15 / 69
彼の時間 …1
しおりを挟む麻生さんと映画に行く朝は、どんよりと雲が空を覆いつくしていた。雨や曇りの日は、何だか気持ちがブルーになる。私の世界が半分ぼやけたような気になるから。ううん、気になるのではなく、太陽の光が射さない一日は、確実に私の世界は少しだけぼやけていた。
麻生さんは口には出さないけれど、きっと、私の左目の事を気遣って二人で出掛ける時はいつもマイカーで迎えに来てくれる。
私が電車が苦手な事も、ちゃんと気付いている。駅の階段の人混みで困っている私を見かけた事があったらしいから。
という事で、今日も、私の家の近くのコンビニの駐車場で待ち合わせをしている。
私は小雨が降る中、傘を差してそのコンビニまで急いだ。
麻生さんは小雨が降っているのに、車の外に出て私を待っていてくれた。遠くに私を見つけると、はにかみながら手を振った。
「麻生さん、雨、濡れるから中に入ってて」
私は遠くからそう叫んだ。
麻生さんは本当に穏やかで優しい人。口数は少ないけれど、困った人には必ず手を差し伸べる。
「寧々ちゃんが転ばないか気になって。
本当は家の前まで車で行こうかって、電話しようと思ってたんだ」
「大丈夫ですよ…」
私は胸が痛かった。でも、別につき合っているわけでも、好きだと言われたわけでもない。
「寧々ちゃん、今日は何時まで大丈夫?」
麻生さんは私がシートベルトをしたのを確かめると、車をゆっくりと発進させた。
「今日は…
実は、小学校の時の友達が、この街にたまたま引っ越してきて、夕方にかけて会いに行こうかと思ってて」
私は何も嘘はついていないはずなのに声がうわずった。こういうシチュエーションはあまり得意じゃない。
麻生さんは何も言わずに運転を続けた。でも、赤信号で車が止まった時に、隣に座る私の方へゆっくりと顔を向ける。
「分かった。そういう事ならしょうがないよ。
きっと、その友達は寧々ちゃんを頼りにしてるはずだから」
私は何も言えずに小さく頷いた。こんなに胸が痛いのは、私が麻生さんの気持ちに気付いているから。
麻生さんは私の事を好き。それは口に出さなくても私にちゃんと伝わっていた。
「映画の後、コーヒーくらいは飲めるかな?」
私の右目に麻生さんの横顔が映る。笑っているけれど、ちょっと寂しそうに見えた。
「…うん」
私は、私も話があるからって言うつもりだったのに言えなかった。自分の弱さにため息が出る。
映画は、思いのほか面白かった。こてこてのホラー映画だと思っていた私達は、コメディタッチのその映画に二人でお腹を抱えて笑った。
何だかすごく楽しい気分になっている私達は、そのまま映画館の下の階にあるカフェへ直行した。
しばらくは映画の話で盛り上がった。
でも、時間は刻々と流れていく。
「あ、あの…」
麻生さんはアイスコーヒーのストローを回しながら、私に視線を移す。
「あの、麻生さん… その…
もう、こういう風に映画とか観れなくなっちゃうかも、なんです…」
もう日本語がめちゃくちゃで恥ずかしい。
「え、何で?」
私は一回大きく深呼吸をした。麻生さんの目の前でこういう事をする事自体、完全にパニック状態だ。でも、きっとそれさえも、今の私は気付いていない。
「あ、あの… か、彼氏ができたんです」
ストローに口をつけようとしていた麻生さんの動きが止まった。
「彼氏…? え? 区役所の人?」
私は手を振りながら首も横に振った。
「違います… 区役所とは全然関係ない人で、あの」
「その小学校の同級生だ」
私は小さく頷いた。
でも、その後に麻生さんからの言葉が何もない。
私が視線を麻生さんに向けると、麻生さんはやるせない目をしてアイスコーヒーの氷をストローでクルクル回していた。
私は胸がまた痛んだ。麻生さんは、区役所の中でいつも私の味方だったから。
受付要員として区役所に採用された私は、一見、健常者と見た目は同じで、でも、障害者枠での採用のため、入った頃は皆の注目の的だった。いい意味の注目ではなく…
そんな中、総務課の私の事情を知る職員は、皆で私を守ってくれた。その中でも、特に相談に乗ってくれたり気晴らしに食事に誘ってくれたのが麻生さんだった。
麻生さんは、目立つ事を嫌い、縁の下の力持ちが性に合っているといつも言っていた。
でも、今の私は、そんな麻生さんを傷つけてまで、幹太と一緒に居たいと心から思っている。
「ちょっと、遅かったかな…
告白とか中々勇気が出なくて、でも、そうだよね…
寧々ちゃんは美人さんで性格も可愛くて、モテないはずがない。
今になって、自分の決断力のなさに落ち込んでるよ」
私は何も言えずに下を向いた。この言葉が麻生さんの優しい人柄を映し出している。それが何だか辛かったから。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
【完結】時計台の約束
とっくり
恋愛
あの日、彼は約束の場所に現れなかった。
それは裏切りではなく、永遠の別れの始まりだった――。
孤児院で出会い、時を経て再び交わった二人の絆は、すれ違いと痛みの中で静かに崩れていく。
偽りの事故が奪ったのは、未来への希望さえも。
それでも、彼を想い続ける少女の胸には、小さな命と共に新しい未来が灯る。
中世異世界を舞台に紡がれる、愛と喪失の切ない物語。
※短編から長編に変更いたしました。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
熱い風の果てへ
朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。
カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。
必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。
そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。
まさか――
そのまさかは的中する。
ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。
※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる