闇より来たりし者

平坂 静音

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洗礼 四

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「大丈夫ですか」
 思いつめた顔をしていたのだろう。アレックスに問われて、私はつい自分が考えていたことをそのまま口にしてしまった。まさか、とは思うのだけれど。
「……でも、美菜が、そんなトヨールのことなど知っているわけないし」
 アレックスの黒真珠のような瞳に翳がはしる。
「それはわかりませんよ。ネットなどで調べられることもできます」
 言われてみたら、反論できない。そういうこともあり得るかも。美菜はそういうことが得意そうだし、自分が興味を持ったことはとことん追及するタイプだ。
「その美菜さんは、どうしているんですか?」
「連絡がつかないのよ」
 答えたのはリィーランさんだ。私は内心、ちょっと苛ついた。 
「あの、一応家の人には旅行するって言ってるらしくて、今は大阪にいるみたいなんです」
 私は早口で説明した。
「それは、危ないかもしれませんよ」
 びっくりして目を見張っている私に、アレックスは言いづらそうに眉をしかめる。
「トヨールを持っていて、突然いなくなるということは……、もしかしたらトヨールがすでに復活したのかもしれません」
 復活。
 その言葉が妙に生々しく響く。まるで、本当に悪魔か化物が出てきたみたい。
「トヨールは……これは私の考えですが、トヨールにかぎらず、魔術の道具というものは、持ちぬしや身近な人間を誘惑するものです。例えれば、高い金をだして銃を買った人間が、ついそれを試してみたくなるようなものです。その、美菜という友達は、すでにトヨールのかもしだす邪気にとらわれているのかもしれませんよ」
 なんだかだんだんホラー映画の世界に入っていくようで、私は心中複雑だった。じつを言うと、今でもトヨールに関しては半信半疑なのだ。これは……本当に、本当の事なんだろうか?
 未練がましく必死に現実にすがろうとしていると、鞄のなかのスマホがメール着信音を鳴らす。
「あ、ちょっと、すいません」
 メールは寮長からだった。私はいそいで文に目を通して、びっくりした。
『工藤美菜さんのお母さんから寮に連絡が来ました。美菜さん、事故にあって入院しているらしいです。詳しいことは後ほど』
 タイミングがタイミングなので、私は呆然としてしまった。
「どうしました?」
 リィーランさんに問われて、私は一瞬まよってから答えた。
「あのぉ……、その美菜が、事故に遭ったらしくて」
 二人が私を無言で凝視した。
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