君の中で世界は廻る

便葉

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桜の頃 …3

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「それが、明日には着くそうなんですよ。
聞いたら、飛行機が苦手みたいで11時間かけてフェリーでやってきます」


「フェリー??」


きゆは驚いて、そう叫んでしまった。
この島の住人は東京方面へ行く時には、隣の島まで高速船フェリーを使いそこから飛行機で行き先に向かう。
確かに飛行機はジェットタイプではなく小さなプロペラ機だけれども、それでも10時間以上船に揺られることを思えば数倍楽だ。

それなのに、フェリーで来るなんて…


「向こうの港を夜の10時に出て、こちらには朝の10時前に着く便です。

じゃ、そういうことなのでよろしくお願いします。

あ、それと、明日の朝は先生のお出迎えがありますので、足立さんも港に来てくださいね。
なんせ急なので横断幕とかもちゃんとした物を作れるか微妙なんですが、とにかく、医者の先生がこの島に赴任してくれるなんて滅多にないことなので、盛大に迎えてあげようと思ってますので、よろしくお願いしますね」


きゆは電話を切った後、慌てて病院内の掃除をし始めた。
そして、院長先生の部屋に行き、棚にしまっている白衣をチェックしてみると、クリーニングに出された新品同様の物が何着か置いてある。

……でも、一体、どういう人が来るんだろう?
若い人?年配の人?
それで全然着るものが違ってくるのに。

きゆは早く新しい先生の詳細が知りたくて、ファックスが届いてないか受付に行ってみたが、まだ何も届いていなかった。

田中医院は小さな病院だ。
掃除をするにしても、あっという間に終わってしまう。
患者の数も日によってゼロの日があるのにも関わらず、こうやって経営が成り立っているのは村からの補助金のおかげだった。
小さな島だけれども病院がないと不安で生活ができない。
それくらいにこの島にとって、この病院は大切な神聖な場所だった。

きゆは訪問診療のためのワゴン車をきれいに洗った。
大きく田中医院と書かれているこの車は、先生が診察を再開すれば徐々に増える訪問診療で使うことになるだろうし、それに明日の迎えにもこの車は必要だった。
きゆは全ての仕事を済ませまたファックスを見に行ったが、まだ、何も届いていなかった。


***   ***   ***


翌朝、きゆは港に行く前に病院へ寄った。
昨日届かなかった新しい先生の詳細の載った資料を、ファックスから抜き取るためだ。
でも、その資料は届いていなかった。

きゆはため息をついた。
島の人間はのんびり屋さんが多いのは分かっているが、東京の忙しい病院でバリバリ働いてきたきゆにとってはあり得ない事だらけだったから。

港に着いたきゆは人の多さに驚いた。
新しく赴任してくる先生のために集まったのか、役場の人や見慣れた近所の人などざっと30人はいる。


「足立さ~ん、ここで~す」


きゆは役場の人達が集まっている場所へ呼ばれた。


「足立さん、ごめんなさいね。
昨日横断幕作りに夢中になって、この資料を病院に送るの忘れてしまって…」


そう話す白髪交じりの優しい目をした女性は、昨日の電話の相手だった。


「あ、はい…」


きゆはつれない返事をして役場の封筒に入ったその資料を受け取ると、その皆で頑張って作った横断幕に目をやった。


………え? うそ??

きゆは封筒に入った資料を握りしめ、車に戻った。
高鳴る心臓に戸惑いながら、封筒に入っている資料を取り出す。

きゆはあまりの驚きでその紙を落としてしまう。

………嘘でしょ? あり得ない。

車の窓から外を見ると、もう港の桟橋に船が着いている。
放心状態のきゆは、とりあえず外へ出て桟橋の方へ向かった。

………何かの間違いでしょ? 何かの間違いであってほしい。

でも、それは現実だった。
村の人達が高く掲げる横断幕には流人の名前が書かれている。


“池山流人先生、この島へようこそ”


船から乗客が続々と降り出す。
きゆは自分が今どんな顔をしてその乗客達を見ているのか、全く分からない。
それくらいきゆにとってこの現実はあまりに突然過ぎた。

きゆが船の方を見ていると、奴が階段の上に立っているのが分かった。
自分を歓迎してくれている村の人達を見て、目を丸くして驚いている。

そして、すぐに人懐っこい笑顔を浮かべ、品のいいチャラ男になって手を振り出した。


………流人のバカ、何しにここに来たのよ。


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