君の左目

便葉

文字の大きさ
23 / 69

彼の時間 …9

しおりを挟む



「寧々は、今日の事があって、記憶を早く取り戻したいって思ってるように見える…」

そう言う幹太の顔は、優しさを必死で作っているのが分かった。
私は伏し目がちに首を傾ける。

「確かに、そうかもしれない…
事故を境に無くなってしまった私の記憶には、事故だけじゃない楽しかった思い出もあるんだって分かった。
それに…
幹太と未来に向かって歩き始めるのなら、過去から逃げちゃダメだって、今の私は心からそう思ってる」

幹太は視線を私から外した。それもぎこちなく…

「寧々の取り戻したい記憶は、寧々が思っている以上に凄まじいものかもしれない…
俺は、寧々を守りたいって思ってるけど、果たしてそれがいい事なのかも分からない。
でも、俺は、寧々を離さないから。
どんな事があっても、俺は寧々を守る。

寧々…
これだけは覚えていてほしい。
予想もできないような真実が寧々の過去に潜んでいたとしても、俺は、必ず寧々のそばにいる…
それだけは、忘れないでいて…」

私は、何度となく、この幹太の苦悩に満ちた顔を見てきた。
今ならはっきりと分かる。幹太は私の戻らない記憶に何かしら関わっていて、何も知らない思い出さない私に、幹太自身が心を痛めている。
あ~、もう、こんな状態は本当に嫌だ。私が真実に向き合わなければ、私達の未来は何も動き出さない。

「…幹太、私、あの時のぽっかり無くなった私の記憶に、向き合いたい。

そうじゃないと、私だけ、きっと、置いてきぼりで、私と幹太は大人になって再会したと思ってるけど、実際は、大人になってるのは幹太だけで…

私の中で欠けてしまったパズルのピーズは、きっと、本当は、私の手のひらの中にあって、早くはめてもらうのを待ってる気がするんだ…」

目を逸らしていた幹太が、また私を見つめる。
それも、心配と不安が混じった複雑な目をして。

「でも、寧々は、俺の口から真実は聞きたくないんだろ…?」

私は大きく頷いた。

「できる事なら、自分の力で思い出したい。
それが、私の中での、本当の真実だと思うから…」

幹太はまた目を逸らす。頭の中を必死に整理しているみたいに、部屋の片隅をぼんやりと眺めている。

「寧々…
四月の後半の三連休に、寧々の記憶が止まってるあの街に行ってみるか?
きっと、ほぼ確実に、寧々の中で何かが変わると思う。

ガキの頃、俺達が過ごしたあの街に、帰ってみようか…」

幹太こそ苦しんでいる。そういう荒治療で私の繊細な心を深く傷つけるんじゃないかって、まだ思い悩んでいる。
でも、私は、不思議と前向きだった。きっと、そこには、二人の未来へ繋がる扉が待っているような気がしたから。

「行きたい…
幹太が生まれ育った街に、私にとってもきっと大切なあの場所へ。

じゃ、すぐに、新幹線を予約しなくちゃ。
ホテルとかあったっけ? 
急がなきゃ、ゴールデンウイークに入った頃だから空いてないかもしれないよ」

私は幹太との旅行が嬉しくて、一人でソワソワし始めた。
そんな私を、幹太は引き寄せて思いっきり抱きしめる。

「寧々、本当にいいのか?
怖かったりするんだったら、いつでも延期していいんだぞ」

「怖くなんてないよ。幹太がいてくれるなら、私は何も怖くない。
それに、幹太のその苦しむ顔も見たくないの…
きっと、私のこの消えた記憶のせいで、幹太も私の家族も苦しんでるのを知ってる。

でも、どんな事があったにしてもそれはとっくに過ぎた過去の話で、私は、区役所にあるあの古時計のように、何度も何度も新しく生まれ変わって、新しい未来への時間を刻みたいって思ってる」

「…分かった」

幹太は私を抱きしまたまま大きく深呼吸をした。そして、もう一度大きな声で分かった!と言った。

「区役所の時計って、あのでっかい古めかしい時計の事か?」

幹太は私の突拍子のない例えを、必死に理解しようとしている。

「そう、あの時計…
あの時計ね、もう昭和初期とかそんな古い貴重な物で、あの日、幹太が区役所にやって来た日、あの時計も長い期間の修理を終えて、帰って来たばかりだったの。
修理の人が、生まれ変わってまた新しい時を刻み出しますって言ってた。

何だか、その時こう思ったんだ…
時間って何度もやり直せるんだって…
私の過去は辛いものだったかもしれないけど、私の未来は楽しい未来が待ってるかもしれないって」

幹太は何か感慨深い顔をしている。幹太の中の時間は一体どういう時の刻み方をしてきたのだろう。
私は、幹太の過去も知りたいと思った。私があの街を離れた日から、幹太はどういう人生を送ってきたのか。
きっと、あの場所へ行けば、全てが解決するに違いない。

「幹太、私、行きたい。
幹太が一緒に行ってくれるなら、私は、絶対、大丈夫だから」

幹太の目にはまだ迷いが見えたけれど、でも、私の決意は何があっても揺るがない。
あの場所へ行って、それでも何も思い出さなかったら、その時にまた考えればいいから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

【完結】時計台の約束

とっくり
恋愛
あの日、彼は約束の場所に現れなかった。 それは裏切りではなく、永遠の別れの始まりだった――。 孤児院で出会い、時を経て再び交わった二人の絆は、すれ違いと痛みの中で静かに崩れていく。 偽りの事故が奪ったのは、未来への希望さえも。 それでも、彼を想い続ける少女の胸には、小さな命と共に新しい未来が灯る。 中世異世界を舞台に紡がれる、愛と喪失の切ない物語。 ※短編から長編に変更いたしました。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

処理中です...