3 / 47
桜の頃 …3
しおりを挟む「それが、明日には着くそうなんですよ。
聞いたら、飛行機が苦手みたいで11時間かけてフェリーでやってきます」
「フェリー??」
きゆは驚いて、そう叫んでしまった。
この島の住人は東京方面へ行く時には、隣の島まで高速船フェリーを使いそこから飛行機で行き先に向かう。
確かに飛行機はジェットタイプではなく小さなプロペラ機だけれども、それでも10時間以上船に揺られることを思えば数倍楽だ。
それなのに、フェリーで来るなんて…
「向こうの港を夜の10時に出て、こちらには朝の10時前に着く便です。
じゃ、そういうことなのでよろしくお願いします。
あ、それと、明日の朝は先生のお出迎えがありますので、足立さんも港に来てくださいね。
なんせ急なので横断幕とかもちゃんとした物を作れるか微妙なんですが、とにかく、医者の先生がこの島に赴任してくれるなんて滅多にないことなので、盛大に迎えてあげようと思ってますので、よろしくお願いしますね」
きゆは電話を切った後、慌てて病院内の掃除をし始めた。
そして、院長先生の部屋に行き、棚にしまっている白衣をチェックしてみると、クリーニングに出された新品同様の物が何着か置いてある。
……でも、一体、どういう人が来るんだろう?
若い人?年配の人?
それで全然着るものが違ってくるのに。
きゆは早く新しい先生の詳細が知りたくて、ファックスが届いてないか受付に行ってみたが、まだ何も届いていなかった。
田中医院は小さな病院だ。
掃除をするにしても、あっという間に終わってしまう。
患者の数も日によってゼロの日があるのにも関わらず、こうやって経営が成り立っているのは村からの補助金のおかげだった。
小さな島だけれども病院がないと不安で生活ができない。
それくらいにこの島にとって、この病院は大切な神聖な場所だった。
きゆは訪問診療のためのワゴン車をきれいに洗った。
大きく田中医院と書かれているこの車は、先生が診察を再開すれば徐々に増える訪問診療で使うことになるだろうし、それに明日の迎えにもこの車は必要だった。
きゆは全ての仕事を済ませまたファックスを見に行ったが、まだ、何も届いていなかった。
*** *** ***
翌朝、きゆは港に行く前に病院へ寄った。
昨日届かなかった新しい先生の詳細の載った資料を、ファックスから抜き取るためだ。
でも、その資料は届いていなかった。
きゆはため息をついた。
島の人間はのんびり屋さんが多いのは分かっているが、東京の忙しい病院でバリバリ働いてきたきゆにとってはあり得ない事だらけだったから。
港に着いたきゆは人の多さに驚いた。
新しく赴任してくる先生のために集まったのか、役場の人や見慣れた近所の人などざっと30人はいる。
「足立さ~ん、ここで~す」
きゆは役場の人達が集まっている場所へ呼ばれた。
「足立さん、ごめんなさいね。
昨日横断幕作りに夢中になって、この資料を病院に送るの忘れてしまって…」
そう話す白髪交じりの優しい目をした女性は、昨日の電話の相手だった。
「あ、はい…」
きゆはつれない返事をして役場の封筒に入ったその資料を受け取ると、その皆で頑張って作った横断幕に目をやった。
………え? うそ??
きゆは封筒に入った資料を握りしめ、車に戻った。
高鳴る心臓に戸惑いながら、封筒に入っている資料を取り出す。
きゆはあまりの驚きでその紙を落としてしまう。
………嘘でしょ? あり得ない。
車の窓から外を見ると、もう港の桟橋に船が着いている。
放心状態のきゆは、とりあえず外へ出て桟橋の方へ向かった。
………何かの間違いでしょ? 何かの間違いであってほしい。
でも、それは現実だった。
村の人達が高く掲げる横断幕には流人の名前が書かれている。
“池山流人先生、この島へようこそ”
船から乗客が続々と降り出す。
きゆは自分が今どんな顔をしてその乗客達を見ているのか、全く分からない。
それくらいきゆにとってこの現実はあまりに突然過ぎた。
きゆが船の方を見ていると、奴が階段の上に立っているのが分かった。
自分を歓迎してくれている村の人達を見て、目を丸くして驚いている。
そして、すぐに人懐っこい笑顔を浮かべ、品のいいチャラ男になって手を振り出した。
………流人のバカ、何しにここに来たのよ。
1
あなたにおすすめの小説
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる