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4巻
4-5
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『死を招く果ての王 ここに眠る』
リベルアリナが記したとされるその碑文。そこに書かれていた死を招く果ての王とはなんとあのナメクジでした。
後はすべて俺の憶測なんだけど、地震の揺れによってナメクジが目覚めてしまった。神様が封印したものがそう易々と解けるものか? と思ったが、神様とはいえリベルアリナ自体にそんな強大な力はないらしい。つまりが、ボルさんが引き起こした地震の威力のほうが大きかったということだ。
「すごいな……ボルさん……」
「ピュヒ……ピュプ……」
大陸の各地に影響を及ぼす魔素。ゆるやかに流れるはずの魔素が何らかの原因で停滞し、ボルさんが弱ってしまった。それによって様々な事態が引き起こされた。
俺が地質学の専門家だったとしても、魔素ってものを理解していない限り原因を突き止めることは不可能だろう。地球の地質学がこの不思議な世界で通用するとも思えないしな。
神様が封印していたナメクジが起きてしまった。そして、洞の地形を変え卵を大量に産み付けた。ナメクジそのものが原因なのか、それとも洞の地形を変えたのが原因なのかはわからないが、ともかく魔素が滞るように。
「ププププ……」
「ぶくぶくぶくぶく……」
そもそも魔法の源である魔素って何なんだよ。
この世界では魔素に対して疑問を持つ者なんかいない。それくらい、身近で当たり前の存在。むしろなくてはならないもの。
ボルさんは古代竜であるのにもかかわらず、濃すぎる魔素によって死にそうになっていた。それだけ魔素っていうのは影響がある。
「タケル、タケル! 貴様何をやっておるのだ! ああもう、長湯で逆上せおって!」
「うへぁ~~」
湯船にぷかりと浮かぶ俺とビーの姿を見つけた誰かが、慌てて何かを叫んでいた。
温泉を心行くまで満喫した俺たちが逆上せて気を失ったと知られるのは、翌朝のことだった。
+ + + + +
エルフの料理長が精魂込めて作ったソーセージと分厚いベーコン。朝摘みの新鮮な野菜。温かなカニ肉すいとんスープと、ロックバードの香味焼き。各種果物の盛り合わせ。
朝からガッツリとしたメニューだったが、昨晩の夕飯を食べそこなったチーム蒼黒の団にとっては待ってましたの御馳走。
「はい、それでは皆さんご一緒に!」
「「「「いただきます!!」」」」
「ピュイ!」
机の上に並べられた料理の数々に、血に飢えた猛獣たちが一斉に飛びついた。
噛むのすら面倒だと、次々と呑み込んでいく。カニの甲羅と肉で味付けをした醤油スープがたまらなく美味い。細胞に染み入る。巨大寸胴鍋にめいっぱい作ったんだが、あっという間になくなりそうな勢いだ。
「ううううっ、美味いぃっ!」
「やはり美味いな」
「タケル、そちらの肉もよこしなさい」
「はいはい、ちゃんと噛んでから呑み込めよ」
「ピュイッ」
キエトの洞を修復して必要素材を採取し、転移門で洞の入り口まで戻った俺たちはへとへとだった。人間、疲れすぎると何もする気力が湧かないものだ。それはドラゴニュートとエルフも同じだったらしく、洞の入り口でへたりこんでしまった。魔素水すら飲み込む力を失っていた二人を案じ、プニさんにじゃがバタ醤油三個でエルフの郷まで猛スピードで運んでもらうことに。
クレイとブロライトはそのまま気を失い、翌朝まで目覚めることはなかった。
俺も疲れて眠くてたまらなかったけど、どうしても温泉に入りたくて夕飯を我慢してまで入ったのだが。
考え事をしすぎて逆上せた挙句、クウェンテールに発見されて介抱されたという。面目ない。
「やはりカニは美味いな」
「そうだろう、そうだろう。刺身でも美味いが、焼いても煮ても茹でても美味いんだ」
一晩食べなかっただけだが、まるで数日食べていなかったような食欲を見せた俺たち。
特にカニ入りスープは好評すぎてものの数分で食べ終わった。
料理長特製のソーセージとベーコンも美味かった。ちょっとあぶって肉汁を滴らせ、新鮮野菜と合わせてパンで挟めば立派なホットドック。このソーセージは後でまとめて売ってもらうことにする。
そこへ――
「人心地つきましたかな」
「アーさん」
「いや、そのままで」
腹八分目まで食べ続けたところに、アーさんがクウェンテールらを連れて食堂を訪れた。立とうとしたところを制されたので、そのまま座る。
クウェンテールは俺たちがへばっている間、キエトの洞で起こった出来事をアーさんに説明してくれたようだ。
俺は再度温かなハデ茶を注いでもらい、一口飲み込んでから話をした。
魔素に関することはすべて俺の想像に過ぎないが、巨大ナメクジが封印されていたのは事実。洞の最深部にある碑文については、エルフ族なら誰でも知っていたらしい。ナメクジを倒し、卵をすべて焼き払ったことで魔素がゆるやかに流れるようになったことを伝える。
俺の話を聞いたアーさんたちエルフ一同は、それぞれに顔を見合わせ半信半疑。
そんな凶悪なモンスターが封印されていたのかと俺を疑い、睨みつけてきた。それならばと食堂の外に出て、死んだナメクジを取り出して見せる。
あまりにも巨大すぎてなかなか引っ張り出せなかったので俺の身体を鞄に半分突っ込み、クレイに手伝ってもらってやっとこさ取り出したのだ。
「これはまさか……信じられぬ」
「何なのだこれは! こんなものがキエトの洞に眠っておったというのか?」
「こやつらが我らを謀っておるのでは?」
古参のハイエルフたちが次々に声を上げる。
まあそうですよね。わかります。身近な場所にこんなデカブツが眠っていたなんて、とても信じられないことでしょう。
「謀ってはおりませぬ! わたくしがこの目でしかと、この、凶悪なモンスターが再生されるのを見たのです!」
「クウェンテール、それはまことか?」
「はい、執政様。数多くの卵が産み付けられているのも確認いたしました。その卵を死滅させた後で魔素が正常に流れるのも、確かに」
俺たちを疑っていたハイエルフたちに反論をしたのが、クウェンテールだった。
初対面で俺たちを敵視してきて、プニさんにアフロにされ、命を懸けてキエトの洞まで追ってきた。
エルフの郷の掟では外部と、特に人間と交流することは禁止されている。保守派のクウェンテールにとっては俺を擁護するなんて屈辱的なことなのかもしれない。
彼は胸を張って俺たちを守った。
正確に言えば俺たちを、というよりブロライトを。
+ + + + +
グラン・リオ・エルフ族が住まう神秘の隠れ郷、ヴィリオ・ラ・イ。
他種族の侵入を長きにわたり拒んできたが、そんなの知ったこっちゃないとズカズカ侵入したのは俺たち、チーム蒼黒の団。湿気まみれで心地悪い郷の現状を改善し、ギルドの依頼を消化するついでにランクSモンスターを討伐した。
郷を襲った異常に濃い魔素の原因はそのランクSモンスターにあったらしく、討伐した今では魔素も通常通りになり、郷はひとまず救われた。
エルフ族を救いたいから、なんてこれっぽっちも思ったことはない。濃い魔素の原因だったナメクジを倒したのだって、ギルドの依頼を消化するのに邪魔だっただけ。
俺の都合に過ぎなかったことが、全部うまいこといっただけなんだよ。
それなのに、なんでか女王様から丁重に感謝されました。
「そなたらを歓迎しておるわけではない身勝手な我らを、郷を、そなたらは救うてくれた」
いや、救ったとは思っていませんて。
だってたまたま魔素が正常になっただけですもの。
エルフの郷にある女王の謁見の間に呼び出された俺たち蒼黒の団は、正装で出迎える数十人のハイエルフらに見つめられるなか、玉座の前で苦笑い。
こんな仰々しい儀式みたいにする必要ないのに。
「いまいちど頭を垂れさせてくだされ。そなたらは、まさしく我らの救い主」
女王様が玉座からゆっくりと立ち上がり、お付きのエルフらに支えられながら俺たちの前に来た。
何をするのかと思いきや、なんと膝をついて頭を下げたのだ。
歩くだけでも辛そうに顔を歪める女王様にとって、この行動は最大級の謝辞になるのだろう。ちなみに女王様も何かの病気なのかなと調べたら、なんと重度の運動不足でした。
女王様に続き、若いエルフたちが次々に腰を落として頭を下げる。
これには近習のハイエルフたちが一斉に声を荒らげた。
「女王様なにをなさいまする!」
「そのような下賤な者どもに尊き頭をお下げになるなど!」
「おやめください!」
うんうん、俺たちが下賤云々ってのはこのさい置いてやるとして。
国を治める人は簡単に頭を下げちゃ駄目だ。上に立つ者はどっしりと構えていないと、下の者が動揺する。
それに頭なんて下げる必要もないし、下げられても困るだけ。ほら、ブロライトなんて動揺しまくって慌てて土下座になっている。
しかし女王様は誇らしげに、微笑みを浮かべるだけ。
「黙れ!」
やいやいと騒ぎ続ける近習らを咎めたのは、女王様と同じく頭を下げていたアーさん。
アーさんもまた嬉しそうに頭を下げていたんだけど、愛らしい子供のような声を精一杯張り上げ、不平不満を持つ近習らを叱りつけた。
「滅亡の一途を辿るだけの我が種族に、彼らは光をもたらしてくれたのだ! 外の世界だろうが、種族の違いだろうが、そんなことは関係ないであろう!」
「し、しかしアージェンシール様」
「我らも変わらねばならぬ時が来たのだ。異なる血を受け入れなければならぬのだ。先代の教えを守るだけでは、いずれエルフの種は絶たれる。ただ何もせず嘆くだけの愚かな我らを救うてくれた者たちを、なにゆえ非難できるというのだ!!」
やだ惚れそう。
その姿は可愛いちびっこなんだけど、迫力は大人顔負け。流石は女王側近の執政官。
謁見の間はシンと静まり、古参のハイエルフたちは苦渋に顔を歪めながらも、そろそろと膝をついた。
「いやいや、頭なんて下げないでくださいよ。女王様も、アーさんも、ほら立って立って」
釈然としないといった態度の連中に頭を下げられたところで、その下げた頭に価値はない。無駄なだけ。どうせ後でぶちぶち文句を言うくらいなら、最初からやるなって話。
女王様をはじめ、アーさんたちをすべて立たせる。
「ギルドで受けた依頼が、たまたま魔素の原因を解消しただけだ」
「そうだとしても、お主は美しき魔石を造り出し、我らの郷を救うたではないか」
「助けたいとか救いたいとか、そんな立派なものじゃないんだよ」
すべてが棚ボタラッキーというか、都合よくうまいこといっちゃったというか。
エルフの郷を濃い魔素から守っていたオレンジダイヤは、今でも元気に起動し続けている。あれは魔素の流れを正しくするだけのアイテム。郷を快適な状態に保つためのエアコンみたいなものだ。停止しても魔素に苦しめられることはなくなったが、起動していても問題はない。
そりゃ、ランクSのモンスターとの戦いは大変だったけど、あいつを倒さなかったらギルドの依頼品は採取できなかった。
今朝残さず食べたご馳走でじゅうぶんなんだよ。報酬はギルドから相応分を受け取れることだし。
「なんと立派な……我の手柄ぞと声を上げるでなく、謙遜をするとは」
「いや、だからね」
「皆まで言うな! 古代竜の加護をいただきし貴殿の言葉だ。多くを語らずとも、その偉業は後世へと語り継がれるであろう」
ほんとまじやめて。
この思い込み激しいちびっこ執政官様をなんとかしてとブロライトに視線を送るが、ブロライトは満面の笑みでサムズアップ。なんなの。
アーさんが古代竜のことを口にしてしまったため、俺の頭を陣取る可愛い黒い竜の正体がバレてしまった。
ビーは相変わらず大きな黄金色の瞳をキョトンとさせているが、周りのハイエルフたちがわさわさと騒ぎ始める。口々に、「まさか……」「しかし執政様と女王様が……」「間違いないようで……」とひそひそ話し、古参の近習ハイエルフまでもが驚愕におののいたようだ。
「女王陛下、もしやあの小さきドラゴンが……かの大神であらせられる古代竜だと申されるのでございまするか?」
近習の一人が震える声で女王様に聞くと、女王様はなぜかドヤ顔で深く頷いた。
一斉にひれ伏す近習たち。
「ピュイ」
ビーのおかげでエルフたちからの非難の目がなくなったのはいいが、もっと面倒なことになりそうな予感がする。
「エクトナ、あれを持て」
「は」
女王様は側近の若いハイエルフにそう告げると、その若いエルフは背後に控えていた別のハイエルフから何かを受け取った。
そして受け取ったものを女王様に渡す。
「これは、そなたらの危うきところを救いしブロジェの弓」
ええ知ってます。クウェンテールが装備しているところを見て、カッケーさすがエルフゥ、なんて思いましたからね。
「リベルアリナより賜りし我が郷の秘宝でありましたが、此度の働きにエルフ族を総じて感謝の証と致します」
「えっ」
「さあ、聖なる弓を受け取りなさい」
「えっ」
「ピュ?」
【ブロジェの弓 ランクS 神器】
グラン・リオ・エルフ族に伝わる古の武具。精霊王リベルアリナが手ずから造りし神の武具でもあり、装備者の魔力に応じてその威力を変化させる。矢は要せず、魔力を用いて矢と成す。超レアだよ。
調査先生、そうやって俺を誘惑するのはやめなさい。
いらないから!
こんなの、いらないから!!
「いや、女王様、こんな凄いものもらっちゃっても使えません」
「ブロジェの弓は装備者の魔力に応じます。古代竜の加護をいただきしタケルであれば、この弓の力を遺憾なく発揮することができるでしょう」
「いやいやいやいや、ほんとまじでやめてよして。いらないんですよ、ぶっちゃけ。あっても困るんです。俺はほら、このね、この、杖が武器ですから! 弓なんて超格好いい装備品、俺には似合わないっていうか、使ったことないんだからもらったところでタンスならぬ鞄の肥やしですよ? ハンマーアリクイのうんこのほうが役に立つくらいですよ?」
お祭りの弓矢すら触ったことのない俺が、神様が造った弓なんて扱えるわけがない。
郷の大切な秘宝だというのなら、郷で使うのが正解ってものだ。クウェンテールにでも持たせればいいんじゃないの?
さあさあと満面の笑みで弓を勧める女王様に困り、ブロライトに助けを求めてみる。一応。
「ブロライト、お前からも何か言ってくれ。エルフの大切な宝なんだろ? そんな大切なもの、ただの冒険者に譲渡したらいけません」
「ブロジェの弓は、より強い魔力を持つ者に応じるのじゃ。この郷の誰よりも強い魔力を持つのはタケルじゃ」
そうなの?
