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聖処女 五
しおりを挟む友哉君と話してお寿司を食べてわかれてから、私は少しやるせない想いをかかえて自室にもどった。
つい先ほど、寮の前で手をふって友哉君を見送っているとき、妙に胸が痛んだ。
勿論、そこには恋愛感情なんてない。親しい友達と別れるときの物悲しさと、家族のような身近な人と別れるときの寂しさと、冷えてきた秋風に一瞬あおられた哀愁のせいだ。
秋の夜は、人をやるせない気持ちにさせるものなのだ。つい、そんなことを想いながら例のディスクに向かった。家から持ってきた椅子だと高さが少し合わないけれど、どうにか使える。
このディスクを使っていたのは、どんな人だったんだろう? 舟木のお祖母ちゃんも使ったかもしれないけれど、もっと以前、お祖母ちゃんの手にわたるまえに使っていたのは、どんな人だったのかな? もしかしたら外国人かもしれない。インドネシアか、マレーシアの人かもしれないし、そこに移住していた中国人かもしれない。中国人は昔からいろんな国に行っていたっていうし。
このディスクを使って、どんなことを書いていたんだろう? 仕事関係の書類とか、友達や家族に当てた手紙とか、もしかしたら、恋人へのラブレターとかも書いていたりして。それも、世間にかくれた秘密の恋人へ……。そんなこともあったかもしれない。
私は琥珀色に艶光りするディスクの表面を撫でてみた。
カサカサ……
部屋のどこかで、奇妙な音がした。
ゴキブリでも出たのかと、背後を見たけれど、何もいない。
首の後ろから背骨にかけて、虫が這ったような錯覚がする。気持ち悪い。
ヤダ……なに? なんか、イヤだ。
何かいる。
そんな感じがしてきた。
私はわけのわからない恐怖に押されて、寒くなってきた。
部屋のなかを見まわしても、いつもと何も変わらないのに、どういうわけか、不気味な気がしてきたのだ。
どうしょう?
心細くて泣きたくなってきたとき、まるで救いの神が来たように、背後のドアをたたく音が響いた。
「小倉さん、いるかしら? こんな時間にご免なさい」
一瞬にして、背にはりつめていた緊張感がとけた。あわててドアをあけると、そこにいたのは寮長の信楽緑だった。
「あら、良かった。いたのね」
少々やぼったい黒ぶち眼鏡の奥で、信楽寮長のほそい目が安堵にやわらいだ。
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