龍蘭帝国奇談夜話 影絵遊び

平坂 静音

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人影

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「では、失礼します。桜風おうふう桜花おうか、帰ります」
 それまで置き物のように無言でひかえていた双子のような召使たちが、そろって頭をさげ、主にしたがう。
 薄紅の裳裾を散らして桜玉は花鈴に背をむけた。彼女の頭上の桜の花びら型の簪がきらびやかに揺れる。ふたりの侍従をしたがえて去っていく様子は、まるで春の女王が退出していくかのようで、花鈴はあきれながらも感心した。 

 しきりと話を聞きだそうとする遣り手婆をなんとかふりきり自室にもどった花鈴は、ひどく疲れた心持ちで窓の外をながめた。
 つい数刻ほどまえは夕日の紅色べにいろに染められていた《遊月楼》の塀上の瓦が、今ではすっかり宵の蒼色あおいろに染めかえられて、本格的な夜をむかえようとしている。顔を見せはじめた楕円の形に照る月のもと、花鈴は、庭木の側にあらわれた人影に息をのんだ。
(まさか……。そんな)
 人影はうろうろとあたりをうろつき、こちらをきょろきょろと眺めているようだ。まるで、人をさがしているように。花鈴はしばし硬直してしまった。
 硬直がほどけた瞬間、後悔に胸がつぶれそうになった。
(どうしよう……?)
 まちがいない。あれは、あの人影は……。
 花鈴がぐずぐずと迷っているうちに、向こうも円窓の奥の影に気づいたようだ。急ぎ足で向かってくる。
(だめ……! 来ては駄目!)
 頭ではすぐ窓を閉めなければ、と思うのだが、胸では、そんなこと出来るわけがないでしょう、という花鈴のものではないような声が叫ぶ。懊悩しているあいだにも足音が近づいてくる。
「良かった、花鈴、そこにいたんだな」
 嬉しそうな若々しい声は、まぎれもない秋封のものだった。花鈴は、一瞬涙ぐみそうになっていた。

「すまない。侍女が家令に告げ口したようで、なかなか出してもらえなかったのだ。すっかり遅くなってしまった」
「あ、あの」
「楼の門口で訊いたら、おまえは接客中だというから今日は帰ろうかと思ったのだが、庭をすこし歩いてみようかと思って。……その、客がついていたのか?」
 花鈴は頬が熱くなるのを感じた。
「ちがいます! お客じゃないです。あの、そういった意味のお客じゃなくて……」
 ここで桜玉の名を出すのはためらわれる。無言になってしまった花鈴を案じるように秋封がさらに声をかけてきた。
「なぁ、そっちへ行っていいか?」
「あ、駄目です!」
 どうしたものだろう。桜玉にはぜったいに彼を楼に上げないと約束してしまった。
「そこで待っていてください」
「え? あ、おい、花鈴」
 呆然としている秋封のまえで、花鈴は得意の窓脱けをしてみせた。足が宙を舞って裾が乱れるが、花鈴はひらきなおって、あえて気にしないことにした。自分は名家の令嬢でも貴婦人でもない。一晩幾ひとばんいくらで自分を売りひさぐ妓女なのだ。
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