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約束
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売れない妓女と都督まで勤めあげた大家の子息。まったく違うではないかと、花鈴は内心いらだちすら覚えながらも、秋封の瞳に揶揄がないのを認めた。
秋封はひとつため息をはいた。
憂いの吐息が空にのぼっていき、桜がつくる薄紅色の花闇のなかに消えていく。
「そうだ。わたしも宙ぶらりんだ。こうして暇をもてあましている身の上なのだ」
「あの……どういうことなのでしょうか?」
よけいなお世話だと思いつつ、花鈴は気になって問わずにいられない。
「わたしは……」
「若君! そこで何をしていらっしゃるのですか?」
女のきびしい声で呼ばれて、秋封はびっくりして後ろをふりむく。
思わず花鈴も声のした方向に目をやると、小豆色の衣をまとった質素な雰囲気の中年女が、いぶかしむようにこちらを見ている。
「うちの女中頭だ。うるさい奴だから、行かないと。なぁ、おまえ、いや、そなた《遊月楼》にいると言っていたな? 後で行ってもいいか?」
「え? お坊っちゃ、いえ、若様がですか?」
花鈴は思いっきり目を見開き、いかにも上品そうな少年を見上げた。驚異の意味を読んだのか、秋封が頬を赤くして否定に、深緑色の袖をふる。
「ちがう、ちがう! 変な意味で言っているのではない! ただ、話をしたいだけだ」
「あ、そうですか。それは……べつにかまいませんけれど」
実際、妓楼では妓女の歌舞音曲をたのしむだけのために金を落としていく粋人もおおい。酒を酌み交わすだけの客もめずらしくないが、そういった客はたいてい暇と金をもてあました老人である。
目のまえの、花鈴が見てすら初々しく感じる若い彼が客として登楼してきて、座談の相手として花鈴を指名したら、遣り手婆はどんな顔をするだろう。
もっとも今の花鈴の色町じゅうに知れわたった、男を破滅に追いこむ妖女という噂のせいで、まったく客がつかない状況を考えれば、話し相手として来てくれる男がいるだけでも喜ぶかもしれない。
「では、お待ちしてます」
「うむ。かならず行く」
桜の花の樹の下で、売れ残ってしまった妓女と名門の若君がかわした約束の行く末は、神々たちですら予想がつかないだろう。
春の黄昏まえの、すべてが淡い狭霧に飲みこまれそうなときに、こうして二人は出会い、ささやかな誓いを交わし、そして別れた。
秋封はひとつため息をはいた。
憂いの吐息が空にのぼっていき、桜がつくる薄紅色の花闇のなかに消えていく。
「そうだ。わたしも宙ぶらりんだ。こうして暇をもてあましている身の上なのだ」
「あの……どういうことなのでしょうか?」
よけいなお世話だと思いつつ、花鈴は気になって問わずにいられない。
「わたしは……」
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思わず花鈴も声のした方向に目をやると、小豆色の衣をまとった質素な雰囲気の中年女が、いぶかしむようにこちらを見ている。
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「え? お坊っちゃ、いえ、若様がですか?」
花鈴は思いっきり目を見開き、いかにも上品そうな少年を見上げた。驚異の意味を読んだのか、秋封が頬を赤くして否定に、深緑色の袖をふる。
「ちがう、ちがう! 変な意味で言っているのではない! ただ、話をしたいだけだ」
「あ、そうですか。それは……べつにかまいませんけれど」
実際、妓楼では妓女の歌舞音曲をたのしむだけのために金を落としていく粋人もおおい。酒を酌み交わすだけの客もめずらしくないが、そういった客はたいてい暇と金をもてあました老人である。
目のまえの、花鈴が見てすら初々しく感じる若い彼が客として登楼してきて、座談の相手として花鈴を指名したら、遣り手婆はどんな顔をするだろう。
もっとも今の花鈴の色町じゅうに知れわたった、男を破滅に追いこむ妖女という噂のせいで、まったく客がつかない状況を考えれば、話し相手として来てくれる男がいるだけでも喜ぶかもしれない。
「では、お待ちしてます」
「うむ。かならず行く」
桜の花の樹の下で、売れ残ってしまった妓女と名門の若君がかわした約束の行く末は、神々たちですら予想がつかないだろう。
春の黄昏まえの、すべてが淡い狭霧に飲みこまれそうなときに、こうして二人は出会い、ささやかな誓いを交わし、そして別れた。
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