行却下されたんだから仕方ないだろうが。
栄誉の竜王をチームリーダーに、チームメンバー俺。以上。
他にも是非チームに入れてくれとたくさんの候補者が出たが、そもそも俺もクレイもソロで気楽に動いていたのだ。チームの煩わしさはわかっている。気の置けない仲間ならともかく、見ず知らずの、明らかに報酬だけ目当てのヤツは論外だ。
ブロライトが戻ったら、チームメンバーにならないか誘ってみるつもりだ。
しかし現状では、前衛であるクレイと支援補助系である俺しかいない。ブロライトもばりばりの前衛職。ビーもどちらかと言えば前衛。パーティーバランスが最悪だ。せめて回復職が一人いればよいのだが、早々見つかるわけもない。
今のところ最強の盾にもなるクレイがいるから命の危機を感じるほどではないが、いつなんどき怪我をするかわからない。回復は使えるがやはり専門知識に乏しい俺としては、是非とも是非とも可愛いナースが仲間にならないかなとかなんとか思うわけだよ。できれば獣人希望。だってケモノ耳ナースは男子の憧れ、夢、希望。
召喚状を覗き込んでいたクレイが言う。
「む? 俺の名が連名になっておる」
「タケルがチームを組んだと領主の耳に入ってな。それならばチームごと招いてしまおうという計らいらしい」
召喚状に記載されていたのは「ギルディアス・クレイストン殿 タケル殿」。領主様が俺に何の用なんだと、ウェイドに促されるまま封蝋を開けた。
蒼黒の団 ギルディアス・クレイストン殿 タケル殿
スタヴロウ平野における貴殿らの活躍を称え、褒美を取らす。
以下の日程に領主屋敷に来られたし。
何コレ強制令状?
この日に来てくれると嬉しいな、じゃないの? この日に来なさい? 随分と高圧的だな。
しかし今更ゴブリン討伐の褒美とか言われても、あれもう一ヶ月以上前のことなんだけど。
「うーん? 褒美を取らせるってのはただの建前のような」
そう俺が言うと、クレイが苦く笑う。
「ふん、ドラゴンの幼生を見せてほしいと素直に書けば良いものを。これだから貴族は回りくどいのだ」
なるほどな。
ビーがいなければ俺に用なんてないはずだ。
「ピュー?」
「取り上げたりしないよな? 竜騎士じゃないからお呼びでないとか言われないよな?」
ドラゴンが神聖な生き物だということは理解している。未だにビーを見かけると拝んでくるベルカイム民がいるくらいだ。
そりゃ国が保護するのがいいかもしれないが、ビーは俺がボルさんから預かった特殊なドラゴン。古代竜だぞ? 国の預かりとなると、ボルさんとの約束を果たせない。ビーにいろいろな世界を見せろと言われたようなものだから、その約束は守りたい。
心配する俺を安心させるようにウェイドが告げる。
「そんなこと言うものか。領主にはそこまでの強制力がない。特にドラゴンに関してはドラゴンの意思を最優先させるのが慣わしだ」
「それならいいけど。もしも取り上げられることになったら逃げてやる」
「それだけはやめてくれ。そうならないようにギルドも支援させてもらうから」
俺にだって多少強みができた。俺がギルドに納める素材の数々は、質・量ともに群を抜いている。おかげでベルカイムで取引される回復薬は評判を呼び、王都の騎士団がわざわざ発注をかけるほどになっているのだ。もちろん、他の素材採取家の仕事を邪魔しないよう気をつけている。
俺が専門としているのは、あくまでも地味依頼。薬草・野草・きのこ等の食材採取だ。モンスターの素材採取や鉱石採取などは受注していない。依頼ではなく個人的には売っているが。それでもギルドにとって、俺は必要とされているわけだ。
クレイが言う。
「うむ。領主がビーを取り上げる魂胆だとしたら、俺もともにベルカイムを出る」
「海の近くで刺身を食うってのはどうだ」
「ピュイ!」
「お前たちはまたそんなゲテモノを食うつもりか」