「タケルが持つに相応しいとおもうのじゃ!」
「そうです。郷を救いしタケル殿にこそ相応しい」
「古代竜のご加護をいただきし者であったとは……数々の無礼、平にお許しくださいませ」
「ピュィーー……」
「タケル殿、是非ともブロジェの弓を」
「我らの感謝の証を」
「是非とも」
「タケル殿」
「何卒」
見事な手のひら返し、と言うのは失礼だろうか。
しかし、古参のハイエルフたちはさっきまでの罵声はなかったことにし、エルフの秘宝を是非にと勧めてくる。よほど古代竜の威光が強かったのだろう。
ブロライトは目をキラキラ輝かせて受け取れと訴えてくるし、クレイは俺がどうして受け取らないのか不思議な顔をしている。
いやだからさ、使い方のわからないものをもらっても嬉しくないっていうか。弓を習えばいいかもしれないが、弓で仕留めるよりも魔法のほうが早いし便利なんだよ。光線矢という魔法を放つだけでいい。鞄から弓を出して、ハイ魔力を練って矢を作って、次に狙いを定めて、とやっている間に確実に仕留められる。
そもそも光線矢だって単純に「かっこいいから」という理由で生み出した魔法なのだ。別名、無駄なモーションをつけて放つ黒歴史量産者の成せる業とも言います。
「我らの心を、是非に」
女王様に懇願され、エルフたちに強く訴えられ、俺は結局ブロジェの弓を受け取ることにした。
テッテレー
タケルは ブロジェの弓 を 手に入れた!
うん。
嬉しくない。
感謝の証というのなら、ハデ茶三年ぶんと料理長特製ソーセージ三年ぶんが良かった。
だがこの弓、ランクSのモンスターを内部から爆発させるくらいの威力がある。クウェンテールはあの一発で大量の魔力を消費してしまい、次に装填できるまで半日はかかるだろうと言っていた。エルフの膨大な魔力を根こそぎ奪う弓なんて、怖い。
一撃必殺の凄い武器かもしれないが、うかつに使うこともできない。こんな凄い特別なもの、持っていると知られたら盗賊に命狙われちゃうじゃない。やだあ。
「そういうわけで、この弓はブロライトが使いなさいね」
「なにゆえ! ブロジェの弓はタケルのものではないか!」
「だって俺、弓なんて使ったことないからいらない」
「なんとぉっ!?」
ランクSの超レアな武器をいらないって言うのは、きっとおかしなことじゃないはずだ。
6 桃花染の行方
外の世界を拒み、他の種族を軽視し侮蔑し続けたエルフ族。
神秘のエルフ族などと言われていたが、ただただ引きこもりの世間知らずなだけだった。種族の血脈を重んじるあまり近親婚を繰り返し、種の存続が危うくなってやっと危機感を覚えた。
唯一行動を起こしたのは、ハイエルフ族である両性のブロライト。郷の掟を破り、同族に疎まれても必死で種を滅亡から回避しようと模索し続けたんだ。
同族に嫌われても探し続けることをやめなかったブロライトは、元リザードマンの竜騎士クレイストンと出逢った。それは一時的な出逢いに過ぎなかったが、クレイストンは俺と出逢い、俺はブロライトと出逢ったわけで。
この出逢いについては、俺をこのマデウスに飛ばした『青年』に感謝しなくもない。いや、感謝してやろう。
仲間たちは、うさんくさい俺のことを全面的に信用して共に危険な旅をしてくれている。目的は素材採取だっていうのにさ、ありがたいことだよ。
「ネコミミシメジをできるだけ多く、との依頼でしたね」
女王様との謁見を済ませブロジェの弓を無理やり贈与された俺たちは、採取したネコミミシメジをギルドマスターであるサーラさんに見せた。通常のネコミミシメジの数倍の大きさがあるらしいが、濃い魔素の影響は受けていないようなので安全安心。
一メートルはあるかという巨大なシメジを鞄からカウンターにどさどさと取り出すと、サーラさんは頬を赤らめて感動してくれた。
「やぁん……なにこれぇ……すっごぉい……おっきい……」
「うん、依頼品のシメジのことだね? 大きくて驚きだね?」
「私、こんなおっきぃのはじめてよ? 凄いわ、タケルちゃん」
「採取したネコミミシメジが驚くほど大きかったんですよね! 頼むから誤解されそうな言い方をやめてお話ししてくれませんか!」
「あらぁ。つまんなぁい」
狙って言ったなこんちくしょう。
ギルドマスターとは思えない妖艶さでばちーんとウインク。頼むよ、俺はこういう冗談に慣れていないんだから。元日本人の純情を弄ばないでください。
「魔素が濃すぎてキエトの洞には誰も近づけなかったのよぉ。しばらく採取していなかったから、ここまでおっきくなったのよ」
小さくても大きくても味や効能は変わらないらしく、大きければ大きいほど価値があると。
依頼主には巨大なのを四本も流せばじゅうぶんだろうということで、ギルドマスターの贔屓もあって五万ゴールドの報酬となった。
ランクSモンスターを討伐したうえでの採取だったが、ギルドもまさか採取場所にそんなものがいたとは予想していなかっただろう。
「ランクSモンスターは王都で取り扱ってくれるらしいわよ。研究している調査機関があるんですって」
「へえ。それじゃあ、高値で売れますかね」
「そうねぇ。今の相場は詳しくないけれど……最低でも大陸紙幣数枚にはなるんじゃないかしら」
ふおおお、数千万レイブ!
