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昔話 一
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幼いころ、下働きの老女――我が家ではたった一人の女の召使だったが、彼女が近所の主婦とひそひそと声をころしてしゃべっていたのを聞いたことがある。
「ねぇ、ダナお婆さんは、トヨールを作れるんでしょう?」
私は五つぐらいだったと思う。庭で土いじりをして遊んでいた私の耳に、そんな言葉が聞こえてきた。
「シッ! 声が大きいよ」
常夏の国の太陽が庭地に描くふたつの影が、ゆらゆらと不思議な芝居を演じる影絵のように土のうえで舞い踊っているのを、私は子ども心にも奇妙に思いながら、それでいてたまらなく惹きつけられて見ていた。
「……あたしに、トヨールを作ってくれない?」
隣家の女はささやいた。庭のすみ、紫の蘭の花のちかく、白い蝶が舞っているのが、幼かった私の目に、その場のできごとをいっそう幻想的に見せた。
まるで、白昼夢を見ているような心地にさせられ、私は言葉をうしなったように黙って座りこんでいたのを、昨日のことのように思い出した。
老女は、私が砂遊びに夢中になっていて、自分たちの話に聞き耳をたてているなどと思いもしなかったろう。
「雛はあるのかい?」
「あるわ……。ここに」
隣家の女は下腹をなでた。
彼女は、私たちのような純粋な華人ではなく、父親か母親のどちらかが土地の人なので、子どもの私でも、彼女のことを自分たちとは少しちがう人と意識していた。
いつか母がその人のことを「あのニョニョ」と呼んでいたのを聞いたことがある。声がきびしかったので耳に残っている。
ニョニョというのは、華人と土地の人との間に出来た混血の女子のことをいうのだそうだ。そういう人は珍しくないから、そのことで母が彼女を卑しんだわけではなく、おそらく彼女の派手なよそおいと軽薄な態度が母の気に入らなかったのだろうと、私は後になって気づいた。
彼女、名はたしかマリーと呼ばれていたが、貧しいわりにはいつも鮮やかな色のクルンをまとって井戸端では素足をさらして我が家の下男に笑いかけたりしていた。そういうところが、母のみならず近所のおかみさんたちを苛立たせたのかもしれない。ひどく周囲の女たちから嫌がられていた。
老女は眉をしかめた……ように私には思えた。
「なんだよ、そっちは別料金だよ」
「お願い。トヨールを作ってくれたら、どうにかしてお金を払えるから」
やれやれ……。老女は首をふる。
「ねぇ、ダナお婆さんは、トヨールを作れるんでしょう?」
私は五つぐらいだったと思う。庭で土いじりをして遊んでいた私の耳に、そんな言葉が聞こえてきた。
「シッ! 声が大きいよ」
常夏の国の太陽が庭地に描くふたつの影が、ゆらゆらと不思議な芝居を演じる影絵のように土のうえで舞い踊っているのを、私は子ども心にも奇妙に思いながら、それでいてたまらなく惹きつけられて見ていた。
「……あたしに、トヨールを作ってくれない?」
隣家の女はささやいた。庭のすみ、紫の蘭の花のちかく、白い蝶が舞っているのが、幼かった私の目に、その場のできごとをいっそう幻想的に見せた。
まるで、白昼夢を見ているような心地にさせられ、私は言葉をうしなったように黙って座りこんでいたのを、昨日のことのように思い出した。
老女は、私が砂遊びに夢中になっていて、自分たちの話に聞き耳をたてているなどと思いもしなかったろう。
「雛はあるのかい?」
「あるわ……。ここに」
隣家の女は下腹をなでた。
彼女は、私たちのような純粋な華人ではなく、父親か母親のどちらかが土地の人なので、子どもの私でも、彼女のことを自分たちとは少しちがう人と意識していた。
いつか母がその人のことを「あのニョニョ」と呼んでいたのを聞いたことがある。声がきびしかったので耳に残っている。
ニョニョというのは、華人と土地の人との間に出来た混血の女子のことをいうのだそうだ。そういう人は珍しくないから、そのことで母が彼女を卑しんだわけではなく、おそらく彼女の派手なよそおいと軽薄な態度が母の気に入らなかったのだろうと、私は後になって気づいた。
彼女、名はたしかマリーと呼ばれていたが、貧しいわりにはいつも鮮やかな色のクルンをまとって井戸端では素足をさらして我が家の下男に笑いかけたりしていた。そういうところが、母のみならず近所のおかみさんたちを苛立たせたのかもしれない。ひどく周囲の女たちから嫌がられていた。
老女は眉をしかめた……ように私には思えた。
「なんだよ、そっちは別料金だよ」
「お願い。トヨールを作ってくれたら、どうにかしてお金を払えるから」
やれやれ……。老女は首をふる。
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