君の左目

便葉

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彼の時間 …8

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心を落ち着かせてもう一度見てみると、そこには、子供の頃の幹太に私、そして優樹菜にあと男の子が二人写っている。
遠足の帰りなのか、皆リュックを背負って最高の笑顔でピースをしていた。

私もきっとこの写真は持っている。
漠然とそんな事を思いながら、でも、久しぶりに見る自分の小学生の頃の写真に動揺が隠せない。

あの日、あの時、あの大きな事故のせいで、この頃の記憶に強制的に鍵がかかった。
優樹菜のおてんばそうな笑顔も、幹太の俺様なオーラも、私のツィンテールの髪形も、二人のやんちゃな男の子も、あの頃、あの時、確かいつも一緒に遊んでたメンバーで…

私は、私の中で、何か異変を感じ取った。
動悸が激しくなり、真っ直ぐに立っていられない。
私はふらつきながらどうにかソファまで辿り着いた。
手にはあの写真を握りしめたまま、必死に息を整えた。私の中で、記憶の蓋がカタカタと音を立てる。その音は、もうそろそろいいでしょ?みたいなそんな風に聞こえて私をじりじり追い詰める。

私はそれでもあの写真は手放さなかった。
私の大切な友達… 
無意識だけど、私の中でその真実は見えている。それは紛れもない真実だと、私の記憶の断片が飛び跳ねながらそう囁く。

幹太… 早く、帰ってきて…

一人でこの状況に立ち向かう勇気はない。
私の消えてしまった記憶は、何か大きな理由があって私の中から締め出された。その理由を一人の時に知りたくない…

「寧々? どうした、風邪ひくぞ」

私はあれから気を失ったように深い眠りに落ちていた。幹太が帰ってきた事も、幹太に起こされるまで何も気付かないほどに。
私は幹太の顔を見て、現実に戻った。
幹太の見慣れた部屋を見回すと、とめどなく涙が溢れてくる。

「どうした? 怖い夢でも見たか?」

幹太はそう言いながら私を優しく抱きしめる。幹太の匂いを胸一杯に吸い込んで、まだ止まらない心臓の高鳴りを必死に鎮めた。
私は何度も大きく息を吐き涙と胸の鼓動を落ち着かせながら、幹太に話す勇気をかき集めた。

「幹太… これ…」

私の手の中には、まだあの写真が握られている。
幹太の大切な写真のはずなのに、私の汗や握りしめた力のせいでグシャグシャになっていた。
幹太はその写真を見て、言葉を失っている。

「寧々… もしかして… 何か思い出したか…?」

私はもう一度大きく息を吐いた。そして、幹太の首に絡み付く。

「思い出しそうになった…
でも、まだ、戻ってこない… 私の記憶は、私の中に眠ってる…
それだけは、ちゃんと分かった」

幹太も大きく息を吐いて、私を壊れるくらい強く抱きしめた。

「良かった…
寧々の記憶が戻るその時は、絶対に俺がいるから。
だから、俺がいない時に、こんな物見ちゃダメだよ…」

幹太はそう言って、私の手の中からあの皆の写真を取り上げる。
でも、私は、その写真をまた幹太から取り返した。
何でだかは分からない。でも、私の本能がその写真を大切に思っている。

「こんな物って…
私の大切な友達なのに…
優樹菜に幹太に… 
ねえ、この二人の名前は何だったっけ…?」

私はそのグシャグシャになった写真を綺麗に伸ばしながら、幹太にそう聞いた。
でも、幹太は答えない。目には涙をいっぱい溜めて、そんな私を苦しそうな表情で見つめている。

「ねえ、幹太、教えて… 名前何だったっけ?」

私はその写真を愛おしそうに見た。
愛おしくてたまらない。私の大切な友達、それだけははっきり分かる。

「雅也と隆志…」

幹太の声は聞き取れないほどに小さい。でも、私の耳にはちゃんと届いた。
雅也に隆志…
私は目を閉じて、写真の中にいる雅也と隆志を思い描いてみる。でも、私の頭の中では、優樹菜や幹太ほどの変化は起こらない。記憶の蓋はまた閉じてしまった。

「寧々…? 大丈夫か?」

幹太の声はまだ震えている。

「…うん、もう、終わったみたい。
ちょっと開きかけた記憶のドアがバタンって閉まったみたい」

私は半分ホッとしながら、半分がっかりした。
どういう記憶が甦ってくるにしろ、あの頃のキラキラした思い出だってあるはずだから。
私はまた幹太の首にしがみついた。どんな記憶が戻ったとしても、私には幹太がいる。

壁に掛かっている時計を見ると、もう夜中の一時を回ってした。

「幹太、早くシャワー浴びて、もう寝なきゃ。
明日も早いんだから」

幹太は、私の言葉に小さくため息をついた。

「俺がいない時に、記憶とか戻らないよな…?
区役所の中でとか、駅でバスを待ってる間とか…」

誰よりも私の事になると心配性の幹太は、今、シャワーを浴びに行く事さえ思い悩んでいる。私は幹太を抱きしめた。

「大丈夫だから…
もう記憶の扉に鍵がかかった。何となくだけどそんな気がしてる」

幹太は小さく頷いた。そして、私の体を自分の方へ向けると、優しい眼差しで私を見つめる。

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