金に困ってはいないが、正直言って収入より支出のほうが微妙に多い現状。主に食費に消えるのだが、食事だけはケチらず美味いものを食いたいし、食わせてやりたい。
そのうち王都にも行くだろうし、そのときのために巨大ナメクジはへそくりとしておこう。
キエトにしか生息しない毒モンスターもいくつか高額で買い取ってもらえた。ネコミミシメジの在庫はまだまだあるから、何に料理してやろうか楽しみだ。
リベルアリナが記したとされるその碑文。そこに書かれていた死を招く果ての王とはなんとあのナメクジでした。
後はすべて俺の憶測なんだけど、地震の揺れによってナメクジが目覚めてしまった。神様が封印したものがそう易々と解けるものか? と思ったが、神様とはいえリベルアリナ自体にそんな強大な力はないらしい。つまりが、ボルさんが引き起こした地震の威力のほうが大きかったということだ。
「すごいな……ボルさん……」
「ピュヒ……ピュプ……」
大陸の各地に影響を及ぼす魔素。ゆるやかに流れるはずの魔素が何らかの原因で停滞し、ボルさんが弱ってしまった。それによって様々な事態が引き起こされた。
俺が地質学の専門家だったとしても、魔素ってものを理解していない限り原因を突き止めることは不可能だろう。地球の地質学がこの不思議な世界で通用するとも思えないしな。
神様が封印していたナメクジが起きてしまった。そして、洞の地形を変え卵を大量に産み付けた。ナメクジそのものが原因なのか、それとも洞の地形を変えたのが原因なのかはわからないが、ともかく魔素が滞るように。
「ププププ……」
「ぶくぶくぶくぶく……」
そもそも魔法の源である魔素って何なんだよ。
この世界では魔素に対して疑問を持つ者なんかいない。それくらい、身近で当たり前の存在。むしろなくてはならないもの。
ボルさんは古代竜であるのにもかかわらず、濃すぎる魔素によって死にそうになっていた。それだけ魔素っていうのは影響がある。
「タケル、タケル! 貴様何をやっておるのだ! ああもう、長湯で逆上せおって!」
「うへぁ~~」
湯船にぷかりと浮かぶ俺とビーの姿を見つけた誰かが、慌てて何かを叫んでいた。
温泉を心行くまで満喫した俺たちが逆上せて気を失ったと知られるのは、翌朝のことだった。
+ + + + +
エルフの料理長が精魂込めて作ったソーセージと分厚いベーコン。朝摘みの新鮮な野菜。温かなカニ肉すいとんスープと、ロックバードの香味焼き。各種果物の盛り合わせ。
朝からガッツリとしたメニューだったが、昨晩の夕飯を食べそこなったチーム蒼黒の団にとっては待ってましたの御馳走。
「はい、それでは皆さんご一緒に!」
「「「「いただきます!!」」」」
「ピュイ!」
机の上に並べられた料理の数々に、血に飢えた猛獣たちが一斉に飛びついた。
噛むのすら面倒だと、次々と呑み込んでいく。カニの甲羅と肉で味付けをした醤油スープがたまらなく美味い。細胞に染み入る。巨大寸胴鍋にめいっぱい作ったんだが、あっという間になくなりそうな勢いだ。
「ううううっ、美味いぃっ!」
「やはり美味いな」
「タケル、そちらの肉もよこしなさい」
「はいはい、ちゃんと噛んでから呑み込めよ」
「ピュイッ」
キエトの洞を修復して必要素材を採取し、転移門で洞の入り口まで戻った俺たちはへとへとだった。人間、疲れすぎると何もする気力が湧かないものだ。それはドラゴニュートとエルフも同じだったらしく、洞の入り口でへたりこんでしまった。魔素水すら飲み込む力を失っていた二人を案じ、プニさんにじゃがバタ醤油三個でエルフの郷まで猛スピードで運んでもらうことに。
クレイとブロライトはそのまま気を失い、翌朝まで目覚めることはなかった。
俺も疲れて眠くてたまらなかったけど、どうしても温泉に入りたくて夕飯を我慢してまで入ったのだが。
考え事をしすぎて逆上せた挙句、クウェンテールに発見されて介抱されたという。面目ない。
「やはりカニは美味いな」
「そうだろう、そうだろう。刺身でも美味いが、焼いても煮ても茹でても美味いんだ」
一晩食べなかっただけだが、まるで数日食べていなかったような食欲を見せた俺たち。
特にカニ入りスープは好評すぎてものの数分で食べ終わった。
料理長特製のソーセージとベーコンも美味かった。ちょっとあぶって肉汁を滴らせ、新鮮野菜と合わせてパンで挟めば立派なホットドック。このソーセージは後でまとめて売ってもらうことにする。
そこへ――
「人心地つきましたかな」
「アーさん」
「いや、そのままで」
腹八分目まで食べ続けたところに、アーさんがクウェンテールらを連れて食堂を訪れた。立とうとしたところを制されたので、そのまま座る。
クウェンテールは俺たちがへばっている間、キエトの洞で起こった出来事をアーさんに説明してくれたようだ。
俺は再度温かなハデ茶を注いでもらい、一口飲み込んでから話をした。
魔素に関することはすべて俺の想像に過ぎないが、巨大ナメクジが封印されていたのは事実。洞の最深部にある碑文については、エルフ族なら誰でも知っていたらしい。ナメクジを倒し、卵をすべて焼き払ったことで魔素がゆるやかに流れるようになったことを伝える。
俺の話を聞いたアーさんたちエルフ一同は、それぞれに顔を見合わせ半信半疑。
そんな凶悪なモンスターが封印されていたのかと俺を疑い、睨みつけてきた。それならばと食堂の外に出て、死んだナメクジを取り出して見せる。
あまりにも巨大すぎてなかなか引っ張り出せなかったので俺の身体を鞄に半分突っ込み、クレイに手伝ってもらってやっとこさ取り出したのだ。
「これはまさか……信じられぬ」
「何なのだこれは! こんなものがキエトの洞に眠っておったというのか?」
「こやつらが我らを謀っておるのでは?」
古参のハイエルフたちが次々に声を上げる。
まあそうですよね。わかります。身近な場所にこんなデカブツが眠っていたなんて、とても信じられないことでしょう。
「謀ってはおりませぬ! わたくしがこの目でしかと、この、凶悪なモンスターが再生されるのを見たのです!」
「クウェンテール、それはまことか?」
「はい、執政様。数多くの卵が産み付けられているのも確認いたしました。その卵を死滅させた後で魔素が正常に流れるのも、確かに」
俺たちを疑っていたハイエルフたちに反論をしたのが、クウェンテールだった。
初対面で俺たちを敵視してきて、プニさんにアフロにされ、命を懸けてキエトの洞まで追ってきた。
エルフの郷の掟では外部と、特に人間と交流することは禁止されている。保守派のクウェンテールにとっては俺を擁護するなんて屈辱的なことなのかもしれない。
彼は胸を張って俺たちを守った。
正確に言えば俺たちを、というよりブロライトを。
+ + + + +
グラン・リオ・エルフ族が住まう神秘の隠れ郷、ヴィリオ・ラ・イ。
他種族の侵入を長きにわたり拒んできたが、そんなの知ったこっちゃないとズカズカ侵入したのは俺たち、チーム蒼黒の団。湿気まみれで心地悪い郷の現状を改善し、ギルドの依頼を消化するついでにランクSモンスターを討伐した。
郷を襲った異常に濃い魔素の原因はそのランクSモンスターにあったらしく、討伐した今では魔素も通常通りになり、郷はひとまず救われた。
エルフ族を救いたいから、なんてこれっぽっちも思ったことはない。濃い魔素の原因だったナメクジを倒したのだって、ギルドの依頼を消化するのに邪魔だっただけ。
俺の都合に過ぎなかったことが、全部うまいこといっただけなんだよ。
それなのに、なんでか女王様から丁重に感謝されました。
「そなたらを歓迎しておるわけではない身勝手な我らを、郷を、そなたらは救うてくれた」
いや、救ったとは思っていませんて。
だってたまたま魔素が正常になっただけですもの。
エルフの郷にある女王の謁見の間に呼び出された俺たち蒼黒の団は、正装で出迎える数十人のハイエルフらに見つめられるなか、玉座の前で苦笑い。
こんな仰々しい儀式みたいにする必要ないのに。
「いまいちど頭を垂れさせてくだされ。そなたらは、まさしく我らの救い主」
女王様が玉座からゆっくりと立ち上がり、お付きのエルフらに支えられながら俺たちの前に来た。
何をするのかと思いきや、なんと膝をついて頭を下げたのだ。
歩くだけでも辛そうに顔を歪める女王様にとって、この行動は最大級の謝辞になるのだろう。ちなみに女王様も何かの病気なのかなと調べたら、なんと重度の運動不足でした。
女王様に続き、若いエルフたちが次々に腰を落として頭を下げる。
これには近習のハイエルフたちが一斉に声を荒らげた。
「女王様なにをなさいまする!」
「そのような下賤な者どもに尊き頭をお下げになるなど!」
「おやめください!」
うんうん、俺たちが下賤云々ってのはこのさい置いてやるとして。
国を治める人は簡単に頭を下げちゃ駄目だ。上に立つ者はどっしりと構えていないと、下の者が動揺する。
それに頭なんて下げる必要もないし、下げられても困るだけ。ほら、ブロライトなんて動揺しまくって慌てて土下座になっている。
しかし女王様は誇らしげに、微笑みを浮かべるだけ。
「黙れ!」
やいやいと騒ぎ続ける近習らを咎めたのは、女王様と同じく頭を下げていたアーさん。
アーさんもまた嬉しそうに頭を下げていたんだけど、愛らしい子供のような声を精一杯張り上げ、不平不満を持つ近習らを叱りつけた。
「滅亡の一途を辿るだけの我が種族に、彼らは光をもたらしてくれたのだ! 外の世界だろうが、種族の違いだろうが、そんなことは関係ないであろう!」
「し、しかしアージェンシール様」
「我らも変わらねばならぬ時が来たのだ。異なる血を受け入れなければならぬのだ。先代の教えを守るだけでは、いずれエルフの種は絶たれる。ただ何もせず嘆くだけの愚かな我らを救うてくれた者たちを、なにゆえ非難できるというのだ!!」
