闇より来たりし者

平坂 静音

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家の秘密 一

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「ねぇ、お母さん、変なこと訊くけれど、舟木のお祖母ちゃんて、中国へ行ったことあるの?」
 美菜が帰ってから私は都内に住む母の携帯に電話をかけてみた。
『お祖母ちゃんが、中国に? 聞いたことないけれど……。でも東南アジアには行ったことあるんじゃないかしら』
「お祖父ちゃんといっしょに?」
 私はむかし一度見た古い写真を思い出した。祖父は洋装好きで、けっこう似合っていた。今の感覚でもなかなかハンサムで、年取ってからの祖父しか知らない私はびっくりしたのを覚えている。
『というか、向こうで二人は知りあったから』
「え? そうなの?」
 初耳だ。
 そして、ひどく意外な気がした。日本で出会って結婚してからアジアに旅行したというのなら、想像しやすいのだけど。
「お祖母ちゃんて、外国に住んでいたの?」
『インドネシアかマレーシアだったかしらね。そこで、お祖父ちゃんの会社の取引先の専務さんか社長さん……その人も日本人なんだけれど、その人のお宅でメイドの仕事をしていたのよ。それが縁で、食事に招かれたお祖父ちゃんと知りあったの』
「全然知らなかったぁ」
 メイドのお祖母ちゃんと、若社長だったお祖父ちゃんを想像してみた。
 海外、昔のアジアの家って、どんなだろう? 
 お金持ちの日本人が住んでいたなら、ちょっと洋風でお洒落なお屋敷かな? そこで出会うエプロンすがたの若いお祖母ちゃんと、白スーツすがたのお祖父ちゃん。社長とメイド。当時なら、身分ちがいの恋とか言われていたかも。きっと大変だったにちがいない。うわ、妙に胸がわくわくする。
『お祖母ちゃん、あんまり若い頃のこと話したがらないから……。でも、なんで今さらそんなこと訊くの?』
 私は一瞬、躊躇ちゅうちょした。母には言うべきだろうか。
「えーと、あのね。ほら、あのもらった机の中から、なんだかアジアンティックな……小物が出てきたの。それで、もしかしてお祖母ちゃんかお祖父ちゃんが東南アジアにでも行ったときのおみやげか何かかなぁ、と思って」
 私は紙束のことは伏せておいて、あの不気味な瓶を思い浮かべながら言葉をつないだ。まったくの嘘というわけでもない。
『それって高い物なの? もしそうならちゃんと伯母さんに連絡しておかないと』
「ううん。そんな高そうなもんじゃなくて、ほとんどガラクタみたいなもの」 
 これも、ある意味嘘ではないと思う。
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