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彼の横顔 …4
しおりを挟む「なんかいい感じのお店だな。不思議と落ち着くし」
幹太は琥珀亭の店内をじっくり見回している。
私達が琥珀亭に入った途端、奥の方から白髪の男性が出てきてくれた。その男性の名前は斎藤さん。子供の頃から家族で食事に来ている私の事をちゃんと分かっている。
斎藤さんは私を見ると、すぐにいつもの席に案内してくれた。斎藤さんは私の左目の事を知っている。それだけ私達家族にとってこの店は特別な店だった。
「寧々ちゃん、来るなら電話しなきゃダメだよ。今日はたまたまあの席が空いてたからよかったけど」
斎藤さんはそう言いながら、一番奥の席に私達を連れて行ってくれた。
「斎藤さん、いつもありがとう。
あ、この人は、私の小学校の時の同級生で」
「鈴木幹太といいます」
幹太は自分でしっかり自己紹介をした。小柄な斎藤さんは幹太を見上げて微笑んだ。
「お腹空いてそうな顔してるな。分かった、すぐにメニューを持ってくるから」
斎藤さんは、席を離れる前に、柱にある電源をオンにした。そう、この席は、薄暗い雰囲気の店の中で一番明るい席だった。
そして、斎藤さんは更に私のために間接照明をつけてくれた。夜の闇を人一倍怖がる私を斎藤さんはちゃんと分かってくれている。
「いい店だね…」
幹太はテーブルの真ん中にある照明を挟んで、私を見つめてそう言った。
暖色系の明かりによって照らし出される幹太の顔は、よく見ると確実に大人になっている。そんな幹太の顔を私もジッと見つめた。
「寧々… 元気だったか…?」
何だか幹太の顔は泣きそうになっている。
「うん、元気だった…
どうしたの? そんなに改まって」
私は無意識に、いや意識的に、私が転校したあの時期の話は避けていた。
事故の前後の記憶が飛んでいる事が何だか恥ずかしかったから。
「幹太は、今、何の仕事をしてるの?」
こうやって今の話にすり替える私は、臆病者で弱虫でひねくれ者だ。
健常者として見られたい…
いつも私の心の中にこの思いが居座っている。
あの事故の事を幹太がどれくらい知っているのか分からないけれど、自分の口からそれを言い出す勇気はなかった。
「昔の俺からは想像がつかないかもしれないけど、外資系の企業に勤めてる。
結構、勉強も頑張ってそこそこの大学に入って、このチャンスをものにした」
私のその企業の名前を聞いて驚いた。日本では誰もが知っている一流企業だから。
私が何も言わずに黙っていると、幹太は心配そうに私の顔を覗きこむ。
「寧々…?」
私は小さく息を吐いて笑顔で幹太を見た。
「高校生の時の幹太や、大学生の時の幹太に会いたかったな、なんて思っちゃった…」
キラキラした青春の頃に戻りたいと思った。
あのまま音信不通にならずに幹太と友達のままでいる事が条件だけど。
「いいじゃん、寧々。
今、こうやって会えたんだから。
ガキの頃の俺は、寧々の事が本当に大好きだった。
寧々がそういう風に思うように、俺だって毎日そういう風に思ってたよ。
寧々は今どこで何してるんだろう? 元気で暮らしてるかな?
寧々に会いたいよ、なんてね」
神様は私に恋をしろと言っているのかもしれない。
味わった事のない胸の高鳴りは、幹太への想いで溢れている。
そんな空気感を断ち切るように、斎藤さんが注文した料理を運んで来た。幹太が頼んだA定食にはサービスで特大のエビフライが乘っている。私は斎藤さんを見て微笑んだ。幹太はそんな私達を見て、エビフライがサービスだと気付いたらしい。
「斎藤さん、これからもここにしょっちゅう食べに来ますんで、どうぞよろしくお願いします」
斎藤さんは大笑いした。
「まだ料理も食べてないのに、その台詞は早いよ」
幹太は斎藤さんがそう言い終らない内に、エビフライを二口で平らげた。
「美味しい! 寧々と同様、俺もどうぞよろしくお願いします」
私は斎藤さんと顔を見合わせて笑った。斎藤さんの心を掴んだ幹太は、昔と同じ屈託のない笑顔を浮かべている。
私も注文したオムライスを大きな口で頬張った。いつもと変わらないオムライスが、今日は格別に美味しく感じた。
私はもう完全に幹太に恋している。幹太がそばに居れば、何も怖くない。
だって、幹太はいつでも私の味方だから…
私達は食事を済ませ食後のコーヒーまで飲んで、琥珀亭でたっぷりの時間を過ごした。
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