やだ惚れそう。
その姿は可愛いちびっこなんだけど、迫力は大人顔負け。流石は女王側近の執政官。
謁見の間はシンと静まり、古参のハイエルフたちは苦渋に顔を歪めながらも、そろそろと膝をついた。
「いやいや、頭なんて下げないでくださいよ。女王様も、アーさんも、ほら立って立って」
釈然としないといった態度の連中に頭を下げられたところで、その下げた頭に価値はない。無駄なだけ。どうせ後でぶちぶち文句を言うくらいなら、最初からやるなって話。
女王様をはじめ、アーさんたちをすべて立たせる。
「ギルドで受けた依頼が、たまたま魔素の原因を解消しただけだ」
「そうだとしても、お主は美しき魔石を造り出し、我らの郷を救うたではないか」
「助けたいとか救いたいとか、そんな立派なものじゃないんだよ」
すべてが棚ボタラッキーというか、都合よくうまいこといっちゃったというか。
エルフの郷を濃い魔素から守っていたオレンジダイヤは、今でも元気に起動し続けている。あれは魔素の流れを正しくするだけのアイテム。郷を快適な状態に保つためのエアコンみたいなものだ。停止しても魔素に苦しめられることはなくなったが、起動していても問題はない。
そりゃ、ランクSのモンスターとの戦いは大変だったけど、あいつを倒さなかったらギルドの依頼品は採取できなかった。
今朝残さず食べたご馳走でじゅうぶんなんだよ。報酬はギルドから相応分を受け取れることだし。
「なんと立派な……我の手柄ぞと声を上げるでなく、謙遜をするとは」
「いや、だからね」
「皆まで言うな! 古代竜の加護をいただきし貴殿の言葉だ。多くを語らずとも、その偉業は後世へと語り継がれるであろう」
ほんとまじやめて。
この思い込み激しいちびっこ執政官様をなんとかしてとブロライトに視線を送るが、ブロライトは満面の笑みでサムズアップ。なんなの。
アーさんが古代竜のことを口にしてしまったため、俺の頭を陣取る可愛い黒い竜の正体がバレてしまった。
ビーは相変わらず大きな黄金色の瞳をキョトンとさせているが、周りのハイエルフたちがわさわさと騒ぎ始める。口々に、「まさか……」「しかし執政様と女王様が……」「間違いないようで……」とひそひそ話し、古参の近習ハイエルフまでもが驚愕におののいたようだ。
「女王陛下、もしやあの小さきドラゴンが……かの大神であらせられる古代竜だと申されるのでございまするか?」
近習の一人が震える声で女王様に聞くと、女王様はなぜかドヤ顔で深く頷いた。
一斉にひれ伏す近習たち。
「ピュイ」
ビーのおかげでエルフたちからの非難の目がなくなったのはいいが、もっと面倒なことになりそうな予感がする。
「エクトナ、あれを持て」
「は」
女王様は側近の若いハイエルフにそう告げると、その若いエルフは背後に控えていた別のハイエルフから何かを受け取った。
そして受け取ったものを女王様に渡す。
「これは、そなたらの危うきところを救いしブロジェの弓」
ええ知ってます。クウェンテールが装備しているところを見て、カッケーさすがエルフゥ、なんて思いましたからね。
「リベルアリナより賜りし我が郷の秘宝でありましたが、此度の働きにエルフ族を総じて感謝の証と致します」
「えっ」
「さあ、聖なる弓を受け取りなさい」
「えっ」
「ピュ?」
【ブロジェの弓 ランクS 神器】
グラン・リオ・エルフ族に伝わる古の武具。精霊王リベルアリナが手ずから造りし神の武具でもあり、装備者の魔力に応じてその威力を変化させる。矢は要せず、魔力を用いて矢と成す。超レアだよ。
調査先生、そうやって俺を誘惑するのはやめなさい。
いらないから!
こんなの、いらないから!!
「いや、女王様、こんな凄いものもらっちゃっても使えません」
「ブロジェの弓は装備者の魔力に応じます。古代竜の加護をいただきしタケルであれば、この弓の力を遺憾なく発揮することができるでしょう」
「いやいやいやいや、ほんとまじでやめてよして。いらないんですよ、ぶっちゃけ。あっても困るんです。俺はほら、このね、この、杖が武器ですから! 弓なんて超格好いい装備品、俺には似合わないっていうか、使ったことないんだからもらったところでタンスならぬ鞄の肥やしですよ? ハンマーアリクイのうんこのほうが役に立つくらいですよ?」
お祭りの弓矢すら触ったことのない俺が、神様が造った弓なんて扱えるわけがない。
郷の大切な秘宝だというのなら、郷で使うのが正解ってものだ。クウェンテールにでも持たせればいいんじゃないの?
さあさあと満面の笑みで弓を勧める女王様に困り、ブロライトに助けを求めてみる。一応。
「ブロライト、お前からも何か言ってくれ。エルフの大切な宝なんだろ? そんな大切なもの、ただの冒険者に譲渡したらいけません」
「ブロジェの弓は、より強い魔力を持つ者に応じるのじゃ。この郷の誰よりも強い魔力を持つのはタケルじゃ」
そうなの?
「タケルが持つに相応しいとおもうのじゃ!」
「そうです。郷を救いしタケル殿にこそ相応しい」
「古代竜のご加護をいただきし者であったとは……数々の無礼、平にお許しくださいませ」
「ピュィーー……」
「タケル殿、是非ともブロジェの弓を」
「我らの感謝の証を」
「是非とも」
「タケル殿」
「何卒」
見事な手のひら返し、と言うのは失礼だろうか。
しかし、古参のハイエルフたちはさっきまでの罵声はなかったことにし、エルフの秘宝を是非にと勧めてくる。よほど古代竜の威光が強かったのだろう。
ブロライトは目をキラキラ輝かせて受け取れと訴えてくるし、クレイは俺がどうして受け取らないのか不思議な顔をしている。
いやだからさ、使い方のわからないものをもらっても嬉しくないっていうか。弓を習えばいいかもしれないが、弓で仕留めるよりも魔法のほうが早いし便利なんだよ。光線矢という魔法を放つだけでいい。鞄から弓を出して、ハイ魔力を練って矢を作って、次に狙いを定めて、とやっている間に確実に仕留められる。
そもそも光線矢だって単純に「かっこいいから」という理由で生み出した魔法なのだ。別名、無駄なモーションをつけて放つ黒歴史量産者の成せる業とも言います。
「我らの心を、是非に」
女王様に懇願され、エルフたちに強く訴えられ、俺は結局ブロジェの弓を受け取ることにした。
テッテレー
タケルは ブロジェの弓 を 手に入れた!
うん。
嬉しくない。
感謝の証というのなら、ハデ茶三年ぶんと料理長特製ソーセージ三年ぶんが良かった。
だがこの弓、ランクSのモンスターを内部から爆発させるくらいの威力がある。クウェンテールはあの一発で大量の魔力を消費してしまい、次に装填できるまで半日はかかるだろうと言っていた。エルフの膨大な魔力を根こそぎ奪う弓なんて、怖い。
一撃必殺の凄い武器かもしれないが、うかつに使うこともできない。こんな凄い特別なもの、持っていると知られたら盗賊に命狙われちゃうじゃない。やだあ。
「そういうわけで、この弓はブロライトが使いなさいね」
「なにゆえ! ブロジェの弓はタケルのものではないか!」
「だって俺、弓なんて使ったことないからいらない」
「なんとぉっ!?」
ランクSの超レアな武器をいらないって言うのは、きっとおかしなことじゃないはずだ。
6 桃花染の行方
外の世界を拒み、他の種族を軽視し侮蔑し続けたエルフ族。
神秘のエルフ族などと言われていたが、ただただ引きこもりの世間知らずなだけだった。種族の血脈を重んじるあまり近親婚を繰り返し、種の存続が危うくなってやっと危機感を覚えた。
唯一行動を起こしたのは、ハイエルフ族である両性のブロライト。郷の掟を破り、同族に疎まれても必死で種を滅亡から回避しようと模索し続けたんだ。
同族に嫌われても探し続けることをやめなかったブロライトは、元リザードマンの竜騎士クレイストンと出逢った。それは一時的な出逢いに過ぎなかったが、クレイストンは俺と出逢い、俺はブロライトと出逢ったわけで。
この出逢いについては、俺をこのマデウスに飛ばした『青年』に感謝しなくもない。いや、感謝してやろう。
仲間たちは、うさんくさい俺のことを全面的に信用して共に危険な旅をしてくれている。目的は素材採取だっていうのにさ、ありがたいことだよ。
「ネコミミシメジをできるだけ多く、との依頼でしたね」
女王様との謁見を済ませブロジェの弓を無理やり贈与された俺たちは、採取したネコミミシメジをギルドマスターであるサーラさんに見せた。通常のネコミミシメジの数倍の大きさがあるらしいが、濃い魔素の影響は受けていないようなので安全安心。
一メートルはあるかという巨大なシメジを鞄からカウンターにどさどさと取り出すと、サーラさんは頬を赤らめて感動してくれた。
「やぁん……なにこれぇ……すっごぉい……おっきい……」
「うん、依頼品のシメジのことだね? 大きくて驚きだね?」
「私、こんなおっきぃのはじめてよ? 凄いわ、タケルちゃん」
「採取したネコミミシメジが驚くほど大きかったんですよね! 頼むから誤解されそうな言い方をやめてお話ししてくれませんか!」
「あらぁ。つまんなぁい」
狙って言ったなこんちくしょう。
ギルドマスターとは思えない妖艶さでばちーんとウインク。頼むよ、俺はこういう冗談に慣れていないんだから。元日本人の純情を弄ばないでください。
「魔素が濃すぎてキエトの洞には誰も近づけなかったのよぉ。しばらく採取していなかったから、ここまでおっきくなったのよ」
小さくても大きくても味や効能は変わらないらしく、大きければ大きいほど価値があると。
依頼主には巨大なのを四本も流せばじゅうぶんだろうということで、ギルドマスターの贔屓もあって五万ゴールドの報酬となった。
ランクSモンスターを討伐したうえでの採取だったが、ギルドもまさか採取場所にそんなものがいたとは予想していなかっただろう。
「ランクSモンスターは王都で取り扱ってくれるらしいわよ。研究している調査機関があるんですって」
「へえ。それじゃあ、高値で売れますかね」
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