龍蘭帝国奇談夜話 影絵遊び

平坂 静音

文字の大きさ
23 / 34

胸のうずき

しおりを挟む
「すごい……おてんばなんだなぁ」
 驚いてはいるが、声に嫌悪がないのが嬉しかった。花鈴は月下に姿をさらすと、急いで秋封の袖をひく。
「若様、こっちへ」
 楼の敷地内ではなく、楼の外ですこし立ち話をするぐらいなら、桜玉との約束をやぶったことにはならないだろう。
 屁理屈だとはみとめつつも、このまま知らんふりして秋封をかえすことは、花鈴のなかに芽生えたほのかな感情がゆるさないのだ。
「こっち、こっち」
「どこまで行くんだ」
 《遊月楼》はこぢんまりとした楼なので、庭もそれほど広くない。じきに塀ぎわの裏木戸にたどりつき、花鈴はそこから急いで秋封を外へ押しやった。
「ここで話しましょう」
 これで完全に楼外だ。一応、桜玉との約束を守っていることになる。花鈴は自分の良心をなだめた。
「若様、来てくださったのはありがたいけれど……、やっぱりいけないですよ」
「いけないって? 何故だ?」
 楕円のやわらかい形の月に照らされ、秋封の乙女のような白い肌が赤らむ。それでいて寄せられた長い眉に爽やかな男気がかおる。花鈴は胸がうずいた。花鈴の知っている客の男たちのなかには、こんな清潔で凛々しく、まっすぐな男はいなかった。
 いくら品や人柄が良くとも、妓楼の客は、たいていは裕福で遊び慣れた年配の男たちだ。十も二十も年上の男たちを見て、今のような胸のうずきをおぼえろというのは、十六の花鈴にとっては無理な話なのだ。
 かといって、秋封のような、まだ青年にもなりきっていない少年に楼で遊ぶ余裕もないだろうし、事情を聞けば、そんな精神状態でもなさそうだ。なによりすでに花鈴は、秋封と会わないという、女の名誉にかけた誓いを桜玉と交わしている。
(なんだか、わたし……月の精にでも恋してしまったみたい)
 若い娘のしとねを夜毎おとずれる貴公子は、実は月の宮殿からきた天上界の人だったという伝説が龍蘭にはある。やがて恋は終わり、恋人がこの世の人ではなかったことを知った娘は、嘆きながらその後病で死んでしまうという恋愛悲話である。今の花鈴は、その娘の心境がすこしわかる。
 このうつし世では、けっして結ばれることのない相手。どうして、そんな相手に想いを懸けてしまったのか……。
(ああ……そうだ。わたし、秋封に恋をしてしまったんだわ)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

雨が止むとき、人形は眠る

秋初夏生
ホラー
「雨の日に人が突然倒れる」という不可解な事件が、金沢で続発していた。 冥府庁調査課の神崎イサナと黒野アイリは調査の末、ひがし茶屋街に佇む老舗の人形店「蓮月堂」へ辿り着く。 そこでは“誰も作った覚えのない人形が、夜ごと少しずつ増えている”という奇妙な噂が立っていた。 病に伏す人形師・桐生誠士は、異変の真相解明を二人に託し、さらに姿を消した元弟子の人形師“斎宮”を探してほしいと願う。 増え続ける人形、曖昧に濁される証言、消えた記録。静かな雨音の下で、隠された想いが少しずつ輪郭を帯びていく。 これは、失ったものを手放せなかった人間の執念が引き起こす、じわじわと心を侵す怪異の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...