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 そう言って笑う顔は魅力的だ。

「わ、わたし、コンスタンス」

 コンスタンスがもう少し世慣れていれば、もっと警戒心を持っていたかもしれないが、この夜のコンスタンスは両親や家の問題で動揺しており、行く場所もなく、心が疲れきっていた。

「今から友人同士でちょっとしたパーティーをするんだけれど、良かったら来ないかい?」

 もう考える力もなかった。事実、この夜のコンスタンスには帰る場所も行く場所もなかったのだ。

「……ええ」




「いらっしゃいませ。あら、カルロスじゃないの」

「ボン・ソワール、マダム。今日は、僕の新しい友達をつれてきたよ。コンスタンスだ」

「あらあら、それは」

 マダムと呼ばれた女性は歳は三十後半……、もしかしたら四十になっていたかもしれないが、黒いドレスを優雅にまとっていて、なかなか魅力的に見える。パリは、当時でも中年の女性にも美人の栄冠を与えてくれる世界にもまれな街である。

「コンスタンス、こちらはマダム・オベール」

「こ、こんばんは」

 コンスタンスはおずおずと邸内に入った。

 街の大通りからはすこし離れているが、あたりは閑静な住宅街なので、すこし安心していたが、目の前の女性はこれもどう見ても堅気ではない。昔見たモンマルトルの女性にも似ているし、エマとも雰囲気が似ている。後ろで結いあげているブルネットの髪はカルロスと同じだ。細面の顔立ちもどことなく似ており、いぶかしんでいるコンスタンスにカルロスが小声で「親戚なんだ」と囁いた。

「まぁ、可愛いお嬢さんだとこと。どうぞ。カルロス、あんたも、こっちへいらっしゃい。シャンパンでいいかしら? そちらのお嬢さんは?」

「あ、あの、同じでいいです」

「コンスタンスは女学院の生徒なんだよ」

「あら、学生さん?」

 そこでマダムの黒い目がブラックオニキスのように妖しく光ったのをコンスタンスは感じとった。
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