闇より来たりし者

平坂 静音

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遺産 八

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 おかげで私もまたかなり本の虫になってしまったけれど。
 スマホの写真を見たまま話を聞いていた美菜が、少しがっかりしたように茶色くぬっている眉の両端をさげた。
「スポーツとかやんないの? 歌とか興味ないのかな?」
「スポーツは……子どもの頃はサッカーとかやっていたけど。あっ、高校のときは剣道部に入ってた」
「おお。武道好き。ちょっとかっこいいじゃん」
 けれど試合に出たとかいう話は聞かなかった。いい子だけれど、あんまり女の子にもてるタイプじゃない。見栄えは悪くないんだけれど、正直言って、野暮ったくて、本当にオタクな文系少年だ。
 けれど、そういうところが私とも似ていて、地方ではそこそこ有名な大学に入って、勉強もスポーツも器用にやりこなして、スポーツカーを乗りまわしているというような派手好きな母方の舟木ふなき家のいとこ達とくらべると、一緒にいてずっと安心できる。親戚じゅうのなかでは一番気が合う相手だろう。
 不思議なことに、美菜の目が妙に熱っぽくなってきて、私は内心ちょっとあせってスマホを返してもらった。
「美菜には彼氏がいるじゃん。あっそうだ、シュークリーム食べる?」
 シンクの側の小型の冷蔵庫からシュークリームを出そうと立ちあがった私に、背後から美菜が声をかけてきた。
「ねぇ、これ、開けていい?」
 それが書き物机のことだとわかって、私は冷蔵庫を開けながら返事をした。
「いいよ。空だけどね」
 書き物机は一昨日に届けられたばかりで、昨日やっと包装を外したばかりなのだ。まだ開けてもいない。
 引き出しをあけしめする音にも特に気をひかれず、私はお気に入りの洋菓子店で買ったシュークリームの紙箱を取り出していた。
「あれぇ……、これ、開かないよ」
「え?」
 引き出しは三段ある。美菜は最後の引き出しで手こずっているようだ。
「そんなことないでしょう」
 そう言いながらも、祖母の家でこの机を見たとき、引き出しを開けたろうかと記憶をさぐってみた。そういえば……。
 たしかに一番上の引き出しは開けてみたが、二段目と三段目までは開けなかった。まだ自分のものになったわけではなかったから、すこし気がひけたのだ。
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