君の中で世界は廻る

便葉

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桜の頃 …4

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流人は船の上からすぐにきゆを見つけた。
でも、とりあえず何も知らないふりをしよう。
俺がここに来るのにどれだけの苦労をしたか、それは後でじっくり話して聞かせればいい。
今はこれから始まる新しい仕事と生活のために、ここに来てくれている地元の人達の信頼を得ることが先だ。

流人は船から降りると、役場の上の人からの挨拶を受けた。


「池山先生、この過疎の進んだ島へ短期でも来てくれたことに心から感謝しています。
本当にありがとうございます。

あと、ここに集まってくれている人達へ、何か一言挨拶をしていただければ嬉しいのですが」


「あ、いいですよ」


流人はいつものように軽く返事をし、頼まれもしないのに段になっているコンクリートの上に立った。


「島の皆さん、こんにちは~
東京の方からしばらくこの病院を手伝いにきた池山流人です。

よろしくで~す」


流人の軽くて簡単な挨拶に皆あっけに取られていたが、その後の流人のさわやかな笑顔でなんとなく水に流された感じだった。


「足立さん、ちょっと来て」


役場の人に呼ばれたきゆは、流人の前に立たされた。


「池山先生、彼女は田中医院で看護師をしている足立きゆさんです。
これからは分からない事があれば、何でもきゆさんに聞いて下さいね」


流人は何も知らないふりをして、きゆによろしくと言った。
きゆも丁寧に頭を下げ、こちらこそと流人の目は見ずにそう答えた。

流人は役場の人達からの色々な説明を受け、やっと田中医院と書いている車に乗り込むことができた。
車の鍵は開けっ放しになっているけれど、きゆの姿が見当たらない。
流人は勝手にそのワゴン車に自分の荷物を入れ込んだ。
そして、助手席に座って待っていると、足取り重くきゆが帰ってくるのが見える。

きゆは何も言わずに車に乗り込み、エンジンをかけ、聞いた事のないような音楽を鳴らす。


「じゃ、病院に向かうから」


そう一言言うと、きゆはもの凄いスピードで車を走らせた。
まるでタクシーの運転手にでもなったかのように、ひたすら運転だけをしている。


「きゆ、久しぶりに会ったのに、何、怒ってんだよ」


きゆはただひたすら車を走らせた。
そして、病院の駐車場に車を入れ込むと、やっと流人の顔を見た。
流人は前よりも髪を短く切っている。
切れ長の大きな目は、機嫌が悪いせいかきつねのように釣り上がって見える。


「ってかさ……何で俺から逃げてんの?」


「逃げる? 誰が? 誰から??」


流人は運転席に座るきゆの顔を両手で挟み、自分の方へ向かせた。


「誰が?誰から?
きゆが俺からだろ?

勝手に俺の前からいなくなんなよ…」


きゆは流人の手を払いのけた。


「私達はもう別れたの。
恋人でもないただの赤の他人なのを忘れないで」


きゆはそう言うと、車から降り病院へ入って行く。

流人は出て行くきゆを見送って、小さくため息をつく。
きゆの心はまだ俺から逃げていないのは分かったけど、どうすうれば前みたいに戻れるんだ?
流人はそれでも久しぶりにきゆを見て、確信を得ていた。
俺はきゆ以外はあり得ない、何があってもきゆを手離さないからな……


***   ***   ***


きゆは診察室のベッドに座り目を閉じ深呼吸をしながら、パニックになっている自分の心と頭をどうにか落ち着かせた。
久しぶり見た流人はいつもの何も変わらない流人で、きゆの大好きな俺様台詞も健在だ。
でも、どんなに俺だけのきゆと抱きしめられても、流人特有の人懐っこい笑顔できゆの髪をいじってきても、きゆは流人に心は開かない。
その決心は何があっても揺らぐことはないと、傷ついたきゆの心はそう確信していた。


「お邪魔しま~す」


玄関の方で流人の声がする。
きゆは自分の個人的な想いは胸にしまって、医者と看護師という仕事上の付き合いに徹することに決めた。


「小さな病院でしょ?」


廊下の先の診察室から出てきたきゆがそう言った。
流人は靴をスリッパに履き替え、待合室をぐるりと眺める。


「いいじゃん、なんか昭和な感じで、俺、こういうの好き」


流人の細身の体にフィットした紺色のスーツにえんじ色のネクタイは、都会の空気を漂わせている。
東京生まれで東京育ちの品のいい坊ちゃんは、どこへ来てもどこに住んでも、育ちの良さがにじみ出た。

流人は診察室に入り机の椅子に座った。


「レントゲンもあるし、こじんまりとしてるけど、これで十分だよ。
手術室はある?」


流人は立ち上がり、隣の処置室に入った。


「傷口を縫う程度はできる感じだな」


きゆは目を輝かせて病院内を見て回る流人を、ぼんやりと見ていた。
流人がこの島のこの小さな病院にどうして来ることになったのか、いや、それよりも、あの忙しい池山総合病院の流人のシフトは一体どうなったのか、きゆは流人に聞きたいことだらけだった。


「………流ちゃん?」


流人は驚いた顔できゆを見た。


「あ、きゆが流ちゃんって呼んでくれた……

俺、きゆが記憶喪失にでもなってんじゃねえかって、内心、心配してたんだ…」


きゆは流人の目が見れなかった。
大好きなはにかんだ流人の笑顔は、きゆの心をかき乱す。


「……流ちゃん、何しにここへ来たの?」


「え??」


流人はそんな事も理解できていないきゆに驚いた。


「え???」


きゆは流人の驚いた顔に、逆に驚いた。


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