君の中で世界は廻る

便葉

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桜の頃 …2

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「こんちわ~~」


きゆは突然の来客に驚いて、我に返った。


「は~~い」


玄関の方へ目をやると、そこには瑛太が立っていた。
瑛太はきゆの幼なじみで、唯一、島に残る若者だ。
幼なじみといってもこの島の子どもは皆兄弟のように育つため、きゆにとって瑛太は身内に近い存在だった。


「きゆ~、元気か~~?」


きゆがこの島に戻ってきてこの病院に勤めて2か月が経ったが、瑛太は週の3回はこのように来院して、きゆの様子を見に来てくれる。


「元気だよ~ 今日はどうしたの?」


瑛太は村の消防団に勤務していた。
消防団といっても、ほとんどの団員は村の青年団で皆それぞれの仕事を持っている。
しかし、瑛太は、隣の島にある本部の消防署から出向という形で、この島の消防団に身を置いていた。


「今日はその先にある保育園の先生達のための避難訓練。
最近は園児の数も少ないから、思いのほか早く終わったんだ」


瑛太は背が高くがっしりとした体つきで、いかにも消防隊員といったたくましさと包容力を身につけていた。
色黒で、短く刈りあげた髪は何故だか茶色に染めている。
目は大きいとは言えないが、いつも笑ってるような優しい眼差しを持っていた。
そして、たまに半袖になると、顔からは想像できないムキムキの筋肉にいつも驚いてしまうきゆがいた。

瑛太はきゆの事が心配でしょうがない。
久しぶりに島に帰ってきたきゆを見て、瑛太は胸がときめく半面、少しだけショックも受けた。
きゆがあまりにも痩せていたから。
瑛太の知っているきゆは、ぽっちゃりで笑うと口元にえくぼができるふんわりとしたイメージの女の子だった。
柔らかいイメージは変わっていないが、見た目の細さに、きっと何かがあったのだろうと大体の想像がつく。
瑛太の保護本能にスイッチが入ってしまった。


「きゆ、ちゃんと食べてるか?
いきなり院長先生が入院になってお前もたいへんだとは思うけど、でも、ちょっと痩せすぎだろ…
ちゃんと三食取らなきゃだめだぞ」


きゆは下を向いて微笑んだ。
瑛太は毎回言う事が同じだから。


「あ、それと、医師募集の広告見た?
役場のホームページのど真ん中に出してるやつ」


「見たよ~~
でも、誰も来ないし、今までだって募集かけてたらしいけどね。
中々、離島に来るお医者さんを見つけるのはたいへんだと思う。
お給料だって多くは出せないし、何にもないとこだしね…」


瑛太は白衣に身を包んだきゆをジッと見ていた。

…きゆがこの島にずっと留まるつもりなら、俺はきゆと結婚する。


「ま、院長先生が帰ってくるまでは、のんびり過ごせばいいよ。
俺はきゆがここに帰ってきてくれて、本当に嬉しいんだ。
きゆだけ隣の島の高校に行かないで、東京の方の看護科のある高校に行ったからさ、島の事嫌いになったのかと思ってたけど、そうじゃなかったんだよな。

何かあったらいつでも俺を呼んで。飛んでくるから」



***   ***   ***


3月も終わりを告げようとしている。

きゆがここに帰ってきたのは、大みそかの前日だった。
長年勤めた池山総合病院を自主退職し、住み慣れた小さなアパートも綺麗に片付け、流人の住む東京の街にさよならを告げた。

粉雪が舞う暗くて寒い日だったが、きゆは自分の人生を見つめ直すためにも東京を離れるしかなかった。
もちろん、流人に出発する日を伝えるはずもなく、流人に裏切られてできてしまった心の傷を必死になだめながら飛行機に乗った事を、昨日の事のように覚えている。


きゆはこの島の春の季節が一番好きだった。
この島に、唯一、一本だけある桜の木が満開を迎えるから。
海が見下ろせる小高い丘の上に立っているその桜の木は、一年に一度だけこの島に春を届けてくれる。

もうそろそろ、その桜の花が見れるかな…

きゆが病院の受付に座っていると、突然、病院の電話が鳴った。


「もしもし、田中医院ですが…」


「あ、足立さんですよね?
私、役場の人事を担当している三上というものですが、あの、急に、そちらの病院に来てくれる先生が決まりましたので、その報告で電話しました」


「あ、はい…」


きゆは自分に言われてもと思い、その人にこう聞いてみた。


「あの、院長先生には連絡は取れているのでしょうか?」


「はい、院長先生には、先ほど、その新しい先生とも話してもらいました。
とても喜んでらっしゃいましたよ。あとは、足立さんに報告だけです」


「そうなんですね… 分かりました」


きゆは内心ホッとしていた。
この間、院長先生と話をした時に、まだ体調が芳しくなくて病院に中々復帰できない事を気にかけていたから。


「それで、その新しい先生についてはあとでそちらにファックスで流しますね。
住宅は、最近できたばかりの一戸建ての町営住宅の方に入ってもらう予定です。
そちらへの勤務は4月1日付けでお願いします。

よろしくお願いしますね」


「あ、あの、その先生はいつ頃この島に来るんでしょうか?」


きゆは4月1日付けと言われても、もう、あと何日もない事が気になった。



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