失敬な。刺身の何がゲテモノだ。
チームを組んだ以上チームメンバーに迷惑はかけたくないが、止むを得ない事情というものもある。だが俺も覚悟の上だ。もしも反対にクレイが遠出しなければならない事情ができたら、俺も付いていくことにする。未だ見ぬ世界を見られるしな。
とにもかくにも明日の昼、領主の屋敷に行くことが決まった。ギルドに集合すれば、馬車で迎えが来るらしい。馬車で迎えとか絶対に目立つからやめてほしいんだけど、せっかくの厚意を無下にするなと。厚意も時にはありがた迷惑ってんだよ。
貴族の屋敷を訪れるのに普段着で良いのか悩んだが、別に余所行きの恰好をすることはないと思い直す。だって俺、冒険者だもの。無法者で荒くれで無知で無礼って言われている最低ランク冒険者だもの。特別なことなんてする必要ないよな。
「…………褒美ってなんだろな」
「報奨金だろう」
「金はいらんのだけど」
「そのようなこと言うでないぞ。あくまでも、領主の厚意は受けるものだ」
「貴族の風呂を見るのが褒美ってのは?」
「ふざけたことを申すな」
ローマ風呂みたいなのかなとか、猫足バスタブなのかなとか、夢は膨らむじゃないか。もしも何でも好きなものを、と言われたら風呂を見せてほしいとねだろう。できれば入りたい。入らせてもらえるだろうか。
翌朝、俺とクレイの身体と装備に清潔をかけて綺麗にする。特別な服など着なくても清潔にしていればいい。身体検査で鞄を取り上げられたとしても、この鞄の特殊効果によって自動的に戻ってくるから心配することはない。そもそも良識ある人間ならそんな失礼なことしないだろう。こんなでかい都市を統治している人間が、愚か者だとは思えない。
ギルドの前で集合時間前に待機していると、大通りを我が物顔でやってくる巨大馬車。黒塗りに金の装飾がされた無駄にゴテゴテビカビカしちゃっている馬車だった。しかも馬車を引く二頭の白馬は一角馬。いいな、あれ。
領主の屋敷に招かれるということは冒険者にとって憧れらしい。何で憧れになるのかと疑問に思えば、領主の後ろ盾がもらえるかもしれないからだと。後ろ盾っていうことは保証人とかパトロンのようなもの。無法者の冒険者も保証人がいれば信用面が強くなる。その代わり、保証人に迷惑がかからないよう気をつけなければならない。
サスペンションのない馬車は地面の凹凸がダイレクトに伝わる。ヴォズラオを目指す際にも馬車を利用したが、これは慣れるまでが大変だ。俺の身体は疲れにくいし頑丈だが、常に視界が揺れている状態というのは精神的に疲労する。
しばらくすると窓の外に流れる景色が変わる。
「ここからが貴族街だ」
「おお。はじめて来た」
「招かれない限り来ることはないからな」
町の最奥に位置する貴族街までは、中央大通りが真っすぐ延びている。だが、その前には強固な門が立ちふさがっており、特別な許可がない限り一般市民が入ることはできない。
御者が門の警備に許可証のような紙を見せると、警備は窓から俺たちの姿を確認して頷く。クレイも頷いていたから知り合いなのだろうか。よくわからんが俺も頷いておいた。
門の向こう側は印象がまったく違う。道は綺麗に整備され、馬車の揺れが軽減された。街灯が均等に並び、建物にはヒビ一つ入っていない。屋敷の一つひとつが広大で、その屋敷にも綺麗な緑の芝生と無駄に豪奢な噴水があった。屋敷に繋がる門の前にはゴツい警備員が配備されている。
ふと疑問に思ったのでクレイに尋ねてみる。
「ベルカイムに貴族は何人いるんだ?」
「領主だけだ」
「えっ」
「ここいらの屋敷は領主の家族や親戚だ」
「えっ」
親戚連中だけでこんな立派なお屋敷に住んでいるわけ? 何コレすっげぇ無駄、って思ったら駄目なのだろうか。貴族街って言うからあっちこっちに貴族がいるのかと思えば、貴族は領主だけ?
そりゃそうか。ベルカイムのあるルセウヴァッハ領を治めるのはルセウヴァッハ領主のみ。領主は確か伯爵だっけ。領内に、領主以外の貴族がごろごろいちゃおかしいわけか。
「領主の家族や親戚っていうのは、統治に関わっているのか?」
「そうだな。関わっている者もおる」
「関わっていない人は何してんの」
「商会をまとめている者や……何か事業をやっているとは思うが、すべてではないな」
ううむ、それが貴族とその親戚というものなのだろうか。
馬車の窓の外に見えるのは、庭先で優雅にお茶会を開いている金持ちたち。女性は膨らんだスカートのドレス、男性は燕尾服を着ている。まるで映画の撮影を見ているようだ。あれが貴族、いや貴族の親戚。ややこしいな。
「クレイストン様、タケル様、到着いたしました」
ギルドを出てから一時間ほど、やっと馬車が到着した。屋敷の門というところを通過してから十五分もかかった。どんだけ広い屋敷に住んでいるんだ。
「ケツが痛い気がする」
「ピュー……」
馬車は大きいといえども、俺とクレイの身体は規格外。クレイは身体を伸ばし、骨をゴキゴキ鳴らしている。俺も思いきり伸びをした。
馬車を降りて目に飛び込んできたのは、広大すぎる庭園。豊富な水を噴き上げる噴水。咲き乱れた花。整った植木。そして、白亜の大豪邸。
「城か!!」
「ルセウヴァッハ邸だ」
イギリスのヴィクトリアン・ハウスを彷彿させる豪華な屋敷。ていうか城って言うんじゃないのこれ。端から端まで何メートルあるんだ? 地上三階建て。中央にある塔らしきものは更に高い。領主の財源が豊富なのか、それとも由緒正しい家柄なのか、ただの見栄か。
重い扉の向こうから現れたのは、黒いタキシードを纏った老齢の紳士。執事? 本物の執事! ちょっと興奮する。
「ようこそおいでくださいました」
深々と頭を下げた老齢の執事は颯爽と俺たちを先導する。真っすぐな背筋に迷いのない歩き方はさすが執事。いや本物の執事を見たのははじめてだから比べようがないが、矍鑠とした佇まいにこっちが緊張してしまう。ドワーフ王国の謁見の間より緊張する。ちまこい王様相手に緊張とか無駄だったからな。
屋敷の中は美術館のようだった。どこもかしこもピカピカで、高価そうな調度品がさあ見てくれと言わんばかりに整然と並んでいる。毛足の長い真っ赤な絨毯は足音を消し、このまま横になって眠れそうなほどだ。高い天井にはゲンナリするほど立派なシャンデリア。掃除大変そうだなーと見上げ、蜘蛛の巣一つないことに驚いた。さすが貴族の屋敷は清潔だと内心喜ぶ。
「こちらでしばらくお待ちください」
これまた豪華な作りの扉を開いた先に、広い部屋。壁には何かのカミサマが描かれ、立派な裸体とふるちんを晒している。隠せ、葉っぱとかで。
金糸で刺繍されたソファーに座るよう促され、遠慮がちに腰掛ける。ギシリとも言わない頑丈なソファー。クッションふっかふか。
扉からそそそと現われたるは、黒いドレスに白エプロンの……
生 メ イ ド !!
メイド喫茶に通う趣味はないが、興味はあったメイドさん。「お帰りなさいゴシュジンサマ」はすべての男子の憧れではないだろうか。いや別に「萌え萌えニャン」をやりたいとは言わないニャン。
その生メイドさんが三人現れ、静かにお茶の用意をする。陶器の美しい茶器に注がれる茶色の液体……これそば茶じゃね? 皿に盛られた美味しそうな……大判焼き?
ファーストフラッシュの紅茶にスコーンとは言わないが、ちょっとイメージ違うんじゃないかこれ。
「巷で評判の焼き菓子です。どうぞお召し上がりください」
うん。
ありがたいけどこの大判焼き、提案したの俺だから。今でも屋台村に寄ると持っていけと言われ、無料でいただけるから。
クレイは言われるまま大判焼きをぽいぽいと口に入れ、もそもそと美味そうに食った。こういう場合、マナーとか気にしなくていいのかな。
前世で紅茶好きな顧客に教えてもらった午後の紅茶の楽しみ方。確かアフタヌーンティーには正式なマナーがあって、左手でソーサーを持って右手でカップを持つ。カップの絵柄も褒めるんだっけ? ……これ何の絵だ? 花? 枝? 蔦?
「ピューイッ」
ローブの下からビーが警戒しながら出てきた。大判焼きが食いたいのだろう。ビーの姿を見たメイドさんが目を大きく見開く。
うんうん、いいんだよ褒めても。うちの子可愛いから。
「そば茶は苦手だよな。魔……水飲むか?」
「ピュッ」
うっかりと魔素水と言いそうになったが、ばれたらいろいろまずいので堪えた。
ビー愛用の皿を魔素水が入った状態で取り出し、床に置いてやる。ついでに大判焼きもちぎって与えた。ビーは尻尾をふりふりしながら食べはじめる。そんな様子をクレイが不思議そうに見ていた。
「竜騎士の扱う飛竜は肉食だが、ビーは何でも食えるようだな」
「俺が食うものは食えると思う。刺身とか」
「……なぜ生で食おうとするのだ。そもそもどうしてカニを食おうと考えた」
「馬鹿言えカニだぞ? 最高のご馳走じゃないか」
「よほど腹が減っていたのだな」
「違います。カニが美味いことを知っていたのです」
「お前の先祖はなにゆえカニを食おうとしたのだ」
そんなん知らんがな。
クラゲだってナマコだってウニだって食ってきたのだ。しかも美味いということを知っている。そりゃ見た目はグロテスクかもしれないが、そこは先駆者に感謝したい。最初にカニを食った人は、死ぬほど腹が減っていたのだろう。動いているものならなんでも食ってやろうと思い、カニを発見したのだ。ありがとう勇者。
俺の嗜好なんて理解しなくてもいい。そのうちカニすいとんを実行してやる。あの肉が美味いとわかれば、クレイもカニ狩りに参戦してくれるはず。
「ピュ」
「ん?」
誰か来るようだ。
毛足の長い絨毯は足音を消してしまうが、ビーは気配を鋭く察知する。領主のお出ましかなと居住まいを正していると……
「ここね! ドラゴンがいるのは!」
ばたーんと。
扉を一気に開け放ったのは、ピンクのドレスにふりふりのリボンをつけた少女……と表現するにはだいぶ成熟した女性。カールさせた茶色い髪を振り、気の強そうな目を更に吊り上げている。綺麗な女性だとは思うが、いきなり騒ぎ立てるなんて、少々失礼ではないかな。
「見つけたわ! それがドラゴンの子供ね!」
お嬢様? らしき女性がズカズカと部屋に入り、ビーを指差す。
ビーは大判焼きを口にめいっぱい詰め込んでいる最中だったので顔がまるまるとしていた。お前それ面白いぞ。
「もっと賢そうな顔をしているかと思ったけどまあまあね。許してあげるわ」
あまりにもとっさのことで呆然としていた俺たちを、お嬢様らしき女性が高慢に見下ろす。初対面なのに挨拶もないわけ? 何でそんなに偉そうなの?
一応相手は貴族の親戚だかなんだかわからないが貴族関連だと思うから、マナーとして立ち上がる。ビーは慌てて俺のローブの中に避難してしまった。
「ちょっと! 隠さないでちょうだい! それはわたくしのドラゴンよ!」
はあ?
9 人を見て法を説け
ブラック・ノウビー・ヴォルディアスは、幼生ながら戦闘能力は俺よりも優れている。
戦闘センスと言うのだろうか。俺がいちいち指示をしなくても、思ったとおりに動いてくれるのだ。ただやはり判断が遅いときがあるので、今は補助的に指示をしている。
成長すれば親御さんであるボルさんのように巨大になり、雄々しくなり、世界を支える神様とやらになるのだろう。
それがいつになるのかわからない。だがそれまでビーの保護者は俺だし、今は大切な家族だ。ほんとうちの子まじ可愛い。
で、誰が誰のドラゴンだって?
お嬢様の名前は、ティアリス・マルケ・ルセウヴァッハ。数えで十四歳。十四歳! 出るとこ出て引っ込むところ引っ込んだ十四歳だこと。十四歳ならあのふりふりピンクドレスも納得だ。
この世界、マデウスでの成人は十八歳。十八歳でも十分子供だと思うが、早いものは十五歳で婚姻を結ぶ。十五歳で結婚とか考えられないよな……若くて十六歳で子持ち? うわあ。
「ドラゴンをペットにするなんて鼻が高いでしょう? お友達に自慢することができるわ。黒っていうのが美しくないから嫌だけれども、そこは許してあげないといけないわよね」
立とうとした中腰のままという間抜けた格好で、お嬢様の勝手な言い分を聞く。
このお嬢様どうしちゃったの? 誰がビーをあげると言いました?
「あのですね」
「誰が発言を許しましたか。野蛮な冒険者などと席をともにするだけでも汚らわしくて耐え難いと言うのに」
絹のハンカチで鼻を押さえるお嬢様。汚らわしいと言われても、たぶん貴女が今着ている裾の汚れたドレスより清潔ですよワタシたち。
いきなり現れていきなりビーをよこせだからなあ。失礼通り越してどうしちゃったのこの子、としか思えない。それともこれって不愉快だイイイイって怒るべき? でも相手は十四歳。
「早くよこしなさい。わたくしのドラゴンを」
「無理です」
「……何を言っているのかわからないわ」
貴女が何をトチ狂っているのかわかりません。
貴族ってこういう人種なのか。すべての貴族がコレだったら、さすがに国が崩壊するだろうから一部であり特殊事例であると信じたい。子供の我儘にしては貫きっぷりが尋常じゃない。誰かにもらえると言われたのだろうか。
「こいつは俺が卵から孵した大切な家族です。おいそれと渡すわけにはいきません」
ローブの下で隠れているビーは俺の腹に強くしがみつく。ビーは人が話す言葉を理解している。それに、俺が不愉快に思っているのを察しているのだろう。
「冒険者風情が何を言うのかしら。ドラゴンは高貴な生き物なのよ? わたくしのような由緒正しい育ちの者が持つべきだわ」
「持つとか持たないとか、ドラゴンはモノじゃありません。俺の家族です」
「ピュイ」
「まあ! 今鳴いたわね! 早くよこしなさいよ!」
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